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70.蝋燭会の実態

 高級料理店ぺリア・ロ・サイモン。


 ここは貴族や富豪などが利用する、オルストリッチ辺境伯領の中でも最高に格式の高い有名店だ。


 広大な敷地内に立てられた店の外観は、精緻な浮き彫り細工(レリーフ)が細部にわたって施されており、並の貴族の屋敷が陳腐に見えるほどの豪華さを誇っていた。


 無論、味は数々の美食家たちの舌を唸らせ、接客も懇切丁寧で文句の付けどころは皆無である。


 この事からも、他領の権力者がぺリア・ロ・サイモンの味を求めて遠方から出向いてくるほどに、その名はブリエンセニア各所で知れ渡っていた。


 しかしそれは表の顔。

 内情は、犯罪組、織蝋燭会の三幹部の一人、イザイラの支配下に置かれた店である。


 そのぺリア・ロ・サイモンの深層部。

 そこには店の真の主であるイザイラの部屋が設けられており、室内では貴重な美術品が惜しげもなく飾られていた。


 しかし今は、彼女の物であろう豪華なソファーに別の者が腰かけている。

 その人物は、銀色の髪を持つ小さな美少女であり、人形のように可愛らしくちょこんと座っていた。


「パーシヴァリー様。珍しい茶葉が手に入りましたので、どうぞお召し上がりになってください」

「そうか。では頂こう」


 イザイラが淹れた茶を、パーシヴァリーは旨そうに啜る。


「どうでしょうか?」

「深みがあって上品な味だ。気に入ったのだ」

「ありがとうございます」


 お褒めの言葉を賜ったイザイラは光悦とした表情を浮かべた。

 そしてパーシヴァリーが座るソファーよりも数段劣った椅子に腰を掛ける。


「……それにしてもパーシヴァリー様……敵は何も仕掛けてきませんね……」


 イザイラは不気味さを感じていた。


 ユージスを救出してから既に数日は経っている。

 領主側が何らかの手を打ってくると身構えていたのだが、目立った動きは見受けられなかった。


 変わった事と言えば、謀反人の手配書が増えたことだ。

 新たに加えられたのは、エルテとアプリコットとチェームシェイス、そしてユージスとフレイであった。


「イザイラ。領主代理を務めているのは、確か息子のデウストだったな」

「はい。あの男は狡猾で頭も切れます。いったい何を仕出かしてくるのか見当もつきません」


 逆にデウストが動かないので、イザイラの懸念は強くなっていた。


 ところがパーシヴァリーの方は、イザイラとは対照的に余裕の笑みを浮かべている。


「狼狽える必要はない。相手はこちらの出方を窺っているのだ。下手に動けば付け入る隙を与えるだけ。私たちは悠然と構えていればよいのだ」


 パーシヴァリーのその小さな体からは、想像ができないほどの威風が満ち溢れていた。


 そんな彼女を目の当たりにしたイザイラは安心感を覚える。


「……さすがはパーシヴァリー様……頼もしい限りです……」


 とそこで、エメラルドグリーンの髪色をしたマッシュボブの美少女が、飛び込むように部屋へと入って来た。


「パーシーお姉ちゃん大変です!!!」


 慌てふためく美少女に、パーシヴァリーは落ち着き払って言葉をかける。


「アプリコット、先ずはそこに座って茶でも飲むのだ。イザイラ」


 呼ばれたイザイラは直ぐに立ち上がると、アプリコットの傍に近づき彼女の両肩に手を添えた。

 そしてそのまま椅子まで誘導させ、静かに座らせる。


「ささ、お茶でも飲んでリラックスしてください」

「ありがとう、イザイラさん」


 カップに口を付けるアプリコットは、次第に心を落ち着かせていった。


「それでアプリコット。何があったのだ?」


 パーシヴァリーの問いかけに、アプリコットは身を乗り出して答える。


「蝋燭会の首領が誰か分かったんです!」

「えっ!!? ほ、本当ですか!!! それは!!?」


 大声を出して驚いたのはイザイラだった。


 蝋燭会は、ボスを頂きに置いて下には三人の幹部、そのまた下には数多の構成員が存在する、オルストリッチ全体に蔓延る巨大犯罪組織だ。

 

