59.主の真意
レンドン城が陥落してから十日目。
エルテがようやく帰って来た。
彼女は骸骨騎士に案内されて、豪華な一室へと招き入れられる。
そこにはチェームシェイスとティンクファーニが仲良くティータイムを楽しんでいた。
「チェームちゃん、ただいま」
元気よく入ってきたエルテの姿に、チェームシェイスの顔が綻ぶ。
「エルテよ、何をしていたのだ。あまりにも遅いから、今から捜索部隊を編成しようと思っていたところだぞ」
「ごめんね、チェームちゃん。ちょっと色々あって時間が掛かっちゃったよ」
生贄たちを親元へと送っていたエルテは、そのたびに感謝をされていた。
そして生贄の親たちは、どうしてもお礼をしたいと言って、強引にエルテを引き留めようとした。
それは一件や二件どころの騒ぎではなく、ほとんどの親たちがそうであったため、エルテは彼らの誘いを断り切れず、全ての生贄を送り届けたら後で寄ると約束してしまったのだ。
それからエルテは目的を達成させたのち、律儀にすべての家を回った。
だから十日という想定外の日数が掛かってしまったのだ。
「うむ、まあ良い。おぬしが無事なら何も言う事はない」
「ありがとう、チェームちゃん」
十日ぶりの再会に二人は笑顔を交わす。
「……で、その子は誰なの?」
エルテの視線がティンクファーニに止まった。
「ハイ! 私はエルフのティンクファーニと申します! 縁あってトモカズ様とチェームお姉さまに助けて頂きました! よろしくお願いします!」
ティンクファーニは勢いよく席を立ち、軍人も舌を巻くほどの見事な敬礼をして見せる。
「そんなに畏まらなくてもいいよ。ボクはエルテ、よろしくね」
「ハイ! エルテお姉さま! チェームお姉さまから窺っております!」
「あは、君、面白いね」
ティンクファーニの緊張した面もちにエルテは思わずほっこりとしてしまった。
「エルテ、疲れたであろう。ゆっくりと休むがよい」
「ありがとう。でも、先に師匠に会って来るよ。休むのなんてその後でいいや」
エルテの頭の中は、自分の主の事で一杯になっている。
「師匠はどこにいるの?」
そんな彼女にチェームシェイスは申し訳なさそうな顔で口を開いた。
「……我が君はここには居らぬ……」
「……え? どういうこと……?」
「……エルテ。少し長くなるから席に座ってくれぬか……」
「……う、うん」
促されたエルテは晴れない顔で椅子に座る。
「実はの……」
チェームシェイスは順を追って懇切丁寧に説明した。
レンドン城とエルテの店を歪曲門で繋げたこと。
セラーラが、ガインツ兄弟を排斥するため一人でボンゴ村に向かったので、それを危惧した主とピアが、共にその後を追ったこと。
そして十日も経った今現在でも、二人の姉妹を含めて未だに主が帰っていないこと。
「……そうなんだ……こんなことなら師匠に会ってから生贄の子たちを送ってあげればよかった……」
エルテは悲し気な表情になり、目に涙を浮かべる。
それを見たチェームシェイスは罪悪感に囚われた。
何故ならば、エルテに浚われた者たちを送るよう言ったのは彼女だったからだ。
レンドン城を征服した際、チェームシェイスは思った。
ライバルの姉妹たちが居ない今宵こそ、主と結ばれる機会だと。
しかしあと一人の姉妹、エルテが邪魔だ。
そこで彼女は一計を講じる。
エルテを排除するため、生贄たちを家まで送るよう進言したのだ。
面倒見の良いエルテは二つ返事で快諾し、まんまと彼女の計略に乗ってしまった。
「……済まぬ……エルテ……」
「なんでチェームちゃんが謝るの?」
「……いや……それはの……うむ……」
チェームシェイスは俯き言い淀む。
「? 変なチェームちゃんだね」
切り替えが早いのか、既にエルテは元気を取り戻していた。
「それにしても、師匠の帰り、ちょっと遅くない?」
話が変わった事で、チェームシェイスも気を取り直して面を上げる。
