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64.助け船

 砂の大地の上空では、ギラギラとした太陽が強く輝いていた。

 その光と熱に晒されながら、俺はとぼとぼと目印もない地平線をただひたすらに歩く。

 

「……あちぃ……」


 俺は両脇に抱えていた二人の少女を砂の上へと降ろし、気怠そうに呟いた。


「……〈水魚鉢(ウォーター・ボウル)〉……」


 呼び出したのは下位のモブ精霊で、金魚鉢に似た透明な体の中には並々と入る水が確認できる。

 

 本来こいつの役割は、敵に対して水弾を発射するのだが、今は貴重な飲み水だ。


 俺は〈水魚鉢(ウォーター・ボウル)〉を手に持つと、背中に空いた大きな穴に口を付け中の水を一気に飲み干した。


「……うめえ……」


 喉を潤した俺は二人の美少女を見る。


「……こいつら暑くねえのか……?」


 セラーラとピアは汗の一滴もかかず、涼しそうな顔ですやすやと眠っていた。


「……」


 斯くいう俺も、暑さでへばる事はない。

 乙女精霊サーガでは砂漠のステージもあるので、俺の耐暑値は当然MAX。


 しかし何故か、体は猛烈に暑さを感じていた。


「……何なんだよこれ……」


 愚痴を零しつつも、次に俺は在庫目録(インベントリ)から食料を取り出す。

 それは焼き固められた乾パンで、無造作に口の中へと放り込んだ。


――ボリボリ――


 砕かれた乾パンが咥内の水分を吸収していく。


「ぐっ、さらに喉が渇く……だが、今すぐ食べれる食料はこれしかない……」


 この乾パンは、随分前にガチャイベントがあった際、運営がハズレアイテムとして用意した物だ。

 一応回復アイテムには分類されているが、その効果は雀の涙ほどである。


 率直に言うとゴミアイテムだ。


 俺はそのガチャイベントのとき、狙いのアイテムを手に入れるため、何度も課金を繰り返してガチャを回した。

 多額の金銭を費やしようやく(・・・・)お目当てのアイテムを手に入れた頃には、大量の乾パンを抱え込んでいたという訳だ。

 

 処分しようにも課金して手に入れたアイテムなので捨てるに捨てられず、在庫目録(インベントリ)の肥やしになっていた。


 しかし今は、このゴミアイテムによって命を繋いでいた。


 日本人のもったいない精神が役に立ったね。


「でもなあ、腹の足しになるのは良いが、めちゃくちゃ喉が渇くんだよな……」


 俺は再び〈水魚鉢(ウォーター・ボウル)〉を呼び出して、カラカラになった喉に水を流し込む。


 そしてセラーラとピアを抱えると、暑さに耐えながら歩みを再開させた。 






 それから三日。


 俺は未だに砂漠を彷徨っていた。


 ……やべえ……完全に嵌っちまってる……


「……」


 もしかして、俺って方向音痴?

 この前も森の中で迷ったし……


 リーマン時代は携帯端末を持ってたから、道に迷う事はなかった。

 マップアプリやナビアプリがあれば、直ぐに自分の居場所が特定できる。

 

 でも、ここで迷うのって、方向音痴以前の問題だよね……


 俺は周囲をぐるりと見渡した。

 何処を見ても、地平線の彼方まで延々と砂地が続いている。


「……嫌すぎる……」


 遭難とはこうも終わりが見えないものかと、俺は嫌気がさしてその場にドカッと座り込んだ。


 やってらんねえ!


「……」


 ……拗ねたところで何かが変わる訳でもない……


「……歩くか……」


 俺はだるそうに立ち上がり、足取り重く歩き始める。


「……ん……?」


 とそこで、遠方に何やら動く物体が見えた。


「……何だありゃ……?」


 俺は目を凝らして注視する。


「……船……?」


 大きな帆を張った帆船が、颯爽と砂の上を進んでいた。


 ……なにあれ……どういう原理?

 

 ……て、そんなことより大チャンスだ!!!

  

 俺は担いでいたセラーラとピアを砂の上に置き、これ幸いとばかりに全力で自分の存在をアピールする。


「助けてくれ!!! ここだ!!! ここだよ!!! 僕はここにいるよぉおおおおおおおおおお!!!」


 腹の底から大声を出して、忙しなく両手を動かした。


 その甲斐あってか船は俺の存在に気付き、進路を変更して近づいて来る。


「やったぜ! これでこの砂漠から脱出できるぞ!」


 俺はガッツポーズを決めて喜びに打ち震えた。






 しばらくして、俺の目の前まで来た船は、ゆっくりと動きを止める。

 

