53.白髪少女の暴走
俺とピアは、異様な場所へとその身を投じていた。
そこは何処かの建物内にある大広間のようだが、窓もなければ物品の一つも存在しておらず、出入り口も荘厳な扉がただ一つ付いているだけであった。
しかも床、壁、天井がすべて黄金の煉瓦で敷き詰められており、それらは光源も無いのに何故か光を放っている。
「……ここが地獄?」
ピアと共に広間の中央で佇む俺は、不審な目で周囲を見渡す。
その光景はどう考えても地獄という雰囲気ではないが、空気は殺伐としており、息苦しさを感じている事も確かであった。
そういやチャーチが言ってたな。
地獄には瘴気があるって。
この重苦しさがそうなのか?
「……」
そこで俺は思い出した。
ここへ来る羽目となった元凶を。
「ピア! あの暴走は何だ!!!」
しかし彼女は俺の叱責もどこ吹く風か、頬を紅潮させ、憂いた瞳でこちらを見詰めていた。
「……旦那様……やっと二人っきりになれました……」
「……なに……?」
「もう誰も、わたくしたちの間を引き裂く者は存在いたしません……」
え。
「……あの時のわたくしの判断は、間違ってはおりませんでした……」
「……お、お前……もしかして……」
「……はい……すべてはわたくしと旦那様が二人っきりになるための行動です……ここまでくれば、姉妹たちに邪魔はされません……」
お前は馬鹿かああああああああああああああああああああああああ!!!
この状況を作り出すためだけに地獄へ行くなんて、ぶっ飛んでるにもほどがあるぞ!!!
やっぱりあの時、こいつは分かってたんだ!
俺が歪曲門を使って結界から脱出しようとしていた事を!
それを阻止するために、こいつはスキルを使いやがった!
しかも強力なスキルをだ!!!
「何考えてんだ! ここから出られなくなるかもしれないんだぞ!!!」
「……旦那様、この程度の事で狼狽える必要などありません。わたくしたちに不可能という文字は存在いたしません」
こいつのこの自信、どっから来るんだよ!!!
「それにお前、セラーラが心配じゃないのか!? あのままだと、あいつがどんな目に合うか気が気じゃない!!!」
必死に訴える俺に、ピアは眉一つ動かさず淡々と答えた。
「お言葉ですが、セラーラさんがその気になれば、あのようなガラスなど容易に破壊できます」
「なんだと!?」
「簡単な話です。水晶の生成速度を上回るほどのスピードで攻撃をすれば済む話です」
「……」
……確かにセラーラなら可能だ……何せあいつは六人の乙女精霊の中でも膂力はトップクラス……
しかも速度を上げる支援スキルも充実している……
……だが疑問もある。
「どうしてセラーラは自力で脱出しないんだ?」
「セラーラさんは悲劇のヒロインを演じているのです。旦那様に助けられて、寵愛を一身に受けようとしています。そのため敢えて傭兵の方々に捕まったのでしょう。何とも稚拙でセラーラさんらしい考え方……可愛いとは思いませんか?」
……そうなの……?
……そんな事のためにわざと掴まってたの……?
「……」
ふざけんな!!!
「ですが、わたくしがいるからにはそうはさせません」
いやいや、お前も碌な事をしてないでしょうが……
「ということですので、早速わたくしと契りを交わしてくださいませ……」
再びピアが、頬を赤らめて近づいてきた。
「ま、待て! 状況が状況だ! 思い直せ!!!」
「いいえ、旦那様。どんなにお叱りを受けようとも、わたくしは想いを遂げさせていただきます。姉妹たちが居ない今、この機を逃す手はございません」
彼女の意志は固く、折れる気配は微塵も見えない。
しかし俺は、流されずに根気強く説得を続けた。
「お前は事の優先順位を理解していない! 先ずはここから脱出する方が先決だ!」
「はい、分かっております。ですが、そのことさえも霞む重要事項があります」
「……何だよ、それって……」
「いま最も大切なこと……いいえ、過去現在未来永劫、すべてを合わせて全世界で最も大切なこと。それはわたくしと旦那様が一つになる事です」
なに言ってんだこいつ!!!
もう俺の言う事なんて、一つも聞きゃあしないよ!!!
「……」
仕方ない、俺も腹を括るしかない!
「……ピアよ……どうやって俺と契りを交わすんだ? まさか力づく、て訳じゃあないよな。お前が俺に勝てるなどあり得ない」
俺はお前を含めて六人の乙女精霊たちを、トップクラスにまで育て上げたプレイヤーだ。
当然、弱点など熟知している。
まあ、ゲーム内での話だけどね……
「仰る通りです。ですのでわたくしも奥の手を使わせてたいただきます」
奥の手?
なんかあったっけ?
「……あ……」
一つだけあったよ。でも俺の許可なく勝手に使えるの?
「覚醒状態、発動」
使えるのかよ!!!