「パーシヴァリーに聞いたのだが、領都オルステンでは、我が君がガインツ兄弟に倒されたと大々的にお触れが出ておる」
「え? そうなの?」
「うむ。何とも愚かな奴らよ。我が君が倒されるなどなかろうに。パーシヴァリーと二人で思わず笑ってしまったわ」
「ホントそうだよね……でも、まだ帰っていないのがちょっとだけ心配かな……」
「確かに……我が君に限って不測の事態に陥ることはあり得ぬが、少しだけ心配だ……」
二人は主の身を案じた。
とそこで、一体の骸骨騎士がノックも無しに部屋へと入って来る。
「どうしたのだ?」
骸骨騎士はチェームシェイスの傍まで近づくと、歯をカチカチと鳴らして何かを訴えた。
「……む? それは本当か?」
チェームシェイスの表情が険しくなる。
「どうしたの?」
「このレンドン城に進軍する軍がおる」
エルテの目が据わった。
「誰?」
「旗印からして、マッキシム・ラ・ヴァンへイム」
エルテは思い起こす。
確か彼は、ドミナンテの三男坊で軍事の天才であったと。
「……へえ、楽しみだね……軍事の天才様が、直々にボクたちを討伐しに来たんだ……」
柔らかいエルテの表情が狡猾になる。
「……チェームちゃん、もちろん迎え撃つよね……」
「……分かり切ったことを聞くでない……無論、皆殺しよな……」
殺気を放つ二人は、美しくも邪悪な笑みを浮かべた。
それを見たティンクファーニが小刻みに震え出す。
「あっ!!?」
突然、チェームシェイスが椅子から立ちあがって素っ頓狂な声を上げた。
「ひぃっ!!?」
と同時に、恐れ戦いていたティンクファーニが机の下へと潜り込む。
「えっ? えっ? どうしたの? チェームちゃん?」
エルテもチェームシェイスの行動に目を丸くした。
「わ、我としたことが完全に見落としておった……そうか……そうであったのか……」
「なになに? どうしたの?」
エルテが心配そうにチェームシェイスの顔を覗き込む。
「エルテよ、防衛戦は中止だ」
「うそっ!? なんでっ!?」
「直ぐにレンドン城を放棄するのだ」
「ええっ!!?」
突然の方針転換でエルテは戸惑い動揺した。
そんな彼女にチェームシェイスは絶対的な言葉を放つ。
「我が君の命令だ」
「師匠の!!?」
自分の主の命令とならば、彼女が拒否する理由は何処にもない。
「……し、師匠の命令だったら全然問題ないけど、どういうことなの? なんで急にそんなことになるの? チェームちゃんも、さっきまではその気になってたよね……?」
「済まぬエルテ……我が完全に失念しておった……」
「……失念って……どういう意味……? ……ちゃんと分かるように言ってよ……」
混乱するエルテはチェームシェイスに説明を求めた。
「……我が君は、我と別れる間際にこう告げたのだ……『レンドン城は放棄しても構わない。大した要衝ではないからな』……とな……」
「……」
「我が君は疾うに見越していた……マッキシムがこの城を取り返しに来ることをな……だからそのような言葉を残した……」
しかしエルテはまだ納得していない。
「だから城を放棄するの? その後はどうするの? チェームちゃんは勘違いしてるよ。師匠が逃げろだなんて言うはずないよ」
「まあ待てエルテ。話は最後まで聞くのだ」
チェームシェイスはエルテの瞳を真っすぐに見た。
「レンドン城を放棄した後、我とエルテでバンジョーナ城砦を占拠するのだ」
「えっ!!?」
エルテの美しい顔が固まる。
「マッキシムが軍を率いている今、バンジョーナ城塞は空き家も同然。そこで彼の城塞を我の〈枯骨の軍勢〉で占拠する……それこそが我が君の謀略よな……」
「!!!」
エルテは絶句した。
そして、チェームシェイスが何故そのような考えに至ったのか、彼女はどうしても知りたかった。
「……そ、それって、どうしてチェームちゃんは分かったの……?」
「……我が君の言葉、『大した要衝ではないからな』。この言葉こそがすべてを物語っていたのだ……」