 幹部たちはそれぞれの役割を担っており、イザイラに関しては娼館や奴隷館、賭博や高利貸しなど裏の商業の元締めであった。

 稀に人攫いや殺人などにも手を染めていたが、パーシヴァリーたちの傘下に加わってからというもの、組織から怪しまれない程度には抑えていた。


 そんな高い地位にいる彼女でさえも、首領が誰かは分からず、一度たりとも会った事はなかった。


「……ア、アプリコット様……ボスの正体はいったい……?」


 恐る恐る尋ねるイザイラに、アプリコットはハッキリとした口調で答える。


「デウストです!」

「なっ!!?」


 イザイラは目玉が飛び出るほどに驚いた。

 

「……そう言うことであったのだな……」


 パーシヴァリーはというと、何故か納得している。


「……パ、パーシーお姉ちゃん? ……驚かないのですか……?」


 不思議に思うアプリコットに、パーシヴァリーは淡々と答えた。


「簡単なことだ。奴は蝋燭会が集めた情報、資金を吸い上げているのだ。権力者が犯罪組織と結託する、よくある話なのだ」


 その言葉でイザイラも納得した表情を見せる。


「……そう言えば心当たりがあります……私たち三人の幹部は全員が違った部類の元締めですが、共通した命令が二つだけあります。それは情報収集と人身売買……」

「……イザイラさん、どうしてその二つだけが皆に課せられているんですか……?」


 アプリコットの疑問にイザイラは淀みなく答えた。


「デウストは情報戦略と収集能力に長けていると聞いたことがあります……蝋燭会を使ってより多くの情報を集めていたと考えられます……」


 蝋燭会はデウストの目、耳であった。


「……そうですか……では、人身売買の方は?」

「これは噂の範疇ですが、デウストは悪魔と契約しているらしいのです。その契約を維持するために必要な物が、大勢の生きた人間……」

「……」


 アプリコットは言葉を失う。


 そしてイザイラも、蝋燭会の存在理由を知り恐々とした。


「イザイラ、情報の提供方法や奴隷の受け渡しはどうやって行われるのだ?」


 今度はパーシヴァリーが質問を投げかける。


「繋ぎ役と呼ばれる者が接触してくるのです。その者は毎回違う人物で、年寄りであったり、若い女性であったり、子供の時もあります。そして接触するタイミングがまちまちなんです」


 正に神出鬼没であった。


「だとしたら、どうして其の者が繋ぎ役だと分かるのだ?」


 その疑問にも、イザイラは詰まる事なく答える。


「ブローチです。それは贋作が作れないよう特殊な加工が施されています。私は魔道具の一種と見ました。繋ぎ役は、必ずそのブローチを胸に付けているのです」

「……なるほどな……」


 パーシヴァリーは納得すると、イザイラに確認を取った。


「イザイラ、其方が私たちの傘下に入っている事実は、まだデウストにはバレていないな?」

「はい。私の派閥内でさえも、トモカズ様たちの存在を知る者は極々一部です。その者たちはすべて私の子飼い。情報統制は完璧です」


 その言葉にパーシヴァリーは満足する。


「イザイラ、見事な動きだ」

「お褒めの言葉、有難き幸せ……」 


 イザイラは幸せそうな表情を浮かべた。


「しかしアプリコット。よくぞこの事実を掴んできてくれたのだ」

「パーシーお姉ちゃん、ありがとうございます……でも、ここまで出来たのはピアお姉ちゃんのお陰でもあるんです」


 蝋燭会の首領がデウストだと突き止められたのは、ピアの存在が大きい。

 彼女は自分がいなくなった時の事を考えて、いつでも引き継ぎが出来るようアプリコットに逐一情報を提供し、その収集の手管を享受していたのだ。


「それでも私は嬉しい。姉として、其方を誇らしく思うぞ」


 パーシヴァリーに褒められたアプリコットは、頬を赤らめ可愛らしくはにかんだ(・・・・・)


