37.エルフの姫様
金色の髪に端正な美しい顔。
そして何より尖った耳。
エルフだ。
ここは人間至上主義のオルストリッチ辺境伯領だから、そう簡単にエルフと出会うなんて考えられない。
そこから読み解けば、こいつは騎士たちが追っているエルフと見て間違いなさそうだ。
それにしても、乙女精霊たちには及ばないが噂通りの美形だな。
元の世界では想像上の生物だったから、ちょっと感激したぞ。
俺の後輩にエルフ好きの奴がいたが、あいつなら喜び狂っているところだろうな。
「この野蛮人! 私を放しなさい!!!」
エルフの娘は力の限り押し退けようとしたが、俺の体はビクともしない。
強気な娘だ。
「落ち着けって、いま放してやるから。でも暴れたり逃たりするのは無しだからな」
俺はそう言うと、エルフの少女を解放してやった。
と同時に彼女は素早く起き上がり、距離を取って身構える。
かなり警戒しているな。
面倒だから、このまま放っときたいところだ……
でも悲しいかな。
迷子になった俺を救えるのは、こいつしかいなんだよね……
「……どうして俺を見張ってたんだ?」
「……」
エルフの少女は黙ったまま、鋭い目つきで俺の一挙手一投足に注目する。
「警戒するのは分かる。だが先に監視してきたのはお前だぞ。俺からしたら、お前の方が十分に怪しい。しかも人間しかいない地にエルフがいるし」
そこで少女はポツリと呟いた。
「……あなたは冒険者なの……?」
なるほど。俺が追手かどうか見定めているのか。
さてと、なんて言おう……こいつは追われてる身だし、エルフだし。
本当の事を言っても大丈夫な気がする。
「俺は冒険者ではない」
「……だったら何者なの? 服装からして冒険者に見えるんだけど……」
エルフの少女はより一層と疑いの視線を強めた。
ありのままを話してやるか。
「俺の名はトモカズ。エルフのお前は知らないかもしれないが、このオルストリッチで指名手配を受けているお尋ね者だ」
「えっ!!?」
少女の口から素っ頓狂な声が漏れた。
ま、当然の反応だ。
「俺がお尋ね者になった理由は、オルストリッチの領主、ドミナンテの息子を手に掛けたからだ。やった相手はアンドレイ・ラ・ヴァンヘイムとジークベルト・ラ・ヴァンヘイムだ」
「うそっ!?」
再び少女は驚愕の声を上げた。
「信じるか信じないかはお前次第。ただし、俺に嘘を付く必要性はどこにもない。仮に嘘でもこんな事を吹聴していたら、役人に知れた時点で即打ち首だ」
「……」
領主の息子を殺したなんて法螺を吹く馬鹿はいない。
「……本当に殺したの……?」
「もちろんだ」
「……」
返答を聞いた少女は考え込む。
その姿勢から見ても、俺に対する不信感は拭えていないが、全てを疑う訳ではないようであった。
「……どうして……?」
「何がだ?」
「どんな理由があって二人を殺したの?」
少しは信じてくれたか?
「奴らが悪逆非道で民を苦しめていた。だから成敗した」
「えっ……」
エルフの少女は目を大きく見開き絶句する。
「そして俺がここに来た目的は、レンドン城に囚われている、ある一人の女性を救いだすためだ」
ここで話の真偽を実証する術はない。
どう受け取るかは後でゆっくりと考えてくれ。
「今度はお前の番だ。何してたんだ?」
「……わ、私っ!?」
唖然としていた少女は俺の問いに我へと返る。
「そうだ。なんでエルフのお前がここにいるんだ?」
「……」
少女はしばし逡巡すると、おもむろに口を開いた。
「……私の名はティンクファーニ。四樹王家の一つ、軌跡大樹の王、イドゥモロンの一人娘よ……」
……ちんぷんかんぷんな単語がいっぱい出てきたよ……
っていうか、こいつ今なんて言った?
王の一人娘って聞こえたが……?
