66.少しは信じてもらえました
「レンドン城があなたの支配下? これだから人間は信用できない。平気で嘘を並べる……」
ノイッシュが蔑むような目で俺を見る。
「嘘なんてついていないさ。俺は本当の事を言ったまでだ」
「……その言葉、取り消せませんよ……」
こいつらには、まだそこまでの情報が入っていないんだろうね。
「セラーラとピア……今ベッドで寝ている少女たちの他に、俺にはあと四人の娘がいる。そのうちの二人がレンドン城を制圧した」
ノイッシュは眉を顰めて訝しんだ。
「……たった二人で? そんな戯言、誰が信じると言うのですか」
クラリーサも不審感を抱く。
「……トモカズ……私は人間すべてが悪だとは思っていない。真面目で誠実な者もいる。だが君は、私の見込み違いだったようだ……」
流石にこれだけでは信じてくれないか。
ならばこれはどうだ。
「ティンクファーニの事もよく知っているぞ」
「姫様の名を出せば、信憑性が増すとでも思っているのですか?」
うーん。
こいつらを信じさせるには、詳しく話すしかないな。
「まあ聞けよ。ティンクファーニは俺たちの保護下にある。あいつには世話になったからな。俺が森で迷っている時も助けてもらったし。今はそれなりの待遇で面倒を見ているよ」
「……」
「……」
考えてるな。
そこで置き物のように黙っていたカセットラフが、厳かに口を開き重低音の声を響かせた。
「姫と出会った経緯を話せ」
うおっ!
急に喋んじゃねえ!
ビックリしたじゃねえか!
「……あ、ああ。じゃあ、俺がティンクファーニと出会う少し前から話そうか」
俺は三人に説明を始めた。
話しが終わり、クラリーサは驚きながらも口を開く。
「……トモカズ、今の話は本当なのか……?」
「もちろんだ」
うん。クラリーサは信じ始めているぞ。
「……カセットラフ様、嘘にしては出来過ぎています……ある程度は真実を織り交ぜているかと」
おいおいノイッシュ。素直に認めろよな。
「しかし、不審な点もあります」
……こいつ、まだいちゃもん付けてくるのかよ……
「なんだ、言ってみろよ」
「不死鳥騎士を倒したと言っていましたね。それも二人」
「そうだよ、だから何だってんだ」
「彼の騎士は不死身です。あなたの様な者が倒せたとは到底、信じられませんね」
「だからさっきも言っただろうが。奴らの特性を利用して倒したって」
「ならば証拠を見せてください。さあ、ほら、今すぐに」
「……」
「どうしたのです、早くしてください。それとも何ですか、もしや出来ないのですか? んん?」
……何だ……俺を煽り始めたぞ……
「証拠を見せられない、それは今までの話が嘘だと言っているようなものです」
「……」
「カセットラフ様。このような輩、害しか振りまきません。一刻も早く砂海に捨てた方がよろしいかと」
「……」
……言いたい放題言いやがって……
……だんだん腹が立ってきたぞ……
「……そこまで言うならお前にドーピング精霊の注射針を打ち込んでやろうじゃねえか……」
……後でどうなろうが、もう知ったこっちゃねえ……
……こいつの鼻っ柱をへし折らないと、腹の虫が収まらねえ……
俺は〈細胞興奮の御手〉を呼び出そうとする。
――ドォオオオン――
突然、大きな音と共に船体が激しく揺れた。
室内の家具が転倒する中、三人のエルフは素早く席から離れ振動に耐える。
俺も何事かと咄嗟に立ちあがり、転げないようその場で踏ん張った。
しかし揺れは一瞬であり、直ぐに収まる。
……なんだったんだ、今のは……?
そこで一人のエルフが慌てた様子で室内に飛び込んできた。
「カセットラフ様、大変です!」
落ち着きを失ったそのエルフに、クラリーサが対応する。
「今の揺れは何だ」
「デザート・デス・ワームが船体に取り付きました!!!」
……それって体長十メートルくらいの魔物だよね……
「術師は何をしているのです。さっさと追い払いなさい」
「……そ、それが大きさが異常でして……普通のデザート・デス・ワームの倍以上もあるのです……」
その言葉に三人は難色を示す。
「……まさかイノーマス……」
なんだそりゃ、イノーマス?
