41.不死鳥騎士4
俺とティンクファーニは森で一夜を明かした。
テオドニスの残骸がある場所は、血肉の匂いで魔物を誘うため、そこから少し離れた木の上で体を休めている。
「……昨晩は魔物が凄い群がっていたわ……たぶんテオドニスの肉を食べてたんでしょうね……」
ティンクファーニは気配を感知できる魔術、索敵魔術が使えた。
これで俺を見つけたり、敵の手から逃れていたらしい。
しかし、索敵魔術を逆探知できる魔術もあるので、おいそれと使えば自分の隠れている場所も相手にばれると言っていた。
便利な魔術だが、使いどころが限られるな。
そして、索敵魔術の範囲は術者にもよるが、彼女の場合は自分を中心とした直径百メートルくらいらしい。
凄くね?
「ひふぁはどうはんは?」
俺は彼女からもらった干し肉に齧り付き、朝食を楽しんでいた。
他にも水や干物なんかも持っていたから、遠慮なく頂戴している。
これらは塔から逃げる際に持ち出したらしい。
うめえ。
「魔物がテオドニスを食べつくしたみたい。今は何の気配も感じないわ」
「ほふか」
俺は口の中の物を嚥下し、水で喉を潤した。
「ティンクファーニ。敵はいつごろ来ると思う?」
彼女は顎に人差し指を当てて考える。
「……そうね……ここからレンドン城の距離を考えると、早ければお昼前かしら」
まだ少し時間があるな……敵さんの情報でも聞いておくか。
「テオドニス以外の不死鳥騎士がどんな奴らなのか教えてくれ」
俺の問いに、ティンクファーニは申し訳なさそうな表情で答えた。
「……ごめんなさい。ずっと塔に監禁されていたから、騎士たちとは接点がなかったの。だから詳しいことは分からないわ……」
そうだよな。
ティンクファーニは生贄だったよな。
普通に考えたら、使用人か看守が世話をするものだよな。
「ト、トモカズ」
そこで急に、彼女の表情が強張った。
直後、俺も何者かの気配を察知する。
ティンクファーニの予想よりも早い。
あちらさん、随分と頭にきているみたいだ。
「……しかし気配が少ないな……正確な数は分かるか?」
「ちょっと待ってて」
彼女は瞼を閉じて意識を集中させる。
そして大きく目を開いた。
「えっ、一人……?」
何だと? 舐めているのか?
「……」
いや、それはない…
不死鳥騎士のテオドニスを倒されたんだ。
舐めてかかってくるなんてありえねえ……
「……」
……だとしたら、相当腕に覚えのある手練れか……
「……」
来ているのは不死鳥騎士だろうな!
俺は奴らの倒し方が分かっているから排除しようと思ったんだ!
もしそれ以外の強いが奴が来たら倒せるのか!?
「あっ!」
「ど、どうした、ティンクファーニ?」
急に大声を出すな!
びっくりするじゃねえか!
「私の索敵魔術に気づいたみたい! こっちに向かって来るわ!」
「……分かった。迎え撃つぞ」
俺とティンクファーニは木の上から飛び降りると、その場で相手を待ち構えた。
しばらくして、茂みの中から赤い鎧を纏った一人の騎士が姿を現す。
間違いなく不死鳥騎士だ。
「おほ? 見つけたぜえ」
そいつは高身長の粗野な感じがする男であり、下卑た目でティンクファーニを見ていた。
「ティンクファーニちゃあん、あんまり世話を焼かすなよなあ」
次に男は視線を俺に移す。
「にしても、お前は誰だ? 見た感じ人間だが、エルフの兵士は何処へいった?」
「そんな奴はいない」
「なに……?」
男は目を凝らしてジッと俺を見る。
「……ああ、なるほどな。お前、トモカズだな? 手配書で見たぜ。エルフの兵士とやらはお前って訳ね」
なかなか鋭い奴だ……
「という事は、テオドニスのおっさんを倒したのはお前か。やるじゃねえかよ」
この男、仲間をやられても全然悔しがっている様子はないぞ……?
