39.不死鳥騎士2
ふらつきながらも立つ俺を、テオドニスは楽しそうに睥睨していた。
「貴様が最後に何をするのか、じっくりと見物させてもらおう」
……余裕ぶりやがって……今に見てろ……
「……〈自己幻像〉、全てのダメージを引き受けろ……」
絞り出された言葉と共に、俺の身体の前面から俺自身がゆっくりと出てきた。
その不可思議な光景は、まるで幽体離脱でもするかのようだ。
「なっ!? 何だ、それは!!?」
「トモカズ!!?」
ティンクファーニとテオドニスは揃って驚愕の声を上げる。
そう慌てなさんな。
おとなしく見てろ。
俺から出てきたもう一人の俺は、既に満身創痍の状態であった。
胸にはテオドニスにやられた傷が有り、反して堂々と佇む俺には全く持って傷一つない。
「〈自己幻像〉。お前は役割を果たした」
前面から出てきた俺は前のめりになって地面に倒れ込み、掠れるように消滅していった。
「……」
「……」
つい今しがた起きた現象と、完全に傷が消えた俺。
この二つの事象にテオドニスとティンクファーニは唖然とする。
まあ、当然の反応だわな。
俺が二つに分裂して、片方の俺が消えたんだからな。
だがあれは、俺の形を模したモブ精霊なんだよ。
その名は〈自己幻像〉。
こいつは俺に与えられたダメージを受け持ってもらう事が可能で、エルテに襲われた際にも麻痺を肩代わりさせた。
その時は後出しだったから、麻痺の効果を移すのに時間がかかった。
しかし今回は、エルテの襲来を恐れて四六時中、俺に憑依させておいたから、〈自己幻像〉自体に直接ダメージがいったわけだ。
でも傷の痛みはきっちりと俺にフィードバックされるけどね。
因みに〈自己幻像〉には三つのランクがある。
低質と中質と高質だ。
低質は召喚者の一割にも満たない実力しかないが、召喚時間は数日にも及ぶ。
中質は三割程度の力を持ち、召喚時間も数時間とまあまあの長さだ。
高質は六割ほどの力を受け継ぐことが可能だが、召喚時間は非常に短い。
俺が今回、召喚していた〈自己幻像〉は低質だ。
なので防御力は紙同然であり、今ので消滅したというわけだ。
このように使い勝手が良い〈自己幻像〉だが欠点もある。
それはランクに関係なくクールタイムが非常に長い。
これで当面は〈自己幻像〉を召喚できなくなってしまった。
「……ば、バカな……負の不死鳥闘気を受けたのに、なぜ傷が治るんだ……?」
「ト、トモカズ……本当に大丈夫なの?」
テオドニスとティンクファーニは未だに驚愕している。
もう〈自己幻像〉はいない。
この先は気を引き締めないと、マジでシャレにならんぞ。
「……ふん、まあいい。今度は先ほどよりも数倍の負の不死鳥闘気を叩き込んでやる」
テオドニスは剣先を向けて、腰を低く落とし身構えた。
俺も奴に備えて臨戦態勢を取る。
「来いよ、第二戦だ」
……とは言ったものの、どうやって攻略しようか……
相手は不死鳥闘気でいくらでも再生できる……
「……」
こんな奴に勝てるのか?
「……」
いや待てよ。
奴の再生能力は、いったい何処まで可能なんだ?
粉々にしても元通りになるのか?