「お前、どこかの姫様か?」
「……そうなるわね……」
マジかよ。
「……で、その姫さんが、こんなところで何してんだ?」
「……イングリッドから逃げてきたのよ……」
それは不死鳥騎士の会話からも想像がついている。
「最初から順を追って説明してくれ」
「……」
ティンクファーニは難しい顔を浮かべると、今までの経緯を重々しく話し始めた。
「……数か月前、私は従者と共に狩りに出かけたわ。その日、偶然にも希少な獲物を見つけ、私たちは夢中になって追い掛けたの。でもそれがいけなかった……気付けば私たちは人間の領域に入っていたわ……」
どう見ても従者が悪いな。
一緒になって狩りを楽しむなんてダメダメじゃねえか。
「案の定、私たちは人間に捕らえられたわ。そして奴隷に落とされ競売に掛けられた……」
絵に描いたような流れだね。
「従者たちは次々と買われ、最後に私を落札したのはフェルゾメール家だった……」
イングリッドの実家か。
「エルフの姫である私はその珍しさゆえに、イングリッドの贈り物として購入されたの……」
贈り物ねえ……
「レンドン城に移送された私は塔の最上階に隔離されたわ。でも昨日の夜、魔力場が弱まっていることに気づいた私は、風の魔術で塔から飛び降りて逃げ出した」
そうか、魔力場が弱まっていたのか……て魔力場?
「一つ聞いてもいいか?」
こういう時は堂々と聞くのが一番だ。
知らないままの方が後々になって恥ずかしい思いをするからな。
「魔力場ってなんだ?」
「……そう……貴方は魔力場を知らないのね……」
え? なんで悲しそうな顔をするの?
なぜかティンクファーニは憂いた表情を見せるが、俺の質問には答えてくれた。
「魔力場は、地中に流れる魔脈から発生した力のことよ。それぞれの土地にはそれぞれの風土に適した魔力場が存在するわ」
よく分からんが、磁場や電場のようなものか?
「私が監禁されていた塔は、魔力場を利用した結界が張られてあるわ。普段なら出ることさえ叶わない」
「……なるほど。その魔力場が弱まっていたから結界も弱まり、その隙に逃げてきたのか」
「ええ、そうよ」
塔の最上階という事も幸いしたんだろうな。
普通なら窓や扉には鍵がかかっているから逃げ出せないが、高い塔なら警戒が薄れる。
それにティンクファーニが風の魔術を使える事も、相手側は知らなかったんだろう。
「何とかここまで逃げてきたけど、もう一つ重要な問題があったわ……」
「どんな問題だ?」
「私の首を見て」
彼女の首には赤い首輪が嵌められてあり、それには不可解な文字がびっしりと刻まれていた。
「この首輪は【逗留拘束の首輪】と言う魔道具で、これをしている限り、私はこの地から離れることは出来ない……」
「離れるとどうなるんだ?」
ティンクファーニの表情が険しくなった。
「爆発するわ」
「マジか……」
「【逗留拘束の首輪】はこの土地の魔力場を記憶していて、常にその魔力場を感知しているの。万が一にもそれが滞ってしまうと首輪が爆発する仕掛けよ。無理に外そうとしても爆発するわ」
とんでもねえな。
その首輪をしてる限り、レンドン城より遠くへは逃げられないって寸法かよ。
「……ん? そういう事か……」
そこで俺は勘付いた。
「だから俺を見張っていたのか。もし俺に魔術の心得があったなら、首輪を解除できるかもしれないと考えていたな」
「そうよ。あなたが遭難していることは分かっていたわ。だから森からの脱出を条件に、首輪を解除してもらおうと思ったの」
ばれていたのか、恥ずかしい。
「でもあなたは魔術に精通していなかった……」
なるほどね。
俺が魔力場を知らなかったから、魔術に詳しくないと分かって落胆したのか。
「済まんな。俺では解除できない」
「別にいいわ。取引の材料が変わるだけよ」
「どういう事だ?」
「私がこの森からあなたを連れ出してあげるから、首輪を解除できる人を連れて来て欲しいの」
……悪くない条件だ……
でもな、この取引には欠点がある。
「お前はさっき、風の魔術が使えるって言っていたな」
「ええ、使えるわ」
「素人目だが、俺から見たらお前もそこそこ魔術に精通しているように見える。だがそんなお前でも首輪の解除はできない。となると、相当の熟練者でないと無理だという事だ」
「……」
ティンクファーニの表情が曇る。
「残念ながら、俺はこの土地に知り合いはいない。だから首輪を解除できる奴を連れてくるには時間が掛かる。それまでお前は逃げ切れるのか?」
「そ、それは……」
時間があれば何とかなるが、見知らぬ土地で短期間となると探し出すのは難しいぞ。
今もテオドニスとかいう不死鳥騎士がティンクファーニを探しているし。
「む!?」
噂をすれば何とやらだ!
