45.少女二人の経緯3
チェームシェイスは塔の外へと足を踏み出す。
「む? 何やら怪しげな術が巡らされてあるの……」
違和感を感じ、そっと掌を前に出した。
すると、電流のような刺激が彼女を襲う。
「ふむ……結界か……」
しかしながら、チェームシェイスは何事もなかったかのように冷静でいた。
「魔法スキル、オーバーラン〈私は拒絶する〉」
発せられた言葉によって、塔に施された結界が崩壊していく。
「愚かな……こんな児戯にも等しい術で、我を閉じ込められるはずもなかろうに……」
胸中で笑いながら、チェームシェイスは揚々とレンドン城に向かって歩き始めた。
そして直ぐに、巡回中の兵士と鉢合わせる。
「おい、お前! 何処から入って来た!?」
「これは異なことを。我は昨日、城門から正式に招かれたのだぞ」
「……なに……?」
チェームシェイスの言葉に兵士が躊躇した途端、炎の槍が彼の胸を貫いた。
「え゛っ?」
兵士は訳も分からぬまま絶命する。
「ふむ。ゴミでも始末しながら城までゆっくりと散歩でもしようかの」
チェームシェイスは情け容赦なく巡視の兵を殺しながら目的地に向かった。
レンドン城の敷地内に設けられた兵舎。
そこでアクセルは、大事に備え待機していた。
少数精鋭のエルフの兵士たちがレンドン城を攻める可能性があったからだ。
なぜ少数精鋭と目星をつけたのか。
それは、仮にエルフの軍がこのオルストリッチ、いや、ブリエンセニア王国に進軍していたら、数の多さゆえ必ずどこかで露見する。
しかし今をもって、そのような情報は入っていなかった。
となると、送り込まれたのは少数の強者。
エルフは森での適性が高い種族であり、移動や方向感覚に優れている。
さらに手練れともなれば、森の中では無類の強さを発揮し、森伝いに移動を繰り返せば人目に付かずにレンドン城の近くまで接近する事は然ほど難しくはない。
ところがアクセルは、そんな部隊が差し迫っているやも知れぬのに、焦る様子は一つも見えず、それどころか余裕さえ持っていた。
何せ討伐に向かったのはピッチェレだ。
彼ならば、いくらエルフの兵士が強く数が多かろうとも、森ごと燃やして殲滅する事は想像に難くなかった。
なので、自分は茶を飲みながら、悠々自適にピッチェレの帰りを待っていた。
「大変です!」
とそこで、ひとりの兵士が慌てて兵舎に飛び込んで来る。
「何だよ。まさか本当にエルフの兵が攻めてきたんじゃないだろうな?」
「違います!」
「なら何だ?」
「そ、それが、生贄の少女が暴れているのです!」
「はあ?」
アクセルは訝しんだ。
たかが生贄が暴れたところで、何をそんなに慌てる必要があるのかと。
「その少女は魔術を行使しているのです! しかも詠唱一つ唱えずに!!!」
「なんだと!!?」
無詠唱で魔術を使える者といえば、王都の宮廷魔術師で上席に位置する者か、ドミナンテの次男で今は宰相ポスワーレの秘書長官を務めるエスクール・ラ・ヴァンヘイムくらいだ。
無詠唱とはそれほどまでに使い手が少なく、高い技術を必要としていた。
「見間違いは無しだぞ」
「はい。魔術師たちが間違いないと言っていました。それに、少女は見たことのない魔術を使っており、魔力の流れも感じないと皆が困惑していました」
「おいおい……まさか魔女ではないだろうな……」
眉根を寄せるアクセルは、兵士に問い質す。
「その少女の名は?」
「昨日やって来たチェームです」
アクセルは昼間の出来事を思い出した。
「……あいつか……だったらエルテとか言う少女もいるのか?」
「いえ、反抗している者はチェームだけです」