「……」
よし。念には念を入れて、上位のモブ精霊で様子を見るか。
そう判断した俺は、右手を頭上に掲げて言葉を紡いだ。
「〈無条件下の炎〉」
手の平に、硬球ほどの黒い炎が出現する。
その中央には唇が付いており、薄っすらと開けた隙間には白い歯が規則正しく並んでいた。
「ぬっ!?」
それを見たテオドニスは、より一層と色濃い不死鳥闘気を体全体に纏わせる。
先ほど〈ライトニング・フラジャイル〉で心臓を貫かれた経験からか、奴は注意を払っていた。
「また怪しげな物を出してきたな……いいだろう、それで俺を倒せるか試してみろ」
こいつ、少しも怯んでないぞ。
不死鳥闘気に絶対の自信を持っているという訳か。
「ああ、そうさせてもらうよ!」
俺は大きく振りかぶると全力でモブ精霊を投擲した。
次の瞬間、テオドニスは避ける間もなく〈無条件下の炎〉の直撃を受ける。
「ごぁあァあああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
〈無条件下の炎〉が、奴と共に激しく燃え上がった。
その炎は異様にドス黒く、対象を中心として直径一メートル以内を融解させる。
それは地面にも及び、奴の足元もドロドロに溶けて全てを蒸発させた。
「終わりだな」
炎はさらに燃え上がると、一瞬にして勢いを収束していく。
最後に残されたのは、黒炎によって溶かされた、地面に空く穴だけであった。
「え……? 何が起こったの……?」
あまりの凄まじさと呆気なさに、ティンクファーニは理解できない。
「テオドニスは蒸発したんだよ」
「……そ、そんなことって可能なの……?」
俺の言葉に彼女は目を丸くした。
「ティンクファーニ。いま見た結果がすべてだ」
さすがにあれを食らっては再生はできまい。
肉も骨も残らず蒸発したんだ。
傷を治す以前の話だな。
そう思っていた俺だが、考えが甘かった。
テオドニスが居た場所から、何やら青白い燐の火の粉が湧き出てくる。
「……何だ……?」
それは自ずと集結していき、次第に人の形を作っていった。
「……まさか……」
俺の予感は当たっていた。
青白い燐は、ある程度まで形を整えると、色を付けて物質化していく。
「……おいおい……嘘だろ……」
そして最終的には筋骨隆々の中年男性が、恥じらいもなく生まれたままの姿でその場に立っていた。
「……今の高火力……見た事もないぞ……」
復活したテオドニスは、眉間に皺を寄せて言葉を続ける。
「それに先ほどの事もそうだ。致命傷を受けても死なない……貴様は人間か?」
それはこっちの台詞だ!!!
何なの!!?
何で生きてんの!!?
流石に今のは死ぬところでしょうに!!!
「……まあいい。トモカズよ、これで分かっただろう。俺が不死身だという事がな」
チート過ぎんだろ!
アンデッドよりも不死身だぞ!!!
「貴様が如何に強くとも、絶対に俺を殺せない。ククク、これから貴様が倒れるまで何日でも攻撃を続けてやる。そのうち体力もなくなるだろうし、そうなった時が終わりだと思え」
いやすぎる!!!
「さあ、始めるぞ」
テオドニスは、今は亡き部下の剣を拾い上げると、俺の方へ向かって足を踏み出した。
裸のおっさんが剣を片手に迫って来る姿は異様にして異常である。
「ト、トモカズ! どうすんのよ! すごく怖いわっ!!!」
ティンクファーニが涙目で俺に助けを求めてきた。
「俺だって怖い!」
くっそ!
〈無条件下の炎〉で蒸発させても死ななかったんだ!
これはもう、何をやっても死なねえぞ!
「何をそんなに脅えている?」
テオドニスが薄ら笑いを浮かべて一歩、また一歩と近づいてくる。
「……」
変態にしか見えねえ……
こうなったらティンクファーニを生贄にして逃げるか……
「トモカズ!!! 私を置いて逃げないでよね!!!」
俺の考えを見透かしたかのように、ティンクファーニが抱き着いてきた。
「……」
大丈夫だよ。
ちょっとだけ見捨てようかなって思ったけど、そんな真似はしないよ。
お前がいないと森から出られないからね……
……でも、どうしようか……
「……」
そうだ、こいつを抱えて逃げよう。
「……」
……いや、待てよ。
【逗留拘束の首輪】をしているティンクファーニを連れて行けば、そう遠くへは逃げられないぞ。
首輪に対しての魔力場の有効範囲が分からないから、迂闊に動けない……
……間違ってこの土地から足を踏み外したら、こいつの首が吹き飛んじまう可能性がある……
「……」
四面楚歌かよ!
「トモカズ! 早く逃げなくちゃ!!!」
お前がいるから逃げられねえんだよ!
