77.銀髪の戦乙女VS将軍 中編
「……魔眼、だと……?」
パーシヴァリーの美しい眉が歪んだ。
「そうだぜ。未来視の魔眼って言うんだ」
マッキシムは饒舌に口を開く。
「末来ってのはな、幾つもの分岐に分かれてるんだ。俺にはそれが見え、どの分岐の確立が高いのか、そこまで分かるんだ」
マッキシムが軍事の天才と言われる所以は、彼が持つ末来視の魔眼にあった。
これで未来を見通し、敵軍の策略、陣形などをすべて把握した上で軍略を練り、相手の裏をかいていたのだ。
ところがこの魔眼、遠い未来を見ようとすればするほど分岐も増え、脳に多大な負荷が掛かる。
さらには膨大な魔力を消費するため、おいそれと使用することは憚られた。
しかしそれは戦争での話。
個の戦いに関しては、数秒先を見通せれば十分である。
そうなると、分岐も極端に狭まるため、魔力の負担や脳の負荷も軽減されて、魔眼の常時発動が可能となる。
「だから俺には分かる。お前がどんな攻撃を仕掛けてくるか、俺の攻撃をどう避けるのかがな」
「……なるほど……それは確かに凄い……」
何とも有用性の高い眼だとパーシヴァリーは感心した。
「……」
それとは別に、彼女にはもう一つ気掛かりな点があった。
「……折角なので、あと一つ教えてもらいたいのだ」
「いいぜ。答えられるかどうか分からないが、言ってみろよ」
「其方が持つその剣。私にあっさりと傷を付けたところからして、ただの剣ではないな?」
パーシヴァリーは、精霊乙女サーガでタンクとして仲間を守ってきた壁役である。
モンスターの攻撃を一手に引き受ける彼女の防御力が低いはずはない。
簡単に傷を付けられること自体がおかしな話であり、そこに彼女は疑問を抱いていた。
「ありゃま、良くわかったな。バレない様に、わざわざ鎧の隙間を攻撃したんだがな」
そう言うと、マッキシムは手に握る象牙色の剣を前面に掲げた。
「こいつだよ、この魔剣の力だ」
「なんだ、その魔剣というのは?」
パーシヴァリーの言葉にマッキシムは目を丸くする。
「おいおい、魔剣も知らないのかよ」
実のところ、彼女は魔剣どころか魔眼の知識さえも皆無であった。
「魔剣っていうのはなあ、所有者の魔力に応じて特異な能力を発揮する剣だよ。似たようなもので魔力剣ってのがあるんだが、魔剣に比べりゃ玩具だ」
マッキシムは自分の手に持つ魔剣を陶然と見つめる。
「こいつは斥伯剣って言う魔剣だ。能力は、どんなものでも反発させて、遠ざける事が出来る。言ってみれば、斥力操作の魔剣なんだよ」
「……なに……?」
パーシヴァリーは眉を顰めた。
「斥力って言っても物理的な事は勿論、魔術や魔力さえも引き離せるんだぜ」
自分の優位性を誇示したいのか、マッキシムは揚々と言葉を続ける。
「今までの戦いを見ていれば、お前の防御力がとんでもなく高い事は分かっていた。その堅牢さの要因は俺には分からない。魔術か魔導具か、はたまたその鎧なのか」
事実、マッキシムと戦うまでパーシヴァリーは無傷であった。
「だから俺は、お前を突き刺したと同時に斥伯剣の能力を使ったんだ。防御力を斥力で引っぺがして、その身に傷を負わせたんだよ」
「……」
なるほど、とパーシヴァリーは自分の傷に目を向ける。
「これで分かっただろう? この剣の前ではドラゴンの強固な皮膚だろうと、伝説の鎧であろうと、紙同然に成り下がるんだ」
粗方の説明を言い終えると、マッキシムは自分の頭上に剣を掲げた。
「因みにこんな事も出来るんだぜ」
