68.行き先を変更します
船から降りて数日。
俺たちは順調に森の中を進んでいた。
話によると、ここを抜けた先に目的地のレンドン城があるらしい。
そう、実はこの森。俺が以前、迷子になった森だ。
あの時はマジで生きて出られないかと思ったけど、今回は一つも不安を感じていない。
だって森に精通したエルフが三人もいるんだ。
遭難なんか怖くないぜ。
「……」
この森と砂漠は隣り合わせなんだよな……
……危ねえ……あの時ティンクファーニに出会わなかったら、砂漠の方に行ってた可能性があるよ……
俺が過去の状況に身震いをしていると、先頭を歩くスクウェイアが振り向きながら口を開いた。
「なあトモカズ。人形もそうだが、物を造形をする上で殆どの奴が言うんだよ。技術が一番大事だって」
スクウェイアの趣味は人形を作る事だ。
素材は土、木、石、布と千差万別で種類を問わない。
俺も一度、こいつの作品を見せてもらったが、動き出すんじゃないかと錯覚するほどの出来栄えだった。
それは木彫りの人形で、身麗しいエルフの美女を1/24スケールで見事に再現していた。
着色も細部にわたってなされており、フィギュアじゃね? と思わず口走ってしまったほどに完成度は高い。
俺も少しだがフィギュアを齧った経験がある。
なので、俺の視点で気になる箇所を指摘してやった。
……それからだ……スクウェイアが異常に懐いてきたのは……
「……でもよ、トモカズ……俺は思うんだ。技術よりも大切なことがあるってな……お前なら分かるだろ?」
俺は両脇に抱えるセラーラとピアを交互に見た。
「愛情以外にないだろう。髪の毛の先から足の爪の先まで一つ一つ愛を込めて作る事だな。これがないと、どんな素晴らしい作品もただの木偶に成り下がる」
……乙女精霊たちをキャラデザインした際、全身全霊で愛情を注いだっけ……
「……さすがだぜ、トモカズ……お前は人型を作製するときの心構えが分かっている……人間にしておくのがもったいないくらいだ……」
「……人間にも良い奴がいるんだけどな……」
「冗談だよ、冗談。お前が人間だろうが悪魔だろうが関係ねえ。人形を愛する俺たちに種族の壁なんて無意味だかんな。だろ? 親友」
スクウェイアはすっかり俺の事を同類と見做していた。
……それに、いつの間にか親友設定になってるよ……
「……」
後ろから続くクラリーサは、俺たちに痛い視線を向けている。
「なになにクラリーサちゃん。もしかして、会話に入りたいわけ?」
「……いや……気にしないで話を続けてくれ……」
……完全にドン引きしてます……
「まあ、仕方ねえか。至高過ぎる俺たちの会話をクラリーサちゃんが理解できるはずないもんね」
「……君の言うとおりだ……上級者である二人の話は理解できない……」
……ねえクラリーサ……俺はそこまでじゃないよ?
「っと、見えて来たぜ」
スクウェイアが足を止め、ある一点に目を向けた。
その視線を追ってみると、レンドン城が木々の隙間から遠目に見える。
「いよいよだ、トモカズ。あとは任せた」
「ああ。チェームが召喚した骸骨騎士は、俺の言う事には従順だ。簡単に城へ入れるぞ」
ここからはもう楽だ。
後はチェームがセラーラとピアを起こせるかだが、あいつの事だから何か良案を出してくれるはず。
「よし、そろそろ山道に出るかね。ここまでくれば、骸骨騎士が巡回してるからな。こっちだぜ」
そう言うと、スクウェイアは方向を変え俺たちを案内した。
そして直ぐに山道へと出る。
「……」
凄いぞスクウェイア。まるで自分の庭かのように、すんなりと山道に出やがった。
……以前の俺は、いったい何だったんだ……
俺が自分の方向音痴を恥じていると、最後尾のカセットラフが唐突に低い声を響かせた。
「スクウェイア」
「分かってるよ大将。誰かが近づいてるんだろ? 恐らく骸骨騎士だぜ」
……いや、この気配、違うぞ……
「スクウェイア、生物だ」
流石はカセットラフ。一発で見抜いたな。
「……ん……? ありゃ、本当だ。地元の奴か旅人か?」
……にしても、何処か緊張感を持った感じがする……
「身を隠せ」
カセットラフの一言で、顔付きを変えたクラリーサとスクウェイアが颯爽と木の上に跳び上がった。
おお、気持ちの切り替えが早いぞ。
「トモカズ、貴様もだ」
カセットラフも、なんなく木の上に身を移す。
……ちょっとちょっと……俺はセラーラとピアを抱えてるんですけど……
そうは思うものの、俺もグズグズしてはいられないので、少女二人を抱えたまま茂みの中に飛び込んだ。
直後、先ほど俺たちが居た場所を、十騎ほどの騎馬が通り過ぎていく。
……え……なんで兵隊がいるの……?
奴らが過ぎ去り、エルフたちが次々と木から飛び降りてきた。
そして俺も茂みの中から這い出てくる。
「……トモカズ、スクウェイア……なぜ騎馬がいるんだ……ここは【死の女帝】の支配域ではないのか……?」
開口一番、クラリーサが問い質してきた。
「……いや……俺に言われても……」
なんなんだ? どうなってんの?