どういう神経してるんだ……
それとも何か。
テオドニスと仲が悪かったのか?
俺が訝しんでいると、男は歪んだ笑顔で自己紹介を始めた。
「トモカズ。俺の名はピッチェレってんだ。覚えてくれよな」
……胡散臭い男だ……
でも、不死鳥騎士でよかった。
これなら楽勝だ。
「ティンクファーニ、もう敵はいないか?」
「ええ、索敵に引っかかっているのはあの男だけよ」
ならば話は早い。
「〈細胞興奮の御手〉」
俺は透かさずドーピング精霊を召喚する。
頭上に現れたのは、ピンク色のレオタードに身を包み、特大の注射器を抱える美女であった。
彼女はふわふわと宙を漂っており、俺の指示を待っている。
「ん? てめえ、召喚魔術師か……? だが魔力の流れを感じねえ……」
「似たようなものだ。それよりも、折角きてくれたところで悪いんだがサクッと終わらせてもらうぞ」
「ほぅ……言うねえ……さすがはテオドニスを倒しただけあって、大口を叩くじゃねえか……いいぜ、来なよ」
そう述べたピッチェレは、剣を抜くと腰を落として身構えた。
「ああ、遠慮なくいかせてもらう」
俺は全力で走り出す。
「んっ!? 思った以上に速い!!!」
今回もテオドニスを倒した時と同じ作戦だ。
俺が囮になって気を引き、その隙に〈細胞興奮の御手〉が近づいて注射針を打ち込む。
なんて簡単なお仕事なんでしょう。
「そこだ!!!」
一瞬でピッチェレに肉薄した俺は、奴の顔面に拳を突き出した。
「いい突きだ。こりゃあ、まともに食らうとやられちまうな」
しかし奴は、どういう訳か回避も防御も取ろうとしない。
それどころか澄ました顔で、俺の攻撃を待っているように見えた。
これって絶対なにかあるよね……嫌な予感しかしねえよ!
俺は正拳突きを中断させると両足で踏ん張り勢いを止める。
そして透かさず両膝を曲げ、伸ばす反動を利用して盛大に後方へと飛び退いた。
「なっ!!?」
俺は我が目を疑う。
拳を突き出した服の袖が、ボロボロに焼け焦げていたのだ。
次いでピッチェレの真上に迫っていた〈細胞興奮の御手〉も、下半身から灰となって消えていく。
「良く気付いたなあ。見事な回避だったよ」
ちょっと待てええええええええええええええええええええ!
何なんだ、あいつは!?
近づいただけで服やドーピング精霊が燃えちまったぞ!!?
「にしても、もうちっと寄っていりゃあ、お前さんも灰に出来たんだがなあ」
いったい何をしやがった!?
全然わかんねえ!
「しかし速いな。あの速さだと、どんくさいテオドニスじゃあ、対応できねえな。それにさっきのピンク色のお姉ちゃん? あれが持っていた筒の中の液体で、テオドニスをバラバラにしたんだろ?」
こいつ!
観察眼が半端ねえ!
「あれには気を付けねえとなあ」
そこで俺は気が付いた。
ピッチェレの身体から薄っすらと赤い気体が漂っている事を。
「不死鳥闘気か!!!」
「ん? なんだ、知ってんのかよ。そうだぜ。これでお前が呼び出したピンクのお姉ちゃんを燃やしたんだぜ」
奴は不敵な笑みを浮かべる。
「俺の不死鳥闘気は再生能力はもちろんの事、燃やす能力も持ってるんだ。物や人は当たり前。水や火、何もかんも燃やしちまう。どうだ、すげえだろう?」
なんだそりゃ!
燃える、ていう概念だけで、物を燃やしてんのか!?
このピッチェレって奴、再生と燃焼、二つのチートを持ってやがる!
「さあてと、俺はテオドニスとは違うぜぇ? 精々楽しませてくれよな」
これはまずい!
