52.村での罠 後編
「よく躱したな」
光が終着した水晶からくぐもった声が聞こえる。
「なに!?」
そこには剣を持って薄ら笑いを浮かべるバブリーが映っており、光を放った水晶にはもう何も映ってはいなかった。
……まさか……水晶から水晶に移動して、その最中に攻撃を仕掛けたのか……?
――パチパチパチ――
突然、チャーチが大仰に拍手を始める。
「お見事です! 初見で躱した相手はゼクトさん以来ですよ!」
ゼクトだと? 俺が言うのもなんだが、あいつ、よくあれを躱したな……
「旦那様、これは魔術です!」
ピアの言葉に俺は眉根を寄せる。
「ほう、そこまで見抜きますか」
感心したチャーチは饒舌に言葉を続けた。
「これぞ私たちガインツ兄弟の連携魔術。末弟トールの地属性魔術で水晶を生成し、次兄バブリーの光属性魔術で水晶から水晶へと光速移動を繰り返ながら攻撃を仕掛ける。それを円滑にさせるため、私が相手の注意を惹きつける。どうです? 素晴らしいでしょう!」
……何ともまあ……厄介な技を考えることで……
フロスコたちの手に負えない訳だわな……
「私が持つこの剣も、私自身が作り出した魔導具、水晶剣です。見てください。バブリーが映っているでしょう?」
いつの間に移動したのだろうか、刃にはバブリーが映っており、愉しそうにこちらを見ていた。
……なにあれ……凄いんですけど……
「この連携は、私たち兄弟の血によって為せる妙技。言ってみれば、魔力の性質が近いのですよ。トールの作り出した水晶だからこそ、バブリーはその中で光となれるのです」
チャーチの遥か背後には、トールが幾つもの魔方陣を構築させて薄ら笑いを浮かべている。
……なるほどな……
トールの魔術で作り出した水晶でしか、バブリーは光移動ができないって訳か。
……それでも厄介極まりねえな……
「そしてレーヴェさんも加わったとなれば、負ける要素は何処にもありません」
……こりゃあ面倒だ……胃がいてえ……
「ですが、私たちの役目はここまでです。もう勝敗は決しましたからね」
「……なに……? どういう意味だ?」
俺が訝しんでいると、ピアが何かに気付き大声を上げた。
「旦那様! 見てください!」
ピアが示した箇所、そこは俺たちの足元であった。
「なんだこれ?」
地面には不可解な文字が浮き出ている。
それは俺たちを中心として円を描くように、今も広がりつつあった。
「私たちは足止めなのですよ。この結界を発動させるためのね」
文字は空間にまで進出してドーム状を形取り、俺とピアを囲い込む。
胸騒ぎが半端ねえ! この中にいるのは絶対に危険だ!!!
「ピア! あの壁を突っ切るぞ!」
しかし彼女は俺の手を強く握り、その行動を制した。
「お待ちください旦那様! あの文字の壁、何処か怪しさを感じます!」
言われてみると確かに不気味だ……文字が脈動しているよ……
「勘が良いお嬢さんですね。そうです、あの壁に触れれば地獄に直行です」
「……地獄、だと?」
「瘴気が渦巻き悪魔たちが住まう場所、地獄です」
……なによそれ……比喩でも何でもないの?
「……」
何はともあれ、これは非常に由々しき事態だ……
どうやってこの局面を打開すればいい?
「……」
……深く考えれば考えるほど、この状況はやばい……
例え結界から出られたとしても、その後はガインツ兄弟を倒し、レーヴェを退け、あのクソ固い水晶からセラーラを助けなければならない……
「……」
詰んでない?
俺はこの現状に精神を削られる思いであったが、そんな時には立て続けに災難は起こるもので、さらなる問題が俺の肩に圧しかかった。
「よくやった。これで逃げられまい」
突如として響いた声は、重厚感のある重々しさを感じさせるが、同時に心地良さも与える何とも不思議な声音であった。
その出処に目を向けて見ると、若く体格の良い男が結界の中で堂々と立ち尽くしている。
そいつは金色の髪を後ろに撫で付け後部を小さく結っており、荘厳な貴族服を身に纏っていた。
「……誰だ……いつから居た?」
不遜な態度で男は答える。
「私か? 私はデウスト。デウスト・ラ・ヴァンへイム。オルストリッチ辺境伯の長男だ」
え。マジで?
確かこいつは外交のため他領に出向いてるはずだよね……?
「……」
変なタイミングで帰ってくるんじゃねえよ!!!
また面倒ごとが増えたじゃねえか!!!
俺が思いっきり顔を顰めていると、デウストが不敵な笑みで話しかけてきた。
「トモカズ、お前の戦いを見物させてもらった。レーヴェの連撃をあそこまで躱すとは、なかなか大したものだ」
俺の戦いを見ていただと?
どこで?
いつから?
