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69.因縁の傭兵団

 領主代理となったデウストは、自室で山積みにされた書類に目を通していた。


 傍らでは漆黒騎士のレーヴェが直立不動で立っており、実直に護衛の任を遂行している。


「……レーヴェ。何か言いたそうな顔をしているな」


 書類に視線を落とすデウストから、おもむろに言葉が発せられた。


「……」


 レーヴェの顔はフルフェイスの兜で覆われており、その表情は窺えない。

 しかしデウストは、レーヴェの感情を敏感に感じ取っていた。


「父上が出立してから既に数日は経つ。その間、私が何もしていないようにお前の目には映っているのではないのか?」

「……」


 レーヴェは一間おいて返答する。


「……仰る通りです……【銀髪の戦乙女】とユージスを野放しにしておくなど、あなたらしくないと思いました……」


 デウストは書類から目を外すと、レーヴェの方に向き直った。


「今は準備段階だ」

「……準備段階……?」

「そうだ。アルタ村とトーゲ村。この二つの村が滅びないのは、どうしてだと思う?」


 彼の村々は、ドミナンテに制裁を加えられており、全ての財産を没収されている。

 領主側の見解ではそう遠くないうちに朽ち果てる予定であったが、今もなお村は健在で、滅びる気配は一向に見えなかった。


「……それが【銀髪の戦乙女】と何か関係があるのですか……?」


 話が変わった事でレーヴェは困惑する。


「大有りだ」

「……」


 皆目見当がつかないレーヴェに、デウストは言い放った。

 

「特別に教えてやろう。あの二つの村は、商人ギルドの支援を受け、且つ冒険者たちに守られている」

「……そ、それは本当の話ですか……?」


 レーヴェの声音からして驚いているのは間違いない。


 それに気分を良くしたデウストは、楽し気に言葉を続けた。


「ああ、本当だとも。掘り下げて言えば、商人ギルドと冒険者ギルドはトモカズと手を組んでいる」

「なっ!? ……し、信じられません……」


 兜の中の表情は唖然としているのだろうと想像したデウストは、さらに愉快な気持ちになる。


「私は今までこれらの情報を集めていた。父上が旅立ってから何もしていない訳ではない」

「……で、では、これから何かを仕掛けるのですか……?」

「まだだ。まだ機は熟していない」

「……それはどういう意味で……」


 レーヴェが訝しんでいると、扉の外から声が聞こえてきた。


「デウスト様、よろしいでしょうか」

「なんだ、入って来い」

「失礼いたします」


 執事服を着た初老の男が礼儀正しく部屋に入ってくる。


「エルンシスなる者がデウスト様に会いたいと」

「なに? エルンシスだと?」

「はい。本来なら追い返すところでございますが、デウスト様直筆の書状を持っておりましたので、城門前で待たせております。如何なされますか?」


 デウストは笑みを浮かべてレーヴェに言い放った。

 

「レーヴェ、先ほど私は機が熟していないと言った」

「……はい……」

「だがそれは、今まさに成熟した」

「……」


 レーヴェはデウストの考えが理解できなかった。

 だが、そのエルンシスという名には聞き覚えがある。


「……デウスト様、まさかその者は……」

「察しがいいな、お前の予想通りだ」

「……傭兵団、【晩餐】の団長……」

 

 レーヴェが呟いた【晩餐】と言う名は、大陸中に知れ渡る高名な傭兵団の名だ。


 戦を求めて国という国を渡り歩き、雇われた陣営に勝利を齎したこと数知れず。


 規模も三十名ばかしと少数ではあるが、誰もが並々ならぬ実力を持ち、小国規模の軍なら彼等だけで壊滅できると実しやかに噂されていた。


「【晩餐】は【泥狩り】に対抗するため、私が要請を仰いだ」


 ところがである。

 そんな彼らの輝かしい戦歴に傷を付ける傭兵団が現れたのだ。


 その名は【泥狩り】。

 【泥狩り】はたった五人で構成された傭兵団で、団と呼ぶには心許ない人数だ。

 しかしその実力は本物であった。


「【泥狩り】を倒せるとあってか、【晩餐】は喜んで受けてくれた」


 以前、【晩餐】はとある戦場で【泥狩り】とかち合ったことがある。

 その際、【泥狩り】の猛攻を受け十五名近い戦死者を出してしまった。

 さらには与していた陣営も敗北を喫してしまう。



 対して【泥狩り】は、負傷者は出たものの誰一人として欠ける事はなかった。

 加えて【晩餐】を撃退した名誉を賜り、大陸中に名を轟かせる。


 その後も【泥狩り】は転戦を重ね、着実に富と名声を高めていった。

 

