58.有能な領主の長男
オルストリッチ辺境伯領の領都オルステン。
その中央には領主が住まう領城が鎮座し、ここから領内全体に向けて様々な施策が発信される。
無論、全ては領主たるドミナンテが方針を決めており、彼は領城の最上階に設けられた執務室で、今もなお領内に関する資料に目を通しながら今後の政策を考えていた。
――コンコン――
室内にノックの音が鳴り響く。
「父上、デウストです。ただいま戻りました」
「入って来い」
入室の許可が下り、デウストは静かに扉を開ける。
「失礼します」
慇懃に挨拶を述べた彼は、室内に入り視線を流した。
部屋の奥には重厚な黒檀の机に着くドミナンテの姿がある。
その前面は二つのソファーが向かい合うように置かれ、それぞれに二人の人物が座っていた。
一人は貴族服を身に纏った水色の髪の青年で、彼は両腕を背もたれに掛けて横柄に寛いでいる。
対面のソファーでは、ゴスロリの美少女がちょこんと座っており、可愛らしく紅茶を啜っていた。
「先生も居らしていたのですか」
先生と呼ばれた水色の髪の青年ヘルムーツェンは、デウストに鋭い眼光を向ける。
「首尾はどうだ?」
「私が失敗するとお思いですか?」
自信に満ちた物言いに、ヘルムーツェンは口角を上げた。
それを見たドミナンテは、以前言っていた彼の言葉を思い出す。
「ヘルムーツェン。お前が言っていた布石というのはデウストの事だったのか」
「まあな。だがそれだけではない。レーヴェも付けていた。ガインツ兄弟にレーヴェにデウスト。これだけの戦力ならまず負けはない」
上手く事が運んでヘルムーツェンは満足そうだ。
「デウスト。ドミナンテに詳しく話してやれ」
促されたデウストは、堂々とした態度で口を開いた。
「トモカズは地獄に落としました。今頃はバティスモレの栄養になっている事でしょう」
二人は確信する。
相手は確実に死んだと。
何せバティスモレは地獄の第六圏を支配する君主級の大悪魔。
反逆者ごときが倒せるなど、二人は努々思っていなかった。
「あと気になる点と言えば、トモカズは私たちの知らない従者を連れていました。赤い瞳に長い白髪の美少女です。ついでにその者も地獄へ送っておきました」
白い髪の少女というワードにヘルムーツェンが反応する。
「そいつは俺様たちが凱旋した時、トモカズが連れていた奴だ。デウスト、よく始末した」
その言葉にデウストは肩を窄めて頭を横に振った。
「今回は私が居なくとも問題はありませんでした。チャーチに横やりを入れたようで気が引けます。手柄は全て傭兵ギルドにお願いします」
「分かっておる。チャーチたちには後でたんまりと報奨を出す」
これで傭兵ギルドに恩を売ったとデウストは胸中でほくそ笑む。
「それから父上、お土産があります」
「ん? なんだ?」
「【撲殺聖女】を生け捕りにしました」
ドミナンテの瞳が禍々しく揺れる。
「……ほう……それは面白い。直ぐここに連れ来い」
「申し訳ありません。【撲殺聖女】はガインツ兄弟が護送中です。彼らは大所帯ですので、戻ってくるのはもう少し後になるかと。それまでお待ちください」
「そうか、後の楽しみにでも取っておくか」
ドミナンテはニヤリと笑い、自分の髭を触った。
そしてデウストに本来の用件を尋ねる。
「それでジェイヒレーダー公爵との話は上手くいったのか?」
「無論です。後ほど報告書をまとめて提出しておきます」
得意げなデウストの態度を見て成果は上々だと理解する。
「さすがはデウスト。相変わらずの有能さよ」
「貴様は本当に何でもできる」
ドミナンテとヘルムーツェンは、次期領主の卓越した才能に感心した。
「……それはそうと父上に先生。折り入ってお願いがあります」
「ん? お前がお願いだと? ……珍しいな……なんだ、言ってみろ」
「レーヴェを私の専属護衛に頂けませんか?」
「なに? レーヴェをだと?」
ドミナンテは不思議がり、ヘルムーツェンも首をかしげて言葉を返した。
「どうして貴様がレーヴェを欲しがる」
「私もそろそろ従者が欲しくなりました。ですのでそれなりの強さを持つレーヴェを護衛にしたいのです」
「レーヴェまでとはいかなくとも、手練れは他にもいるだろう」
「私は自分が認めた者でしか連れて歩きたくはないのです」
多くの才能に恵まれたデウストはプライドが高い。
剣を教えれば真綿が水を吸うが如く吸収し、学問を習えば一度聞いた事は忘れない。
加えて話術にも長け、さらには固有魔力、地獄の扉の保有者でもある。
これだけ才能に溢れていれば、付き従わさせる者もそれなりの者でないと納得できなかった。
「それと小耳に挟んだのですが、レーヴェはジークベルトの一件以来、ますます肩身が狭い思いをしていると伺っております」
