76.銀髪の戦乙女VS将軍 前編
イングリッドは憤っていた。
あれだけの啖呵を切ったアクセルが、見事なまでに惨敗してしまったからだ。
「……愚か者めが……」
加えてパーシヴァリーと会話をしている様子が城壁の上からでも見て分かり、未だ生を貪っていること事態が彼女の琴線に触れていた。
「……生き恥まで晒し、且つ妾を辱めた一味と話をするなど考えられん……アクセルめ、どうしてくれようか……」
イングリッドの怒りが頂点に達する。
「ちょっとは期待してたんだがなあ、仕方ないか」
一方のマッキシムは、諦めた様子でアクセルを見ていた。
「申し訳ない、マッキシム殿……アクセルには後できっちりと責任を取らせる……」
「そうだな。あいつはもう使えない」
二人してアクセルに見切りをつける。
「マッキシム様。次は私たちに行かせてください」
側近の一人が口を開いた。
「そうです、あなた様が出るまでもありません」
「我々の複合魔術で【銀髪の戦乙女】を仕留めて見せます」
他の側近たちも次々と名乗りを上げる。
「止めとけ。もう誰が行っても同じだ」
そう言うと、マッキシムは獰猛に口元を吊り上げた。
「俺意外はな」
「……」
その表情を見た側近たちは恐れを抱いて黙り込む。
イングリッドもゴクリと生唾を飲み、口を挟もうとしなかった。
「さあて、行ってくるかね」
マッキシムは城壁上の縁ま歩いていくと、そこから躊躇なく飛び降りる。
そして無警戒にパーシヴァリーへと近づいていった。
「よう、待たせたな」
意気軒昂とやってきたマッキシムに、パーシヴァリーは微笑みを向けている。
「今度は其方が相手か。その豪華な鎧からして、上級指揮官と見受けられる」
「そうだ。俺がこの軍の将軍、マッキシム・ラ・ヴァンヘイムだ。俺を倒せばあんたの完全勝利だぜ」
その名を聞いたパーシヴァリーは、喜びのあまり、目を大きく見開いた。
「……ほう、遂に大将のお出ましか。して、其方はどのような技を見せてくれるのだ?」
「俺にはキャロラインやアクセルみたいな派手な技はない。期待に沿ぐわないかもしれないぞ」
しかしパーシヴァリーは、マッキシムから醸し出される威圧を感じ、そうではないと見抜いていた。
「謙遜をするな。其方は先ほど戦ってきた誰よりも強いのだ」
「へえ……分かってんじゃないの。さすがは【銀髪の戦乙女】」
マッキシムは腰に佩いた剣をゆっくりと抜き、何の素材で出来ているのか分からない象牙色の剣身をひけらかす。
「さあ、始めようか」
言うや否や、一足飛びでパーシヴァリーに肉薄した。
――キィイイイイン――
振り下ろされた斬撃を、彼女は盾で滑らすように往なす。
「良い剣筋だ!」
初撃を受けたパーシヴァリーに笑みが零れ、お返しとばかりに相手の顔面目掛けて突きを放った。
「予想以上に速い!」
そう言うマッキシムは嗤っており、腰を落とすと体を半身にさせ、擦れ擦れで刺突を躱す。
直後、往なされた剣を切り替えし、盾から覗かす足を薙いだ。
「むっ!?」
パーシヴァリーは咄嗟に後方へと飛び下がり、易々と刃を避ける。
「足を狙うとはやるではないか。しかしそれよりもその動き、見事だ。鎧を着込んでいるとは思えない」
「そう言うお前も堅いな。さすがは盾持ち」
二人は互いに笑顔を交わした。
とそこで、マッキシムは気付く。
「なに?」
彼の頬に赤い線が入り、つう、と一筋の血が伝う。
「……」
完全に刺突を躱したと思っていたマッキシムは、眉間に深く皺を寄せた。
「残念ながら、私はまだ本気を出していない。ほんの小手調べなのだ」
