54.白髪少女と地獄の君主
男装の麗人が言うには、三つ首の化け物は大悪魔らしい。
……俺たち……とんでもないところに来てない……?
「ではバティスモレ様、どうぞお召し上がり下さい」
その言葉に俺は思わず声を張り上げる。
「なんだよ召し上がれって! お前らは何なんだよ!!!」
「……供物の分際で口答えをするとは……貴様には調理が必要のようだな……」
反抗的な俺の態度に男装の麗人は不快感を示し、殺気を纏いながらこちらへ近づいてきた。
「待ちな、ロメア」
三つ首の内の一つ、馬顔が言葉を発する。
「はっ!」
男装の麗人、ロメアと呼ばれた女性は姿勢を正してその場に立ち止まった。
「なかなか元気じゃねえか。大概の供物は瘴気に当てられてぐったりするか、俺たちにビビるもんだが、こうも生きが良いと食欲が増してくるぜ。興が乗った。ロメア、こいつらに説明してやれ」
「分かりました、バティスモレ様」
ロメアは俺たちに向かって不遜な態度を取ると、上から目線で口を開いた。
「愚かな供物どもよ、よく聞くのだ。彼の御方は九圏ある地獄の内の一つ、ここエベネーベの君主であらせられる大悪魔、バティスモレ様だ」
え? 君主って、王様的なやつじゃないの……?
……しかもここは地獄……
まさか魔王とかじゃないよね……ね!!?
「その偉大なるバティスモレ様は、デウストなる人間と契約を交わしているのだ」
そういやさっきも言っていたな。
デウストが送ってきたとかなんとか……
「……何の契約だよ……」
「デウストの呼び掛けがあれば、バティスモレ様が力を貸すことになっている。無論、そこらの悪魔と違い、地獄の支配者との契約だ。それ相応の対価が必要となる」
「……対価、だと……?」
「デウストは、様々な対価をバティスモレ様に捧げているが、その内の一つがお前たちのような供物の提供だ」
「……俺たちが供物……?」
「そうだ。一年を通して百人ずつの若い男女を献上する。それが対価の一つに数えられている」
「……」
デウストの奴!
俺たちをあの化け物に献上したって事かよ!!!
「……」
……いや、それよりもロメアはとんでもない事を言いやがった……
……年間百人ずつの男女だと……?
そんなに多くの人間を、デウストは地獄に送り続けていたのか……?
やっぱり野郎も畜生だったよ!!!
「デウストの固有魔力、地獄の扉はとても役に立ちますわ。多くの供物を好きな時に好きなだけ私の下へ送ることができますのよ」
バティスモレの真ん中の頭、黒髪の美女が楽しそうに美声を発する。
「……」
……状況は最悪だ……
ピアが覚醒状態を発動していると言っても、相手は地獄の一角を支配する大悪魔。
こいつらと戦って勝てる保証はどこにもない。
……今は逃げたほうが賢明か……
「ピア、忽ちはここから逃げるぞ……」
「……」
しかし彼女の耳には俺の言葉など届いておらず、殺伐とした紅い瞳でバティスモレとロメアを静かに見据えていた。
……猛烈に嫌な予感がするよ……
「そろそろよかろう。その柔らかそうな白雪の肌……美味そうだ……」
蝦蟇がピアを見て涎を垂らす。
「血と内臓は私が頂くわ」
黒髪の美女が悦びのあまり醜く顔を歪ませた。
「俺は性器をもらうぜ……堪んねえな!」
馬顔が鼻息を荒くして舌なめずりをする。
「……」
ところがピアは、臆した様子は微塵もなく、粛々と怒りを放出させていった。
「……あなた方はとても許し難い罪を犯しました……それは、わたくしと旦那様の逢瀬を妨害した罪です……」
その言葉に馬顔はより一層と興奮を覚える。
「いいぜ、いいぜえ! 強気な娘は好みだ! どんな声で泣き叫ぶのか、考えただけでも涎が止まんねえよ!!!」
「もう我慢できませんわ!!!」
