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71.二面作戦

「どうしたレーヴェ。私がお前の主人だからと言って、手を抜く必要はないのだぞ」

「そう仰るのなら、少しだけ本気を出ささせていただきます」

  

 レーヴェは剣の切っ先をデウストに向け、力強く地を蹴った。


「先ほどよりはマシな突きだ」


 剣先がデウストの胸部を貫く寸前、彼は体を半身にさせ擦れ擦れで躱す。

 そこでガラ空きとなったレーヴェの胴体に重い蹴りを放った。


「ぐっ!」


 レーヴェは腕を下げて蹴りを受け止めるが、己の態勢を維持できない。


「重心がぶれたな。死ぬぞ?」


 その隙をデウストが見逃すはずもなく、レーヴェの首めがけて横なぎに剣を払った。


「チィ!」


 しかしレーヴェは崩れた姿勢のまま無理やりしゃがみ(・・・・)込んで斬撃を避ける。

 そして足を伸ばす反動を活かし、相手から距離を取るため後方に跳躍した。


「流石はレーヴェ。よく躱した」


 デウストは剣を降ろして構えを解く。


 それを遠目に見ていた侍女たちが、修練が終わったと認識し、主人の元まで駆け寄った。

 彼女たちはデウストの引き締まった体から噴き出る汗を、上質な布で拭き取っていく。

 

「しかしお前はいつもその鎧を着ているな。鍛錬の時くらい脱いだらどうだ?」

「私はこの鎧に誇りを持っておりますので、このままで充分です」


 ここは領城の敷地内に備えられた修練場。

 デウストとレーヴェは早朝からこの場所で汗を流していた。


「レーヴェ、お前を従者にして正解だった。私の相手を務められる人物は貴重だ。他の者ならこうはいかん」

「有難うございます、デウスト様」

「だが遠慮しすぎだ。私はお前の本気が見たい」


 デウストはそう言うと、侍女から差し出されたコップを受け取り喉の渇きを潤した。


「デウスト様。失礼いたします」


 何時からそこにいたのだろうか。

 執事のシルベスターがデウストの傍に控えていた。


「シルベスター、何かあったか?」

「はい。トモカズ一味に動きがありました」


 その言葉にデウストの眉がピクリと動く。 


「話せ」


 シルベスターは姿勢を正して報告を始めた。


「昨日の明け方。ジャレック村近くの街道に、【銀髪の戦乙女】の姿が確認されました」

「ククッ、掛かったな」


 デウストの口元が吊り上がる。


「予想では、【銀髪の戦乙女】は今日の昼頃にレンドン城へ着くと思われます」

「丁度いいタイミングだ……シルベスター、【銀髪の戦乙女】の他に誰がいた?」

「それが、彼女一人だけだったそうです」

「なに?」

「街道を通る者で、彼女以外の怪しい者はいなかったらしいのです」

「……」


 デウストは訝しんだ。


「たった一人でレンドン城に向かったのか?」

「……どうやらそのようで……」

「……」


 逡巡したデウストはある予測を口にする。


「奴らの仲間が行商人や地域の村人に化けている可能性は?」

「それはないと思われます。街道を見張っていたのは手練れの斥候。少しでも怪しいと感じた者は、接触して確認を取っています」


 今度はシルベスターが自分の考えを述べた。


「別ルートでレンドン城に向かっているのではとも考えましたが、全ての街道には見張りがおります。その目を掻い潜るのは不可能です。【銀髪の戦乙女】は間違いなく一人で動いております」

「……奴ら、何を考えている……」


 不審に思うデウストだが、この後の計画に支障がないと判断する。


「……ふん、まあいい。この後の予定に差支えは無いだろう」

「はい。キャロライン嬢の読みも当たったようです」

「そうだな、すべては計画通りに進んでいる」


 デウストはほくそ笑み、シルベスターに命を下す。


「では大詰めと行こうか。シルベスター、決行は今日の昼中だ。直ぐ準備に取り掛かれ。それからオルステン中に触れを出すのも忘れるな」

「畏まりました」


 初老の執事は丁寧に腰を折り、速やかに修練場から立ち去った。


「……デウスト様……いったい何を始めようというのですか……?」


 二人の遣り取りを傍らで見ていたレーヴェは訝しむ。


「知りたいか?」

「……出来ることなら……」


 とそこで、侍女たちが口を挟んできた。


「デウスト様、このままでは風邪をひいてしまいます」

「お話は服を着た後になさってください」


 彼女たちの言葉にデウストは素直に頷く。


「分かった。という事だ、レーヴェ。先に私の部屋で待っていろ。直ぐに行く」


 そう言うと、デウストは侍女を引き連れ修練場を後にした。






 場所は変わり、デウストの自室。


 部屋の主は、豪華な椅子に座って寛いでおり、すぐ側にはレーヴェが直立不動で控えていた。


「デウスト様。先ほどの話の続きですが……」


 気になっていたのか、レーヴェが切り出してくる。


「そうだったな」


 思い返したデウストは淡々と答えた。

 

