47.少女二人の経緯5
「メルセデスはまだか!!?」
アクセルは焦燥感に駆られていた。
「そ、それが塔まで呼びに行った者が悉く帰って来ないのです!!!」
「くそっ、どうなってやがる!」
思い通りに事が運ばず、苛立ちはさらに加速する。
「そこのお前!」
「は、はいっ!」
上空から言葉を投げられた騎士は、先ほど報告を上げた騎士であった。
「テオドニスがやられた場所は分かっているな!!!」
「はい!」
「直ぐにピッチェレを呼び戻すんだ!!!」
「りょ、了解です!!!」
騎士は脇目も振らずに走り出す。
「くそったれめ……負けはねえが、こいつに追い付けねえと勝ち目もねえ……」
アクセルはチェームシェイスを見ながら毒づいた。
「ふうむ。これでは埒が明かんのう……央世界でも不死身を謳うモンスターはいたが、ここまで死なぬ奴はいなかったぞ……」
チェームシェイスもまた、アクセルの再生能力に手を焼いていた。
「……ん?」
そこでふと、彼女はある物に注意が向く。
それは蒼く鮮やかに煌めくアクセルの不死鳥闘気であった。
「……その生命気とやら……無限に出るものなのか……?」
何かを閃いたチェームシェイスは、好機逸すべからずと突撃する。
「なにっ!!?」
アクセルは驚愕した。
今まで一定の間隔を保ち遠距離でしか攻撃してこなかったチェームシェイスが、ここに来て初めて積極的になったからだ。
「ちょうどいい! 次で仕留めてやる!!!」
そう言うと、生命気を全開にさせ待ち構える。
「魔法スキル、〈幻像〉」
チェームシェイスがあと少しのところまで迫った瞬間、彼女は五人に分裂した。
「何だと!!?」
突然の事でアクセルは戸惑い、その隙に五人のチェームシェイスは上下左右と素通りしていく。
そして直ぐに分身は消え、再び彼女は一人に戻った。
「……」
何がしたかったんだと訝しんだその時、首の後ろに違和感を感じる。
透かさず目を向けてみれば、うなじに何かが引っ付いていた。
それは灰色の靄のような物体であり、至る所に無数の目玉が浮き出ている。
「なんだ! こいつは!!?」
咄嗟に手を伸ばして取り除こうとするが、相手が靄であるためか掴むことすらできない。
「くそっ! 触れねえ!!!」
直後、異変がアクセルを襲った。
「か、体の力が抜けていく!? 生命気が出せねえ!!!」
その言葉を裏付けるように、不死鳥闘気で出来た翼が徐々に縮んでく。
「ふむ。やはり有効か」
「てめえ! なにしやがった!!?」
「それは我が召喚したで死霊で〈幽靄〉と呼ばれておる。こやつはHP……分かり易く言えば生命と言ったほうが良いかの、それを吸い取ることができるのよな」
「生命だと!!? 」
「簡潔に言うと、〈幽靄〉はおぬしの不死鳥闘気を喰っておるのだ」
「なっ!!?」
アクセルが驚愕する間にも〈幽靄〉が容赦なく生命気を吸い取っていく。
「なんでこいつは腐らねえ!!!」
「靄で死霊だからのう。命ある物体でないこやつが腐るはずもなかろうに」
「ふざけんな!!!」
翼は見る間に収縮していき、遂には浮遊に必要な不死鳥闘気の量を切ってしまった。
「やべえ!」
アクセルの体が急降下を始め、為すすべもなく地面に叩き付けられる。
「ぐあっ!!!」
それでも依然として〈幽靄〉は張り付いており、問答無用で不死鳥闘気を吸い続けていた。
「う、うう……」
次第にアクセルは憔悴していき、出涸らしとなってその場に横たわる。
「……ア、アクセル様が……負けたのか……?」
「……不死身のアクセル様が倒された……こんな事ってあるのかよ……」
兵士たちは目の前の現実が受け入れられなかった。
「ふむ。然したる障害もいなくなったことだし、蹂躙でも始めようかの」
チェームシェイスは大詰めに入る。
「死霊スキル、〈枯骨の軍勢〉」
その言葉に呼応して、そこらかしこの地面が盛り上がり始めた。
「……お、おい、ありゃなんだ……?」
「……わ、分かんねえ……」
怪しむ兵士たちの視線の中で、盛り土から骸骨の手が突き出てくる。
「まさか!!?」
彼らの予想は当たっていた。
土の中から出てきたのは、巨躯の骸骨であった。
しかもその骸骨たちは、すべからく荘厳な鎧を身に纏っており、数は百体以上にも及んでいる。
それでも足らないのか、未だ新たな骸骨騎士たちが地面から現れ続けていた。
「さあ、皆の者。我の胸の内、理解しておるな? 良いか、一人も逃がすでないぞ」
命を受けた骸骨騎士が動き出す。
「逃げろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
