40.不死鳥騎士3
「良い! 良いぞ!!! この高揚感!!! 最っっっっっ高に、素晴らしいっ!!!」
テオドニスは両手を広げ、全身で喜びを表現した。
「ト、トモカズ! 早く逃げなくちゃ!!!」
ティンクファーニが裾を引っ張りこの場から離れるように急かす。
……そうだね……今のテオドニスを相手にしたくないもんね……裸だしね……
「……お前を抱えて全力で走るから、方向を指示してくれ……」
「か、抱える?」
「さっきお前を捕まえた時の、俺の足の速さを見ただろう。抱えて逃げないと、真っ先に捕まるのはお前だぞ」
「わ、分かったわ!」
俺は逃げ切れないと思いつつも、逃走するためティンクファーニを小脇に抱えた。
とその矢先、テオドニスの身体に異変が起こる。
「なっ? か、からだが?」
徐々にではあるが、奴の肉体が少しずつ膨らみ始めた。
全身の血管もはち切れんばかりに浮き上がり、筋肉が窮屈そうに張り詰めている。
「熱いっ!!! 体が焼ける様だ!!!」
……ひょっとして……俺の読みが当たったのか……?
「これはっ!!?」
透かさず次の事象がテオドニスを襲った。
「な、何なんだ!!? このコブは!!! ぐ!!? こっちにも出き始めたぞ!!!」
体の至るところに幾つもの腫れ物が出現する。
「トモカズっ!!! あれって何が起こってるの!!?」
俺の脇に抱えられたティンクファーニも、その異常事態に目が離せないでいた。
「奴の肉体が過剰に活性化してるんだ!」
腫れ物は肥大して身体の部位を飲み込んでいき、、腕や足、脇腹や頭の一部など、何処とも言わない無数の個所が、風船みたくパンパンに膨れ上がる。
「ふっ、増える!!! 増えていくぅううううううううううううううううううううっ!!!」
テオドニスは悲鳴を声を上げるが、口元も膨れ上がり、それさえも出来なくなった。
「ぎゅっ、みゅっ、ぎゃっ」
次第に奴は、醜いバルーンアートのような物体へと姿を変えていく。
「……」
「……」
俺とティンクファーニは悍ましい光景に言葉を失った。
その間にも、テオドニスは膨れ続ける。
「み゛ゃ、びゅえ」
そして遂に、膨張の限界が訪れた。
――ドッパァアアン――
汚らしい音を立て、テオドニスが大爆発を起こした
奴を構成していた物質が、辺り一面に撒き散らされる。
「うおっ!」
俺は全筋肉を総動員させ肉塊を全て躱した。
周囲には奴の血肉が散乱し、場に血煙が漂う。
「……こ、今度こそ本当に死んだのよね……?」
ティンクファーニの言葉通り、テオドニスの肉塊が動く様子はなく、奴が復活する気配は微塵も感じられなかった。
「……みたいだな……」
……よかったあ。
一時はどうなるかと思ったけど、狙い通り事が運んでくれて助かった。
「……トモカズ。テオドニスは何で爆発したの……?」
ティンクファーニが不思議そうに尋ねてくる。
「元気になる薬を投薬したんだよ。その薬と不死鳥闘気との相乗効果で、奴の肉体が活性化され過ぎたんだ。それに耐えきれなくなった肉体が自壊したって訳だな」
〈細胞興奮の御手〉を召喚して正解だった。
このモブ精霊は、戦闘系ではなく強化系のモブ精霊だ。
こいつはスピードや攻撃力などを強化でき、その役割からもプレイヤーたちの間ではドーピング精霊と呼ばれていた。
今回、俺が召喚したモブ精霊は、身体能力を高める高位のドーピング精霊だ。
運営による公式設定だと、細胞を活性化させて身体能力を飛躍的に向上させるらしい。
その事を思い出した俺は、奴の細胞に過剰な栄養を与えることにした。
結果、目論見は当たり、〈細胞興奮の御手〉の薬で異常なほど細胞が活性化した奴は、見事に自滅したというわけだ。
「……凄い……でも、あのピンク色の女性は何だったの……? 召喚魔術にしては、まったく魔力を感じなかったんだけど……」
うっ、突っ込んできやがった。
「……ま、まあ、特殊な術だからな……」
「……特殊な術ねえ……」
ティンクファーニのジト目が俺を捉える。
「そ、そんな事よりも、これからどうするんだ。お前はその首輪がある限り、遠くへは逃げられないんだろ」
俺の言葉に彼女は目を見開き、物憂げな表情を見せた。
「……そうね……取り敢えずはあなたを森からか連れ出してあげる……」
なに? それは非常に助かる!
