46.少女二人の経緯4
生贄の塔の一階部。
普段そこは、生贄を監視する兵士たちの詰め所であり、彼らに取っての憩いの場でもある。
しかし今は、たった一人の少女によって地獄へと変貌していた。
塔を訪れる兵士たちを、エルテが容赦なく始末していった結果、詰め所内は屍山血河たる惨状であった。
「みんな弱いなあ。すぐ終わっちゃって、全然面白くないよ」
久しぶりに満足な戦いができると思っていたエルテは肩透かしを食らってしまう。
誰もが彼女の初撃に耐えきれず、皆が一撃で葬り去られていたからだ。
「今度は手加減してあげようかなあ……でもそんなんじゃ、ボクがちっとも楽しめないし……」
とそこで、地下通路に続く階段から人の気配を感じた。
「はあ……どうせまた弱っちい兵士なんでしょ……」
エルテは大剣を担ぐと気怠そうに階段口を見る。
「……これは……どういうことなのです……?」
ところが姿を現したのは、赤い鎧を身に纏う、金色の長い髪の美男子であった。
「……不死鳥騎士?」
手応えの有りそうな相手を見て、エルテの顔が喜色に染まる。
反してメルセデスは深く眉根を寄せた。
「……その聞き覚えのある声……顔を隠しているようですが、私には分かります。あなたは昨日運ばれてきた生贄……確かエルテと言いましたね……」
「正解だよ」
エルテは顔を隠していた布を取ると、これ見よがしに大剣を見せつける。
「そう言う事ですか……」
室内の惨状とエルテの表情に、メルセデスは現状を把握した。
「……兎かと思っていましたが……どうやら私たちは虎を招き入れたようですね……」
そう言うと、剣を抜いてエルテを見据える。
「今からあなたを反逆罪で捕えます。何の目的でこのような騒ぎを起こしたのか、後でじっくりと聞かせていただきます」
仰々しく言葉を放つメルセデスに、エルテの顔が自然と緩んだ。
「君ならこれを避けられるかもね!」
瞬間、超高速でメルセデスの背後に移動したエルテが、尋常ならざる速さで大剣を振るう。
「ぐっ!?」
意表を突かれたメルセデスは、回避行動を取る暇もなく諸に斬撃を受けた。
上半身と下半身が分断される。
しかしエルテの攻撃は止まらない
宙に舞う上半身を、さらに右腕、左腕、首と分断した。
バラバラにされたメルセデスの四肢がドサリと床に落ち、決着は一瞬で付いてしまう。
「……なんだ……君も油断するタイプだったんだね……対面したその時から気を張らないとダメだよ。そんなんじゃあ、央世界では生きていけないよ」
期待が外れ、エルテはがっくり肩を落とした。
しかし次に起きた出来事で、彼女は大きく目を見張る。
「お嬢さん。何の前触れもなく攻撃を仕掛けて無粋だとは思いませんか?」
首だけとなったメルセデスが、流暢に言葉を紡いだのだ。
「え……? どうなってるの……?」
「私たち不死鳥騎士は不死身です」
メルセデスの切断面から蒼い気体が発生する。
それは分断されたすべての部位からであり、気体は互いに結び付き合うと四肢を引き寄せ体を修復していった。
そしてメルセデスは、何事もなかったかのようにすくりとその場に立ち上がる。
「ふ、不死身って……」
驚くエルテを尻目にメルセデスは平然と口を開いた。
「不死鳥騎士が持つ不死鳥闘気は基本、再生と死の能力を有しています。生命気を正のベクトルに向ければ再生を促し、負のベクトルに向ければ崩壊を誘発させます」
メルセデスは淡々と言葉を続ける。
「私が復活したのは、正のベクトルに生命気を向けていたからです。これこそが不死鳥騎士の真骨頂。各国に不死身と言われ、恐れられる理由です」
「……」
エルテは黙ってメルセデスを見ていた。
「それにしても、あなたの腕前は相当なものですね……他の不死鳥騎士なら生け捕りにするのは難しいでしょうが、私に掛かれば簡単です」
そこでエルテは気づく。
詰め所内の隅々にまで赤い気体が充満していることに。
「……これは……?」
そして時を移さず彼女に異変が生じた。
「……か、体が……重い!?」
まるで水飴が纏わりついたかのような感覚に襲われる。
大剣を振るおうと腕を動かすも、何かに抵抗され緩慢な動きになっていた。
「フフフッ、油断したのはあなたの方です。私の話に気を取られている間、室内を不死鳥闘気で満たさせてもらいました」
メルセデスの仏頂面が崩れる。
その表情は嬉しさで酷く歪んでいた。
「先ほど私は、不死鳥闘気は再生と崩壊の能力を持っていると言いましたが、稀に崩壊ではなく別の能力を発現する者がいます。それがこの私です」
獲物を捕らえたメルセデスは、嬉々として口を開く。
「私の不死鳥闘気は正のベクトルに向ければ再生。そして、負のベクトルに向ければこのように生命気を広げることが可能で、その中にいる者の動きを鈍らせる事ができるのです。いわば減速の能力です」
メルセデスは完全に勝った気でいた。
エルテの動きは蝸牛のように遅く、到底戦いにならなかったからだ。
しかし彼女はこんな状況の中でも、なぜか口元を緩ませている。
そしてゆっくりではあるが、大剣を上段から振るい始めた。