もの凄い速さで近づいて来る奴がいる!
「ティンクファーニ、逃げるぞ!」
「え!? なに!!?」
俺は彼女の手を引いて、急ぎこの場から離れようとした。
瞬間、生い茂った草場から、四名の人物が飛び出てくる。
「見つけたぞ、ティンクファーニ」
ちっ、遅かったか……
「……テオドニス……」
「俺からは逃げられん。諦めろ」
赤い鎧を着た巨躯の騎士が、ティンクファーニを睨みつけた。
そして直ぐに、当たり前だが俺の存在に注意を払う。
「ん? その男は誰だ?」
まあ、そうなるよね。
「……ティンクファーニ、俺は一先ずこの場から離脱する……」
俺は小声で彼女に耳打ちをした。
「え!? もしかして私を置いて行くの!?」
ティンクファーニは涙目になって俺に縋る。
「……お前はイングリッドの捧げ物。直ぐに殺される事はない……」
「……で、でも……」
「……大丈夫だ……先も言ったが、俺はイングリッドに捕まった女性を助けに来た……ついでにお前も助けてやる……今は俺を信じろ……」
「……わ、分かったわ……」
無理やり彼女を納得させた俺は、腰を低くしてそそくさとその場を去ろうとした。
「何やらお取り込み中なので、邪魔者の私はこの辺で失礼させていただきます」
この場をやり過ごしたら、密かにこいつらの後を追って森から脱出しよう。
そう考えていると、野太い声が俺を引き留めた。
「待て! 貴様……どこかで見た顔だな……」
やべえ!
「テオドニス様……その男、手配書のトモカズによく似ていますが……」
「なんだと!!?」
騎士どもの視線が俺に注がれる。
「本物、なのか……?」
「め、め、滅相もございません! よく似てると言われますが、人違いです!!! ホント、迷惑してるんですよ!!!」
必死に言い繕うも、奴らは疑いの眼差しを外そうとはしなかった。
「……」
「……」
「……」
「……」
……ナニ、この沈黙……
「トモカズ、どうして貴様がここにいる……」
はい、断定されました。アリガトウゴザイマス。
「ああ、そうだよ! 俺がトモカズだ! ここにいる理由!? 誰が喋るか!!!」
自棄になった俺に対し、テオドニスは盛大に笑った。
「アハハハッ!!! 貴様はとんでもない阿呆だな!!! 誰を前にして物を言っている!!!」
続いて騎士たちが口を開く。
「テオドニス様。あのようなふざけた輩、我々にお任せください」
「そうです。貴方様の手を汚すまでもありません」
「しかと仕留めてみせましょう」
二名の騎士と一人の魔術師が、にやけた面で俺に蔑視の目を向ける。
「そうだな。お前たち、適当に遊んでやれ。だが討ち取った証拠を持ち帰らねばならん。首の原型だけは留めておけよ」
ティンクファーニを連れて逃げたいところだが、【逗留拘束の首輪】があるから遠くまでは行けない。
かと言って、俺一人で逃げても森から出られるか? また彷徨いそうな気がする……
「……」
……仕方ない……こいつらを排除するしかないようだ……




