50.村での罠 前編
俺はピアの隠蔽スキルで身を隠しつつ、人目を忍んでオルステンの外へと出た。
もう夕暮れだ。
俺たちとは対照的に、人々は日が落ちるまで街へ入ろうと、城門前で長蛇の列を作っている。
その光景を横目でみながら、俺は前方を走るピアを追った。
「……」
……もしかして、このまま走っていくの……?
「……ピア。ボンゴ村まではどれくらいなんだ?」
「馬車だと四日以上はかかります」
けっこう距離があるな!
これで間に合うのか?
夜通し走っても無理じゃね?
着いた頃にはすべてが終わってました、じゃあ、話にならねえぞ!
そんな俺の考えを見透かしたかのように、ピアが微笑みを浮かべた。
「旦那様、こちらです」
彼女は街道から外れ、林の中へと入って行く。
え? ……どこ行くんだ?
俺は訝しみながらも後に続いた。
そして、少し進んだところで一本の大木の前へと辿り着く。
「少しお待ちになさってくださいませ」
そう言いながら、ピアはおもむろに片手を上げた。
すると何処からともなく一体の赤い巨馬が空から駆け降りてくる。
なんか凄いのキター!!!
そいつは八本も脚があり、その四肢すべての球節には白い炎のようなものが纏わりついていた。
前髪と鬣、さらには尻尾も同じような気体で出来ており、激しく揺らめいている。
「……ピアよ……この馬?は何でしょうか……」
「先日アプリコットがテイムした魔物です」
「……そ、そうか……」
アプリコットがこいつをテイムしただと?
どう見てもこの馬……もとい、魔物馬は強く見えるんですけど……
あいつの馴らし手のレベルは幾つになってるんだ?
この世界に来る前は確実にレベル1だったはず……
どう見ても滅茶苦茶に上がってるよね!
「この魔物に乗ってボンゴ村に行きます。夜通し空を駆けるので、朝には着くはずです」
やっぱりこれに乗るんだ……
……怖いな……
尻込みする俺とは対照的に、ピアは身を翻して颯爽と魔物馬に乗った。
「旦那様、急ぎましょう」
彼女が手を差し出してくる。
「そ、そうだな。セラーラが心配だ」
俺は勇気を出してその手を握り、恐る恐るピアの後ろに同乗した。
「行きます」
彼女が手綱を引くと、巨馬の魔物は空へ向かって勢いよく走り出す。
すげえ!
最初は怖かったけど気持ちいいよ!
眼下に広がる景色に目を奪われながら、俺は魔物馬に乗ってピアと共に暗くなる空を駆けて行った。
一夜明け、完全に日が昇った頃、俺はうっすらと瞼を開けた。
魔物馬は今も空を走っており、肌寒い風が意識を覚醒させる。
「旦那様。お目覚めになられましたか」
……ピアの奴、もしかして寝てないの?
「お前は大丈夫なのか?」
「わたくしは問題ありません」
その言葉通り、彼女に疲労の色は見て取れない。
「そうか、だが無理はするなよ」
「ありがとうございます」
……しかし腹が減ったな……
そういや昨日の昼から何も口にしてねえぞ。
ティンクファーニにもらった干物が最後だ。
「旦那様。軽いものですが、お召しになってくださいませ」
ピアがリンゴを差し出してきた。
「おお、済まんな」
俺は遠慮なくそれを受け取ると大口で齧り付く。
うん、腹が減ってたから余計に美味い。
それにしても、ピアは俺の考えている事がよく分かるな。
美人だし、気配りが行き届いているし、優しいし……変な虫が付かないように注意しないとな。
そんな他愛もない事を考えていると、目の前に一つの集落が見えてきた。
「ボンゴ村です」
……やっとか……
「このまま村まで行きますか? それとも手前で降りて、密かに様子を窺いますか?」
どうしよっか……
状況がよく分からないからなあ……
もしかしたら、セラーラは身を隠しているかもしれない。
ガインツ兄弟率いる傭兵団を、たった一人で相手にするなんて無謀だしね。
でも、捕まっている可能性があるかも……
焦りを覚えた俺は、一亥も早く状況を確認したいがために、空からの突入を決意した。
「直ぐにでも様子が知りたい。このまま村に入ってくれ」
「畏まりました」
ピアは手綱を操り村の上空へと突入する。
「旦那様……状況は思わしくないようです……」
「……のようだな……」
村はさほど広くなく、一目で全体を見渡せた。
家屋周辺では人の気配など感じられなかったのだが、中央広場らしき場所には多数の人影が見える。
しかもそこには人以外にも目に付く物体があった。
小さな水晶がタケノコのように幾つも生えていたのだ
そして広場中央には等身大の水晶が突き立てられており、日の光を反射して見事な輝きを放っていた。
「あれって間違いないよな……」
俺たちはその大きな水晶に不快感を示す。
なぜならば、中には一人の人物が閉じ込められていたからだ
純白の法衣を纏った金色の髪を持つ美少女が、水晶の内部から悲壮な顔で上空の俺たちを見ている。
「……」
セラーラ!!! やっぱ捕まってたのね!!!