……でも、その後こいつはどうなる?
「お前はどうする気だ?」
ティンクファーニは真剣な表情を作り、質問を質問で返した。
「……トモカズ。あなたは一人のある女性を助けに来た、と言っていたわよね……」
「ああ、そうだ」
「……望みは薄いけど、あなたがその人を助け出して、首輪の解除ができる人を連れてくるまで頑張って森に隠れてるわ……」
俺に一縷の望みを賭ける、と言う訳か。
よし、森から連れ出してくれるんだ。
恩返ししないとな。
「絶対とは言えないが、俺の仲間ならその首輪を外せるかもしれない」
「……え、ホント……?」
ティンクファーニの顔に明るさが戻っていく。
「ああ。そいつは先行してレンドン城に向かっている。合流したら、お前の状況を説明しておこう」
「……その人は本当に首輪を外せるの……?」
「あいつは魔術のプロだ。見てもらう価値はある」
厳密に言うと、魔法スキルのプロだけどね。
「ありがとう……トモカズ……」
そうとも知らないティンクファーニは嬉しそうにお礼を述べた。
「そんなに頭を下げる必要はないぞ。最初にお前が提示した、取引の内容そのものだからな」
チェームシェイスならどうにかしてくれるだろう。
あいつは暇を見つけては魔術を研究していたからな。
「……」
……そういやあの二人、大丈夫なんだろうか……
別れる前に、暴走しないよう釘を刺しておいたが、非常に不安だ……
「……」
……これはまずくねえか?
相手は不死鳥騎士だ。
仮にだ。エルテとチェームが暴れれば、不死身の奴らと戦うはめになる。
それも一人ではない。
不死鳥騎士はあと三人も残っている。
……あのチートレベルの不死身をあいつ等だけで倒せるのか……?
やべえ……凄く心配になってきた……
「……ティンクファーニ、お前は塔に監禁されているとか言っていたな」
「ええ、そうよ」
「フレイと言う名の女性がいなかったか?」
彼女は首を横に振った。
「私が閉じ込められていた塔は、生贄の塔と呼ばれているわ。そこには生贄たちが監禁されていて、階によって質が分けられている。私が居たのは最上階で、私以外には誰もいなかった……だからフレイという人は知らないの。ごめんなさい……」
「……そうか、分かった」
ティンクファーニは知らないか……
だが話からして、生贄の塔にフレイが居る確率は高いな。
「……」
ふと俺は、一人だけ生き残っている騎士に目を向けた。
そいつは木の根元で未だに気を失っている。
「……」
……ちょっと待てよ……
「ティンクファーニ。済まないが、森から出るのは無しだ」
「えっ! どうして!?」
彼女は目を皿のようにして驚いた。
「これからお前を囮にして、イングリッドの戦力を削ぐ」
「ど、どういうことなの……?」
「あそこで伸びている騎士に、俺がお前を連れている事、テオドニスがやられた事を報告させる。そうすれば、必ず別の不死鳥騎士が出張って来る。そこを俺が叩く」
不死鳥騎士の数を減らし、エルテやチェームに及ぶ危険度を下げる。
加えて俺に気を取らせる事で、塔の警備を手薄にさせる。
そうすれば二人がフレイを探し易くなる。
「せっかく森から連れ出してくれると言っていたのに済まんな。でも、お前の首輪は後で必ず外してやる」
「……」
彼女はしばし逡巡すると、元気よく言葉を返した。
「い、いいわ! こうなったら一蓮托生よ! とことんあなたに付き合ってあげるから、首輪は絶対に外してよね!!!」
ティンクファーニの奴、腹を括ったな。
「任せておけ。必ず自由の身にしてやる」
彼女の意思を感じ取った俺は、さっそく準備に取り掛かった。
先ずは在庫目録から俺を模した等身大の人形を取り出す。
これはゲーム内で数少ないフレンドから送られた、ただのオブジェだ。
本物の俺と見間違えるほど精巧に出来ているが、はっきり言ってゴミだ。
なぜこんなものを送ってきやがった……
「ト、トモカズ、どっから取り出したの……?」