的を得た言葉にヘルムーツェンは肯定する。
「……そうだな。もともとレーヴェは同僚の間では妬みの対象になっていた……何せ漆黒騎士の全員が貴族の出自だからな……元農民のレーヴェが副団長では面白くないだろうな」
ならば何故、ヘルムーツェンはレーヴェを副団長にしたのか。
それはドミナンテもデウストも理解していた。
無論、彼が強いからだ。
漆黒騎士と言う名の通り、漆黒超闘気を扱う事が出来るのは、現段階を置いてヘルムーツェンとレーヴェだけであった。
「レーヴェの評判は、騎士や兵士たちの間では決して悪くはないのですが、同僚の漆黒騎士となると最悪です。それに加えてジークベルトの件。もう彼は、漆黒騎士団に居ること事態が難しいのではないのですか?」
「……」
ヘルムーツェンは目を瞑って逡巡すると、直ぐに答えを出した。
「分かった。レーヴェを貴様にくれてやる」
デウストの頬が自然と緩む。
「有難うございます、先生」
これで一つはクリアしたと、デウストは次の問題に話題を向けた。
「それと父上。話は変わりますが、アルタ村とトーゲ村、未だに存続しているとか。これはどういう事ですか?」
思わぬ言葉にドミナンテは目を見張る。
「……お前は情報通だな……」
「父上。私の下には常に最新の情報が入ってきます。それはオルストリッチから離れていてもです」
「恐ろしい奴だ……」
息子の情報網にドミナンテは感服し、村の処置について口を開いた。
「あの二つの村は、確実にトモカズ一味が関与している。しかしお前がそのトモカズを倒した。しばらくは様子を見るつもりだ」
「そうですか。それなら私が言う事は何もありません。ですが、見せしめとして必ず滅ぼしてください」
「お前に言われるまでもないわ」
デウストも父親と同様に、逆らう者にはとことん容赦がなかった。
「あと父上。ボンゴ村の村人はどうしますか? 私やガインツ兄弟が村に着いた時には誰一人として村人はいませんでした。何処かに逃げ出したのは明白。追っ手を差し向けてください」
「心配するなデウスト。領境の警備は強化してある。ボンゴ村の奴らはこのオルストリッチからは出られん。そのうち冬が来る。奴らは間違いなく飢え死にだ」
「分かりました、父上」
少し甘いのではとデウストは思うが、それを口にする事は無い。
「ドミナンテ。トモカズが死んだと大々的に宣伝しろ」
不意にヘルムーツェンが言葉を挟んだ。
「……なるほど、さすがは先生」
「ん? どういう事だ?」
意味が見えないドミナンテに、デウストが説明をする。
「トモカズの仲間は分かっているだけでも【撲殺聖女】と【銀髪の戦乙女】、あとは白髪の少女です。ですが【撲殺聖女】は捕まり、トモカズと白髪の少女は地獄へ落ちました。残るは【銀髪の戦乙女】だけ」
デウストの口元が吊り上がった。
「【銀髪の戦乙女】はトモカズを大層慕っていたと聞いております。トモカズが死んだと耳に入れば、怒り狂って出て来るかもしれません。もしかしたら、我々の知らない別の仲間を引っ張り出せるかも……」
その策に、ドミナンテは興味を示す。
「……ふむ……面白そうだな……よし、早速そのように手配しよう」
とそこで、扉の外から切迫した声が聞こえてきた。
「ドミナンテ様! 至急、お耳に入れたき件がございます!!!」
悲壮感漂う声に、ドミナンテは何事かと入室の許可を出す。
「入れ」
「はっ! 失礼します!」
騎士は部屋に入るなり、入り口付近で膝まづいた。
「申し上げます! レンドン城が陥落いたしました!」
「なんだと!?」
ドミナンテとヘルムーツェンの眉間に深い皺が寄る。
「詳しく話せ!」
「はっ! トモカズのしもべと名乗る少女が、アンデッドの軍隊を率いてレンドン城を制圧したとの事です!」
「ト、トモカズだと!!?」
「……それは本当なのか? レンドン城には不死鳥騎士がいたはずだ。奴らを倒したとでも言うのか……?」
ドミナンテもヘルムーツェンも今の報告に激しく動揺した。
「不死鳥騎士の四名の内、三名は討ち死にしたとの事です!」
「ば、馬鹿な……」
「不死身のあいつらが死んだだと……?」
騎士の報告に二人は驚愕するが、なぜかデウストだけは落ち着き払っていた。
「父上に先生、そこまで狼狽える必要はありません。もうトモカズは死んでいるのですから」
「……デウスト。貴様、何か知っているな?」
ヘルムーツェンはデウストを睨みつける。
「……相変わらず先生は鋭い……仰る通り、私は既に状況を把握しております」
その言葉にドミナンテは面食らい、血相を変えて自分の息子を追求した。
「儂に詳しく話せ!」
「分かりました」
デウストは不敵な笑みで口を開く。
「私がボンゴ村からオルステンに戻る途中、その報が入ってきました。トモカズ配下の【死の女帝】がレンドン城を落としたと」
