05.転移初日は疲れました
俺とセラーラは、仮の拠点であるスラム街の廃屋へと帰って来た。
彼女の血塗れだった法衣は、浄化スキルで綺麗さっぱりとその純白さを取り戻している。
「……あの時の主様の言葉……ああ、一生忘れません……」
戻って来るや否や、夢見心地のセラーラが先ほどの出来事を五人の美少女に熱く語っていた。
「……私もそんな言葉でマスターに囁かれたい……」
「……セラーラさん……素直に羨ましいです……」
「……我も着いて行けばよかった……」
「……ずるいよ……セラーラちゃんだけ……」
「……今回はセラーラお姉ちゃんに譲ります……でも次は私です……」
五人は羨望の眼差しをセラーラに向けている。
そんな彼女たちを尻目に俺は頭を抱えていた。
これで俺とセラーラは確実にお尋ね者だ。
今後の行動にも制限が掛かる。
さらには人を殺めてしまった事で罪悪感に苛まれていた。
未だあの感触が手の平から離れない。
と言っても水風船を割ったような感触ではあるが。
……こんなに負い目を感じるのなら、何が何でも蘇生すべきだったか?
いや、あんなクズを生き返らせるメリットなど何処にもない。
それどころか害を撒き散らすだけだ。
……何だか悩むのが面倒になってきたぞ……
よし、俺は俺の乙女精霊を護ることだけを考えよう。
その結果、誰が死のうと、もう知らん。
だが本当に生き返らせることができるのか、その検証もしたい。
それはあんなクズではなく然るべき者で試そう……
「……」
……俺たちが死んだらどうなるんだろう……
乙女精霊サーガでは、キャラクターが再起不能となった場合、即座に蘇生スキルやアイテムを使えばその場で復活できる。
しかし放置したまま時間が経てば、ホームとよばれる自分たちの本拠地へと強制送還される。
ホームが無いこの状況だとどうなるんだ?
俺やこいつらが死んで直ぐに蘇生しなかったら、どこで復活するんだ?
……危険すぎて試す気にもなれん……
うーむ。ここはひとつ、全員に釘を刺しておかなければ。
「みんな、重要な事を言うぞ」
俺の言葉で姿勢を正した六人は、真剣な顔でこちらに注目した。
「絶対に軽率な行動は取るな」
セラーラの突飛な行動のおかげで大変な目にあった。
まあ、最初に手を下したのは俺なので、彼女だけの所為にはできないが、口火を切ったのは間違いなくあいつだ。
今回はたまたま相手が弱かったから良いものの、とんでもない実力者がいれば二人とも死んでいたかもしれない。
「いくら蘇生スキルや復活アイテムがあるといっても、俺たちがこの世界で死んだらどうなるか全く想像がつかない」
そうだ。用心に越したことはない。
「だが、命の危険が迫ったと判断したら、全力を出して身を守れ。いいな」
六人は至極真面目な顔で頷いた。
うんうん。これでこいつらも緊張感をもって事に当たるだろう。
それにセラーラの件で招いた結果は悪い事ばかりではない。
俺たちの力がこの世界である程度通じると分かった。
これを知り得たのは大きな収穫なので、今回は良しとしとこう。
「話はここまでだ。腹も減っただろうから、皆で夕飯でも作ろうか。食事をしながら各自の報告を聞こう」
六人の美少女は満面の笑顔で言葉を返す。
「はい、主様」
「了解した、マスター」
「かしこまりました、旦那様」
「心得た、我が君よ」
「オッケー、師匠」
「分かりました、ご主人様」
……愛い奴らだ……
日もすっかりと落ち、辺りは闇夜に包まれた。
俺たちは廃屋の中で鍋を取り囲み、温かい食事に舌鼓を打つ。
鍋を温めている火床には石を敷き詰めているので火事にはならないだろう。
まあ、なってもいいが。
「おいしそうだ、いただきます」
俺はきつね色に焼きあがったホクホクのチキンに齧り付く。
歯で皮を突き破る事によって閉じ込められた肉汁が咥内を支配した。
「はふはふっ、うまい!」
「師匠、それはボクが焼いたんだ」
ほろほろの肉を嚥下した俺は、ニコニコ顔のエルテに言葉を返す。
「そうなのか、エルテ」
