79.完全勝利の銀髪の戦乙女
「どこへ行ったのだ?」
パーシヴァリーは周りを見渡してマッキシムを探した。
しかしながら、その姿は何処にも見当たらない。
「どうしたというのだ! 先ほどの様に攻撃を繰り出すのだ!!! 」
澄んだ清らかな声が遠くまで響き渡った。
だが、何が起こるという訳でもなく、彼女の言葉は虚空に消えていく。
「……何なのだ……まさかマッキシムめ、逃げたのではあるまいな……」
パーシヴァリーが不満な顔を見せたその時、クレーターの上空に歪みが発生した。
そこから斥伯剣を手にしたマッキシムが姿を現す。
「やっと出てきたか」
待ってましたとばかりにパーシヴァリーは口角を上げた。
ところがマッキシムは、ぐちゃりと音を立ててクレーターの中心に落下する。
「なに!?」
明らかにおかしいその様子に、パーシヴァリーは急ぎ落下地点へと駆け寄った。
そしてクレーターの中心を確認した彼女は愕然とする。
「……何たることだ……」
そこには顔の上半分を失ったマッキシムが、見るも無残な姿で横たわっていた。
「……あれしきの事で死ぬとは……情けないにもほどがあるぞ!!!」
パーシヴァリーは憤る。
マッキシムとの戦いを楽しんでいた彼女にとって、この結末は許し難いものであった。
キャロラインやアクセルと戦った時は、彼らの派手な技に釣られてしまい、ついつい本気を出して呆気なく終わらせてしまっている。
その事を教訓として、マッキシムとの戦いでは戦闘の醍醐味を隅々まで堪能しようと彼女は考えていた。
それがこのザマである。
煮え切らないパーシヴァリーは、不完全燃焼のまま終わった事に激しい苛立ちを感じていた。
「流石はパーシヴァリー様。完全勝利ですな」
そんな彼女に言葉を掛ける者がいた。
「……アクセルか……」
声の主は赤髪の青年であり、ゆっくりとパーシヴァリーに近づいていく。
「先ほど目が覚めました。パーシヴァリー様から受けた技の効果も消えていたので、不死鳥闘気で全快させてもらいました」
彼の恰好はボロボロだが、どこにも傷は見当たらない。
「それにしても、魔眼の暴発を誘うとは……見事です」
「暴発?」
パーシヴァリーは眉を顰める。
「はい。奴は自分が制御できないほどの魔力を魔眼に注ぎ込んだのです。おそらくパーシヴァリー様の守りを崩せない事に焦りを覚えたのでしょう。結果、顔から上半分が吹き飛んだって訳です」
その話にパーシヴァリーは落胆した。
「……己の力量を加味して調整すらできないとは間抜けすぎる……私の見込み違いであった……」
これではアクセルやキャロラインと戦った時の方が、よっぽど充足感を味わえたと彼女は嘆く。
「パーシヴァリー様、そこまでがっかりする必要はないですよ。確かにマッキシムは、自分の恵まれた才能すら生かせない愚か者。ですが、それらの珍しい能力を見せてくれたと思えば、別段、気に病む必要もありません」
「……そうか、そう考えれば腹立たしいのも収まってくるな……」
アクセルの言う事にも一理あると、パーシヴァリーは納得した。
「で、其方はどうするのだ?」
彼女はある方角に視線を向ける。
そこにはゴスロリの少女が力なくアヒル座りをしていた。
「……そんな……マッキシムが負けた……」
キャロラインは絶望に満ちた表情を浮かべている。
「パーシヴァリー様には敵わない。大人しく投降しろ」
「……アクセル……どうしてあなたが【銀髪の戦乙女】と仲良くしている……」
キャロラインは並び立つ二人を見て、盛大に眉根を寄せた。
「……裏切った……」
その言葉がアクセルの気分を害す。
「お前に何が分かる! 俺は身を粉にしてイングリッドに仕えてきた! それがどうだ! たった一度の失敗で俺を拘束し、あまつさえ殺そうとしたんだぞ! それに比べ、パーシヴァリー様は大地のような広い心で俺に光を与えてくれた! 格が違うんだよ! 格が!!!」