「気でも触れましたか? その位置では私に届きません。何よりそんな速度の斬撃、幼児でも躱せますよ」
エルテの荒唐無稽な動きにメルセデスは笑いを堪え切れなくなる。
「フフフッ、のろまな亀みたいだ!」
緩やかに動くその行為は滑稽としか言いようがなかった。
しかしエルテは終わりまで剣を振り抜き、方やメルセデスは面白おかしく最後まで見届ける。
「ほうら、ごらんなさい。無駄な行為だったでしょう?」
とその瞬間。
二人の間の空間が裂け、不死鳥闘気が左右に割れた。
「へ?」
メルセデスから間の抜けた声が漏れる。
二人の間では歪んだ空間が発生しており、その周りを不死鳥闘気が漂っていた。
不可思議なトンネルの完成である。
「これでボクと君との道ができた」
エルテは獰猛な顔を作ると爆発的な速度でトンネルを潜り抜けた。
そう思ったのも束の間で、メルセデスに接敵した彼女は目に見えぬ速さで斬撃を放ち、彼の身体を斬り刻む。
結果、メルセデスは先ほどと同様、バラバラに分断されてしまった。
「なっ!? あなたは何をしたのですか!!?」
「空間を斬ったんだ」
「!!?」
再び首だけとなったメルセデスは、本当にそんな事が可能なのかと思ったが、今は体の修復が先決だとそちらに意識を向ける。
「で、ですが私は直ぐに復活します!」
しかしながら、いくら経っても切断面から不死鳥闘気が出る気配はなかった。
「どうなってんだ!!?」
焦りを覚えたメルセデスに、エルテが言葉を放つ。
「当たり前だよ。だって君は傷一つ負っていないんだから」
「なんだと!? どういう意味だ!」
「ボクの斬世大剣は空間を斬ることができる。だから君の存在の位置にある空間を斬って分断したんだ。一見、君の体がバラバラになっているように見えるけど、実のところ、バラバラにはなっていない。その証拠に血が出てないでしょ」
メルセデスは透かさず切断面を見た。
確かにエルテの言葉通り血は出ておらず、斬られた箇所は怪し気に歪んでいる。
「……そ、そんな馬鹿な………」
「君は怪我をしていない。だから再生できない。というか、する必要がない」
エルテは何処からともなく縄を取り出すと、バラバラになった体を一ヶ所に集めて無造作に縛りあげた。
「なっ、なにをするんだ!!!」
手足があらぬ方向に向けられたその姿は珍妙であり、メルセデスの自尊心を盛大に傷つける。
「わ、私にこんな格好をさせやがって! この縄をほどけ! 解放しろ!!!」
その態度がエルテの癪に触れた。
「君、五月蠅いよ……」
彼女の雰囲気が変化する。
人懐っこい朗らかな様相が消え、突き刺さるような殺気が放たれた。
「な、な、なっ!?」
「殺さないであげようかと思ったけど、やっぱやめた」
エルテは在庫目録に大剣を仕舞い込み、代わりに一つの短剣を取り出す。
それは大小多数の宝石がちらばめられてある、輝くばかりの宝剣であった。
「ど、何処から出したんだ……?」
不可解な現象にメルセデスは驚愕する。
「君を殺す方法なんていくらでもあるんだよ」
「……フフッ……フハハハハッ! 私を殺す? 馬鹿げた事を抜かすお嬢さんだ!」
メルセデスは思わず吹き出してしまった。
「馬鹿げた事かどうかは自分自身で体感して」
そう言いながら、メルセデスの肩辺りに短剣を突き立てる。
「ぐっ!」
その痛さに眉を顰めるも、メルセデスは直ぐに平然として見せた。
「……そんなものでは私を倒せません。直ぐに治ります」
余裕ぶるメルセデスだが、次第に表情が険しくなっていく。
なぜならば、何時までたっても蒼い燐が現れなかったからだ。
「不死鳥闘気が怪我に反応していない!!?」
その焦る姿にエルテの美麗な瞳が嗤った。
「生命気にも効くんだね」
「貴様! 私に何をした!!?」
「君の属性……ここではベクトルと言った方がいいかな。それを固定させたんだ」
「ど、ど、どういう意味だ!!?」
「君の生命気は正のベクトルに向ければ再生、負のベクトルなら減速だったよね。今はこの短剣で負のベクトルに固定させているから、減速しか能力を発揮できないんだよ」
「!!!」
メルセデスはエルテの言葉を信じるしかなかった。
その証拠に、今でも正のベクトルに向けて不死鳥闘気を出していたが、出てくる生命気はどうしてか負のベクトルを持つ不死鳥闘気だったからだ。
「央世界では属性を変化させる凄く強いモンスターが居るんだ。でも厄介だから、その短剣で苦手な属性に固定させて攻略するんだ」
「……」
「君に突き刺さっている短剣は、属性変化……ベクトル変化を固定させる事ができる。ここまで言えば、もう分かるでしょ?」
メルセデスは自分が置かれた立場を深く理解する。
「……まっ、待ってくれないか……負けを認める……だから命だけは取らないでくれないか……」
完全に血の気が失せたメルセデスは、恥も外聞も捨て必死に命乞いをした。
だがそんな戯言が、エルテの耳に届く筈も無い。
「知らないよ。じゃあね」
生贄の塔の一階からは、悲痛な断末魔が響き渡るのであった。