「うん。美味しいでしょう?」
パッチリとした愛らしい目が俺の顔を覗き込んだ。
「ああ美味いぞ。エルテは肉の焼き加減がよくわかってるな」
「えへへ……」
……その笑顔……どんな男でもイチコロで落とせるぞ……
次に俺は、良く煮込んであるシチューを口に運ぶ。
「お、このシチューも最高だ」
「それは私が味付けしたんだ……どうだ? マスターの口に合っていればいいのだが……」
パーシヴァリーが不安気な顔で俺を見つめてきた。
「美味しいぞ、パーシヴァリー。香辛料がよく効いていて、肉や野菜の旨味もよく出てる。うん、何杯でもいけそうだ」
「……そうか……良かった……」
はにかむ彼女はとても幸せそうである。
うっ! ……守ってあげたい……
どういう訳か、この六人は料理が上手い。
一人ぐらい下手な奴がいてもおかしくないのに、皆してプロ顔負けの腕を持っていた。
ちなみに俺も、一人暮らしが長いためそこそこ料理はできる。
なので食事の用意を手伝おうとしたのだが、彼女たちは一切手出しをさせてくれなかった。
「旦那様、お口を開けてくださいませ」
隣に座るピアが、シチューを掬ったスプーンを俺に差し出してくる。
こ、これが、あーんとかいうやつか……
俺は素直に口を開け、その行為を受け入れた。
美味い! いろんな意味で美味いぞ!
「……ピアよ……なぜおぬしが我が君の隣にいるのだ……?」
「そうだよ。コットちゃんはまだ許せるけど、なんで師匠の隣にピアちゃんがいるんだよ……」
「さあ、なぜでしょう?」
人差し指を顎に着けたピアは、視線を上に向けてすっとぼけた。
今、俺の右隣にはピアが、左隣にはアプリコットが座っている。
どうやらこの少女たちの間では上下関係などないようだ。
ただし、随分あとから誕生させたアプリコットだけは妹のような立ち位置に見える。
そして彼女も五人の少女たちを姉みたく慕っている感じだ。
みんなもアプリコットには甘いんだな。
「旦那様、もう一口お召し上がりくださいませ」
再びピアがスプーンを差し出してきた。
うっ、何だピアのやつ。
……こいつからは凄く甘い匂いがする……男を虜にするフェロモンというやつか……?
……白く長い繊細な髪からもシャンプー?の香りがするぞ……
しかもめちゃくちゃ胸を押し付けてくる……
その行為に苛立ちを覚えたセラーラが、堪らず口を挟んできた。
「ピア! それ以上、主様にくっつくかないでください! 嫌がっているではありませんか!」
しかしピアは平然と言い返す。
「そのようなことはありません。むしろ喜んでおられます」
「いいえ! 主様は喜んでなどいないです! 邪魔なものを押し付けられて迷惑してます! 優しいから、はっきりと言わないだけです!」
ピアはセラーラの胸を一瞥すると、薄らと微笑んだ。
「フフフ、セラーラさん。わたくしに勝てないからといって、嫉まないでくださいませ」
「なっ!?」
いかんな、これ以上は収拾がつかなくなるぞ。
「そこまでにしろ」
それとなく仄めかした俺の言葉に、セラーラとピアは姿勢を正す。
「……失礼いたしました、主様……」
「旦那様……お見苦しいところをお見せして、申し訳ございません……」
……ふう、とりあえずは収まってくれた……
「お前らは俺が作り上げた最高の娘たちだ。互いに相手を思いやって欲しい」
俺に諭された二人は顔を見合わせる。
「ごめんなさい、ピア。図らずもきつく言ってしまいました」
「こちらこそ言葉が過ぎました。お許しくださいませ、セラーラさん」
よしよし、仲良きことは美しきかな。
「さてと、仲直りをしたところで情報交換といくか」
俺は気を取り直して本題に入った。
「先ずは俺とセラーラだが、皆はもう知っているな」
セラーラは戻って来るなり広場での出来事を自慢していたため、詳細を話す必要はない。
「要点だけ言おう。この世界ではスキルが通用する。そして俺たちは、ここにいる住人に比べて遥かに高い身体能力を持っている」