こいつは間違いなく最初からいなかったぞ。
それに何だ、いきなり現れやがった。
しかもこの結界の中に、だ……
「その表情、私がどうやってこの中に入って来たか、気になって仕方がないようだな」
デウストは不敵な笑みを浮かべると、見せつけるように実演して見せた。
「こうやったのだ」
奴の体が空間に溶け始める。
「はあ!!?」
俺が驚いた時には、もうデウストは消えていた。
そして奴は、結界の外に姿を現し、憮然な態度でこちらを睥睨している。
「……」
なんだ今のは!!?
空間転移か!!?
歪曲門と似たような芸当をしやがったぞ!!!
「私の魔力は地獄に通じている。何のことはない、そこを通って結界の外に出ただけだ」
然も当たり前のようにデウストは口を開き、続いてチャーチが自慢げに補足した。
「デウスト様の魔力は固有魔力なのですよ。その名も地獄の扉。何時いかなる時でも地獄の門を開く事ができるのです。そしてこの結界は、デウスト様の地獄の扉で構築されています。壁に触れれば地獄行きですよ」
……そうか……最初に感じた気配はデウストだったのか……
地獄に身を隠して俺たちの様子を窺ってやがったな……
「でもデウスト様。あなた様が来なくても、私共でトモカズさんを虜にできたのですがね」
「そう僻むな、ほんの遊びだ。手柄はくれてやるから機嫌を直せ」
その言葉にチャーチは厭らしい笑みを浮かべる。
「いやはや、そんなつもりで言ったんじゃないんですがね。でも折角なので、ご厚意に甘えさせてもらいましょうか」
「まったく現金な奴だ……それに私がここへ来た理由は先生からの要請だ。何も手柄を横取りするためではない」
「分かってますよ、デウスト様。でも、少しは気になっていたんでしょう?」
「目ざとい奴だ……確かにお前の言う通り、気にはなっていた。なにしろ今のオルストリッチはトモカズの話題で持ち切りだからな。どんな輩か、一度この目で確かめたかった」
既に勝った気でいるのか、二人は俺たちに警戒すること無く会話を交わす。
……こいつら、俺とピアの事なんが眼中にねえ……
結界内に閉じ込めたから、もう勝敗は決したと思ってやがる……
「デウスト様、油断は禁物です」
しかしレーヴェだけは気を緩めていなかった。
「何を言っているのですか。この結界は、デウスト様の地獄の扉の力が働いているのですよ。なにも心配する必要はありません」
「……」
それでもレーヴェは警戒を解こうとしない
「……まあ、レーヴェさんはお好きなように気を張っていてください。それでデウスト様、トモカズさんたちをどうなさるおつもりで? 水晶に閉じ込めますか? それだったらトールに命じますが」
チャーチの申し出にデウストは頷かなかった。
「曲がりなりにも私の弟を二人も殺している。生かす道理はない」
「然様ですか。では、地獄行きという事ですね」
「そうだ」
――パチン――
デウストが軽く指を鳴らした。
するとドーム状の結界が縮んでいき、じわりじわりと文字の壁が迫ってくる。
……やべえ……あの壁に取り込まれたら、本当の意味で地獄行きだよ……
「ピア、俺の傍から離れるな」
「畏まりました、旦那様」
だがな、そう簡単に事が運ぶと思ったら大間違いだ。
俺には歪曲門がある。
それを使えばエルテの店まで一瞬で移動できるんだよ。
唯一の心残りと言えば、貴重な歪曲門を一つ犠牲にする事だが、今は仕方あるまい。
俺はセラーラの方へと目を向けた。
彼女は心配そうにこちらを見ている。
待ってろよ、セラーラ。一旦撤退するが、直ぐに戻ってくるからな。
続いてピアに視線を移す。
こいつも俺の考えが分かっているはずだ。
「……ん?」
ところが彼女の表情は何故かしら曇っている。
なんだ? 何か懸念でもあるのか?
「……」
……賢いピアの事だ……
もしかしたら、何か重大な問題に気づき、その打開策を考えているのかもしれん……
「ピア、どうした……」
俺が話しかけようとした瞬間、彼女は突拍子もない行動に出た。
「旦那様! こうなったらイチかバチかで壁を突き抜けましょう!」
ピアが俺の手を引き文字の壁に飛び込もうとする。
「え!?」
俺は少しばかり固まってしまうが、直ぐに我を取り戻すと慌てて彼女を制した。
「待て! 俺に考えがある! ここは任せろ!」
「いいえ旦那様! 助かる手段はこれしかありません!」
ピアは頑として俺の言う事を聞こうとはしない。
「いやいやいや、他にも手はあるから大丈夫だって!」
「ダメです! ここが勝負どころです!!!」
「ちょっ、お前! 何言ってんの!!?」
俺の抵抗が激しいと見たピアは、盛大に抱き着きとんでもない暴挙に出た。
「暗殺スキル、〈秘殺一閃〉!!!」
なんと彼女はスキルを発動させたのだ。
このスキルは、敵めがけて一撃必殺を繰り出す高位の暗殺スキルであり、ピアは蠢く文字の壁を攻撃対象として選ぶ。
「……はい……?」
彼女に抱き着かれたままの俺は、共に猛スピードで結界の内壁へと突入した。
「……」
……何考えてんの……?