俺が困惑していると、スクウェイアが神妙な顔で口を開いた。
「……まずいぜ……あの旗印を見たかよ……あれはマッキシムの兵だ……」
マッキシム?
確かドミナンテの三男で、軍事の天才だとかなんとか……
そいつはバンジョーナ城砦を守ってるって聞いてたけど……何なの?
「もしかしたら、レンドン城がマッキシムの手に落ちた可能性がある……」
えっ。嘘でしょ?
「何だと!? 姫様はどうなる!!?」
クラリーサが血相を変え声を荒げた。
「……分からねえ……」
「分からないとは何だ! 分からないとは!!!」
クラリーサの奴、混乱してるよ……
「……」
それよりも、チェームとエルテはどうなったの?
まさか……あいつらに何かあったのか……?
「……」
……いやいやいや、切れ者のチェームシェイスと、【十二の乙女精霊】の一人に選ばれた最強の乙女精霊であるエルテ。
この二人がそう簡単にやられたとは考えにくい。
「……」
……何か仕掛けたか……?
「クラリーサ。俺の娘のチェームシェイスは頭が回る。もしかしたら、敢えてレンドン城を明け渡したかもしれない。ここは一度確認した方がいい」
俺の言葉で彼女は冷静さを取り戻す。
「……取り乱して済まない……確かに君の言うとおりだ。先ずは現状を把握することが先決だ」
そうだ、それでいい。焦りは判断を鈍らせるからな。
「……」
だが、このままでは方向性が定まらない。
兎にも角にも、今は正確な情報が必要だ。
「俺が麓の村まで行って確認してくる」
「ちょっと待てよトモカズ」
透かさずスクウェイアが制止してきた。
「俺が様子を見てくるぜ」
「……お前はエルフだろう。ばれたら面倒だ」
「大丈夫だって。あんたはここで待っていてくれよ。迷子にでもなられたら敵わねえ」
「……」
……それを言われちゃ、ぐうの音も出ねえよ……
「それに、だ。あんたは俺が斥候だって忘れちゃいないか?」
そうだった。こいつは今まで人間だらけのオルストリッチで、ティンクファーニの行方を捜してたんだっけ。
「……」
ていうか、斥候ってこいつ一人なの?
他にいないの?
ずっとスクウェイア一人で情報を集めてたわけ?
「ついでにレンドン城の様子も見てくるぜ。大将もそれでいいよな?」
「……」
カセットラフは一言も発せぬまま首を縦に振った。
「大将の許可が下りた。みんなはこの辺で待っててくれ」
スクウェイアは散歩にでも出かけるように、鼻歌交じりで森の奥へと姿を消した。
日が落ちかけた時分、スクウェイアがふらりと戻って来た。
「スクウェイア、待っていた! それでどうだった!?」
首を長くして待っていたクラリーサが、スクウェイアに詰め寄っていく。
「レンドン城はマッキシムの旗印で溢れ返ってたよ」
「……そんな……姫様はどうなったというのだ……」
彼女は肩を落として愕然とした。
「クラリーサちゃん、話は最後まで聞いてくれよ」
スクウェイアは報告を続ける。
「近隣の村でも情報を集めたんだけどよ、どうやら戦闘はなかったみたいだぜ」
「……それは……どういう意味だ……?」
「マッキシムの軍が攻め込んだ時には、レンドン城はもぬけの殻だったらしい。どうやらトモカズの推測通り、【死の女帝】はレンドン城を放棄したみたいだ」
その言葉に俺はホッと胸を撫で下ろした。
……安心したよ……チェームやエルテが本当にやられていたら、どうしようかと思ったよ……
「……ならば、姫様は何処へ行ったのだ?」
「……さあな、分かんねえ……でも、城はもぬけの殻だったって話だから、姫様は【死の女帝】と一緒に行動しているはずだぜ」
スクウェイアが俺に視線を向ける。
「トモカズ、あんたの娘たちは何処へ行ったんだ?」
「……」
……一番に思い当たる節はエルテの店……
「……」
……うーん、しかしなあ……
……チェームがいるからなあ……一概にそうだとは断定できない……
……でも、今はそこしか思いつかないぞ……
「……オルステンに行った可能性が高い……あそこには俺の拠点がある……」
オルステンと聞いて、クラリーサとスクウェイアの表情が険しくなった。
「オルステンはオルストリッチの領都だろ? 人間がわんさかいるし、ドミナンテのおひざ元だぜ……」
「大丈夫だ。あそこにはパーシヴァリーとアプリコットがいる。仮にティンクファーニが拠点にいたなら間違いなく安全だ。それにここでまごまごしているよりも、オルステンへ行った方が話は早い」
「……」
「……」
スクウェイアとクラリーサは判断がつかなくなり、自分たちの上司にお伺いを立てた。
「……カセットラフ様……」
「……大将、どうするよ……」
指示を仰ぐ二人に、カセットラフは短く言葉を告げる。
「トモカズ、貴様の拠点へ行くぞ」
……相変わらず口数が少ないね……
「ああ、分かった」
こうして俺たちの進路はオルストリッチへと変更された。
「……」
……にしても、チェームやエルテが交戦無しで素直に城を明け渡すとはな……
「……」
……嫌な予感しかしねえよ……




