55.撲殺聖女の本領
固有魔力、地獄の扉で構築された結界は、風船のように萎み消失していった。
それを見ていたデウストは深く訝しむ。
結界の壁は地獄へと通じているのに、二人が率先して壁へと飛び込んだように見えたからだ。
「……なんだ……? 私の見間違いか……?」
眉根を寄せるデウストに、チャーチが己の見解を述べる。
「逃げるのは無理だと悟ったのでは? だからあんな奇行に走ったのでしょう」
「……」
その言葉に何処か引っ掛かりを感じるデウストだったが、これ以上、二人について考えるのは無駄だと感じていた。
なぜならば、彼らはもう大悪魔バティスモレの供物になったのだから。
「……まあいい……それよりもあの少女、生かしたまま領都に送れ」
デウストは水晶に閉じ込められているセーラに目を向けた。
彼女は深く俯いており表情は窺えないが、自分の主が結界に呑まれたところからして衝撃を受けている事は間違いない。
「分かりました。確かにあれほどの美少女、殺すには勿体ないですからねえ……」
チャーチはちらりとセラーラに視線を流し、厭らしい笑みを浮かべた。
そんな彼に、デウストは言い放つ。
「私は先にオルステンへ戻る。チャーチ、後始末は任せた」
「デウスト様……またお一人で行動なさるのですか? あなた様はこのオルストリッチの次期領主様ですよ。そろそろ単独行動は慎んでください」
「フンッ、私よりも弱い護衛や付き人を連れてどうする。足手まといもいいところだ」
その不遜な態度にチャーチは小さなため息をついた。
「……ふぅ……デウスト様、よく聞いてください。今まではそれでよろしかったでしょうが、これからは後継者の自覚を持って行動して頂かないと、ドミナンテ様の顔に泥を塗る事にもなりますがね」
「……お前もそれを言うか……だがなチャーチ、私は弱い者を連れて歩く気にはなれない」
「そうは仰いましても、体裁というものがあります。上に立つ者がそれでは他の者に示しがつきません」
「……」
デウストは少しだけ逡巡すると、漆黒の騎士に視線を移した。
「レーヴェ、お前を護衛とする」
「私を、ですか……?」
「そうだ。お前ほどの実力者なら、私も文句はない」
「……分かりました。護衛を務めさせて頂きます」
レーヴェは慇懃な態度でデウストの要請を受け入れる。
「チャーチ、これでいいか?」
「まあ、護衛が一人だけというのはいただけませんが、いないよりはマシでしょう」
歯に衣着せぬ言い方に、デウストはやれやれと言った様子で肩を窄めた。
「相変わらず癖のある奴だ……行くぞ、レーヴェ」
「了解しました」
こうしてデウストは、レーヴェを連れてオルステンへと向かった。
「私たちも最後のお仕事と行きましょうかね」
デウストたちの姿が見えなくなったところで、チャーチは傭兵たちに合図を送る。
「では皆さん、始めてください」
彼らは上司の命に従い、ボンゴ村の家々に火を放ち始めた。
「やはり制裁と言えば、焼き討ちに限りますね」
チャーチは燃え上がる家屋を上機嫌で眺めている。
「兄貴、あの女は領都に運ぶんだろ?」
そこで水晶から出てきたバブリーが、閉じ込められているセラーラを親指で差し示した。
「もちろんです。デウスト様たっての御要望ですからね」
「なあ、兄貴。そこで相談なんだが、ちょっとだけ遊んでもいいか……?」
バブリーが欲望に満ちた目でセラーラを凝視する。
「チャーチ兄ちゃん……俺も楽しみたい……」
続いてトールもせびってきた。
「……」
強請られたチャーチは少しばかり困ってしまうが、可愛い弟たちに甘えられては駄目だと言えず、顔を綻ばせて彼らの願いを聞き届ける。
「……まったくお前たちは……仕方ないですね。残るような傷は付けないで下さいよ。デウスト様にばれたら面倒ですからね」
「さすがは兄貴! 話が分かるぜ!」
「だから俺はチャーチ兄ちゃんが好きなんだよ!」
バブリーとトールは喜び勇み、直ぐにセラーラの元へと駆け付けた。
そのセラーラはと言うと、未だに俯いており、わなわなと小刻みに震えている。
「おい! 今から可愛がってやるからしっかり奉仕しろよな!」