「……ゴメン、チェームちゃん……ボクにも分かるように教えて……」
詳しく解説を求めるエルテにチェームシェイスは重々しく言葉を紡いだ。
「……良いかエルテ、よく聞くのだ。我が君が言い残した『大した要衝ではないからな』……この言葉を深く読み解けば、こう解釈できる……『レンドン城は大した要衝ではないから要らない』……ということは、大した要衝は要る……」
それを聞いたエルテは震えながら声を出す。
「……大した要衝……ま、まさか!!?」
「……うむ……バンジョーナ城塞に他ならぬ……」
「!!!」
エルテの身体に電撃が走った。
「そして、大した要衝のバンジョーナ城塞と我が君が残した『レンドン城は放棄しても構わない』と言う言葉……この二つを組み合わせれば、我が君の真意が見えてくる……」
「……そ、それは……?」
「……『マッキシムが攻めてきたら、レンドン城を放棄してバンジョーナ城砦を取れ』……」
「……ふぁあぁぁ……」
エルテは骨の髄まで感動する。
「……ここを占拠すれば、オルストリッチのみならず、ブリエンセニア王国にも脅しをかけることができる……言う事を聞かなければ、バンジョーナ城砦をゼルディオン帝国に明け渡す、とな……」
そう話すチェームシェイスの声は感極まって震えていた。
「……前回といい今回といい……いったい我が君の頭の中はどうなっておるのだ……? ……もう我は、我が君にメチャクチャにされたい……」
チェームシェイスの顔がだらしなく緩んだ。
「……な、なんなの……その神懸った策略……どんな天才軍師でも思いつかないよ……もう師匠のことを考えただけで、体が火照ってどうしようもないよ……」
エルテも蕩けた顔を浮かべている。
「……他にもあるぞ……」
「えっ! 何が!?」
主の凄さがまだあるのかと、エルテの表情筋が絆された。
「……我が君はこうも言っておった……『イングリッドはそのまま塔に閉じ込めておくんだ』、と……」
「……その意味するところは……?」
「マッキシムを呼び寄せる餌。だから殺さず城に置いておったのだ……」
「!!!」
エルテはもちろんのこと、説明をしているチェームシェイスも更なる感銘を受け、自分たちの主に傾倒していった。
「……凄いよ……何なの師匠は……格好よすぎるよ……」
「……うむ……我が君の計略は人知を遥かに超えておる……全人類最高の男だ……」
二人はもうメロメロである。
「あっ」
そこでエルテが何かを思い出した。
「チェームちゃん。イングリッドを残して撤退したら、彼女は喋っちゃうよ。ボクがチェームちゃんを連れてレンドン城に来たって」
「フフフ、エルテよ。我が君はそれすらも計算に入れているはず。真意はまだ分からぬが、きっと素晴らしい計画のための布石に他ならぬ」
「……さ、さすがは師匠……先の先の、そのまた先まで見ているなんて……」
チェームシェイスの自信満々な言葉を聞いて、エルテは微塵も疑わない。
「こうしちゃいられないや! 早く撤退して、誰がバンジョーナ城塞を攻めるのか決めなくっちゃ!!!」
しかしチェームシェイスは首を横に振った。
「その必要はないぞ。もう決まっておるからな」
「え? 誰?」
「うむ。我が君が我に残した言葉では、『エルテと共に後の処理を頼む』、であった」
その言葉を聞いてエルテの瞳に闘志の炎が宿る。
「……そうなんだ……これはボクとチェームちゃんの任務なんだね……俄然、やる気が出てきたよ!」
やる気を見せるエルテ同様、チェームシェイスも胸の内から熱いものが込み上げてきた。
そして彼女は素早く頭を回転させて、撤退に必要な案件を弾き出す。
「エルテよ、我は撤収の準備に取り掛かる。おぬしはいったん店に戻り、急ぎパーシヴァリーにこの件を伝えるのだ。戻ってきたら、歪曲門の回収を頼む」
「分かったよ! 直ぐに戻って来るからね、チェームちゃん!」
こうして二人はバンジョーナ城塞攻略に向けて動き出すのであった。