「アクセル」
捲くし立てるアクセルをパーシヴァリーが制す。
「はっ」
彼は即座に身を正した。
「さて、もう一度聞こう。其方はどうするのだ?」
「……」
「再び戦うか? 今の私は痛手を負っている。其方にも十分勝機はあると思うが?」
パーシヴァリーの左腕はだらんと下がり、他にも傷が散見できる。
「……くっ……」
しかしキャロラインは、彼女の威圧に呑まれ動けなかった。
「何を尻込みしている。さあ、掛かって来るのだ」
「!!!」
恐怖を感じたキャロラインは、勇気を振り絞って稲妻の如くその場から退避する。
一瞬で辿り着いた先は城壁の上。
そこには放心状態で佇む側近たちと、脅えて震えるイングリッドがへたり込んでいた。
「……キャ、キャロライン……?」
イングリッドは唐突に現れたゴスロリの少女を縋るような目で見る。
「……マッキシム殿が負けたのじゃ……これから妾たちはどうなる……あの少女に殺されるのか……?」
「……イングリッド……あなただけでも連れて逃げる……」
キャロラインはそう言うと、有無も言わさず彼女を抱え、電光石火となって逃走した。
その行動を見ていたアクセルが、パーシヴァリーに申し立てる。
「俺が追撃します……あの二人をパーシヴァリー様の前に引きずってきます」
「アクセル、前の主を殺すことになるかもしれないのだぞ?」
「……」
逡巡したアクセルは、何を思ったのか彼女の前で膝を着いた。
「……パーシヴァリー様……俺は昔、汚い浮浪児だったんですよ……」
そして唐突に自分語りを始めた。
「生きるために、毎日毎日路地裏で生ゴミを漁っていました。そんなある日、一人の不死鳥騎士に拾われたんです。不死鳥闘気の才能が有るって理由でね……でもね、それが地獄の始まりでした。俺と同じ浮浪児が何人もいたんですが、拷問に近い修練のお陰で次々と死んでいきましたよ……逃げ出そうとした奴もいたんですが、直ぐに捕まって見せしめのため首を斬られました……」
当時を思い出しているのか、アクセルの表情は険しい。
「俺は生きるために耐えました。十年以上もね……そうしたら、遂に認められて不死鳥騎士になれたんです。そりゃあもう嬉しかったですよ。やっと地獄の日々から解放されるって思ったら、声を出して喜びました」
そうは言うアクセルだが、彼の顔は一つも晴れていなかった。
「ですが、配属された先はイングリッドの専属護衛だったんです。パーシヴァリー様も知っての通り、彼女は残虐非道な女です。それでも俺は、期待に応えようと頑張りました、凶悪な魔物の素材を取りに行ったり、気に入らない者を暗殺する仕事、彼女に向けられた刺客からの護衛、いろんな場数を踏みました。時には子供を殺したり、罪もない者を拷問した事もあります……」
イングリッドの無茶苦茶な我がままを、アクセルはすべて完遂していた。
「気づけば俺は、【鳳凰のアクセル】なんて呼ばれてました。それから副団長の地位も貰って、フェニックスの名も戴きましたね。まあこれらは、浮浪児でも頑張ればここまで出世できるって言う、フェルゾメール家のポーズなんですがね」
「……」
パーシヴァリーは話を遮る事もなく、黙ってアクセルの話に耳を傾けている。
「俺は自分の主を悦ばすため、平気で罪なき人々を蹂躙してきました……言い訳にすぎませんが、彼女に尽くす事で、自分の悪行を正当化していたんです。でも、見捨てられた瞬間、俺はフェルゾメール家にとってただの道具だと思い知らされました……」
そこで初めてアクセルの表情が和らいだ。
