56.白髪少女VS撲殺聖女
黄金の輝きに包まれた大広間で、二人の乙女精霊が対峙していた。
彼女たちは淡い光を放っており、額にはハート型の紋様を浮かび上がらせている。
「……ピア。私の目の黒いうちは勝手なことなど許しません」
セラーラが感情のない声で牽制した。
「……さすがはわたくしたち姉妹の長女たる存在……まさかここまで追ってくるとは思いもよりませんでした……」
ピアも彼女の登場で最大限の注意を払う。
「……それでセラーラさん。どうなさるおつもりで?」
「悪いことは言いません。ここは引きなさい」
「出来ません」
即答したピアに、セラーラの片眉がピクリと動く。
「その言葉が何を意味するのか分かっているのですか?」
「はい。セラーラさんと対立することになります」
「……すでに覚悟はできていると?」
「はい、わたくしの意志は変わりません」
「……残念です。妹に手を上げるのは心が痛みますが、実力行使であなたを止めます」
先制一番、セラーラがスキルの発動態勢に入った。
「一つご提案があります」
しかしピアは、構わず口を開く。
「二人で協力し合い、旦那様と契りを交わすというのはどうでしょうか?」
「!!?」
思いがけない申し出にセラーラの動きが止まった。
そして俺も、彼女と同じように固まってしまう。
ちょっと待て!!!
ピアめ! なに言い出すんだよ!!!
「セラーラさんとわたくしが組めば、確実に旦那様と結ばれます」
魅力的な言葉を受けて、セラーラは何かを妄想し始めた。
そしてうっとりとした表情を見せると、ポツリと言葉を零す。
「……いいかもしれませんね……」
おぃいいいいいいい!!!
セラーラ!!!
懐柔されてんじゃねえ!!!
「と言う訳なので旦那様。諦めてくださいませ」
「……主様、申し訳ございません。セラーラは主様に抱き締められたいのです」
二人は狩人のような目で、獲物である俺に狙いを定めた。
「……」
覚醒状態を発動させた乙女精霊が二人!!!
こんなの逃げきれる訳ねえよ!!!
「では、わたくしが最初に旦那様と交じ合わさせていただきます」
その言葉を聞いたセラーラの眉間に深い皺が寄る。
「……何を言うのですか……一番は長女であるこの私です……」
今度はピアの表情が険しくなった。
「セラーラさん。わたくしは姉妹以外の者が旦那様と契りを交わすのは絶対に許しません。ですが、わたくしたち乙女精霊の誰かであれば不満はありません」
「……それは私も同じ気持ちです……」
セラーラが自分の考えに同調したことで、ピアは狡猾な笑みを浮かべる。
「確かにセラーラさんは旦那様が最初に誕生させた乙女精霊であり、わたくしたちの長女でもあり、リーダーでもあります。一番を主張される理屈は理解できます」
ピアは流暢に言葉を紡ぎ、セラーラを言い包めようと畳みかけた。
「しかし旦那様は、誕生させた順に愛を注いでいる訳ではありません。六人とも平等に愛してくれています。ですから六人の内の誰かであれば、最初が誰であろうと問題はないと思うのです。そこでわたくしは妹として、姉のセラーラさんに一生に一度のお願いをしたいと思います」
「……何ですか……」
「可愛い妹の願いを聞き届けると思って、わたくしに一番を譲ってはいただけませんでしょうか?」
「ダメです」
即座に否定されたピアは難色を示す。
「……どうしてですか……」
「最初に主様と体を重ね合わせた者は、何がどうあろうと永遠の一番です。それは如何様な形でも覆すことはできません。いわば主様を独占したも同じこと。もしもそのような事態になれば、他の姉妹が許すはずもありません。でも、長女である私なら、彼女たちも納得がいくはずです」
セラーラはセラーラで、独自の持論を展開した。
「……さすがに旦那様の事となると、説き伏せられませんか……」
「……ピアも諦めが悪いですね……」
意見が分かれた二人の間に険悪な空気が流れ始める。
彼女たちは自分こそが一番にふさわしいと、不毛な議論を再開させた。
「わたくしの旦那様を慕う気持ちは誰にも負けません。セラーラさんこそ諦めてくださいませ」
「ですからダメだと何度言えばわかるのですか。一番は私に決まっています」
俺は彼女たちの言い争う様をくまなく観察する。
「……」
……今のあいつらは、俺という獲物を奪い合う獰猛な捕食者……
互いが互いを牽制し合い、俺たちに注意が向いていない……
「……ロメア、今のうちに逃げるぞ……」
俺は身を縮こませて脅えるロメアに小声で話しかけた。
「えっ!?」
彼女は体をビクつかせて俺の方を見る。
「馬鹿、声がでかい……」
「……す、済まん……」