パーシヴァリーは余裕の笑みを浮かべる。
「……【銀髪の戦乙女】……強い事は分かっていたが、どうやら俺は、腹の底ではあんたを見くびっていたらしい……」
マッキシムの顔付きが変わった。
「分離」
その言葉に呼応して、鎧の胴、籠手、脛当てと、全ての部位が自動的に外れていき、マッキシムはインナーだけの姿となる。
「ほう、面白い。どうなっているのだ?」
「魔力で外れるようになってるんだよ、凄いだろう」
「なるほど」
感心するパーシヴァリーは、直ぐに別の疑問を抱いた。
「だが、それでは防御が薄くなるのではないのか?」
「俺に鎧は必要ないぜ」
そう言ったマッキシムは、全身から強烈な威圧を解き放つ。
「これは……」
押し潰されそうな重たい空気がパーシヴァリーの元まで伝わってきた。
「……生命気とやらか……確か漆黒騎士が使っていたな……」
「俺はこの超闘気を極めている。今から見せてやるよ」
マッキシムは、ウォーミングアップでもするかのように三回ほど軽く跳躍した。
そして四回目で足を付けた瞬間、爆発的に地を蹴り一瞬でパーシヴァリーとの距離を詰める。
「素晴らしい突進力だ!」
「ありがとう!」
礼を述べるマッキシムは、筋肉で盛り上がった腕を高々と振り上げた。
そしてその手に握る剣を、小さな少女に叩きつける。
「むん!!!」
パーシヴァリーは透かさず盾を翳して力任せの斬撃を受け止めた。
――ギャイイイイイン――
ところがその攻撃は非常に重く、彼女の体を易々と吹き飛ばす。
「まだだぜ」
仰向けになって宙を舞うパーシヴァリー。
その背後に、いつの間にかマッキムが張り付いていた。
「避けられるか?」
無防備となった彼女のうなじに刃が薙ぎ払われる。
「そう簡単に殺れると思うな」
パーシヴァリーは即座に剣と盾を放り投げると、膝を抱えて体を丸め、斬撃を回避した。
「なんだと!!?」
そこから思いっきり体を伸ばし、マッキシムの腹部に両踵をめり込ませる。
「ぐうっ!!?」
もろに食らったマッキシムは、勢いよく落下して激しく地面に叩き付けられた。
「やるな!」
それでも直ぐに立ち上がってパーシヴァリーの姿を探す。
「……」
既に彼女は剣と盾を拾い上げており、悠々と笑いながらマッキシムを見ていた。
「惜しかったな、もう少しだったのだ」
「……」
マッキシムは悟る。
これだけでは勝てないと。
「いやあ、強いな。やっぱ力押しだけではダメか」
ふと彼の両目に変化が起きた。
左右の瞳が薄らと輝き始め、そこから不可解な紋様が浮かび上がる。
「……それは何なのだ……?」
異様な瞳にパーシヴァリーは訝しんだ。
「さあて、なんだろうね」
「……」
不穏な空気を感じ取ったパーシヴァリーは、先手必勝とばかりにスキルを発動させる。
「盾スキル、〈盾打擲〉!」
小さな体を盾で隠し、目標に向かって突撃した。
「……へえ……そんな技があるのか……直撃を食らえば、ただじゃすまないな」
不敵に笑うマッキシムに、あと僅かという所までパーシヴァリーが迫る。
瞬間、爆発的に速度が倍増した。
「この距離! もう避けることは叶わない!」
「あんたがギリギリまで来たところで加速するって知ってたよ」
マッキシムはマタドールのようにひらりと突撃を躱す。
そして側面に回り込むと、横切る彼女の鎧の隙間を狙い、自然な動きで剣を突き刺した。
「なっ!!?」
一撃を貰ったパーシヴァリーは、咄嗟に踏みとどまって後ろを振り向く。
そこには剣を突き出し吶喊してくるマッキシムの姿が見えた。
「くっ!」
パーシヴァリーは迎撃のため相手に構える。