「どうした? 諦めたか?」
くっそ、マジでピンチだ。
「……」
……そう言えばテオドニスの奴、こんな事を言っていたな………
正のベクトルの不死鳥闘気は肉体を活性化させるとか何とか……
だったら必要以上に肉体を活性化させたらどうなるんだ? 過剰になり過ぎるのは駄目ないんじゃないのか?
思い立った俺は、迷う事無く次の行動に移った。
「〈細胞興奮の御手〉!!!」
俺の叫びに呼応して、一体のモブ精霊が頭上に現れる。
それはピンク色のレオタードに身を包み、ピンク色の髪をした美しい女性であった。
しかしながら、目を引いたのは彼女の容姿ではなく、両手で抱える特大の注射器であり、中にはピンク色の怪しげな液体が入っている。
「……ククク……何をいくら出そうとも、俺は殺せん」
テオドニスは新たなモブ精霊に驚く事はなく、少しも気後れしていなかった。
「余裕だな」
一言だけ呟いた俺は、奴に向かって勢いよく吶喊する。
その距離は一瞬で縮まり、拳を捻って正拳を繰り出した。
「ぬっ!」
テオドニスは不死鳥闘気を体全体に纏って腕を交差させる。
「ぐっ!!!」
俺の一撃が十字の防御に突き刺さり、奴の体に衝撃を与えて数メートルほど後退させた。
しかしテオドニスは倒れない。
それどころか奴は薄ら笑いをしており、腕の隙間からはその表情が覗いて見える。
「なっ!!?」
驚きを隠せない俺に、奴は揚々と口を開いた。
「大した膂力だ。生身の体で受ければ致命傷は免れんだろう。だが、不死鳥闘気を最大限に発揮した俺には効かん」
マジか!
アンドレイを一撃で屠った俺の力に耐えやがった!
「もうお前に残された道は死、あるのみ」
調子に乗るな!
奥の手は打ってんだよ!
「今だ! やれ!!!」
「なにっ?」
俺の視線の先に気づいたテオドニスは、咄嗟に頭上を見上げた。
そこには先ほど召喚したモブ精霊が浮いており、彼女は奴と目が合うと同時にその額めがけて注射針を突き立てる。
「ごあっ!!?」
〈細胞興奮の御手〉はそのまま両腕を使ってキャップを押し出した。
「あもーれ注入ぅ~」
注射筒に入っていたピンク色の液体が見る間に減っていき、テオドニスへと注ぎ込まれる。
「ぐぉ、ぎゃ、げべ」
液体が入るごとに奴は僻目となって奇声を上げた。
そしてピンク色の液体が底を尽きると、〈細胞興奮の御手〉は自身の役目が追えたとばかりに消滅していく。
「ぎょご、くお゛ぼみ」
テオドニスは体をがくがくと震わせて、訳の分からぬ言葉を発していた。
「……ト、トモカズ……どうなるの……?」
ティンクファーニは不安そうに事の成り行きを見ている。
「……大体の予想は付いているが、その通りになるかどうかは分からない……」
そこでテオドニスの震えがピタリと止まった。
途端、奴は俺を見据えて口元を歪ませると、莫大な不死鳥闘気を体全体から立ち昇らせる。
「ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
不死鳥闘気が天空高くまで迸り、赤く輝く一本の柱を形成させた。
「最高だ!!! 最高に気分がいい!!! 力が無限に湧いてくる!!!」
テオドニスは自分の両手を見て漲る力を実感する。
「フハハハッ!!! いい、いいぞぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
異常なほど高揚する奴は、自信に満ち溢れた目で俺を見た。
「お前が何をしたか知らんが失敗だったな!!! あの液体が体の中に入った瞬間から、俺の中に秘められていた力が引き出されたみたいだ!!! もう誰が来ようが負ける気がせん!!! 今の俺は無敵だあアあああああああ嗚呼あああああああああアアアアアアア!!!」
テオドニスは空を見上げて咆哮する。
「ちょっ、ちょっとトモカズ! どうなってんのよ!!!」
「だ、大丈夫だ……まだ慌てる時間じゃない……」
言葉とは裏腹に、俺は胸の内でこう思っていた。
……もしかして……作戦失敗……?




