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60.露見

 領城の最上階に設けられた領主専用の執務室。

 

 そこにはいつものメンバーが揃っていた。

 豪華な机で仕事をするドミナンテに、ソファーで横柄に寛ぐヘルムーツェン。

 そしてその対面のソファーに座って茶を啜る、ゴスロリの美少女キャロライン。


「父上、失礼します」


 そう言いながらノックも無しに入って来たのは、呼び出しを受けたデウストだった。


「そろそろ呼ばれる頃だと思いました」 

「その様子だと、もう知っているようだな」


 書き物をしていたドミナンテは手を休めると、デウストを直視する。


「はい。マッキシムがレンドン城を奪還しました」

「流石だ、耳が早い」

「さらに言えば、城はもぬけの殻で【死の女帝】はいなかった。違いますか?」

「ククク、抜け目のない奴め」


 我が子の耳聡さにドミナンテは不敵な笑みを浮かべた。


「私の推測ですが、【死の女帝】はトモカズが死んだ事実を知って逃げ出したのでしょう」

「儂もそう思っていたところだ」


 ドミナンテは少しばかりもどかしさを感じていた。

 【死の女帝】を取り逃したからだ。


 しかしながら、マッキシムがレンドン城を奪還した事で、ひと先ずは安心する。


「それよりもだ。幸いにもイングリッドは無事であった。これでスパリアロに付け込まれないで済むわい。全てはお前の予想通りだ」

「彼女が死んでいたら面倒では済まないですからね」


 ドミナンテもデウストも、互いに口元を吊り上げる。


「それで父上。話はそれだけではないのでしょう?」

「お前と話していると心を読まれているようだ」

「お褒め頂き光栄です」


 不遜な息子にドミナンテは相好を崩すと本題に入った。


「先ほど勅使が来てな、王都に行かなければならなくなった。明日の朝一番にオルステンを立つ」

「それはまた急な話ですね……」


 デウストの眉根が寄る。


「国王のクソジジイに呼ばれた。面倒だが行くしかあるまい」

「……招聘の理由は分からないのですか?」

「勅使は急ぎ王城へ馳せ参じよとしか言わなかった」

「……父上……これはもしや、跡継ぎを決められたのかもしれませんね……」


 ブリエンセニア王国の国王ピラモンド三世には、母親違いの二人の子供がいた。

 一人はまだ成人前のアースサー王子。

 そしてもう一人は同年代の少女、アトレイユ王女。


 この二人はピラモンド三世が歳を取って出来た子であり、目に入れても痛くないほど可愛がっていた。


「ふうむ。確かにあの老いぼれは、いつ死んでもおかしくはない。お前の推測どおり、世継ぎの公表かもしれん」

「可能性は高いです。となると、(おも)だった領主たちも招聘されていますね」


 そう言いながらデウストは思考を巡らせる。


 次の国王に指名されるのは、順当に考えればアースサー王子だ。

 しかし彼の評判は悪く、国民からは無能と揶揄されている。

 対してアトレイユ王女は聡明叡智として知られ、貴族や平民を問わず人気が高い。


 これは必ず一悶着あるとデウストは推測した。


「まあ良いわ、行ってみれば分かる。デウスト、儂が居ない間はお前が領主代理だ。頼んだぞ」

「分かりました、父上」


 デウストは笑顔で快諾する。


 直後、彼の表情が険しくなった。


「それはそうと、ガインツ兄弟が未だに帰って来ておりません。何か知りませんか?」


 問い掛けに答えたのは、水色の髪の青年ヘルムーツェンであった。


「その件に関しては俺様も気になっていた。既にボンゴ村へ部下を派遣させている。先ほどドミナンテに中間報告をしたところだ」

「先生。その報告、私にもお聞かせ願えませんか?」

「いいだろう」


 ヘルムーツェンは端的に話す。


「村には誰も居なかった。あったのは焼け落ちた家の残骸と、無数に散らばる数多の骨だけだったそうだ」


 その話にデウストは考え込んだ。


 ヘルムーツェンから聞いた話は、自身の下に入ってきた報告と同じである。

 新たな情報が得られないデウストは、現時点での痕跡だけで推測せざるを得なかった


「……あくまでも可能性ですが、私が村を出たのち、ガインツ兄弟は魔物に襲われた……若しくは別の何者かが彼らを襲った……言い出せばキリがありませんね……」

「デウスト。この辺りの魔物にガインツ兄弟が負けるとは思えん」

「父上、強力な魔物が他地域からこのオルストリッチに侵入した可能性も捨てきれません」

「……」


 情報が少ない事からも、ガインツ兄弟の行方に誰もが頭を悩ませる。


「これ以上は考えても意味がない。引き続き部下に調査をさせる」

「分かりました先生。こちらの方でも調べておきます」


 ここでガインツ兄弟に関しての話は終わった。


「父上。あと一つだけお耳に入れたい事があります」

「何だ、言ってみろ」

「囚われていたイングリッド嬢の話では、【死の女帝】はエルテとかいう新米商人の娘が連れてきたとか」

「なに? そうなのか?」


 そこまで詳しい情報は、まだドミナンテの耳には入っていない。


「エルテにはアプリコットと言う名の妹がいます。彼女たちは二人してノッドルフの派閥に属しています」

「ノッドルフだと?」


 ドミナンテの眉間に深い皺が刻まれた。


「エルテは非常に美しい容姿を持っているとか。それに目を付けたユージスが、ノッドルフに掛け合ってイングリッド嬢の貢ぎ物としたそうです。フェルゾメール家とのパイプを持ちたいが為にです」