スキルが有効なのはもとより、身体能力の程度が分かった事は思わぬ収穫だ。
しかし加減しなければ第二のアンドレイを生み出す事態になり兼ねないから、そこは注意しないとな……
「俺たちがこの世界で強いことは分かった。だが油断は禁物だ。もしかしたら、とんでもない強者がいるかもしれないし、力弱くとも賢いものであればいい様に利用される。そこのところは各自、肝に銘じておくように」
六人の美少女たちは、揃って首を縦に振る。
みんな素直でよろしい。
「ではパーシヴァリーとエルテから聞こうか。お前たちは水汲みだったな」
問われた二人は嬉々として口を開く。
「マスター、何事もなく水汲みは完了した」
「たくさん汲んできたよ」
部屋の隅には何処から拾ってきたのか大きな樽が置かれており、並々と水が入っていた。
水汲みだからね。聞くほどの事でもないか。
「次にチェーム。この世界に関してどこか気掛かりなことはなかったか? 今日一日を過ごして、日常的に腑に落ちないところがあったか?」
ふわりとツインテールを揺らしたチェームシェイスは、その小さな口で言葉を紡ぐ。
「我が君よ。これと言っておかしな点は見当たらなかったぞ。逆にこの世界が央世界の何処かだと思うくらいだ」
それはない。
乙女精霊サーガで俺の知らないマップはない。
央世界でオルストリッチという街は確実に存在しない。
……とすると、どうなんだろう……
央世界にいたチェームシェイスが、この世界はそこに似ていると断定した。
現実世界にいた俺の目からもそう見える。
……だとしたら……
「今の話でよく分かった。まだ検証すべきことはあるが、ここは央世界に酷似した別の世界だという認識で間違いない」
俺の裁決に全員が頷く。
ゲームに似た世界ならば、ある程度の事は知っている分、色々と勝手がいいかもな。
俺は現実世界から来たけどね。
「ピア、隠蔽を使い続けてどうだ? SPは大丈夫か?」
SPとはスキルポイントの略で、これを消費してスキルを使用する。
「いえ、問題ありません。それに旦那様。わたくしはもう、スキルを解除しております」
なに? だったらこの場所は隠蔽していないということか?
「代わりに我が認識阻害の魔法スキル、〈遭遇希薄〉を使用しておる」
チェームシェイスの言葉に俺は納得した。
なるほどね。
ピアの隠蔽スキルは姿と気配を完全に消すスキルだ。
それに移動や暗殺といった状況下での使用を前提としているため、けっこうなSPを消費する。
対して認識阻害の魔法スキル、〈遭遇希薄〉は完全に消えるのではなく、他生物の意識を逸らすスキルなので、隠蔽系統のスキルに比べれば遥かに持続力やコストパフォーマンスが良い。
なのでこのスキルは、ゲーム内での敵とのエンカウント率を下げるため、高レベルプレイヤーの間ではよく使われていた。
「分かった。チェームはこのままスキルの維持を頼む」
「任されよ、我が君」
自信満々なチェームシェイスに俺は安心感を覚えた。
最後はアプリコットか。
「それでアプリコット、どうだった?」
彼女は満面の笑みで元気一杯に報告する。
「はい! ここの領主様には五人の息子がいるそうです!」
……そう言えば、アンドレイは五男だと聞いたぞ……
「長男はデウスト、次男はエスクール、三男はマッキシム、四男はジークベルト、五男はアンドレイと言う名前です!」
……アンドレイはあの世だね……
「他にも街の色々な施設の事を聞きました」
「ほう……どんな施設だ?」
「はい! このオルステンでは、商人ギルドや冒険者ギルド、傭兵ギルドなんかもあるそうです」
おお! 冒険者ギルドがあるのか。乙女精霊サーガにはなかった施設だ。
どんなところなのか行ってみたいな……
「中でも傭兵ギルドは危険な場所なので、行かない方がいいって街の人は言っていました!」
「それはどういう意味だ?」
「傭兵ギルドは荒くれ者の集まりだそうです。領主様の息が掛かっているから、犯罪を犯しても簡単に揉み消されるみたいです!」
……なにそれ……無法地帯かよ……