「トール、あんまり脅してやんなよ。ビビってんじゃねえか」
バブリーはトールを嗜めると、だらしなく口元を緩ませ水晶の中のセラーラに話しかけた。
「そんなに怖がる必要はないぜ。優しくするからよ」
そこで彼女がポツリと呟く。
「……貴方たちはとんでもない失態を冒しました……」
「……ん? 何か言ってるな。あいにく外側の俺たちには聞こえないんだよなあ。でも、今から俺が入って可愛がってやるよ」
バブリーの厭らしい笑みが水晶に近づいた。
途端、セラーラが面を上げる。
「なっ!?」
その表情は喜怒哀楽など一切感じさせないまったくの無表情であり、バブリーを驚かすには十分であった。
「いきなり顔を上げんじゃねえ! びっくりするじゃねえか!」
「……」
文句を口にするバブリーに対し、セラーラは黙ったままモーニングスターを高々と掲げる。
「棍棒スキル、〈禍害拡散〉」
言葉と共に、刺突が付いた鉄球から四方八方に衝撃波が飛び散って、水晶の内壁に満遍なく激突した。
瞬間、広場に生えていた多数の小さな水晶が一斉に砕け散る。
「なっ!!?」
バブリーやトールはもちろんの事、少し離れたチャーチや傭兵たちも、事の有様に目を丸くした。
加えて次に起こった事象が、さらに彼らを驚愕させる。
小さな水晶がスキルのダメージを請け負いきれなかったのだ。
その威力はセラーラを閉じ込めていた水晶にフィードバックされて無数の亀裂が全体に広がり、遂には音を立てて盛大に崩れていく。
「嘘だろっ!!?」
「お前、何しだんだ!!? 俺の魔術がそう簡単に破られるわけがない!!!」
トールが信じられない顔でセラーラを詰問したが、彼女は無視して己の思いを感情任せに爆発させた。
「主様とピアを隔離!!? それが何を意味するのか分かっているのですかっ!!?」
大人しそうな淑女の雰囲気を持つセラーラが激昂している事で、誰もが思わず後ずさってしまう。
「あなたたちは本当に使えませんね!!! せっかく主様に助けられるシチュエーションを作り出したというのに!!! 特にあのデウストなる間抜けの所為で、すべてが瓦解しました!!!」
セラーラはさらに不満をぶちまけた。
「それにです!!! どうしてあの二人を一緒に閉じ込めるような真似をしたのですかっ!!? 主様一人ならいいです!!! ピア一人でも問題ないです!!! でも、二人同時に閉じ込めるとは愚かにもほどがあります!!!」
「……」
「……」
バブリーとトールは常軌を逸した凄まじい剣幕に、たじろぎ言葉を失う。
「……本当に無能な方たちです……今まさに、主様の貞操がピアに奪われようとしています……これは世界が滅亡するよりも重大な危機です……」
セラーラから殺気と憎悪が混在する威圧が発せられた。
「……覚醒状態、発動……」
言葉と共に、体全体から柔らかい光が放たれ始め、額にはハート型の紋様が浮き出てくる。
「チャーチ兄貴! こいつヤバいぞ!!!」
殺伐とする空気を読み取ったバブリーが、慌ててチャーチに言葉を投げた。
「トール! 今すぐ水晶を生成しなさい!!!」
「分かった!!!」
トールは透かさず魔方陣を構築させて魔術を発動させる。
「《水晶連化》!!!」
数多の小さな水晶が、辺り一面にニョキニョキと生えてきた。
「行くぜ!!! 《光体変化〉」
それを見たバブリーが即座に魔術を行使して、水晶の一つに飛び込んでいく。
「バブリー、殺しても構いません!!! この殺気、私たちが捕えた時と比にならないくらい強大です!!!」
チャーチの決断は早かった。
彼はセラーラを危険な人物だと断定する。
「何故かはわかりませんが、わざと私たちに捕まっていたようです! バブリー、全力で行きなさい!!!」
その言葉でバブリーは、全力で向かうと決意を固めた。
「チャーチ兄貴がああ言ってんだ!!! もったいねえが、お前は始末する!!!」
水晶から光と化したバブリーが飛び出す。
「……愚かな……永遠精霊スキル、〈時間停止〉」
刹那、セラーラに向かっていた光が途中で停止した。
「!!?」
拳ほどの小さな光源が空中に留まっている事態に、全員が目を白黒とさせる。
