73.銀髪の戦乙女VS軍隊
「……」
マッキシムは完全に見誤っていた。
アクセルやキャロラインから散々その実力を聞かされていたが、どうにも胡散臭さを感じており、それが侮りに繋がった。
そして、パーシヴァリーの姿を目にした事で、完全に二人の言葉を蔑ろにしてしまった。
彼女が身に纏う白銀の鎧も、騎士ごっこでもしているつもりかと嘲笑った。
ところが蓋を開けてみればどうだ。
自分の誇る親衛隊の一人が簡単にやられてしまったではないか。
それも剛力自慢のスラーセンが、己の土俵の上でである。
「……だから言った……油断は禁物……」
キャロラインとアクセルの諫言を聞かなかったマッキシムは、強く自分を恥じた。
「……お前たちの言った通りだったな……」
後悔の念と共に、マッキシムの雰囲気が一変する。
「……凄い……」
常軌を逸した威圧がマッキシムから発せらた。
「……」
イングリッドも恐怖を感じ、堪らずマッキシムから距離を取る。
「……おお……マッキシム様が本気になられた……」
「……みんな気合い入れろよ」
その圧は、陣形を組む兵たちにもしっかりと届いた。
彼らは誰もが気を引き締め顔付きを変える。
「個がだめならば数だ。これで決する」
マッキシムが片手を上げた。それを目にした指揮官が号令を飛ばす。
「マッキシム様の下知が下った!!! これより【銀髪の戦乙女】を処断する!!!」
―ザザッ――
兵たちが一糸乱れぬ動作で槍を構えた。
それらは全て小さな少女に向けられており、強い殺意が彼女に集中する。
「それだ! その意気込み! 良い! 最高だ!!!」
大勢の敵意を一身に浴びているというのに、パーシヴァリーは恐れるどころか気分を高揚させた。
「其方らは其方らの誇り、私は私の誇りを賭けて戦うのだ!!!」
彼女は相手が来るのを今か今かと待ち望む。
「全員、掛かれえええええええええ!!!」
指揮官の掛け声と共に、兵士たちがパーシヴァリーに殺到した。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
前後左右から余すことなく無数の刺突が襲い掛かる。
それだけでなく、空中からも何人かの兵が跳躍し、投擲の態勢に入っていた。
唯一の逃げ道である上も塞がれた形だ。
「槍衾の変形型か。これでは体中穴だらけになるな」
不敵に笑うパーシヴァリーは、腕を交差させて言葉を紡ぐ。
「聖騎士スキル、〈慟鳴動衝〉」
無数の穂先がパーシヴァリーを貫こうとする瞬間、彼女から衝撃波が発生した。
それは放射状に放出され、彼女に群がろうとした兵士全員に襲来する。
衝撃波は槍の穂先を粉々にし、次いで柄も破壊、最後に兵士たちの鎧を砕いた。
「ぎゃあ!!!」
「ぐぇっ!!!」
被害はパーシヴァリーに近い者ほど深刻であり、彼らは衝撃波の勢いに逆らう事が出来ず、四方八方に吹き飛ばされていく。
「隙ができた」
兵が乱れた事で、パーシヴァリーの頬が吊り上がった。
「さあ、楽しもうではないか!」
いつの間にかその手には剣と盾が握られており、彼女は兵士たちの合間を縫うようにして斬り込んでいく。
「狼狽えるな! 包囲して着実に倒すんだ!」
中隊長らしき人物の言葉で兵士たちはすぐさま陣形を立て直そうとした。
「よく練兵されている! だが、こうなれば其方らはどうする!?」
パーシヴァリーは地を蹴り跳躍する。
自分を取り囲もうとした兵士たちを飛び越えて、先ほど指示を出した中隊長の傍に着地した。
「なっ!!?」
突然、目の前に出現した銀髪の美少女に、中隊長は驚愕する。
その美しい様は、彼が見たこの世で最後の姿であった。
「ぐぁっ!!!」
瞬く間に首を斬られ、容易に命を刈り取られる。
「司令塔を先に排除するのは何にしても常套手段!」
そう言うと、パーシヴァリーは指揮官がいる陣形の中核部へと視線を向けた。
「今度は指揮官を失えばどうなるか見ものだ。引継ぎはいるだろうが、兵士たちが浮き足立つことは間違いない」
獲物を見定めたパーシヴァリーが、指揮官の首を取ろうとゆっくりと歩き出す。
「全員、距離を取れええええええええええええええええええ!!!」
兵士たちがパーシヴァリーを遠巻きに囲んだ。
「……ん……? ……どうしたというのだ? まさか怖気づいたのではあるまいな……」
てっきり兵たちが気後れしたのかとパーシヴァリーは心配する。
しかしよくよく見れば、彼らの目は少しも諦めてはいなかった。
「……」
これは何か仕掛けてくると、パーシヴァリーは期待に胸を膨らませる。
「今だ!!! 撃てえええええええええええええええええええ!!!」
号令が響き渡った。
「《火重槍》!!!」
山なりに放たれた無数の炎の槍が、パーシヴァリーに降り注がれる。
「殺った!!!」
「あの位置では躱せないぞ!!!」
誰もが彼女を倒したと確信した。
しかしそこで、不思議な現象が起こる。
パーシヴァリーは盾の面を上に向けて頭上に翳しており、その直前で炎の槍が停止していたのだ。
「な、な、なんだよ、アレ……」
「……どうなってんだ……」