ピアの全身から仄かな淡い光が発せられ、額にハート型の紋様が現れた。
「……渾沌精霊……」
乙女精霊には属性がある。
その種類は多種多様で、乙女精霊サーガの舞台となる央世界では八百万の神々に似た概念が採用されており、様々な属性を選ぶ事ができた。
例えば花の精霊、木の精霊、剣の精霊、盾の精霊、といった風に種類は千差万別であり、この豊富な属性が、携帯ゲームアプリ乙女精霊サーガの人気を上げるファクターの一つとなっていた。
しかしながら、最初から好きな属性を選べるわけではない。
新たな乙女精霊を誕生させた際、選択可能な属性は、光、闇、火、水、風、地、雷、の七種類だけであり、その内の一つが最初の属性として割り当てられる。
そこから乙女精霊を育てる中で、精霊属性を変化させて彼女たちの強化を図るのだ。
ピアを誕生させた当初、俺は彼女に闇精霊を選択していた。
だが、属性アップにアップを重ね、ついには最強と謳われる属性の一つ、混沌精霊の精霊属性にまで昇華させていた。
そしてこの精霊属性をいかんなく発揮できる状態が、覚醒状態と言われる特殊技能だ。
これを発動すれば、属性の特徴に合わせて乙女精霊が強化され、希少属性によっては驚異的な強さを発揮する。
因みに俺の乙女精霊たちは言うまでもなく、六人とも希少属性だ。
そんなチート性能を持つ覚醒状態だが、欠点もある。
それはモード終了後のクールタイム。
ゲーム内で覚醒状態を使用した後の乙女精霊は休眠状態に入り、七日間は行動不能に陥る。
この世界に来てからというもの、クールタイムを含めた数値に関わる事象がゲーム内よりも長い事に気づいていた俺は、覚醒状態が終わった後のクールタイムが読めないでいた。
例を言えば、アンドレイを蘇らそうと試みた蘇生アイテム【甦りの秘石】。
これを使おうとした際も、とんでもない数値が算出されていたのだ。
これが原因で俺は覚醒状態を使用する事に二の足を踏んでいた。
「……」
ピアの奴。
俺がこんなにも神経を尖らせて慎重になっていたのに、お構いなしで覚醒状態を発動しやがった。
……後先考えてねえ……
それに覚醒状態はプレイヤーの指示でしか発動できないはずなんだけど……自我を持ってるから自分でコントロールできるのか……?
「……旦那様……はぁはぁ……わたくしと、はぁ……早く、はぁ……契りを交わしてくださいませ……はぁはぁ……」
頬を紅潮させ紅い瞳を潤ませるピアが、瑞々しい小さな口から甘い吐息を漏らしながら俺に迫ってきた。
「鎮まれピア!!!」
「……はぁはぁ……もう我慢できません旦那様……はぁはぁ……」
当然と言えば当然で、彼女はもう俺の言葉など聞くはずもなく、この暴走を止めるのは不可能であった。
マジで勘弁してくれええええええええええええええええええええ!!!
俺の心の叫びが天に通じたのか、次の瞬間、奇跡が起こる。
――ゴゴゴゴゴ――
荘厳な両開きの扉が重低音を響かせながら、厳かに開き始めたのだ。
おお!
何だかわからんが、あそこから逃げてやる!!!
そう喜んだのも束の間で、扉の奥からとんでもない存在が姿を現した。
「ほう……デウストの奴、今回は上質な供物を送ってきよった」
大広間に入って来た存在は二つ。
一人は美しい女性。
金色の長い髪に鋭い目つきの美女であり、煌めくばかりの貴族服に身を包む姿は、男装の麗人を思わせる。
但し、彼女が人間でない事は一目瞭然であった。
その頭からは、牡牛に似た黄金の角が天を衝かんとばかりに聳え立ち、腰裏には黒く長い尻尾が伸びている。
そしてもう一方の存在。
こいつのインパクトが強烈過ぎた。
その首には左から順に、蝦蟇、美女、馬、と三つの頭が付いていた。
さらには胴体など無く、首のすぐ真下には野太いヤギの脚が一本だけ生えており、不気味以外の何者でもない。
「……」
何なんだよあの化け物!!!
悍まし過ぎるぞ!!!
「……あなたたちは何者なのですか……」
ピアの機嫌が頗る悪くなる。
……あいつ……全然怯んでねえな……
それどころか、邪魔をされたからブチ切れてんじゃねえの……?
……ちょっと怖いよ……
俺がピアの雰囲気に恐々としていたら、蝦蟇の口から言葉が発せられた。
「ふむ……普段ならば、供物に名乗ることはないのだが、今回は上物だ。特別に教えてやろう」
続いて男装の麗人が口を開く。
「この御方はバティスモレ様。数多の悪魔を束ねられる大悪魔だ」
はい? 悪魔?
……という事は……ここは本当に地獄だったのね……