瞬間、彼女は何を思ったのか後方に盾を翳した。
――ガァアアアアン――
何処からともなく放たれた拳が盾に直撃する。
「この者はっ!?」
拳を放った者の正体は、マッキシムが脱いだ鎧であった。
それは組み立てられた姿でパーシヴァリーに襲い掛かってくる。
「鎧の魔道具だ。俺の魔力を原動力にして動いてるんだぜ」
「なかなか面白い物を持っているな!」
パーシヴァリーは鎧の攻撃を盾で防ぎながら、迫りくるマッキシムに視線を向けた。
「聖騎士スキル、〈地動峰盾〉」
彼女が立つ場所に亀裂が入り、石畳が盾となるため隆起を始める。
「そう来るって分かってたよ」
マッキシムは超闘気を足に集中させて速度を上げた。
そして空気抵抗を減らすために、地を這うようにして前屈みになり体勢を変える。
それはまるで燕が低空飛行をするようであり、マッキシムは石畳が隆起する前にパーシヴァリーの懐へと入り込んだ。
「何だと!?」
驚く彼女にマッキシムは、下から剣先を突きあげる。
「チィ!」
低い位置からの攻撃に、パーシヴァリーは堪らず身を捩じらせた。
しかしながら、鎧の攻撃が熾烈を極め、思わず態勢を崩してしまう。
「ぐっ!」
腕の付け根に刃が突き刺さった。
「流石に食らうわな」
腱を斬られたパーシヴァリーの左腕がだらりと下がる。
そして握力も失われ、盾を地面に落としてしまった。
「防壁は無くなった。ここから徹底的に切り刻んでやるよ」
屈んだ状態のマッキシムは、次の刺突を放つために、大きく体を引き始める。
そして鎧も両手を組んで、高々と腕を振り上げた。
「……」
黙ったままのパーシヴァリーは、何の行動も取ろうとしない。
「その技はまずい奴だな」
マッキシムが、ポツリと呟いた。
優勢だったにも関わらず、逃げるように後ろへと飛び退く。
「聖騎士スキル、〈慟鳴動衝〉」
直後、彼女を起点として四方八方に衝撃波が放たれた。
パーシヴァリーに接敵していた鎧は直撃を受け、見るも無残に破壊されながら遠方に吹き飛ばされていく。
「あの鎧を砕くとは……超闘気で強化された俺でも、まともに受ければただじゃすまなかったぞ」
マッキシムはそう言うが、彼の顔には焦りの色など全く見えず、余裕綽々としていた。
方やパーシヴァリーは、懐疑的に彼を見ている。
「……」
その左脇腹と左肩からは、止めどなく血が流れ出ていた。
「痛そうだな。こうなったら、キャロラインやアクセルを倒した技を出した方がいいんじゃないのか? それと魔術を跳ね返したあの技、あれはどうなんだ? 俺にも使ってくれよ」
「……〈恕絶壊突撃〉や〈能封〉のことを言っているのか? 残念ながら、当面の間は使えないのだ」
これらのスキルはクールタイムが非常に長い。
そのため次の使用にはかなりの時間を置かなければならなかった。
「そうなのかよ、つまんねえな」
マッキシムは残念がる。
「……」
そんな彼に、パーシヴァリーは違和感を感じていた。
自分が何をするのか予め知っているように見えたからだ。
「……其方……私がどう出るか分かっていたな……?」
「ん? なんの事だ?」
すっとぼけるマッキシムだが、パーシヴァリーはその怪しく光る両眼に当たりを付ける。
「……それか……その眼だな? ……私の動きを先読みしているのか……?」
マッキシムは口元を歪めると、嬉しそうに答えた。
「まあ、普通は気付くよな……そうだよ、この眼は魔眼だ。俺はこれで未来を見ている。お前が次に何をするか、俺には手に取るように分かるんだ、凄いだろう」
そう言うマッキシムは、己が優位である事に快感を覚えるのであった。