 無論、【晩餐】が彼らに復讐の念を抱いたのは言うまでもない。

 踏み台にされ、名誉を落とされ、団は半壊状態だ。

 【晩餐】は日に日に恨みを募らせた。


 そして月日は流れ、ようやく態勢を整えた【晩餐】は、リベンジとばかりに【泥狩り】が参戦するであろう戦場を探る。


 ところが彼らはオルストリッチ一の大商人、グラハム・フィンゴールの専属護衛として雇われていたのだ。


 これでは戦場で恨みを晴らす事ができない。


 機会を逃した【晩餐】は、憎しみの矛先を何処に向けてよいか分からず、鬱屈とした日々を過ごすはめとなった。


 そこに目を付けたのがデウストである。


 彼は言葉巧みに【晩餐】に近づき、恨みを晴らす場を用意すると言って彼らを抱き込んだのだ。


「【泥狩り】はグラハムを始末する際に邪魔なのでな」


 デウストはある構想を抱いていた。

 それはグラハムの排除だ。


 グラハム・フィンゴールという男は、このオルストリッチの領主ドミナンテと唯一対等に渡り合える人物だ。

 莫大な私財とブリエンセニア中に構える店、その巨大な経済力の前には流石のドミナンテも強くは出れず、領主側にとっては目の上のたん瘤であった。


 そんなグラハムを、デウストは常々快く思っていなかったのだ。


「……父上の覇業を邪魔する者はすべて排除する……シルベスター、直ぐにエルンシスを通せ」

「畏まりました」


 シルベスターと呼ばれた初老の男は静かに退室していった。






 ほどなくして、容姿端麗の年若い青年が部屋へと通される。

 特筆すべき彼の特徴は、長い金色の前髪で隠した右半分の顔であり、何ともミステリアスな雰囲気を纏っていた。


「やあ、デウスト。会いたかったよ」


 慣れし親し気な挨拶に、デウストは相好を崩す。


「よく来てくれた、エルンシス。無理な要請に応えてくれて感謝している」

「何を言うんだい。僕こそ君に感謝しなければならない。だって【泥狩り】を皆殺しにする機会を与えてくれたんだからね」


 エルンシスの意気込みをデウストは頼もしく感じた。


「立ち話もなんだ、座ってくれ」


 促されたエルンシスは、遠慮なくソファーに腰を掛ける。


「シルベスター、エルンシスに茶を」

「畏まりました」

 

 初老の執事は速やかに部屋を出ていった。


「あの執事、けっこう腕が立つでしょ」

「分かるか?」

「もちろんだよ。足運びが素人のそれじゃないからね」


 さすがはエルンシスだとデウストは感心する。


「それにそこの騎士。噂の漆黒騎士だよね?」


 エルンシスは、身じろぎ一つせず立ち尽くすレーヴェに柔和な笑みを向けた。


「そうだ。漆黒騎士は父上の直轄部隊だが、このレーヴェだけは私の専属護衛だ」

「……へえ、レーヴェって言うんだ……僕は【晩餐】の団長、エルンシス。仲良くしようよ」


 その笑顔はとても爽やかだが、レーヴェには胡散臭く感じられた。


「……レーヴェです……以後、お見知りおきを……」

「フフッ、強そうだね……」


 二人の間に奇妙な空気が流れる。


 しかしそれは、デウストが話題を変えた事によって霧散した。


「他の団員は何処にいる?」


 エルンシスの笑顔がデウストに向けられる。


「彼らは宿で待機しているよ。少し大所帯だから、分かれて宿を取ってるんだ」

「確か二十人そこらだったな」

「そうだよ」

「ならば私の別宅を貸そう。食事など必要な物はこちらで面倒を見る。事を起こすその日まで、ゆっくりと過ごしてくれ」

「それは有り難い。彼らも喜ぶよ」


 笑みを零すエルンシスだが、次の瞬間、その表情のまま目つきを鋭くさせた。


「ところで一つ、聞きたい事があるんだよ」

「なんだ?」

「どうして僕たちの力を借りようと思ったんだい? 君たちには漆黒騎士がいる。彼等なら、【泥狩り】の相手に不足はないと思うけどね」


 唐突に切り出された質問ではあるが、デウストは平然と答えた。


「漆黒騎士は父上の私兵だ。それにそこの団長は私の剣の師でもある。そう簡単に頼めるものではない」


 エルンシスはデウストの瞳を覗き込む。


「……ふうん……そうなんだ……」

 

 エルンシスは悟った。


 この男は己の力に絶対的な自信を持っている。

 態々、上の者の力を借りなくとも、自分であればどうにでも出来ると。


「……で、いつグラハムを罠に嵌めるんだい? 僕たちは早く【泥狩り】と戦いたいんだよ」

「その事だが、罠は無しだ。大手を振って堂々とグラハムを始末する」

 

 エルンシスの整った眉が歪んだ。


「……どういう事だい……? あの大商人を罠に嵌めて、一気に掃討する計画だっただろう? そこで出てきた【泥狩り】を僕たちが倒す、そう決めたじゃないか」

「大義名分が出来たのでな。その必要がなくなっただけだ」


 商人ギルド全体が謀反人と通じている。

 なれば、商人ギルド自体が反逆者の集団であり、極刑を下す口実には十二分だ。

 例えグラハムが反逆者に加担していなくとも濡れ衣を着せればいい、デウストはそう考えていた。


「お前たちは【泥狩り】と戦えればそれでいいはずだ」

「まあ、そうなんだけどね」


 二人は目を細めて互いに微笑み合う。


「そこでだ、エルンシス。大事の前の小事と言っては何だが、手伝って欲しい事がある」

「なんだい? これ次第で受けるけどね」


 エルンシスは親指と人さし指で輪っかを作った。


「お前の言い値で構わない」


 デウストの言葉にエルンシスは無邪気な笑みを見せる。


「君とは長く付き合えそうだよ。で、何をすればいいんだい?」

「トモカズの始末」


 その名を聞いて、エルンシスは小首を傾げた。


「……噂には聞いているけど……そいつはもう死んでるんだろう?」


 領主側の大々的な喧伝で、謀反人の首魁は死んだとオルストリッチの誰もがそう信じており、その事は当然エルンシスの耳にも入っていた。


「厳密にいえば、死んでいるか死んでいないか分からない状況だ」

「……ん? どういうことなんだい……?」


 デウストは端的に経緯を話し始めた。






「……なるほどね……要はトモカズではなく、その配下を片付けろってことか」

「そうだ。受けてくれるか?」


 デウストはエルンシスをじっと見据え、是非の返答を待つ。


「いいよ。【泥狩り】を潰す前の肩慣らしには丁度いいかもね」

「有難い……」


 デウストの口元が恐ろしいほどに歪んだ。


「……オルステンに巣食うトモカズ一味……もうお前たちの死は確定だ……」


 




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