目の前の地面に向けて、盛大に斥伯剣を振るう。
――ズガガガガガガ――
石畳が削れ、二人の間に塹壕のような深い溝が刻まれた。
「どうだ、凄いだろう」
「……ああ……見事な物だ……」
パーシヴァリーは目を見張る。
その様子を見たマッキシムは、再び得意気に喋り出した。
「実は俺、珍しい武具には目が無くってな。槍や弓、鎧や盾、色んな武具を集めてるんだ。中でもやっぱり剣だな。剣は男心をくすぐるよ」
マッキシムの趣味は軍人にふさわしく、武具の収集である。
「だから俺は、あらゆる希少な剣を求めた。でもな、集めたは良いが、持っていると使いたくなるってのが心情だ」
「……」
「幸い俺は将軍。試し斬りの人間は直ぐに見つかった。戦でひっ捕らえた捕虜を使えばいいんだからな」
それは捕虜だけでは賄えず、周辺の村人にまでも及んでいた。
「ところがだ、問題が起こったんだよ。原因はこの斥伯剣だ」
再び剣を頭上に掲げ、うっとりと眺める。
「こいつを使ったら直ぐ死んじまうんだ。これじゃあ、面白くもなんともない。俺の持つ武具の中で、この斥伯剣が一番なんだぜ。それがだ、本来の魅力を感じる事が出来ない。酷い話だろう?」
邪悪な笑みを浮かべながら、剣の切っ先をパーシヴァリーに向けた。
「でもお前なら、この斥伯剣を遠慮なく揮える……」
「……」
マッキシムの本性を垣間見たパーシヴァリーは、目を細めて斥伯剣をじっと見据える。
そして次に、負けないぐらいの狡猾とした表情を見せた。
「……ククク、それは良い……ここにきて好敵手に巡り合えた……」
「……」
いきなり表情が変わった事で驚くマッキシムだが、直ぐに口角を吊り上げると嬉しそうに言葉を発する。
「……いいぜいいぜ、その顔付き。てっきりビビっちまうんじゃないかと心配したが、さすがは【銀髪の戦乙女】」
「褒めてもらえるとは光栄だ。では、私も其方に合わせるとしよう」
突然、パーシヴァリーの鎧が粒子となって消えた。
直後、町娘が着るようなクラシカルな服に彼女の身形が変化する。
しかしどうしてか、籠手と足当てだけはそのまま残っていた。
「……何だ、その鎧……俺も欲しいんだが……」
「私を殺して奪うがいい」
「それもそうだな」
マッキシムは、パーシヴァリーの全身を見る。
「で、何で鎧を外したんだ?」
「無論、其方と同条件で戦うためだ」
「なに言ってるんだよ。お前、左腕が使えないだろう?」
未だに彼女の左腕は、肩からだらんと垂れ下がっていた。
「これはハンデだ」
「……ふうん、ハンデね……」
何か意味があるのかと訝しむマッキシムだが、自分には末来視の魔眼があるため、そこまで気にしていない。
「……まあいいや。そろそろ戦いを再開させようぜ」
「では私から行かせてもらおう」
パーシヴァリーは駆け足で走り出す。
「ん? 一気に来ないのか?」
「魔眼で私の動きを読んているのだろう? だったらゆっくり行こうが急ごうが、どちらでも同じなのだ」
まあ確かに、とマッキシムは悠然と構え、パーシヴァリーを待った。
「む!?」
とそこで、パーシヴァリーの身に反発力が襲い掛かる。
それはキャロラインの電磁バリアと違い、壁に当たったような感じはしなかった。
言うなれば、何か強い力で押されたような感覚である。
「これが斥力か?」
よくよくマッキシムを見てみれば、小石などの物質が全て彼から遠ざかっており、彼の周りは塵一つない奇麗な空間となっていた。
「かなりの力が働いているのだ……」
それでもパーシヴァリーは押される力に逆らって、少しでもマッキシムに近づこうと足を前に出す。