「早くその柔肌を食い破りたい!!!」
バティスモレの欲望が爆発した。
奴はそれぞれの口から涎を撒き散らしながらピアに飛び掛かる。
「……渾沌精霊スキル、〈無禰制〉……」
彼女の底冷えした声が大広間の隅々にまで響き渡った。
途端、バスティモレが空中に固定される。
「なっ!!? 何だ!!?」
「どうなっているのです!!?」
「動けないだと!!?」
さらにピアは、息つく間もなく次のスキルを発動させた。
「渾沌精霊スキル、〈捩じれ〉」
バスティモレの三つ首が強制的に真後ろへとくねり始め、反して胴部分に当たる丸太のようなヤギの脚が逆方向に捩じれだす。
「こ、この異常な力はどこから!!?」
「暗黒力で止めるのですわ!!!」
「もうやっている!!!」
桁違いの力の前に、バスティモレは雑巾を絞るようにして徐々に捩じれていった。
「余が千切れてしまう!!!」
「どうなっていますの!!? 私たちの暗黒力を遥かに凌駕した負荷が掛かっていますわっ!!!」
「ロメア!!! 何とかしろ!!!」
馬顔の命令にロメアは慌てふためく。
「えっ!!? 私ですか!!?」
「そうだ!!! 早く助けろ!!!」
「そ、そんなこと言われましても、バティスモレ様でも無理な問題を私が解決できる訳ありませんよ!!!」
無駄な遣り取りを交わす間にも、バティスモレは絞られていき、遂には黒い血のような液体が奴から滴り落ちてきた。
「千切れるぅうううううううううううううううううううううううううう!!!!」
「痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛ぃいいいいいいいいいいい!!!」
「がっ、がっ、がっ、がっ、がっ、がっ、がっ、がっ、がっ、があぁあああああああああああああああああああああ!!!」
バティスモレは各々が聞くに堪えない断末魔を上げる。
――プチュン――
そして奴は限界以上に絞られていき、捩じり切れるような音と共にあっけなく消失していった。
「……」
すげえぞピア!!!
地獄の君主と聞いた時には絶対やばいと思ってたけど、覚醒状態を発動させた渾沌精霊の敵じゃなかった!!!
ピアの圧倒的な強さを目の当たりにして、俺の気持ちは昂っていく。
「……」
……ちょっと待てよ……バティスモレがやられたってことは、この後はもしかして………
冷静さを取り戻した俺は、恐る恐るピアの方に目を向けた。
「……旦那様……障害は排除いたしました……」
やはりと言うべきか、白髪の美少女は欲情に満ちた視線をこちらへと注いでいるではないか。
「……」
振り出しに戻った!!!
結局のところ、俺のピンチは続いてんじゃねえか!!!
そこで俺の視界にロメアが入る。
彼女はバスティモレが倒された事実が信じられず、床にへたり込んでポカンと口を開けていた。
こうなったら使えるもんは何だって使ってやる!
「おい、ロメア! しっかりしろ!!!」
「へ?」
俺は彼女の元まで走り寄ると、耳元でがなり立てた。
「このままではお前も殺されるぞ!!!」
「なっ!!?」
正気を取り戻したロメアは、自分の主を瞬殺した存在がこちらへ向かって来ている事に気付き、顔を青褪めさせる。
「いいか、俺の言葉をよく聞け!!!」
「な、なぜ私が供物のお前の言うことを聞かないといけないんだ!?」
「今はそんなこと言っている場合じゃねえ! 俺とお前で協力し合ってあの少女から逃げるんだ! さもないとバティスモレの二の舞になるぞ!!!」
俺の鬼気迫る勢いに、ロメアは顔を引き攣らせてたじろいだ。
「どうなんだ!!! 協力するのかしないのか!!?」
「……きょ、協力します……」
よし!!!
ロメアは俺に呑まれた!!!
こいつを使って逃げてやる!!!
