67.エルフの斥候
化け物ミミズの一件以来、俺はすっかりエルフたちと打ち解けていた。
特に術師たちは、俺が召喚した〈大窯の料理人〉について根掘り葉掘り聞いてきた。
そこまで興味を抱いた理由は、何でも彼らは精霊魔術と言われる魔術を主として使っており、それが俺の召喚術と似ているらしい。
精霊魔術は精霊と契約をしてその力を行使する、時には精霊本体を呼び出す魔術だ。
うん。俺の召喚術とそっくりです。
なので、エルフの術師がモブ精霊に関心が向くのは当然であった。
まあ、説明が面倒なんで、秘伝の術だから詳しく話せないとか言って、適当に誤魔化したんだけどね。
そして俺も、お返しとばかりにこの船の原理を聞いてみた。
どうやら魔石炉とか言われる物が動力源らしく、それ以上は秘匿だと教えてくれなかった。
当たり前か。
それにしても、あいつらは俺が想像していたエルフと全く違うな。
エルフと言えば、森の中で狩りをして原始的な生活を営むイメージが強いのだが、こいつらは高度な技術を持ってるっぽい。
一度でいいからエルフの国へお邪魔したいもんだ。
さらに俺は、セラーラとピアの状態も診てもらった。
腕の立つ治癒術師とやらが彼女たちを調べてくれたのだが、一向にして原因は分からなかった。
そりゃそうだよな。だって二人にはシステム的なものが働いてるんだからな。
だが、チェームシェイスなら何とかできると俺は期待している。
だってあいつは魔法スキルのエキスパートで、この世界の魔術にも詳しい。
加えて知識も豊富だから、きっと二人を目覚めさせてくれることだろう。
それはさておき、船は順調に砂海を進んだ。
然したる問題も起きぬまま日数は過ぎ、俺はエルフたちと友好を深めていく。
ノイッシュだけは、事あるごとに突っかかってきたが。
そんなある日、俺が船室で怠惰を貪っていると、甲板に来るようクラリーサから呼び出しを受けた。
「……めんどくせーな……」
渋々ながらも甲板に上がると、そこには旅支度に身を包んだカセットラフとクラリーサが居た。
「なんだその恰好は。怪物ミミズが出たって訳でもなさそうだな」
「二人の姿を見ても察しないとは……あなたは馬鹿ですか。やはり人間は知能が低い。猿以下ですね」
ちっ。ノイッシュも居やがる。
だが、こいつだけ普段着のままだ。
「トモカズ、あそこを見てみろ。ようやく目的地だ」
「……目的地……?」
俺はクラリーサの指さす方角に目を向けた。
「……あれは、森か……?」
そこは一面が緑の壁で覆いつくされている。
「……」
砂漠からいきなり森になってるぞ……
まさに、ここからは森ですよって感じだ……
「ん?」
そこで俺は、一筋の煙が上がっている事に気付いた。
どうやら船はその場所へ向かっているみたいだ。
「なんだあれ」
「狼煙だ。斥候がいる」
程なく船は、狼煙が上がる手前まで来ると、ゆっくりと停船した。
「着いて来い」
カセットラフが躊躇なく船から飛び降りる。
クラリーサやノイッシュも、軽やかな身のこなしで彼に続いた。
おお、みんな飛び降りてる……タラップ的な物はないのかよ……
……そういや船に上がるときも縄梯子だったな……あの時はピアとセラーラを担いでいたから苦労したよ……
俺は他愛もない事を考えながら、彼らに倣い船から飛び降りた。
その場所は砂地であったが、数十メートル先にはしっかりとした土壌の上に鬱蒼とした森が広がっている。
「……やけに境目がはっきりしてるな……」
俺が奇異の目で見ていると、狼煙に向かってクラリーサが叫んだ。
「スクウェイア、降りてこい!」
言葉に反応して、木の上から何者かが飛び降りてくる。
「いやあ、待ってたぜ。カセットラフの大将」
軽い口調で近づいてきたのは若いエルフであり、こいつもまた例に漏れず整った容姿をしていた。
その身形は異常に丈が長い外套を羽織っており、手にはアタッシュケースに似た革製の鞄を持っている。
「クラリーサちゃん、ノイッシュ。元気してた?」
「久し振りだな、スクウェイア」
クラリーサはそう短く言葉を返すと即座に本題へと入った。
「ティンクファーニ様はどうなった。我々が受けた報告から何か進展はあったか?」
「なになにクラリーサちゃん。久し振りの再会だってのに、もうお仕事の話?」
浮かれ調子のスクウェイアにノイッシュが苦言を呈す。
「スクウェイア。私たちは直ぐにでも姫様を助けなければなりません。ふざけている暇はないのです」
「はいはい、分かりましたよ。相変わらずノイッシュは堅物だねえ」
スクウェイアは肩を竦めると、急に雰囲気を一変させた。
「で、その人間は誰なの?」
剣呑とした視線が俺に突き刺さる。
「お前の報告が先だ」
「……分かっったよ、大将……」
カセットラフの鶴の一声でスクウェイアは大人しくなり、速やかに報告を始めた。