「そんなに驚くことではありません。その者の時間を停止させただけに過ぎないのですから」
セラーラは小さな光まで歩いてくると、それ目掛けてモーニングスターを力の限り叩き付た。
――グシャリ――
嫌な音が響いた次の時には光が消え失せ、そこから潰れた肉塊がドサリと落下する。
「も、もしかして、それって……」
誰もが皆、それは肥満のバブリーであったと直ぐに理解した。
「バブリー兄ちゃぁあああああああん!!!」
トールが悲痛な雄たけびを上げる。
「おのれ! よくも私の弟を!!!」
憤怒したチャーチが次の行動に移ろうとした。
「!!?」
ところがどういう訳か、体が石のように固まりその場から一歩も踏み出せない。
「か、体が、動かないぞ!!?」」
それはチャーチだけでなく、トールや傭兵たちも同様の現象に見舞われた。
「チャーチ兄ちゃん! 俺も動けねえ!!!」
「どうなってんだ!!?」
「分からねえ!!!」
「ギルドマスター! 俺たちの体も固まっちまったぞ!!!」
その様子にチャーチの額からは大量の冷や汗が流れ出た。
「……くっ! いったい何をしたんですか!」
チャーチはセラーラに視線を向ける。
「なっ!?」
彼女を見た途端、悍ましい寒気が背筋を走った。
表向きだけ見れば、全身から淡い光を放つ彼女は女神のようである。
しかしその実、セラーラの瞳が自分たちを虫けら以下と見做している事に気付いた。
「あなたたちは〈時間停止〉の有効範囲内にいます。私の許可なく動くことは叶いません」
セラーラの美声がより一層と恐怖心を煽り立てる。
しかしチャーチは飲まれまいと、気丈にも自分たちの体が動かない事象について言及した。
「……有効範囲内? 何を言っているんですか……これは何の術なのですか……」
その問いかけに、セラーラは抑揚のない声で答える。
「まだ分かりませんか。ここら一帯の時間は停止しているのです」
チャーチたちは、透かさず周囲に視線を流した。
「なっ!!?」
「嘘だろっ!!?」
その目に飛び込んできた光景は、轟々と家々を燃やす炎がオブジェのように固まっている、何とも言い難い事象であった。
「理解しましたか。これから私が一人ずつ撲殺してあげますので、待っていてください」
そう言ったセラーラは、モーニングスターを片手に一番近くにいるトールへと歩み出す。
「く、来るな!!!」
嫌がるトールに近づいた彼女は、その顔面に刺突鉄球を打ち付けた。
「ぐう゛ぇ!」
トールの頭が頭蓋ごと潰れ、首から上をミンチにされる。
そして身体は力なくその場に崩れ落ちた。
「トーるぅうううううううううううううううううううううううううう!!!」
チャーチの絶叫が辺りに響き渡る。
「本来ならば、この停止した時間の中では意識を持てません。ですが、訳も分からず死んでしまっては可哀想なので、自覚だけはできるように許可しました。これはせめてもの慈悲です」
傭兵ギルドの面々は身震いを起こし、一様に同じ思いを抱いた。
これは慈悲などではない。
残虐行為であると。
「次に行きましょう」
再びセラーラが歩き出した事によって、次は自分の番かと傭兵たちは戦慄し、彼らの恐怖心が極限まで高まっていく。
ある物は涙ながらに命乞いを、ある者は恥も外聞も捨て喚き散らした。
しかしセラーラは、そんな彼らを平等に、公平に、順に撲殺していくのであった。
「あなたで最後です」
チャーチを残して全ての傭兵を撲殺したセラーラは、仏頂面で彼の前に佇んでいた。
「……【撲殺聖女】さん……あなたたちはぎゃぴっ!!?」
チャーチが末期の言葉を述べようとした瞬間、セラーラのモーニングスターが無慈悲にもその首を吹き飛ばす。
「私はあなたの戯言など聞きたくはありません」
敵を掃討したセラーラは、ある場所へと移動した。
「この辺りですね」
彼女は一つのスキルを発動させる。
「永遠精霊スキル、〈時間遡行〉」
セラーラの足元から小さなドーム状の結界が発生した。
それは徐々に膨らみ始め、地獄の扉の結界を完全に復元する。
「主様、待っていてください。これからセラーラがお助けに参ります」
こうしてセラーラは、文字の壁にその身を投じ、地獄へと赴くのであった。