兵士たちが目を見張る最中、彼女は小さく言葉を紡ぐ。
「盾スキル、〈超常反射〉」
炎の槍が方向を変え、もの凄いスピードで引き返していった。
向かう先は、兵の後ろに配置された魔術師たちであり、炎の槍は容赦なく彼らに襲い掛かる。
「ぎゃあああああああああああ!!!」
「ぐああああああ!!!」
魔術師たちは、己の放った魔術に焼き尽くされた。
しかもその炎は魔術師を焼くだけでは飽き足らず、広範囲に渡り燃え広がっていく。
「何だこれは!!?」
「慌てるな! 火を消すんだ!!!」
「急げ!!!」
後方では蜂の巣をつついたような騒ぎが展開された。
パーシヴァリーが使ったスキルは攻撃を反射するスキルだ。
それだけでなく、威力を倍増させる効果も有している。
「今のは何なんだよ……」
「魔術を跳ね返したように見えたぞ……」
「だがあの火力……《火重槍》の比じゃねえぞ……」
そんな事など露とも知らない兵士たちは、未知なる攻撃に狼狽えてしまった。
「くっそ、調子に乗るなよ……」
「俺たちマッキシム軍の底力を見せてやる……」
しかし流石は洗練されたマッキシムの兵士。
直ぐに気持ちを切り替えると、敵討ちとばかりに闘志を滾らせる。
「死ね!!!」
十数人の屈強な兵士たちが一斉にパーシヴァリーへと吶喊した。
「貰った!!!」
逸早く肉薄した一人の兵士が渾身の凶刃を放つ。
それは風を切り裂き唸りを上げ、小さな少女を葬るには十分な一撃。
「遅い」
しかし彼女は体の中心を軸にして、ゆっくりと駒のように回転しながらその斬撃を躱す。
「ぬっ!!?」
そのまま流れるように兵士の横を通り過ぎると、擦れ違いざま首を斬りつけ致命傷を与えた。
「ぐあっ!!!」
ぱっくりと切り裂かれた傷口から大量の血が噴き出す。
それを見ていた数人の兵士は、彼の死を無駄にはできないと、パーシヴァリーの死角と隙を突いて同時に斬撃を繰り出した。
ところがパーシヴァリーは訳もなくその攻撃に剣を合わせ、カウンターの要領で次々と兵士たちを斬り捨てていく。
「さあ! どんどん来るのだ!!!」
そこからは一方的であった。
鍛えられた強靭な精鋭たちが、小さな少女に蹂躙されていく。
しかも兵士たちは全て一太刀で葬られており、遠巻きに見ていた他の兵士たちは、パーシヴァリーとの実力差を思い知らされる事となった。
とそこで、パーシヴァリーが動きを止める。
「……ん……?」
既に周囲には無数の亡骸しか存在せず、誰も彼女に近づこうとはしなかった。
「どうした! まだ始まったばかりではないか! 何を迷っている!!!」
兵たち全員、今回は命令ではなく自発的にパーシヴァリーと距離を取っている。
理由は彼女の無双振りに全ての者が恐れをなしていたからだ。
「数的にも其方らの方が圧倒的に有利! さあ、掛かってくるのだ! 勇敢な兵士たちよ!!!」
パーシヴァリーが誘いの言葉を投げるも、誰も進んで前に出ようとはしない。
その状況に、指揮官が声を荒げた。
「相手はたった一人! マッキシム様も見ているのだぞ!!!」
兵士たちは皆が指揮官に対して同じ思いを抱く。
だったらお前が行けよ、と。
そんな状況を見ていたマッキシムが、唐突に手を上げた。
それは戦闘中止の合図であり、兵たちはホッと胸を撫で下ろすと命令に従って元の隊列に戻っていく。
「マッキシム様……どうして兵を下げたのですか……?」
傍に控える側近の一人が尋ねた。
「これ以上は兵の無駄だ」
「……ですがマッキシム様。数はこちらの方が上。たった一人で一軍を相手にするには限界があります。それこそまさに荒唐無稽。このまま押し切ってはいかがかと……」
側近は消耗戦を唱える。
「それは愚策だな」
「なぜです? 常道では?」
「見てみなよ、奴を」
側近はパーシヴァリーに目を向けた。
遠くからではその表情がハッキリと分からない。
しかし彼女からは、尋常ならざる覇気が立ち昇っており、この城壁の上までしっかりと伝わって来た。
「あれだけの動きを見せて、一つも息を切らしていない……奴はこのまま何日間でも戦い続けるぞ……」
「……確かに……」
言われてみて、側近は納得した。
「偶にいるんだよ。個で全を圧倒する奴がな」
マッキシムにはもう一片の油断もない。
「……だったら次は私……」
キャロラインが前に出た。
「……マッキシムは約束した……【銀髪の戦乙女】と戦わせてくれるって……」
「そうだったな。確か因縁があるんだっけか」
ゴスロリの少女は小さく頷いた。
「キャロライン、お前に任せた」
その言葉を聞くや否や、キャロラインは城壁から姿を消す。
と思ったのも束の間で、一瞬でパーシヴァリーの目の前に移動した。
「……やっと会えた……」
唐突に現れたキャロラインだが、パーシヴァリーは少しも驚かない。
「ほう、其方もここにいたのか」
それどころか、彼女を見て楽しそうに笑っていた。
「……次の相手は私……」
「そうか、其方がか。いだろう、今回はゆっくりと相手をしてやれる」
どこまでも不遜な態度を示すパーシヴァリーを、ゴスロリの美少女は眠たそうな眼で睨みつけるのであった。