――コンコン、コンコン――


「……イザイラ様、イザイラ様……至急お耳に入れたき事が……」


 不意にドアからノック音が鳴り、女性の声が聞こえてきた。


 何事かとイザイラが席を立ちドアへと向かう。


「どうしたの?」

「……それが……」


 イザイラは少しだけドアを開け、その向こう側の人物とひそひそ(・・・・)話を始めた。


「なんですって!? それは本当なの!?」


 突然叫んだイザイラは、直ぐにパーシヴァリーの下へと戻って来る。


「パーシヴァリー様……デウストが新たな触れを出してきました」

「……ほう……やっと仕掛けてきたか」


 パーシヴァリーは不敵な笑みを浮かべる。


「それで、どのような触れなのだ?」


 イザイラは神妙な顔つきで触れの内容を口にした。


「……トモカズ様の死体をレンドン城の城門前で磔にしていると……」

「……」


 三人の間に重たい空気が流れる。


「……パーシヴァリー様……トモカズ様の安否が確認できておりません……もちろん私はトモカズ様が生きていると信じています……ですが……」

「……パーシーお姉ちゃん……」


 イザイラが悲壮な表情を浮かべ、アプリコットは目に涙を溜めていた。


「……フフフ……フハッ! アーハッハッ!!!」


 突然、パーシヴァリーが噴き出した。


「パーシヴァリー様!!?」

「どうしたんですか!? パーシーお姉ちゃん!!!」


 二人はパーシヴァリーの気が触れてしまったのかと思わず焦ってしまう。


 しかし次の瞬間、彼女は至極真面目な顔付きになった。


「十中八九、罠だ」


 その言葉にイザイラは疑問を感じる。


「……ど、どうして罠だと……?」


 パーシヴァリーは頬を吊り上げ悠然と答えた。


「二人とも冷静に考えるのだ。マスターの屍を晒すなら、どうしてこのオルステンではないのだ? わざわざレンドン城で晒す意味がない」

「あっ……」

「……確かに……」

 

 言われてみればそうだと二人は納得する。


「……しかし不愉快だ……嘘とはいえ、マスターを磔にしたと抜かすとは……以前も奴らはマスターが死んだと吹聴して回った……」


 パーシヴァリーは深く眉根を寄せた。


「……私が直接レンドン城へ赴き、奴らの思惑をぶち壊してやる……」


 小さな体から強圧的な覇気が放たれる。


「待ってください! パーシーお姉ちゃん一人では危険過ぎます! ここはエルテお姉ちゃんとチェームお姉ちゃんを待ちましょう!」


 アプリコットは部屋の片隅に目を向けた。

 そこにはエルテの店から持ち出した歪曲門(ワープ・ゲート)が立て掛けてある。


歪曲門(ワープ・ゲート)は何の反応も示していない。エルテたちがまだバンジョーナ城塞を攻略していない証左だ。待っていては、いつになるか分からない」

「……だったら……だったら私も一緒に行きます!」


 姉の考えを変えられないと悟ったアプリコットは、自身も名乗りを上げた。


 しかしパーシヴァリーはそれを制す。


「其方はここで待機するのだ」

「……で、でも……」

「……案ずるな、アプリコットよ……」


 パーシヴァリーはソファーから腰を上げると、静かにアプリコットの傍へと寄った。

 そして手を差し出して、彼女の頬にそっと触れる。


「アプリコット。其方までここを出れば、万が一が起こった際には誰がユージスとフレイを守るのだ?」


 ユージス夫妻は別室におり、今はパーシヴァリーたちの保護下にあった。


「それにマスターが戻ったとき、私たち姉妹が誰もいないなど許されない。六人のうちの誰でもいい、誰かが測り知れない愛を以てマスターを出迎えなければならないのだ」

「……」

「イザイラもいる。何も心配することはない」


 自分の名が出たイザイラも、静かに頷き協力の意志を見せる。


「……分かりました……パーシーお姉ちゃんの期待に応えて、ちゃんとお留守番をして見せます!」


 妹の真摯な態度にパーシヴァリーは相好を崩した。


「ではアプリコット。私は今夜出発する。以前テイムした魔獣、ダンテアッシュを用意しておくのだ」

「はい! 分かりました!」


 斯くしてパーシヴァリーは、その日の深夜、闇夜に紛れてオルステンを出立するのであった。






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