「……本国へ伝達した内容は、イングリッドに姫さんが掴まっちまってる、だったよな。でもな、それから状況が変わったんだ」
「どのように?」
「【死の女帝】ってのがアンデッドの軍勢を率いてレンドン城を制圧しちまったんだよ」
「……」
スクウェイアはてっきり皆が驚くものだと思っていたが、誰もが平然としていた。
「あれ? 驚かないの?」
「いいから先を言ってください」
ノイッシュに促されて、スクウェイアは訝しみながらも言葉を続ける。
「……その【死の女帝】なんだが、実はそいつ、トモカズの配下らしくてな」
「……」
新たな事実を聞いても先ほどと同様、皆が表情を崩す事はなかった。
その様子にスクウェイアはより一層と不審感を抱く。
まあ、そんな顔になるわな。何たって俺が先に伝えているからな。
ていうか、チェームは【死の女帝】って言われてるのね……
「おいおい。トモカズは分かんだろ? 報告書にも書いたし、奴の手配書も添えて送ってる。ちゃんと目を通してくれたんだよな?」
不安に駆られたスクウェイアは確認を取る。
「無論だ」
「……だったらいいんだけどよ……」
スクウェイアは気を取り直して話を続けた。
「……それで、俺は何度か【死の女帝】に接触しようと試みたんだよ」
おお、勇気あるな。
「でもよ、警護が半端ないほど厳重で、まったく城に近づけなかった。外を巡回している骸骨の騎士とかにも話しかけたんだけどよ、言葉が通じないのか追い返されちまってお手上げだ」
……こいつ。おちゃらけた感じはするけど、ちゃんと仕事はしてるのね。
「報告は以上だぜ……で、そろそろその人間が誰だか教えてくんない? 気のせいかもしんないけど、どっかで見た事あるんだよなあ……」
スクウェイアは俺をマジマジと観察する。
「この者がトモカズだ」
「なに!?」
クラリーサの言葉で面食らったスクウェイアは、透かさず懐から一枚の紙きれを取り出した。
奴は何度もその紙と俺を交互に見る。
「……おいおい……マジで本物のトモカズかよ……どうして大将と一緒に居るんだ……?」
「詳しい話は移動中に話す。先ずはレンドン城へ向かうぞ」
「……あ、ああ……いいけどよ……」
スクウェイアは深く眉根を寄せるが、反論する様子はなかった。
「トモカズ、少女たちはどうする? こちらの方で預かってもいいが」
「……いや、連れて行く。他の娘たちが二人を治せるかもしれん」
俺はクラリーサの提案をやんわりと断る。
「……分かった。それなら直ぐに二人を連れてくるんだ。今から出発する」
え、もう出発?
しかもこの人数……カセットラフとクラリーサとノイッシュ。あとはスクウェイアだけ?
「……この場の者だけで行くの? 少なくない……?」
俺のつぶやきにノイッシュが嬉々として噛みついてきた。
「あなたは何を言っているのですか。私は船長ですので、行くはずがありません。服装をみて分かりませんか? んん?」
……相変わらずムカつく奴だな……
「トモカズ。姫様救出作戦の実行部隊はカセットラフ様と私、そしてスクウェイアだ。ノイッシュはこの辺りで潜伏して、私たちの帰りを待つ予定だ」
「そう言う事です。こんな場所で船を長期間停泊させていたら、人間に見つかった時に要らぬ問題を起こす可能性があります。まったく……そんな事も分からないとは……」
こいつ、喧嘩打ってんの?
「トモカズ。私たちは姫様の安全を一刻も早く確かめたい。直ぐに少女たちを連れて来てくれ」
「……あ、ああ……」
俺はノイッシュに腹を立てながらも急ぎ船内へ行き、二人を担いでカセットラフたちの元へ戻ってきた。
「ではノイッシュ、行ってくる」
「はい。姫様を無事助け出して下さい」
こうして俺たちは、ノイッシュに見送られながら移動を開始した。
「皆、ちゃんと付いてきてるよな」
スクウェイアの案内に従って、俺たちは迷う事なく森の中を進んで行く。
「しかしトモカズ、あんたすげえな」
その途中、スクウェイアが爽やかな笑顔を向けながら話しかけてきた。
「随分とノイッシュに気に入られちまってるじゃないか」
いやいやいや。あの遣り取りを見て、どう見たらそう解釈できるんだよ。
「そんなことあるか。お前も見ただろう、いちいち突っかかって来るあいつをよ」
そこでクラリーサが口を挟んだ。
「ノイッシュは大の人間嫌いだ。だが、認めた人間に対しては、ああしてちょっかいを出してくる。本当に嫌いなら一言も口を利かない」
……何それ……ツンデレかよ……
「……」
男のツンデレなんてどこに需要があるんだよ!!!
「ホント、変な奴だぜ。でもよ、俺も人間は嫌いだが、ノイッシュが認めた相手だからこそ、トモカズと普段通り話してんだぜ。あいつの人を見る目は間違いねえからな」
そういやスクウェイアの奴、さっきは俺のこと凄い睨んできたよな。
やっぱエルフは人間が嫌いなんだな。