「……旦那様、少し目立ち過ぎたようです……」
水晶の周りには多くの傭兵たちが配備され、そこにはチビとデブとノッポの姿も確認できた。
彼等もまた上空を旋回する俺たちに視線を向けている。
……ガインツ兄弟か……
「……村の外で降りればよかったよ……」
失敗した。
奴らに俺たちが来たことを大々的に知らせてしまった。
これじゃあ、こっそりと助けられねえ……
それにピアの存在までも明るみに出た。
セラーラの安否を早く確認したいばかりに慎重さを欠いてしまった……
「漆黒騎士もいます」
「なに?」
目を凝らしてみると、一人だけだが黒い全身甲冑に身を包む騎士が傭兵たちに交じっていた。
「……間違いなく罠です……」
「……ああ……分かってる……」
完全にウェルカム状態だよ!
……はあ……
行きたくねえ……行きたくねえが、セラーラを見捨てるわけにもいかねえ……
「ピア、奴らの手前で降りてくれ」
「畏まりました」
魔物馬は、広場の入り口付近に着陸した。
そして俺たちが降りたところを見計らうと、何処へともなく去っていく。
え? 一緒に戦ってくれないの? 頼りにしてたのに。
「旦那様。騎乗以上の複雑な命令をするとなると、馴らし手であるアプリコットが必要です。わたくしたちの命令を聞くのはここまでです」
読心術かよ!
なんでこいつは俺の考えが分かるんだ?
とそこで、チビとデブとノッポが前に出てきた。
「これは驚きました。あのダンテアッシュに乗ってくるとは……」
口を開いたのはチビの男である。
「お前たち、ガインツ兄弟だろ」
「これはこれは、高名なトモカズさんが私たち兄弟を知っているとは光栄の至りです」
そう言うと、チビは慇懃に自己紹介を始めた。
「私は傭兵ギルドのギルドマスターにしてガインツ兄弟の長兄、チャーチと申します。そして右隣にいる恰幅の良い者が次兄のバブリー、左隣の背の高い者が末弟のトールです。以後、お見知りおきを」
……一癖も二癖もありそうな連中だな……油断できねえ……
「どうやったかは知らないが、うちのセラーラを生け捕りにするなんてやるじゃないか」
「あの水晶は我々の切り札なのです。それを使わせた【撲殺聖女】さんには脱帽です」
俺は水晶の中のセラーラに目を向けた。
彼女は懸命に何かを叫んでいるが、水晶の防音効果が高いのか、全く何も聞こえない。
かなりの硬度があるな……膂力が高いセラーラでも破壊できないとは……
「セラーラ、直ぐにそこから出してやる」
どうやら外部からの音は届くようで、彼女は頷くと共にモーニングスターを手に持つと、内側から水晶の壁に叩き付けた。
すると周囲の小さな水晶の一つが砕け散る。
と同時に、他の場所からにょきにょきと別の水晶が生えてきた。
なるほどな……
周りの小さい水晶が、セラーラを閉じ込めている水晶のダメージを受け持っているのか。
しかも数が多いいし、直ぐに生えるときたもんだ。
これは厄介だぞ。
「そこの白い髪の美しいお嬢さん。情報にはない方ですね……」
ちっ。
ピアの存在を知られたくなかったが仕方ない。
全滅させて情報を漏れないようにしてやる。
「さて、始めましょうか」
チャーチの言葉で一人の人物が俺たちに近づいてきた。
その者は、黒い鎧を身に纏った漆黒騎士である。
確か漆黒騎士は、身体能力を底上げさせる超闘気を使うんだったな。
始めて戦った時はそこまで警戒していなかったけど、不死鳥騎士の例もある。
気を引き締めないと。
「さあレーヴェさん、頼みますよ」
なに?
あいつレーヴェか?
兜を被っていたから分からかなった。
ていうか、素顔も知らねえ。
以前も兜を被ってたからな。
「トモカズ、久しぶりだな。貴様とは再び何処かで相まみえる気がしてならなかった。今度こそ決着を付けよう」
おいおいおい、すげえやる気なんですけど……
「レーヴェさん。今回は真面目にやってくださいよ。ヘルムーツェン団長があなたを庇ったんだ。それに報いてください」
「分かっている。今回は正々堂々と戦える。何の憂いもない」
レーヴェは超闘気を体全体に漲らせて腰の剣を抜いた。
「来い、《クリンオーネ》」
俺もクリオネに似たモブ精霊を十体ほど召喚して奴に備える。
「……旦那様……」
そこでピアが囁いてきた。
「……姿は見えませんが、この場に只な無らぬ存在感を放つ者がいます……」
やっぱりか。俺もさっきからヒシヒシと感じていたよ……
「……ピア、お前はサポートに回れ……その存在の者は要注意だが、ガインツ兄弟も注意が必要だ。何をしてくるか見当もつかない」
「畏まりました、旦那様」
ピアは背後に回り、俺を壁に見立てて相手から見えないよう身を隠す。
「話は終わったな……では……参る!」
レーヴェが気勢を上げて吶喊してきた。
「……」
ここで一つ言っておきたい。
俺は争いごとを好まない平和な男だ。
避けられない戦いは仕方ないとしても、できれば穏便に済ませたいといつも願っている。
乙女精霊たちとスローライフを過ごせれば、それ以外には何も望んでいないんだ……
「……」
なのに、どうして何時もこうなるんでしょうね……