俺が首を傾げていると、クラリーサが説明してくれた。
「イノーマスはデザート・デス・ワームの上位種で、遭遇すれば死を覚悟しなければならない程の魔物だ。だがこの船にはカセットラフ様や私、ノイッシュがいる。問題はない」
おお、それは心強いな。
「……」
……しかしノイッシュ……お前もそれほど強いのか……
……なんかムカつく……
「行くぞ」
カセットラフが唐突に移動を始める。
俺たちもその後を追い、急ぎ甲板へと足を運んだ。
そこは蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
俺は騒動の原因となった魔物を確認する。
「……おいおい、あれがイノーマスかよ……」
そいつは巨大なミミズであり、大きな円形の口に所狭しと並んだギザギザの歯で船尾に齧り付いていた。
術師たちは、化け物ミミズを遠巻きにして魔術を打ち込んでいるが、彼の魔物は平然としており傷一つ付いていない。
「……」
……あれって見た事があるぞ……
アプリコットがノッドルフに仕込んだ化け物ミミズに似てるな……
あっちの方が全然小さかったけど……
「……名前はケプテルヌスだったか……」
俺の独り言が聞こえたのか、クラリーサが補足してきた。
「ケプテルヌスはデザート・デス・ワームの幼生だ。人や動物などに寄生して、栄養を搾取しながら成長する。ある程度大きくなると、宿主の脳に特殊な毒液を送り、砂海に誘導させ腹を食い破って宿主を殺すのだ。そして脱皮を始め、デザート・デス・ワームとなり砂海を住処とする」
何それ! 怖すぎるんですけど!
「ケプテルヌス自体、脅威ではない。しかしどのようにして寄生するかは未だに分かっていない。そう考えると非常に恐ろしい魔物とも言える」
そういや俺の世界にもそんな寄生虫がいたな……確かハリガネムシだっけか。
カマキリなんかに寄生して、最後は洗脳して宿主を入水自殺させるんだよな……
……恐ろしい……
俺が恐々としていると、カセットラフが一歩前に出た。
「下がってろ」
泰然たる態度のカセットラフは術師たちを引かせ、腰の剣に手を掛ける。
「お待ちください」
何を思ったのか、ノイッシュがカセットラフを引き留めた。
「カセットラフ様が出れば、即時解決は決まりきったこと。それでは面白味がありません。ここはひとつ、トモカズ殿の腕前を見せてもらうというのはどうでしょうか?」
ノイッシュが意地の悪そうな顔で俺を見る。
野郎! なんて事を言い出すんだ!!!
「任せてもいいか」
ぐっ! カセットラフも乗り気だよ!
「トモカズ、私も君の実力が見てみたい」
クラリーサやその他のエルフたちまでもが、好奇に満ちた目で俺を見ていた。
「……」
分かったよ!
やりゃあいいんだろ! やりゃあよ!!!
「……」
……こうなったら強力なモブ精霊を召喚してやる……
「来い、〈大釜の料理人〉!」
投げやり気味に放たれた言葉で一体の存在が現れた。
そいつは俺よりも倍の背丈がある白い影で、不規則に体を揺らめかせている。
しかも輪郭が不明瞭で霧のように霞んでおり、腕も拳が床に届くほど異常に長かった。
「なんだそれは!!?」
不気味なモブ精霊に、ノイッシュ以下エルフたちは恐れ戦き俺から距離を取る。
「おいおい、なにビビってんだよ」
その言葉でノイッシュはハッと我に返り、射殺さんとばかりに俺を睨みつけた。
「ぐぬぬ!」
すっげえ目が血走ってるよ。しかも思いっきり歯ぎしりしてるし。
「……」
ざまあねえな!!!
「さて、一瞬でカタを付けてやるよ……〈大釜の料理人〉、標的はあの怪物ミミズだ」
俺の言葉に頷く事なく白い影は歩き出した。
その様は、まるで酔っ払いのようであり、〈大釜の料理人〉は無警戒で怪物ミミズの射程内に入る。
そこからは一瞬であった。
怪物ミミズは齧りついていた船尾から離れると、大口を開けて〈大釜の料理人〉に襲い掛かった。
しかしながら、次にエルフたちの視界に飛び込んできた光景は、化け物ミミズが細切れになって砂漠に飛び散る場面であった。
「なっ!!?」
「どうなってんだ!!?」
エルフたちは目を剥いて驚愕する。
そしてノイッシュも、大口を開けて茫然としていた。
「……そ、そんな……この私でさえも、何をしたのか全然見えなかった……」
いやー、いいねー。
ノイッシュのあの間抜け面、最高だよ。
……でも、美形が崩れてないのは頂けないな……
「……ト、トモカズ……あれは何なのだ……? 魔術ではなさそうだが……」
クラリーサは尊敬と驚きが入り混じった目で俺を見ている。
「貴様は本物の戦士だ」
カセットラフも、称えるような言葉を俺に送って来た。
「おお! カセットラフ様が評価なされた!」
「カセットラフ様のお眼鏡に敵う者なんて、そうはいないぞ!!!」
エルフたちから歓声が上がる。
「凄いじゃないか。カセットラフ様から金言を頂けるとは大したものだ」
「……」
よく分からんが、皆が俺を好意的に見ている事だけは間違いない。
「……確かに凄かった……だが、私はあなたを認めたわけではありません……必ず化けの皮を剥がしてあげますから、覚悟しておいてください……」
しかしノイッシュだけは俺を敵視していた。
「……」
何だよこいつ……この期に及んでまだ文句を言ってるよ……
「……」
まあ、ノイッシュは置いといて、これで俺は、エルフたちに受け入れられたって事でいいでしょう。




