72.銀髪の戦乙女VS親衛隊
八本脚の巨大馬が、闇夜の空を颯爽と駆けていく。
その背に乗るのは銀色の髪をカチューシャ風に編み込んだ小さな美少女であり、白銀の鎧に身を包む彼女はとても凛々しく綺麗であった。
「そろそろ夜明けか……」
この世界に来て初めて領都オルステンから出たパーシヴァリーは、白み始めた眼下の風景に興味を示す。
「……」
彼女は手綱を操って、街道に接する森の中へと巨馬と共に舞い降りた。
「森は久しぶりだ」
下馬して草むらに足を付けたパーシヴァリーは、ここまで乗せてくれた魔物の馬に礼を述べる。
「ありがとう。其方はもう帰ってもいいぞ」
パーシヴァリーの言葉で巨馬は静かに嘶くと、速やかに空へと去っていった。
それを見届けた彼女はしっかりと大地を踏みしめながら、森の中をひた進む。
そして直ぐに街道へと辿り着いた。
「ここから歩けば明日の昼頃には着くか。ぼちぼち行くとしよう……」
別段、彼女は急いでいなかった。
パーシヴァリーの目的は、己の愛する男が死んだなどとのたまう不届き者を成敗する事だ。
その相手は自分を待ち構えていると分かっていたので、特に焦る必要もなく、この世界の景色を堪能しながらレンドン城に向かうつもりであった。
「何やらネズミがうろついている……」
しばらく進んだところで何者かの視線を感じる。
それも複数であり、出処は街道にせり出した両脇の森からであった。
「……レンドン城の手の者か? ならばさっさと報せろ……私が出向いているとな……」
口の端を吊り上げながら、パーシヴァリーは自分のペースでレンドン城に続く街道を進んだ。
その日の晩。
適当に狩りをして夕食を済ませたパーシヴァリーは、焚火の前で腕を組み座り込んでいた。
「……ふむ……襲ってくる様子はないか……」
見張りは完全に監視に徹しており、彼女に手を出す気配はない。
「……まあいい……このまま寝るとするか……」
パーシヴァリーは瞼を閉じると座ったまま眠りに入った。
そしてそのまま朝を迎える。
「……てっきり寝込みを襲うと思っていたが……あくまでも監視だけという訳か……」
目を覚ましたパーシヴァリーは、簡単に朝食を済ませると、再びレンドン城へ向かって歩き始めた。
日が完全に登り切った時分
パーシヴァリーは街道を過ぎ山道へと入っていた。
その中腹で、レンドン城を視界に入れる。
「あそこだな……そろそろこの景色にも飽きてきたところだ」
そう言うと、彼女は脇目も振らず唐突に走り出した。
「!!!」
陰から監視していた斥候たちは、慌ててパーシヴァリーを追う。
しかしその速さは馬よりも早く、あっという間に彼らは引き離されてしまった。
「なんだ、不甲斐ない。この程度の速さに付いてこれないとは」
パーシヴァリーは走りながら、斥候たちの軟弱さにため息をついた。
そして昼を迎える。
パーシヴァリーはレンドン城に辿り着いていた。
否、その手前と言った方が正解だろうか。
城門前では精強な一軍が待ち構えており、V字型の陣形を組んで臨戦態勢に入っている。
「これは鶴翼の陣。私が来るのを斥候から聞いて待ち構えていたな」
陣形を為す兵士たちは皆が槍を携え直立不動で立っており、戦場特有のピリピリとした緊迫感が場を支配していた。
「これは思ったよりも楽しませてくれそうなのだ」
何を思ったのかパーシヴァリーは、無警戒に両翼の間へと足を進める。
そしてあろう事か、そのど真ん中で停止すると、声高らかに宣言した。
「さあ!!! 其方らにとって有利な展開だ!!! 私は一対一とか正々堂々とかそのような細かいことには拘らない!!! 遠慮なく掛かってくるのだ!!!」
「……」