 ユージスの名に、ドミナンテは不振感を抱く。


「……ユージス……奴はこの前、儂に伺いを立てに来た。表向きでは媚び諂っていたが、その目にはノッドルフやイスタルカのようなドス黒い欲望が見えなかった……」


 ヘルムーツェンも同様に訝しんだ。


「ユージスはイスタルカに蹴落とされたが、見事に復讐を果たして返り咲いている。それも電撃的にだ。奴には協力者がいるかもしれん」


 二人の猜疑心が深まっていく。


「デウスト、今すぐノッドルフを呼んで来い」

「分かりました、父上」

 

 二つ返事で言葉を返したデウストは、急ぎ執務室を後にすると、兵士たちにノッドルフを連れてくるよう指示を飛ばした。






 一時間ほどして、ノッドルフを連れたデウストが執務室に戻ってきた。


「ノッドルフを連れてまいりました」


 でっぷりと肥えた中年男性が、デウストの背後からひょっこりと姿を現す。

 

「これはこれは、ドミナンテ様。今日は如何様なご用件でしょうか。急な呼び出しでもこのノッドルフ、親の死に目に会えなかろうが直ぐに馳せ参じます」


 ノッドルフはへりくだった表情を浮かべ、腰を低くし揉み手擦り手で愛想を振りまいた。


「口上はいらん。お前、ユージスと共謀して、エルテとか言う娘をイングリッドの元へ送ったそうじゃないか」

「なっ!?」


 ノッドルフの顔が凍り付く。


「どうなんだ?」

「……は、はい。送りました……」


 その声はとても弱々しく、後ろめたい事でもあるのか彼は背を丸めて縮こまってしまった。


「どうしてお前はユージスと一緒になってそんな事をしたんだ?」

「……そ、それは、ユージスに頼まれたからです……彼には多額の心付けを貰いましたから、断るにも断れず……」


 無論、ノッドルフはそんな物など貰っていない。

 彼はただ、アプリコットに口裏を合わせろと言われただけであった。


「ならばチェームと言う少女は知っているか?」

「……チェーム、ですか……?」

「そうだ。その少女も生贄の一人として、エルテと共にレンドン城へ送られたそうだ」

「……それは初耳です……」


 ドミナンテの厳しい視線がノッドルフに突き刺さる。


「……本当か……?」

「……はい……今初めて知りました……その少女がどうかしたのですか……?」

「そいつがレンドン城を落とした」

「ええっ!!?」


 ノッドルフは目玉が飛び出るほど驚いた。


「私はチェームなる者などまったく知りません! 本当です!!!」


 自分が疑われていると悟ったノッドルフは、死に物狂いで否定する。


「……」


 その様子を見ていたヘルムーツェンが、ゆっくりとソファーから立ちあがった。

 そしてノッドルフの傍までやって来ると、首を傾けながら青褪めた顔を下から覗き込む。


「……ノッドルフ……貴様、何か隠してないか……?」

「と、とんでもごぜいません!!! 私は何も隠してはいないです!!!」


 ノッドルフの額から大量の脂汗が噴き出てきた。


「……貴様、嘘を言っているな……」


 ヘルムーツェンの冷淡な眼光が、目前の男を値踏みする。


「そ、そんな!!! 私は嘘など、など、など、などなどなどなどなどぉおおおおおおおぼぅ゛っ!?」


 唐突に、ノッドルフが痙攣を起こした。


「むっ!?」


 ヘルムーツェンは異変を感じ、透かさず距離を取る。


「ノッドルフ! どうしたというのだ!?」


 ドミナンテは思わず呼び掛けた。

 と同時に今度はノッドルフの口から大量の血が吐き出される。


「おぼぼぼぼぼんぼぼう゛ぉオおおおおおぅう゛ォオおおおおおおおおおお゛!!?」


 当然の事態で執務室にいる全員が驚愕した。


「もしや!」


 ヘルムーツェンが何かに気付く。


「ドミナンテ! 何者かがノッドルフの口を塞ごうとしている!」

「なに!? 此奴にはまだ聞かねばならん事がある! 何とかならんのか!?」

「諦めろ! ノッドルフはもう助からん!」


 そう告げたヘルムーツェンは、抜剣と同時にその腹部を掻っ捌いた。


「ぎゅりぃやあゃあああああああああああああああっ!!!」


 ノッドルフは意味不明な言葉を吐き散らす。

 そして血塗れの状態で床に倒れ伏すと、そのまま事切れてしまった。


「ドミナンテ、これを見ろ」

 

 ヘルムーツェンの振り抜かれた剣先には、巨大なミミズが串刺しになっている。

 それは気持ち悪く蠢いており、見る者に不快感を与えた。


「ケプテルヌス。こいつが原因だ」


 ドミナンテとデウストは、目を丸くして化け物ミミズを凝視する。


「……ノッドルフに寄生していたのか……?」

「……キャロライン……ケプテルヌスを使役する魔術とかあるのか……?」


 デウストに尋ねられたゴスロリの美少女は、この騒ぎの中でも平然と茶を啜っていた。


「……魔術以前の問題……」

「何だと?」

「……魔力の波動を感じなかった……」


 その言葉に三人は驚愕する。


「魔術ではない? だとしたら、たまたまノッドルフに寄生していたのか……?」

「それは考えにくい……砂海でもないのに、ケプテルヌスが宿主の腹を食い破るなどあり得ない……それにタイミングが良すぎる……」

「そうです父上……先生の言う通り、出来過ぎています……」

「……」 


 二人の意見を受けたドミナンテは、ある人物の顔を思い浮かべた。


「ユージスだ……今すぐあいつを連れてこい……」






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