「……よく分かった……」
さあてと、明日はどうするか……
本当はこの街から逃げ出したいところだが、オルステンの外がどうなっているか分からないし、アンドレイを殺したから警備も強化されているだろうしなあ……
「……」
暫し黙考した俺は、皆に向かって重々しく口を開いた。
「明日の予定を話す」
六人の少女は身構えて、俺の言葉を聞き逃さまいと凝視してくる。
「アプリコットは引き続き情報収集だ。領主、延いてはその家族についての細かな情報を探ってくれ」
「分かりました、ご主人様!」
活力あふれる返事に俺は相好を崩すが、いいかげん彼女一人では心配なので、もう一人付けることにした。
「ピア、お前もアプリコットと一緒に行ってくれるか?」
どちらかと言うと、アプリコットよりも暗殺者のピアの方が情報収集には適任だ。
こいつも斥候の職業を習得しているし、なによりレベルが違う。
「お任せくださいませ、旦那様」
これでより詳細な情報が手に入るだろう。
「よし、情報班は決まった。次は待機班だが、言うまでもなく面が割れているセラーラは留守番。エルテも何かあった時のために控えてくれ」
「分かりました、主様」
「師匠、しっかり留守番しとくからね」
この世界に来てまだ日が浅いからな。
よく分かっていないこの状況を鑑みて、不測の事態に対処するなら二人一組が理想だ。
「俺はパーシヴァリーとチェームシェイスと共に魔術屋へ行ってみる。その後は冒険者ギルドに向かう予定だ」
その言葉に六人が、もの凄い剣幕で引き留めてきた。
「主様! それは駄目です!」
「マスターは確実に指名手配されている! 出歩くなど自殺行為だ!」
「旦那様! 御身をもっと大事にしてくださいませ!」
「我が君よ! 後の事は我々に任せておいて、ここで大人しくいてくれぬか!」
「師匠が行く必要はどこにもないよ! お願いだから心配かけさせないで!」
「ご主人様! もう危ないことはやめてください!」
……またこれかよ……
「大丈夫だ。チェームシェイスの〈遭遇希薄〉で俺に注意を向けないようにするから問題ない」
「……でも……危険な事には変わりありません……」
セラーラを筆頭に六人は難色を示すが、それでも俺は押し切った。
「そんな顔をするな。パーシヴァリーとチェームシェイスがいる。それに今朝も言ったが、央世界でお前たちを屈指の強者に育て上げたのはこの俺だ。心配はいらん」
俺の意思が固いと悟ったのか、少女たちは不承不承に納得する。
「……わかりました……でも気を付けてください……パーシヴァリーにチェーム、主様を頼みます……」
「わたくしはお二人を信用しております……くれぐれも旦那様のこと、お願いいたします……」
「二人なら、しっかり師匠のこと守ってくれるとボクは信じてるからね……」
「パーシーお姉ちゃん、チェームお姉ちゃん。ご主人様のこと、お任せします……」
各々が今生の別れとでも言わんばかりに、俺の事を二人に託してきた。
「このパーシヴァリー、必ずやマスターを守り通して見せる!」
「安心して我に任せよ。何も問題はないぞ」
……既視感かよ……これも今朝見た遣り取りだよ……
「……決まったところで、さっさと飯を食って寝よう……俺は疲れた……」
その瞬間、美少女たちの目が猛禽類の如く鋭くなり、一斉に視線を混じ合わせた。
心なしか、彼女らの間で火花が飛び散っているように見える。
「……主様の隣で寝るのは私です……」
「セラーラ、何を言っているのだ……私に決まっているではないか……」
「お二人とも勘違いしないでくださいませ……旦那様と添い寝をするのはわたくしです」
「おぬしら見苦しいぞ。我が君の隣で寝るのは我をおいて他に考えられぬ」
「ちょっと、ちょっと。みんな冗談がうまいね。どう考えたって師匠と一緒に寝るのはボクしかいないよ」
「お姉ちゃんたちには悪いけど、ご主人様の隣は私の指定席です」
精神的に疲れていた俺は、言い争う六人を放置して、一人黙々と食事を続けるのであった。