「これから始まるのはゼクトの処刑だ」

「なっ!!?」


 レーヴェが身を仰け反り驚愕する。


「デウスト様! ドミナンテ様の許可を取らなくても良いのですか!?」


 滅多な事では大声を出さないレーヴェだが、この時ばかりは声を荒げてデウストの蛮行を諫めた。


「それにゼクトを殺せば、本格的に冒険者や市民の恨みを買うことは必定! それだけは絶対になりません!!!」


 ゼクトは冒険者ギルドのギルドマスターであり、篤実温厚なその性格から冒険者たちに慕われている。

 そんな彼が率いる冒険者ギルドは市民の間でも評判が高く、オルステン中から多くの支持を集めていた。


「ゼクトの処刑を取り止めてください!!!」


 レーヴェがここまでゼクトの処刑を反対するには他にも理由があった。

 この二人は、立場は違えど互いを認め合っていたのだ。


 そのことは、デウストも十分に承知していた。


「レーヴェ、お前の役目は何だ?」


 レーヴェの口が重く開かれる。


「……デウスト様にお仕えする、それが私の役目……」

「分かっているならそれでいい」

「……ですが……」


 それでもレーヴェはしつこく食い下がった。


「……ゼクトを処刑するなど敵を増やすも同然……今一度、お考え直しを……」

「……」


 デウストは思う。


 レーヴェを無視して強引にゼクトの処刑を推し進めてもいいが、これでは彼の忠誠心が下がってしまう。

 ここはひとつ、レーヴェを納得させた方が滞りなく計画が進められ、後々やり易くなるだろうと考えた。


 それに、これもまた一興だとデウストの胸中で遊び心が生まれる。

 

「レーヴェ。ゼクトの処刑は計画の要だ。取り消す事はできない」

「……計画、ですか……」

「そうだ。レンドン城にトモカズの死体を晒したと喧伝したのもその一環だ」

「……」


 レーヴェは黙ってデウストの言葉に耳を傾けた。


「以前、ユージスに憑依した【銀髪の戦乙女】は言っていた。自分の所へは、まだトモカズが戻っていないとな。奴らも探りを入れている状態だ」


 その事はレーヴェの耳にも入っていた。


「そこでだ。レンドン城にトモカズが磔にされていると知れば、一味はどう出ると思う?」

「……確認するため人を送るでしょう……若しくは、助けることを前提にしてそれなりの戦力で出向く……」 

「正解だ。だが、先ほどのシルベスターの報告では、釣れたのは【銀髪の戦乙女】だけだったがな」


 しかしデウストはさほど落胆してはいない。

 【銀髪の戦乙女】が一味の主力だと見ており、彼女を押さえておけば問題ないと見越していた。


「そして、【銀髪の戦乙女】がレンドン城へと向かっている隙に、ゼクト処刑の触れを出す」

「……デウスト様……あなたの考えが読めました……」


 レーヴェは察した。

 これはトモカズ一味の掃討作戦であると。


「ククク、分かったか……残り者を焙り出し、ゴミを一掃する」


 反逆者の数が分からないデウストは、レンドン城とオルステンに敵の戦力を分散させようとしているのだ。


 レンドン城はマッキシム率いる軍が駐留しているので、そちらへ向かった【銀髪の戦乙女】は確実に仕留めれる目算だ。


 一方のオルステンは、デウストやレーヴェ、そして多くの騎士や、傭兵団【晩餐】までいる。

 ゼクトの処刑をエサにして、残りの一味を釣り上げ一気に殲滅する計画であった。


「実力のある冒険者たちはアルタ村とトーゲ村の防衛についている。今ギルドに残っている冒険者では、力量不足でゼクトを助け出せない」


 デウストの言葉通り、フロスコやミスティスなどの名だたる冒険者は、今現在オルステンには一人もいない。

 彼らがゼクトを助け出す可能性は、時間的にも距離的にも絶対に無理であった。


「そうなると、必ずトモカズ一味がゼクト救出に乗り出す。持てる戦力全てを費やしてな」

「……そう上手く事が運ぶのでしょうか……一味はゼクトを見捨てるやもしれません……」

「それならそれで構わん」


 デウストは余裕の笑みを見せる。


「トモカズ一味と冒険者ギルドの間で交わされた約定には、ゼクトの救出が入っていたと調べがついている。もしゼクトが殺されたら、冒険者たちはどう思う?」

「……約束を違えたと、彼らの怒りがトモカズ一味に向かいます……」


 ゼクトを助けなかったら助けなかったで、彼らが仲違いをするようデウストは仕向けていた。


「市民もトモカズ一味に怒りの矛先を向けるだろう。私がそのように誘導する」

「……どちらに転んでも、私たちの都合の良いように動く訳ですか………」


 計画の全貌を聞いたレーヴェは、何とも狡猾な策だと身震いを起こした。


「そう言う事だ。だからレーヴェ、お前も腹を括れ」

「……」


 レーヴェは苦悩する。


 ここでゼクトを失えば、領主たちの暴虐を多少なりとも抑えていた歯止めが無くなってしまう。

 そうなれば、領民たちが更に酷い仕打ちを受けるのは確実であった。


 とそこで、デウストがカリスマ性を発揮させる。


「何を悩む必要がある。今のお前の主は私だ。騎士であるなら忠誠を誓え。それに私はお前だからこそ計画のすべてを話した。失望させるな」


 デウストは農民出身の自分を高く評価し深く信頼してくれている、レーヴェはそう受け取ってしまった。


「……」


 彼の中で、少しだけ天秤が忠誠の方に傾く。


「……分かりました……デウスト様……私はあなたに付き従います……」

「ククッ、レーヴェ、期待している」


 デウストの口元が三日月状に歪んだ。


「……済まん、ゼクト……」


 レーヴェは誰も拾える事ができないほどの小さな声で、ゼクトに詫びを入れるのであった。






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