「無駄だよ。キャロラインの電磁バリアと違って壁を突破すればいいってもんじゃない。俺からお前まで、ずっとこの力が働いているんだ。それは俺全体を覆うようにしてな」
薄ら笑いを浮かべるマッキシムに、パーシヴァリーは言い返した。
「其方の眼には、このあとの未来が見えているのか?」
「ああ、そうだぜ」
既にマッキシムは、数秒後に起こる幾つかの未来をその魔眼で確認している。
中でも最も確率が高いのが、自分が放つ斥力波を受けたパーシヴァリーが後方に吹き飛ばされる姿であった。
「これからお前は俺の一撃を受けて、吹っ飛んじまうんだ」
そう言ったマッキシムは、斥伯剣を横なぎに払う。
すると真一文字に斥力波が発生し、パーシヴァリーを襲った。
「ぐっ!!?」
彼女は剣を前に出して受け止めるが、斥力の力で遥か後方に吹き飛ばされてしまう。
「魔眼で見た通りの光景だな」
小さな体が宙を舞い、地面に激しく叩き付けられた。
「あーあ。鎧でも着てりゃあ、ちっとはダメージを軽減できたのにな」
嘲笑うマッキシムだが、パーシヴァリーは気にも留めずに立ち上がる。
「……其方の眼で見た通りの未来か……?」
「当たり前だ」
「そうか、ならばもう一度だ」
再びパーシヴァリーが走り出した。
そして斥力にぶつかり、強烈な反発力に阻まれる。
「この先の未来はどうなっているのだ?」
「さっきと一緒だよ。でも、それだと芸がないから、役に立たなくなった左腕を斬り落としてやるよ」
彼の魔眼にはしっかりと映っていた。
斥力波が彼女の腕を斬り飛ばすところが。
「腕一本もらったぜ」
マッキシムが魔剣を振り下ろした。
今度は垂直に斥力波が発生し、パーシヴァリーに迫る。
そこで彼女は誰にも聞き取れないような小さい声で言葉を紡いだ。
「聖騎士スキル、〈穹窿誘引〉」
瞬間、パーシヴァリーを押し返そうとしていた斥力が消え、襲い掛かって来た斥力波も消滅する。
「なにっ!!?」
予期せぬ事象にマッキシムは驚嘆した。
しかも魔眼で見た末来のどれにも当てはまらず、酷く狼狽する。
「隙が出来たのだ」
そこを突くかのように、パーシヴァリーが怒涛の勢いで肉薄してきた。
「くそっ!!!」
慌てたマッキシムは咄嗟に斥伯剣を振るう。
しかし斥力波は発生せず、ただの素振りで終わってしまった。
「どうなってんだっ!!?」
「焦っていては命を落とすぞ」
接敵したパーシヴァリーが首を掻っ切ろうとする。
「くそったれがっ!!!」
苦悶の表情を浮かべるマッキシムは、咄嗟に仰け反り辛うじて躱す事に成功した。
そして透かさず超闘気で強化した蹴りをパーシヴァリーに繰り出す。
ところが彼女はその足を脇腹で挟み込み、マッキシムの動きを封じた。
「なにっ!!?」
驚く彼を尻目にして、パーシヴァリーはぐるぐると独楽のように回り始める。
「ぐっ!!!」
回転は速さを増していき、その速度は時間を掛けずして最高頂に達した。
「ぐぁあああああああああああああああああああ!!?」
次の瞬間、盛大に投げ飛ばされる。
「くそっ!!!」
空中に放り出されたマッキシムは、身を翻すと何とか態勢を立て直した。
そこから体を安定させ、無事に着地を果たす。
「……」
しかしその顔には困惑の色が浮かんでいた。
「……なんで斥力が消失した……」
睨んでくるマッキシムに、パーシヴァリーは悠々と口を開いた。
「そんな目で見るな。私はただ引力場を発生させて、其方の斥力場と相殺させただけなのだ」