 ……近くで見ると結構デカいな……


 なかなかの大きさに感心しながら見上げていると、甲板から二人の人物が顔を覗かせていた。


 それに気づいた俺は、全力で助けを求める。


「おーい! 助けてくれ! 遭難してるんだ!!!」


 言葉を受けて、二人は身を翻しながら船から飛び降りた。

 そして静かな歩調で俺に近づいてくる。


「……なに……? ……もしかして……」


 彼らを間近で見た俺は、深く眉根を寄せた。


 一人は金色の長い髪を後ろに束ねた身麗しい美女。

 そしてもう一人はダンディーという言葉がとてもよく似合う大柄の中年男性で、纏う雰囲気は歴戦の強者を感じさせた。


 しかし一番に目を引いたのは、その者たちの尖った耳であった。


「……エルフ……」


 俺が興味津々で見ていると、男が言葉を発する。


「人間か」


 その声音には重低感があり、心の底まで響いてきた。


 ……おいおいおい……こいつ、怖いんですけど……


 俺は少しビビってしまうが、助けてもらうために何とか言葉を絞り出す。

 

「……す、済まないが、何処か人の居る場所まで乗せて行ってくれないか……」


 エルフの男は鋭い目付きで俺を値踏みし、おもむろに口を開いた。


「その二人の少女はどうした」

「俺の仲間だ……何らかの術で冬眠状態に陥っている……」

「……」


 ……なぜ黙る……その沈黙が怖い……


「……」


 よーし。こうなったら、俺から先に全部話してやる。


「俺たちは旅人で、ある村に立ち寄った。その時、傭兵崩れの集団に村が襲われた。俺は村を守るため、この二人と共に奮戦したんだが、おかしな術で二人は眠らされ、何らかの魔術でこの砂漠に飛ばされてしまったんだ」


 まあ、粗方は合っている。

 嘘ではないが、真実でもない。


「……この人間の男……怪し過ぎます……」


 美女のエルフが男に耳打ちをした。


 ……聞こえてますよ……まあ、自分が怪しいのは十分に分かってるんだけどね…… 


「……カセットラフ様……人間など助ける必要は何処にもありません……放っておくのが一番かと……」


 あいつカセットラフって言うのか……て、そうじゃない!


 この女、何てこと言うんだよ!

 放っておく!?

 酷くない!?


「お願いだから助けてくれ! このままだと死んじまう!」


 俺の必死の懇願を、美女は無慈悲にも突き放す。


「人間は信用できない。今まで多くの仲間がお前たちに浚われ弄ばれてきた。自分の状況が危うくなったら助けてくれだなどと、虫がいいにもほどがある」


 それ俺じゃないよ!

 違う奴だからね!


「ちょっと待て! 人間でも良い奴はたくさんいるんだ!」

「例えそうだとしても、お前が良い人間だとどうやって証明するんだ?」


 ……ぐぬぬ……痛いところを突いてきやがる……


「それに、そんなことを自分から言う奴ほど胡散臭すぎる」


 やべえ! 

 完全に信用されてねえ!

 このままだと見捨てられちまう!


「名を名乗れ」


 不意にカセットラフが言葉を放った。


「カセットラフ様!」


 美女が透かさず声を荒げるが、カセットラフは片手を上げてその行為を制す。

 すると彼女は悔しそうな顔を浮かべ、俺を睨みつけると大人しく引き下がった。


「……」


 あの女、カセットラフの部下か。


 という事は、この場の権限はカセットラフが握っているという訳だな。


 ……よし、まだ希望はある……

 ここは素直に従って、カセットラフに好印象を持たせるんだ。

 そして船に乗せてもらおう。


 そのためには、直ぐに名を名乗らなければ………


「……」


 俺はお尋ね者だから、偽名を使った方がいいな……


 でもここは、何処とも知らない砂漠で、相手はエルフ。

 だったら正直に名乗ってもいいかも……


 それに後から偽名だとばれたら、その時こいつらは俺に不信感を抱くに違いない……


「俺はトモカズ」


 結局のところ、俺は本名を名乗る事にした。


「……トモカズ……?」


 カセットラフの表情が険しくなる。


「……そ、そう言えば、この顔どことなく似ています……カセットラフ様、これを見てください」


 エルフの美女は、一枚の紙切れを懐から取り出した。

 それを受け取ったカセットラフは、一瞥したのち俺を強く見据えてくる。


「なるほど。ドミナンテに反旗を翻した男か」


 なにぃいいいいいい!!?

 なんで知ってんだよ!!!


「……」


 あれか!

 あの紙切れか!

 まさか俺の手配書なのか!!?


 どうしてエルフが持ってんだ!!? 

 しかもこんな辺鄙な場所なのに!!!


「乗れ」

「え?」


 唐突に告げられて、俺は口をぽかんと開けながら間の抜けた声を洩らした。


「カセットラフ様の言葉が聞こえなかったのか? 乗船のお許しが出た。グズグスしてないでさっさと乗るんだ!」


 おお! なんだか分からんが乗せてもらえるぞ!!!


「……」


 でも大丈夫なんだろうか……俺、こいつらのこと全然知らないんですけど……


 そうは思うものの、このままでは永久に砂漠をさまよう羽目になるので、俺は素直に船に乗るのでした。






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