兵士たちは蜘蛛の子を散らすように逃走を始めた。
ところが骸骨騎士の足の速さはその巨躯からは想像もつかないほど速く、兵士たちは簡単に捕まって次々と殺されていく。
「ぎゃあああああああ!」
「ち、近寄るなああああああ!」
兵士や騎士の絶叫により、レンドン城の敷地内は阿鼻叫喚の世界へと変わってしまった。
「愚かな。逃げられる訳がなかろうに」
乙女精霊であるチェームシェイスは全部で三つの職業に就いている。
一つは主要職業の賢者。
そしてあと二つは副職業であり、この内の一つのスキルが骸骨騎士の軍隊を召喚したのだ。
その職業とは死霊術師。死者や霊などに関する術を扱い、使役をも可能とする職業だ。
数多の骸骨騎士は、彼女の死霊スキルで召喚された、死の軍勢であった。
「なかなかにして愉快な光景ぞ」
チェームシェイスは眼下に繰り広げられる蹂躙、そして大挙して城に攻め入る骸骨騎士たちを愉しそうに眺めている。
「そろそろ我も出向こうかの」
そして彼女もまた地に足を付けて、悠々とレンドン城に向かった。
「イングリッド様! イングリッド様!」
城の最上に設けられた豪勢極まる一室。
その扉の外側で、騎士が懸命に呼びかけていた。
「何事ですか、こんな早朝に。無礼にもほどがあります」
お付きの侍女が不機嫌そうに扉を開ける。
「魔物が攻め入ってまいりました! ここは危険です! 直ぐに避難を!」
騎士の慌てぶりに、侍女は状況が切迫していると判断した。
「……分かりました……」
とそこで、部屋の奥から言葉が放たれる。
「入って参れ。詳しく報告せよ」
「はっ!」
騎士は侍女と共にイングリッドの前まで歩み寄り、静かに片膝を着いた。
「申し上げます。魔物、いえ、不死の軍団が攻め入ってまいりました。既に城の中の侵入を許している状況です。速やかなご避難を……」
「なんじゃ? 不死鳥騎士がいるではないか。アクセルはどうした?」
「……そのアクセル様が倒されたのです……」
イングリッドの表情が険しくなる。
彼女は不死鳥騎士に絶対の信頼を寄せており、彼らが負けるとは微塵も思っていなかった。
「……妾は冗談が好きでない……」
「こんな冗談を言うものですか。いいですか、もう一度進言します。ここは危険です。直ぐに退避を」
騎士の鬼気迫る態度に、イングリッドは侍女と顔を見合わせる。
「もう逃げることは叶わぬぞ」
不意に鈴が鳴るような声が聞こえた。
三人は一斉に言葉が発せられた扉の方を見る。
そこには巨躯の骸骨騎士を引き連れた一人の美少女が、小悪魔的な笑みを浮かべ佇んでいた。
「そ、そちは昨日の昼間に仕入れられた生贄!」
「ふむ。良い部屋に住んでおるのう」
チェームシェイスは部屋中を見回しながら、ゆっくりとイングリッドに向かって歩き始めた。
「姫様に近づくな!」
無謀にも騎士が突っ込んで来る。
しかしチェームシェイスの背後に控えていた骸骨騎士が、その者の首を一振りで撥ねてしまった。
「ひぃ!」
イングリッドと侍女は堪らずしゃがみ込み、互いの身を寄せ合って恐怖を緩和しようとする。
「わ、妾に近寄る出ないっ! 後で地獄を見ることになるぞっ!!!」
「そ、そうです! この方を誰だと思っているのですか! 不敬です!!!」
ツインテールの少女を近づけさせまいと二人は必死に威嚇するが、それはとても弱々しく、チェームシェイスを制止させるにはまったくもって効果がなかった。
そして遂に、恐怖が目の前までやって来る。
「……」
チェームシェイスが彼女たちを見る視線はとても冷ややかであり、二人は脅え震えていた。
「……わ、わ、妾に手を出してタダで済むとでも……」
それでも何とか虚勢を張るイングリッドだったが、冷淡で底冷えした声が彼女の言葉を遮る。
「ひれ伏せよ」
「……な、なんじゃと……?」
イングリッドが聞き返した事によって、チェームシェイスの顔が強張った。
それを骸骨騎士が素早く察知し、手に持つ大剣を高々と上段に掲げる。
「二度は言わぬ」
イングリッド目掛けて凶刃が振り下ろされた。
「嫌じゃあああああああああああああああああああああああああ!!!」
彼女は堪らず床に這い蹲る。
瞬間、脳天をカチ割ろうとした刃が寸でのところでピタリと止まった。
「……お願い……助けて……命だけは……」
泣きながら命乞いをするイングリッドの股下からは、黄色染みた水が漏れ出している。
「最初から素直に服従すればよいものを」
こうしてレンドン城は、チェームシェイスの手によって呆気なく陥落したのであった。