「そんな俺に、トモカズ様とパーシヴァリー様はチャンスを与えてくれたんです……人間に戻るチャンスを……彼女が犯した罪は俺の罪です……だから俺が彼女を捕え、必要であれば殺さなければならない……そして俺が、彼女の分まで贖罪をしなければいけないんです……」
アクセルの覚悟を聞いたパーシヴァリーは、母のような微笑みを彼に向ける。
「良い心構えだ」
「……パーシヴァリー様……」
パーシヴァリーを見上げるアクセルの顔は光悦としていた。
「だが、二人を捕まえる必要はないのだ」
「……え……どうしてですか?」
その言葉にアクセルは戸惑いを見せる。
「キャロラインが付いている。其方がいくら不死身でも、あの者をそう易々と捕まえることは難しい。手負いの狼は厄介だ」
「……」
「それに逃げた先は見当がついている」
「……領都オルステンですか……」
「そうだ。今は追撃に時間を費やすなど無駄。まだマッキシムの兵たちが残っているのだ」
パーシヴァリーはぐるりと周囲を見回した。
残るは城壁の上の側近、そして自分たちから距離を取る兵士たち。
「さあ掛かって来るのだ!!! 私は傷だらけで弱っている!!! 今ここで私を討ち取り名を上げるのだ!!!」
「……」
側近たちは動揺する。
パーシヴァリーの強さを散々見せつけられた彼らは、それが誘い文句だと分かっていた。
「……どうするんだ……」
「どうするも何も、マッキシム様が死んだ今、我々で何とかするしかあるまい……」
「……だがあの強さ……勝てるわけがない……それにイングリッド様もキャロライン様と共に撤退した……私たちがここにいる意味がない……」
「しかしこのまま逃げ帰ったら、ドミナンテ様に殺されるぞ……」
彼らは今後の人生を決める重要な分岐点に立たされていた。
とそこで、再びパーシヴァリーが叫ぶ。
「何をしている!!! 其方たちはあのマッキシムの精鋭軍!!! 主の敵を討ちたいと思わないのか!!!」
未だ戦いを欲する彼女に対し、兵士たちは恐れを抱いた。
「冗談じゃねえ! あんな化け物を相手にするなんて真っ平ごめんだ!!!」
恐怖に駆られた一人の兵士が逃走を図る。
「待て! 敵前逃亡は斬首刑だぞ!!!」
制止する指揮官に、別の兵士が食って掛かった。
「だったらどうやって勝つんだよ!!! あいつは俺たちが総がかりになっても倒せなかったんだぞ!!! それにマッキシム様もやられた!!! 敵いっこねえよ!!!」
「ぐっ……」
指揮官は言い淀む。
「俺は抜けたからな!!!」
「冗談じゃねえ!!! 俺だって死にたくねえ!!!」
「俺も嫌だ!!!」
兵たちの間に恐怖が伝搬していき、皆が競って逃走に転じた。
そして指揮官も戦慄を覚え、堪らず号令を出す。
「て、て、撤収ぅううううううううううう!!!」
陣形も何もあったもんじゃない。
兵士たちは思い思いの方向に逃げ出した。
「……俺たちも逃げるぞ……」
「……ああ……」
城壁の上の側近たちも、兵士の逃亡を見て我先にと逃げ出していく。
「なんだ、つまらん」
その様子をパーシヴァリーは冷めた表情で眺めていた。
「まあ、そうなりますよ。パーシヴァリー様は強すぎます」
アクセルの言葉に彼女は肩を竦める。
「それは違うぞアクセル。私はまだまだ己を磨かねばならないのだ」
そう言うと、マッキシムの亡骸に視線を移した。
「斥伯剣を持ってくるのだ。あれはなかなかの業物。私たちが貰っておこう」
「はい、パーシヴァリー様!」
直ぐさまクレーターまで駆け付けたアクセルは、マッキシムの死体から斥伯剣を奪い取る。
「ではアクセル。私たちもオルステンに戻るのだ」
パーシヴァリーはゆっくりと足を踏み出した。
「はっ、お供いたします!」
後ろを追随するアクセルは、彼女の小さな背に羨望の眼差しを向けるのであった。