兵士たちは戸惑う。
何処からどう見てもパーシヴァリーはか弱い少女だ。
そんな彼女が陣形内に足を踏み入れたこと態驚きだが、さらにそこから堂々と啖呵を切った。
どんな強者でも、これだけの数の精鋭に囲まれては委縮するというのに、彼女には一つも怯んだ様子が見えない。
「お前が【銀髪の戦乙女】か」
重厚な鎧を身につける大男が正面から歩いてきた。
「其方は誰だ?」
「俺はマッキシム親衛隊の一人、スラーセンだ」
「……ほう……親衛隊か」
骨のありそうな奴が出てきたと、パーシヴァリーの食指が動く。
「其方に聞こう。マスターはどこだ?」
「マスター? ああ、反逆者トモカズの事か。馬鹿かお前、いるはずないだろう。これが罠だって分からなかったのか?」
「フフフ、そうか」
スラーセンは馬鹿にするが、分かっていたパーシヴァリーが不快に思う事はなかった。
「しかしお前、上物だな……」
スラーセンは目の前の美少女を厭らしい目付きでジロジロと値踏みする。
そして後ろを振り返ると、城壁の上に向かって大声を出した。
「マッキシム様!!! 俺にこのチビをくれねえか!!?」
そこには数人の人物がおり、城門前の様子を窺っている。
そのうちの一人、荘厳な鎧を纏う金髪の青年が口を開いた。
「なんだ? あの小っこいのが【銀髪の戦乙女】か?」
彼こそがドミナンテの三男、マッキシム・ラ・ヴァンヘイムであり、ゼルディオン帝国の侵略を退いてきた名将でもある。
「キャロライン。お前、あんなのにあしらわれたのかよ。たく、親父や兄貴、ヘルムーツェン先生もいたんだろ? だらしねえなあ」
キャロラインはパーシヴァリーを凝視した。
その姿は以前対峙した時と違っていたが、雰囲気からして間違いなくあの時の人物だと確信する。
「……マッキシム、私は何度も言った……彼女は危険……油断は禁物……」
その言葉にマッキシムは肩を竦めた。
「と言ってもなあ……見ろよ、スラーセンとあのガキの体格差をよ」
それは象に挑む蟻の様である。
「イングリッド嬢に一つ聞きたいんだがよ、アクセルの奴、【死の女帝】の事を誇張して俺に報告したんじゃないのか?」
この場にアクセルはいない。
なのでマッキシムは、彼の主人であるイングリッドに文句を付けた。
「あの【銀髪の戦乙女】を見る限り、【死の女帝】が強いとは思えねえ。アクセルめ、自分の失態を少しでも軽くするために、わざと【死の女帝】は強かったとか言ってたんじゃねえの?」
「……許されよ、マッキシム殿……しかしアクセル……あ奴はほんに役に立たぬ男じゃ……」
イングリッドはアクセルに見切りを付けていた。
【死の女帝】から自身を守り切れなかったため、使えないと判断したのだ。
「あんなに小っこいのが強いわけねえ……アクセルめ、いい加減な事をぬかしやがって」
チェームシェイスの強さを見せつけられたアクセルは、同じ反逆者の【銀髪の戦乙女】もそれ相応の力を持つと見做し、マッキシムに強く警戒を促していた。
しかしパーシヴァリーの姿なりを見たマッキシムは、アクセルの忠告に疑わしさを感じてしまう。
「マッキシム殿、あの者を生きたまま捉えてくれぬか……妾が受けた屈辱をあの女の血で洗い流したいのじゃ……」
「イングリッド嬢は相変わらずだねえ……いいぜ。だが、スラーセンが遊んだ後だ。それでいいか?」
「もちろんじゃ。生きていれば問題はない」
「決まりだな」
【血啜りの伯爵夫人】の顔が醜悪に歪む。
「マッキシム様!!! いいだろ!!?」
スラーセンが催促してきた。
「辛抱がない奴だ」
マッキシムは傍に控えていた兵士に言付けをする。
「おい、殺さなければ好きにしていいとスラーセンに言ってやれ」