「【死の女帝】?」
「巷ではそう呼ばれているそうです。彼女はアンデッドを使役しているらしいので、そこからきているのでしょう」
デウストは話を元に戻す。
「【死の女帝】がレンドン城を攻めた日は、私がトモカズを始末した日の前日です。まだ日数が浅いので、彼女は自分の主の死を知らないはず」
「……お前の言いたい事は分かった。頭を無くした反乱分子など、恐るるに足らないとでも言いたいのだろう」
「その通りです。粋がっていられるのも今のうちです」
「……」
しかしながら、ドミナンテの表情は晴れなかった。
頭の良いデウストは直ぐにその理由を察する。
「イングリッド嬢ですか」
「ああ、そうだ」
イングリッドが殺されていたら、ドミナンテはフェルゾメール家の当主スパリアロに保護責任を問われるだろう。
返答次第によっては援助停止はもとより賠償金を請求され、下手をすれば攻め込まれる可能性も出て来る。
それは今のドミナンテにとって時期尚早であり、どうしても回避したかった。
「ご安心を。報告によりますと、イングリッド嬢は生きています」
「それは確かだろうな」
「間違いありません。それに、彼女を殺せば三公貴族の一角、フェルゾメール家に付け狙われます。それは【死の女帝】も分かっているはず。よほどの馬鹿でもない限り、私たち以外にも敵を作る事態は避けるでしょう」
言われてみればそうだとドミナンテは少しだけ安堵した。
「それに、もう手は打っておきました」
「……手を打っただと……?」
デウストは揚々と答える。
「マッキシムを向かわせました」
その言葉にドミナンテは目を剥き声を荒げた。
「デウスト! お前は何をしたのか分かっておるのか!?」
憤るドミナンテに続き、へルムーツェンも険しい表情になる。
「あいつはバンジョーナ城塞から動かせない。それは貴様も分かっているはずだ」
ドミナンテの三男マッキシムは戦の天才である。
彼はゼルディオン帝国との国境に構えられたバンジョーナ城塞で敵国を牽制していた。
「問題ありません。ゴライアス将軍が出陣する事はないですから」
ゴライアスとはゼルディオン側の将軍で、彼もまた軍事の天才である。
そして立ち位置は違えどマッキシムと似たような役割であり、カルカンヌ城塞からブリエンセニア王国に睨みを利かせていた。
「デウストよ、どうしてそう言い切れる」
「ゴライアスには以前から離間の計を仕掛けていました。それが功を奏したのです」
「離間の計?」
初めて聞く内容に、ドミナンテの表情が難しくなる。
「数か月前、カルカンヌの副将軍にケッセランなる男が就任した事を覚えておいでですか?」
「もちろんだ。ゴライアスには及ぼないものの、なかなかの名将だと聞いておる。そいつがどうかしたのか?」
デウストは不敵に笑い、話を続けた。
「ケッセランは優秀です。しかし、非常に嫉妬深い男です。あの男はゴライアス将軍の才能を日ごろから妬んでいました。私はそこに目を付け、間者を使って奴の嫉妬心を煽り立てたのです。しかし流石はゴライアス将軍。すぐさま気づかれまして、間者は始末されました」
「……意味のない事をしたな……」
ダメ出しを受けたデウストだが、彼は少しも落胆してはいない。
それどころか楽しそうに言葉を紡いだ。
「そうでもありませんよ、父上」
「……なに……?」
「間者は殺されましたが、一度火を付けられたケッセランの欲望は消えなかったのです。彼の嫉妬心は燻り続け、それは次第に大きくなり、遂にはゴライアスを敵視するまでになりました。無論、当のゴライアスもそれに気づいたのですが、その頃はもう後の祭りです」
デウストの口元がさらに緩む。
「こうなってしまえば、私が何もしなくともカルカンヌ城塞は二つの派閥に別れます。ゴライアス派とケッセラン派ですね」
そこでヘルムーツェンが口を開いた。
「そう言う事か……仮に敵が攻め込んできたら、ゴライアスとケッセランは協力してカルカンヌ城塞の守りに入る。しかし、どちらか一方が敵を攻めるため出陣したとなると、間違いなくその方を城塞から締め出す。デウスト、お前はそう言いたいのだろう?」
デウストは嗤ったまま頷く。
「流石は先生、正解です。ゴライアスとケッセランは互いが互いを牽制し合っているので、決して出兵などいたしません。ですので父上、今のバンジョーナ城塞にはマッキシムが居らずとも何ら問題はないのです」
完璧な手回しに、ドミナンテは脱帽した。
「……デウスト……お前は本当に頼りになるな……」
「恐れ入ります、父上。私たちに敵対する者は必ずや後悔するでしょう」
そう言葉を発するデウストの顔はドミナンテとよく似ており、野望に満ち溢れているのであった。