非常にまずい!
この世界に来て最大の危機だ!
勝てるヴィジョンが浮かばねえ!!!
「どうしたあ? 俺の不死鳥闘気が凄すぎて尻込みしてるのか? だったら俺から攻めさせてもらおうかなあ?」
「ト、トモカズ……」
背後に佇むティンクファーニが不安気に言葉を洩らした。
くっ!
何か手はないのか!
悩む俺に、ニタニタと笑いながらピッチェレが近づいてくる。
「さっき燃えたのは服だけだったが、今度は生命気の出力を上げてキッチリと燃やしてやるよ。お前さんは炎に対しての抵抗力があるようだしな」
……そう言えばそうだ……
袖は燃えたが、どうして拳は煤一つ付いていないんだ?
「……」
よくよく考えてみると、俺の燃焼耐性は最高値だ。
火のダメージを俺に与えるなら、エルテが盛った無効化秘薬などの無効化アイテムを使わないと不可能なはず。
「……」
俺には燃焼が効かない!
「……」
……でもどうやって奴を倒す……?
消滅した〈細胞興奮の御手〉はクールタイム中だから、当分の間は召喚できない。
しかしこれは、別のドーピング精霊を召喚すれば解決する。
問題は如何にしてドーピング精霊をピッチェレ近づけさせるかだ。
耐性なんて皆無な強化精霊が奴に近づけば、一瞬で灰にさせられるぞ。
「……」
ドーピング精霊を強化するってのはどうだ?
燃焼耐性を付与してやるんだ。
「……」
いやいやいや、そもそもモブ精霊にアイテムやドーピングが効くはずない。
彼らはその能力自体が顕現した精霊。
公式ではそういう設定だったはず……
能力に能力が効くとは到底思えない。
となると、あの不死鳥闘気を何とかしないといけないのか……
そうこう考えていたら、ピッチェレが不死鳥闘気を全開にさせ一気に走り出した。
「骨も残らず塵にしてやんよ!!!」
くっそ! 考えてる暇がねえ!
「もうなるようになれ!」
俺も奴に向かって突撃する。
それを見たピッチェレが、大口を開けて盛大に笑った。
「ギャハハハハハハ!!! お前さん、自殺願望でもあるのかよ!!!」
「うるせえ!!!」
俺は構うことなく不死鳥闘気の領域に突入する。
「ばぁ~か、燃えちまえ!」
勝利を確信するピッチェレだったが、俺は躊躇することなく奴に肉薄すると、そのまま首を鷲掴みにした。
「ぐあっ!!?」
同時に服が上半身から燃え始めたが、俺自身が燃えるような事はない。
「な、何でお前さんは燃えねえんだ!!?」
「俺に炎は効かねえんだよ!」
「なんだよそりゃあよ!!!」
驚くピッチェレの首を、俺は容赦なくギリギリと万力のように絞め上げた。
「でめ゛え゛……これで、勝った気に、な゛るなよ゛……」
ピッチェレの首から青白い燐が発生して、奴のダメージを修復していく。
「再生の力か!」
「そうだ……これがある限り、俺は負けねえ!」
めんどくせえな!
この不死鳥闘気は非常に厄介だ!!
「ん!!?」
そこで俺は、ある一点に注意が向いた。
なぜだか分からないが、上着は燃えているのにズボンが燃えていなかったのだ。
それどころか、燃えている服の燃焼具合も先ほどより勢いがない。
「……」
訝しみながらも再びピッチェレの方を向く。
「ぐっ、くぞが……」
そこには射殺さんとばかりに俺を睨むピッチェレの顔と、奴の首を絞め上げる俺の手。
そしてその手を掴む奴の両手と、首のダメージを修復させる青白い燐。
なんだ? 何が違う?
「……」
あ、そうか。
そう言う事か。
ピッチェレ、もうお前の負けだ!
謎を解明した俺は、思わず頬を緩めるのであった。