「はっ!」
兵士は城壁から降り、直ぐスラーセンの元まで駆け付けた。
「スラーセン様。殺さない限りは自由にしていいと」
「やっぱマッキシム様は話が分かぜ……グヘへ……」
許可を得たスラーセンは、喜び勇んで少女に向き直る。
「さあ、やろうか。お嬢ちゃん」
パーシヴァリーは剣も抜かず、ごくごく自然体で立っていた。
「なんだいなんだい、怖くて足が竦んでいるのか!? 大丈夫だよ! 優しくするからよお!!!」
太い両腕を前面に伸ばしたスラーセンが、猛牛の如く突進してくる。
「面白い」
パーシヴァリーも両腕を前に出して待ち構えた。
「俺と力比べをしようってのか!? いいねいいねえ!!! 最高だよ!!!」
スラーセンはマッキシム軍の中でも一・二を争う剛力の持ち主だ。
既に勝敗は決したと、兵たちは誰もが同じ感想を抱いた。
「ほうら! 来てやったぜえええ!!!」
太い十本の指が小さな体を掴もうとする。
パーシヴァリーはそれに合わせてがっちりスラーセンと組み合った。
「ちっちゃな手だな! 後でたっぷり可愛がってやるよ!!!」
パーシヴァリーを押し倒そうと両腕に力を入れる。
しかし次の瞬間、スラーセンは大きく目を見張った。
「なんだあっ!!?」
目の前の小さな存在がピクリとも動かなかったのだ。
それどころか、パーシヴァリーは涼しげな顔でスラーセンを見ている。
「どうしたというのだ。これが其方の本気か?」
「ぐ!!! くそったれがああああああああ!!!」
スラーセンは顔を真っ赤にさせて全体重を両腕に乗せた。
次いでパーシヴァリーの手を握りつぶさんとばかりに握力を強め、身を乗り出して覆いかぶさるように重圧をかける。
それでも小さな少女は平然としており、全くもって微動だにしなかった。
「スラーセンさん! さっさと決めちゃってください!!!」
「そうだ! いつまでも遊んでんじゃねえよ!!!」
周りの兵士が囃し立てる。
しかし当の本人はそれどころではなかった。
「くっそぉおおお!!! なんで動かねえんだよ!!!」
「ここが限界のようだな」
期待に沿ぐわなかったのか、パーシヴァリーは落胆した表情を見せる。
そしてじわじわと、スラーセンを押し返していった。
「……な゛んだ……ごの怪力は……」
大男が額に血管を浮き上がらせて、すまし顔の小さな少女に押されている。
その異様な現象に、周りの者たちは徐々にだが気付き始めた。
スラーセンが力負けをしていると。
「……ぎぎぎ……」
何とか踏ん張るスラーセンだが、とんでもない膂力にどうする事もできない。
「……ぐぐぐぐががが……」
歯を食いしばって抵抗するも、ついには地に両膝を着いてしまった。
――ぐちゅ――
「ギャァああああああ!!!」
スラーセンの手が握り潰される。
「少しはやるかと思っていたが、見掛け倒しだったか」
見切りをつけたパーシヴァリーは、一気に攻め立てた。
「やめろ!!! やめてくれえええええええええ!!!」
あまりの力にスラーセンはどうする事も出来ず、遂には背中が地面に接する。
「何を言う。まだ勝負は付いていない」
パーシヴァリーは問答無用でスラーセンを地面に押し付けた。
「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああ!!!」
――メリメリメリ――
石畳にスラーセンの巨躯が深くめり込んでいく。
そして彼は白目を剥きながら、口から泡を吹いて気を失ってしまった。
「なんだ、もう気絶してしまったのか。これでは準備運動にもならないではないか」
信じられない光景を目の当たりにした兵士たちは、ただただ唖然とするのであった。