ティンクファーニはキツネにつままれたような顔をしている。
まあ、黙ってみてろ。
その人形に、いま俺が着ていた服を着させ、俺自身は在庫目録から別の服を出してそれに身を包んだ。
そして人形にテオドニスの肉塊をぶっかける。
肉塊から染み出る血で、人形は瞬く間に赤く染まった。
……自分でやっておいて何だが、グロテスクすぎる……
次に俺は、金髪のカツラが付属した仮面と、長い付け耳を取り出して装着する。
これらはイベントで配布されたアイテムで、オブジェ同様にゴミだ。
……運営、もっとマシな物を配れよな……
「これで準備は完了だ」
「な、なにをするの……?」
若干、引き気味のティンクファーニが一歩下がって尋ねてきた。
「これから俺はエルフの兵士だ」
「はい?」
彼女は、コイツ何言ってんの? といった顔で俺を見ている。
「エルフの兵士の俺は、姫のお前を助けにやって来た。そして、悪い騎士のテオドニスたちを倒した」
「え? あ、ああ、分かったわ!」
ティンクファーニよ、理解してくれたか。
「では始めるぞ」
準備を整えた俺は、涎を垂らして幸せそうに気を失う騎士までスタスタと歩み寄る。
「おい! 起きろ!」
「……う……う、ん……?」
薄っすらと瞼を開けた騎士は、異様な仮面をつけた俺を視界に入れると、カエルの様に跳び上がり、ものすごい勢いで後ずさった。
「な、何だお前は!!?」
「俺はティンクファーニ様を助けに来たエルフの兵士だ」
「なんだと!!?」
騎士は慌てて周囲を見渡す。
「トモカズは何処へ行った!!? それにテオドニス様もいないぞ!!?」
「トモカズ? ああ、黒髪の男か。そいつは姫様に不埒な行為をしようとしたので殺した。そこで死んでいるだろう。そしてその辺に散らばっている肉塊がテオドニスだ」
「えっ!!?」
俺を模した人形や、散乱する血肉を見た騎士は、顔色を青紫に変色させる。
「……う、うそだろ……? 不死身のテオドニス様が死んだのか……?」
「俺に掛かれば不死身だろうが何だろうが関係ない」
「……そ、そんな……」
「次はお前だ」
強者の視線が弱者に注がれ、騎士はぶるぶると震え始めた。
「……お、俺を殺すのか……」
「そうだ。テオドニスと同じように、バラバラにしてやる」
「ひぃ!!!」
ビビってるね。
「だが、今回は特別に見逃してやろう」
「へっ!?」
「お前は帰って仲間にでも泣きついてろ」
「……」
こいつは今、心の中で喜んでいるんだろうな。
命が助かるんだからな。
「ティンクファーニ様、もう日が落ちる頃です。ここはテオドニスの肉片で汚れていますので、少し距離を取って向こう側で野営をしましょう」
「え、ええ……分かったわ……」
唐突に話を振られた彼女は、しどろもどろとしながらも何とか答えた。
その遣り取りを、騎士は口を半開きに空け脅えた目で窺っている。
「おい、何をしてるんだ? さっさと行け。殺されたいのか?」
「ひっ……」
身を縮こませた騎士は、摺り足で後退した。
その間でも、決して俺から目を離さない。
「しかし、不死鳥騎士とやらは口ほどにもない。何が不死身だ。こうまで弱いとは」
騎士はその言葉を聞きながら、木々の中へ盛大に飛び込むと、一目散に遁走した。
「よし。これで明日の朝には新手が来るだろう」
少しわざとらしいが、必ず喰い付いて来るはずだ。
生贄のティンクファーニもいるし、テオドニスを倒した者を野放しにする訳がない。
それに俺が死んだ事も伝わるはず。
これでイングリッドの実家のフェルゾメール家に目を付けられずに済むぞ。
「トモカズ、頼んだわよ。あいつらをギッタンギッタンにしてちょうだい」
ティンクファーニの期待に俺は自信をもって答えた。
「ああ、任せておけ。不死鳥騎士の倒し方も分かっている。大船に乗った気でいろ」
俺の可愛い乙女精霊を守る事にも繋がるからな。
……でも本音を言うと、ちょっとだけ怖いかも……