「エルテは無関係なのか……?」
敵は一人。
だがその者は見た事もない魔術を使い、魔力の流れを感じさせない程の使い手。
しかも無詠唱。
自分でなければ対処は難しいとアクセルは判断する。
「分かった、直ぐに向かうぞ」
そう言うと、彼は兵士と共に現場へと急行した。
「……マジか……」
現場に到着したアクセルは、とんでもない光景を目の当たりにする。
遠巻きに取り囲む兵士たちを余所に、か弱い美少女が城に向かって悠々と歩いていたのだ。
彼女の通った後には黒焦げの兵や致命傷を受けた者が横たわっている。
誰もがチェームシェイスの強さを恐れ、手が出せないでいた。
「お前ら、そこをどけ!」
アクセルの一喝で、騎士たちは振り返る。
「おお、アクセル様!」
「アクセル様が来られたぞ!」
「これで俺たちの勝ちだ!」
期待の眼差しが注がれる中、アクセルはチェームシェイスの前に立ちはだかった。
「好き勝手してくれたみたいだな……」
不死鳥騎士の登場で、チェームシェイスは口元を吊り上げる。
「ようやっと来たか。今までの者は張り合いがなくてな、飽き飽きしていたところよ。不死鳥騎士のおぬしなら、少しは我を楽しませてくれるのであろう?」
「……お前……話し方が昼間と違うな……それが地かよ……」
チェームシェイスの変わりように、アクセルは警戒心を上げた。
「……これはお前ひとりの単独犯か? ……それとも誰かの差し金なのか?」
「決まっておろう。我が君、トモカズ様の命よ」
「何だと!!?」
考えも付かない人物の名が出た事で、アクセルは驚愕する。
「我はトモカズ様の配下、いや、伴侶と言った方が良いかの」
「何言ってんだ、てめえ……トモカズはエルフの兵士に殺されてんだぞ……」
「何も分からぬとは何とも愚かな……フフフ、滑稽よな……」
含みを持たせた言葉にアクセルは苛立ちを覚えた。
「何がおかしい……」
「おぬしが知る必要はない」
チェームシェイスの体がゆっくりと宙に浮き始める。
「なっ!!?」
その情景にアクセルは驚き、反してチェームシェイスは楽しそうに嗤った。
「さっさと始めようではないか」
上空から見下されて、アクセルの闘争心に火が灯る。
「言ってろ!!!」
叫ぶと同時に背後から蒼い炎が噴き出した。
それは強力な不死鳥闘気であり、壮大な翼を形どる。
「ほう……これが噂に聞く生命気とやらか」
アクセルは翼を羽ばたかせ、チェームシェイスの位置まで浮上した。
「俺は不死鳥騎士団の副団長、アクセル・ラ・フェニックス。異名は【鳳凰のアクセル】。このブリエンセニア王国、いや、大央大陸でも名を馳せた騎士。万が一にもお前に勝ち目はない」
「フフフ、面白い。央世界でトップクラスに入る我が君、その方が生み出した我と対等に渡り合えると思っておる……身の程知らずとはこのことよな」
「ほざくな!!!」
嘲笑わられたアクセルが仕掛ける。
蒼く煌めく羽をばたかせて、急旋回を披露するとチェームシェイスに突撃した。
「ぬ!!?」
予想以上の速さに彼女は手を翳して迎え撃つ。
「魔法スキル、〈爆戟槍〉」
手のひらから魔法陣が展開され、そこから一本の鋼鉄の槍が飛び出した。
「そんなものが当たるかよ!」
アクセルは身を捻らせギリギリで回避する。
「愚かな。それだけと思ったか?」
「なに!?」
その言葉にアクセルが不審を抱いた瞬間、過ぎ去ろうとした槍が爆発を起こした。
「ぐっ!!?」
しかし攻撃はそれだけにとどまらず、爆発の後から無数の針が現れ四方八方に飛び散っていく。
「なんだあっ!!?」
アクセルの身に数多の針が突き刺さった。