「……いいかロメア。あいつらは言い合いに夢中だ……そっと部屋を出るぞ……」
「わ、分かった……」
俺はロメアと共に、抜き足差し足で黄金の大広間から出ると、脇目も降らずに走り出した。
広間を出てから五分ほど経っただろうか。
俺たちは少しでも二人から距離を取るため、懸命に廊下を走った。
時折り擦れ違う悪魔が人間の俺を見て驚くが、ロメアが一緒なので彼らが手を出してくる事はない。
それにしてもこの廊下、どこかの宮殿みたいだよな。
まあ、宮殿なんてテレビでしか見た事がないんだけどね……
幅広い廊下の壁には豪華な柱が等間隔で立っており、床は煌びやかな絨毯が奥まで続いていた。
「おいロメア! この建物は何なんだ!?」
「ここは地獄の第六圏エベネーベの総統府、魔仗宮殿だ!」
やっぱり宮殿だったのね。
地獄の君主がいた建物だから、そりゃそうか。
「そんな事よりどこまで逃けばいいんだ!?」
「……」
実を言うと、俺は僅かでも時間が稼げれば良いと考えていた。
理由は覚醒状態の持続時間だ。
乙女精霊サーガでは、五分も経てば覚醒状態は終了する。
俺はそれを狙っていたのだ。
しかしながら、その考えは見事に瓦解する。
どういう訳か、ピアが覚醒状態を発動させてからと言うもの、確実に十分以上は経過していた。
やはりこの世界では、ゲーム内で定められた数値が適応されていない。
こうなってしまうと、いつ覚醒状態が解除されるのか予測もつかなかった。
――ドォオオオオオオン――
俺たちの背後から爆音が鳴り響く。
……あーあ、始まったよ……
「ロメア、外だ! この建物から出るんだ!!! あいつらが戦いを始めたら、こんな建物一瞬で吹き飛んじまうぞ!!!」
「言葉を返すようだが、この魔仗宮殿は強力な暗黒力で結界を張ってある! そう易々と破壊できるものではない!!!」
――ガガガァアアアアンンン――
再び大轟音が響き渡った。
今度は廊下全体が激しく揺れ、壁や天井、柱などに亀裂が入る。
「……」
ロメアは走りながら表情を蒼褪めさせた。
「他に言う事はないか?」
「……いや、何もない……私についてきてくれ……」
恐怖に駆られたロメアは足を速めると、一目散に出口へと向かった。
体感的には随分と長い時間を走っていたように感じる。
俺たちはやっとこさ宮殿からの脱出を果たした。
「おお、これが地獄か」
外は正に、地獄と呼ぶにふさわしい禍々しさがあった。
空はどんよりとした薄い紫色の雲に覆われており、辺りには毒々しい花や草が生えている。
「ここまでくれば、もう大丈夫ではないのか?」
ロメアは安堵し、ホッと胸を撫で下ろしていた。
俺の方は、未だ不安を拭い切れず、後ろを振り返ってみる。
「凄い宮殿だな」
改めて宮殿全体を見ると、その豪華絢爛さに度肝を抜かれた。
建物自体の大きさも驚きに値するのだが、その壁一面には意味の分からぬ文字がビッシリと刻印されており、外壁の至る所では物々しい石像が配置されていた。
あれはガーゴイルってやつか。
形といい、質感といい、良い仕事してるな。
そうとう腕の良い職人が作ったんだろう……
「……」
……でもここは地獄だ。
セオリー的に考えると、あの石像は有事の際に動き出して障害を排除するんだろうな……
そんな事を考えていると、宮殿から大地を震わすような地鳴りが聞こえてきた。
「えっ!? なになに!!?」
不気味なその音に、ロメアが激しく動揺する。
――ボン――
次の瞬間、幾つかあるドーム状の屋根の一つが空高々に吹き飛んだ。
続いて宮殿の三分の一が大爆発を起こし、噴煙を巻き上げながら半壊していく。
「……マジかよ……」
その上空には、淡い光を放つ二人の少女が遠目から確認できた。
「……まだ覚醒状態が発動中だよ……」
そこで石像たちが色を帯び、おもむろに動き出す。
……予想通りの展開です……
幾つもの石像がセラーラとピアを敵と見做して襲い掛かった。
しかしながら、石像たちは戦闘の衝撃に巻き込まれ、近づくことも叶わぬまま、粉々に粉砕されていく。
「……さあロメア、もっと遠くまで逃げようか……」
「……そ、そうだな……」
こうして俺とロメアはより遠くへと走り出した。
「よし、ここまでくれば大丈夫だろう」
俺とロメアは小高い丘から宮殿の方を眺めていた。
そこでは未だ大爆発が起こっており、轟音がここまで聞こえてくる。
「……いったいあれはいつまで続くのだ……?」
ロメアは泣きそうな顔で宮殿を見詰めていた。
「……俺の方が知りたいよ……」
覚醒状態を発動してから、かれこれ三十分以上は経つはずだ。
「……」
……ホント、いつ終わるの……?