「お前はバティスモレの側近だな!!?」
「そ、そうだ……」
「だったら部下くらいいるだろう! そいつらを呼ぶんだ!!! 今直ぐに!!!」
「わっ、わかった!」
俺の言いなりになったロメアはこぶしを高々と突き上げる。
「なにしてるんだ! 早く呼べよ!!!」
「今やっている!!!」
え? あれで呼んでるの? だったらいいんだけどね。
「早くしろ、ピアがそこまで来ている!」
白髪の美少女は、俺と話すロメアが気にくわないのか、彼女を標的にした。
「……旦那様の気を引くあなたは不愉快です……死んでくださいませ……」
「まずい!!!」
俺は咄嗟にロメアを突き飛ばす。
「渾沌精霊スキル、〈捩じれ〉」
間一髪、先ほどまで彼女が座り込んでいた黄金の床が螺旋状に抉られた。
「ひぃ!!?」
「ロメア様! いかがなされましたか!!?」
ちょうどそこで、多種多様の悪魔たちが扉から雪崩れ込んできた。
「あ、あの者を殺せ!!!」
ロメアが指先で指し示した人物に悪魔たちの視線が向く。
「おおっ……」
奴らは白髪の美少女を視界に収めるや否や、下卑たる笑みを浮かべた。
「殺すのは勿体ないんじゃないですか?」
「ロメア様、食ってもいいんですかい?」
悪魔たちが伺いを立てる。
「好きにしろ!!!」
ロメアの投げやりな言葉に次々と歓喜の声が上がった。
「よっしゃあ! 骨の髄までしゃぶりつくしてやる!!!」
「馬鹿野郎、あの少女は俺のもんだ!」
「なに勝手なこと言ってやがる! 俺の性奴隷になるんだよ!!!」
「うるせえ! お前らなんかにやらねえ!!!」
そう言いながら、早い者勝ちとばかりにピアへと殺到する。
「よし、今のうちに逃げるぞ!」
「え? 一緒になって倒すんじゃないのか!?」
「馬鹿かお前! 死にたいのか!!!」
俺の恫喝にロメアは身を竦めると、勢いよく首を横に振った。
「だったら早く来い!!!」
俺は彼女の手を引き部屋から出ようとする。
「……旦那様、何処へ行かれるのですか……?」
ピアが言葉を投げかけてきた。
透かさず振り向いてみると、悪魔たちがバラバラになって竜巻の如く渦巻いている。
それはまるで、大量の具材をフードプロセッサーに掛けたかのようであった。
え? あの数を一瞬で?
「……先ほどから随分と楽しそうですが……そのメス豚さんが旦那様を誑かしていることは十分に理解いたしました……」
狂気に満ちた視線がロメアに突き刺さる。
「た、助けて!!!」
彼女は表情を凍り付かせて俺に縋りついてきた。
「あの悪魔から助けて!!! お願い!!!」
……悪魔はお前でしょうに……
「メス豚さん……穢らわしいので、わたくしの旦那様から離れてくださいませ……」
嫉妬の炎に駆られたピアが、ロメアに向かって左手を翳す。
「早まるな!!!」
俺が叫んだそのとき、ピアの真後ろで異変が起こった。
いきなり空間が歪み出し、黒い渦が出現する。
「……」
その不可解な現象に、ピアは美麗な眉を寄せて難色を示した。
「……ピア……何をしているのですか……」
意外にも、聞き覚えのある声が渦から発せられる。
「その声は……もしやセラーラか!?」
セラーラよ!
ピアの言った通り、水晶から自力で脱出したんだな!
「……」
いや、それよりもどうやってここに来たんだ!!?
「……」
いやいやいや、そんな事はどうだっていい!
この状況を打破してくれ!!!
「主様、お待たせしました」
俺の願いを聞き届けるかのように、黒い渦から純白の法衣を纏った美少女が姿を現した。
「セラーラ! よく来て、くれ……た……?」
俺は期待に満ちた言葉を発するが、彼女の姿を見ていくうちに、声が尻すぼんでいく。
なぜならば、セラーラの全身から仄かな光が放たれており、額には、ハート型の紋様が浮かび上がっていたからだ。
「……」
お前も覚醒状態かよ!!!