「くそ! こんなもんで俺は止められねえぞ!!!」
それでも彼は、怯むことなくチェームシェイスに吶喊し、擦れ違いざま剣を抜き放った。
「ぬっ!」
チェームシェイスは体を半身にさせて綺麗に斬撃を避ける。
彼女の横を通り過ぎたアクセルは、悔しがりながらも素早く向き直った。
「良く躱したな。もうちょっとだったんだが、おしかったぜ」
その言葉の意味は、剣の一撃ではなく別の所にあった。
「……こ、これは?」
チェームシェイスは我が目を疑う。
確かに自分はアクセルの攻撃を躱した。
ところが服の脇腹部分がボロボロに腐り落ちているではないか。
「俺の生命気に触れればすべてが腐敗する」
「……それだけではないようだの……」
彼女はその美麗な眉を八の字に歪めた。
あれほどの針を受けたにもかかわらず、アクセルの傷口が治りつつあったからだ。
傷の周りには蒼い燐のようなものが舞い、それが負傷した箇所を治していると気づく。
「どうだ。俺の不死鳥闘気は死の能力を持っている。同時に再生の力も発揮する」
アクセルの不死鳥闘気は、テオドニスやピッチェレの様に、正や負のベクトルが存在しない。
よって彼は、能力を同時発動する事ができた。
これこそが不死鳥闘気の完成された姿であり、アクセルは完全にこの生命気を制御していた。
「死ぬことがない不死鳥騎士に敗北はない。そして俺の不死鳥闘気は何時いかなる時も再生能力を発揮でき、同時に死を振りまくことが出来る」
揺るぎない自信にアクセルは薄ら笑いを浮かべる。
ところがチェームシェイスはそんな彼を玩具のように見ていた。
「これは良い。なかなか考えさせられる好敵手。どうやって攻略しようか楽しみでならぬ」
「チッ、高慢な女だぜ!」
アクセルが再び突撃する。
「魔法スキル、〈氷礫機銃〉」
すかさずチェームシェイスが魔法スキルを放った。
「めんどくせえ! このまま突っ込んでやる!!!」
「避けることなど考えぬか」
間断なく発射される氷弾を受けながらも問答無用でアクセルは吶喊する。
それに対し、チェームシェイスは背を向けて逃げ出した。
「逃がすかよ!!!」
アクセルが追撃する。
ところが彼女の速度は異常に速く、いくら経っても追い付けそうになかった。
「くっ! なんて速さだ!!!」
そこで突然、チェームシェイスが魔法陣を展開させて振り返る。
「魔法スキル、〈光子崩壊余波〉」
魔法陣の中央に光の粒子が収束していき、そこから光線が射出された。
意表を突かれたアクセルは、回避する間もなく顔面に直撃を受ける。
「これなら耐えられぬであろう」
アクセルの頭が光の線に飲み込まれ、それが収まったときには首から上が消失していた。
「アクセル様!!!」
「そんな、アクセル様が!!!」
上空の戦闘を見ていた兵士たちが狼狽える。
直後、彼らは打って変わって喜びの声を上げた。
アクセルの首に蒼い燐が纏わりついて、彼の頭を再生したからだ。
「おお、さすがは不死鳥騎士様!!!」
「アクセル様は不死身だ!!!」
チェームシェイスはその再生能力に脱帽する。
「……ふむ。どうやら本当に不死身らしいの」
方や復活したアクセルは、彼女の飛行速度に辟易としていた。
「くそったれめ……あの速さじゃ追いつけねえぞ……持久戦に持ち込むって手もあるが、それも面倒だ……」
少しだけ頭を悩ませたアクセルは、眼下の騎士に言葉を放つ。
「今すぐメルセデスを呼んで来い!」
「は、はい! 了解しました!!!」
アクセルは思った。
もう一人の不死鳥騎士メルセデスならば、チェームシェイスの動きを止められると。




