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36.迷子になりました

 俺の説教が効いたのか、あれからエルテは大人しくなった。


 毎夜毎夜、あんな事をされたら身が持たねえよ。


 お陰で旅は順調に進み、あと少しで目的地だ。

 今現在、俺たちが進んでいる場所は木が生い茂る山道の中腹辺りで、ここを抜ければレンドン城の支配領域へと入る。


「師匠、レンドン城が見えてきたよ」

「本当だ」


 少し開けた場所からは、小高い丘に鎮座する城が小さく見えた。


 正にザ・中世ヨーロッパの城、て感じだな。


 そこで不意に、俺を含めた三人の表情が強張る。


「我が君よ……」

「ああ、分かってる」

「けっこうな数だね……」


 エルテの言葉通り、それなりの人数がこちらに近づいてくる気配を感じた。

 

 速度からして馬に乗っているな。

  

「ここからは慎重にいくぞ」

「了解だよ」


 エルテは手綱を引いて、ゆっくりと馬車を進める。

 そしてしばらく道なりを行くと、進行方向から多数の馬の足音が聞こえてきた。


「おいでなすった」


 遠目から確認できたのは、真っ赤な鎧を纏う二名の騎士。

 その二人は十人ほどの騎士を従えて、こちらに向かって来ていた。


「なっ、騎士だと!?」

「まずいよ師匠!」


 俺の手配書はオルストリッチ中に出回っている。

 ここで俺の存在がバレたら計画はパアだ。


「……」


 しかし奴ら、なんでこんなところに居るんだ?

 まだレンドン城の支配領域に入ってないぞ。


 もしかしてエルテを迎えに来たのか?

 ならどうやって察知したんだ?


「師匠、どうするの!?」


 そうだった。

 考え事はあとだ。

 今はこの場を凌ぐ方が先決。


 よし、ここはチェームの〈遭遇希薄エンカウント・ディリュート〉で認識を逸らしてやり過ごすか。


「我が君よ! 赤い鎧の騎士は不死鳥騎士だ!」

「なにぃ?」

「この国では不死鳥騎士でなければ赤い鎧を纏うことは許されてはおらぬ! 間違いない!」


 それはまずい!

 奴らは実力者と聞く!

 

「エルテにチェーム。俺は馬車から降りて森の中へ身を隠す。お前たちはこのままレンドン城に行け」

「我が君よ、それは如何なる考えか? 我の〈遭遇希薄エンカウント・ディリュート〉で認識を逸らせばよかろうに」

「そうだよ。師匠を一人になんてできないよ」


 やっぱり過保護のお前たちは反対するのね。

 だがな、そう言う訳にはいかないんだよ。


「以前、漆黒騎士のヘルムーツェンが、チェームの〈遭遇希薄エンカウント・ディリュート〉を見破った。今そこまで来ている不死鳥騎士は、漆黒騎士と同じ五大騎士団のひとつだ」


 二人は直ぐさま俺の趣旨を理解する。


「……師匠の言いたい意味は分かるけど……でも……」

「我が君よ……我はとても心配だ……」


 ヘルムーツェン級の奴がいれば間違いなく〈遭遇希薄エンカウント・ディリュート〉は見破られる。

 そうなったら戦闘は避けられない。


「せめてお前たちだけでもギリギリまでフレイに近づけさせたい。ここで戦わずに済むのなら、それに越した事はない」


 二人は難色を示していたが、議論している余裕はないので否応なく了承する。


「分かったよ……師匠、気を付けてね……」

「決して無理はしないでくれぬか……」


 今生の別れでもないんだから、そんな顔するな……


「後でレンドン城に忍び込む。だからそれまでは隠密裏に動くんだ。合図も無しに勝手な行動は取るなよ」


 一応は釘を差しておく。

 でないと何をやらかすか分かったもんじゃない。


「……うん……」

「……必ず落ち合おうぞ……」


 俺は心配する二人に見送られながら、馬車が道縁(みちべり)に寄ったところを見計らって、荷台の後部から飛び降りた。

 そして透かさず木の陰へと転がり込むと、全身全霊で気配を殺す。

 

 道は少しカーブしているから、角度的にもタイミング的にも俺の姿は見えなかったはずだ。

 

「止まれ! そこの馬車!」


 狙い通り、騎士たちは俺に気付く事もなくエルテたちの馬車まで近づいた。

 それから直ぐに、その周りを取り囲む。

       

「ん? ……もしや貴様、商人のエルテか?」


 声を掛けたのは、赤い鎧を着ている大柄の中年騎士であった。


「はい……私がエルテですが……何か御用でしょうか……?」


 エルテはおどおど(・・・・)としながらも受け答える。


 あいつ、演技が上手いよな……

 その気になれば、いくらでも男を騙せるんじゃないのか?


「丁度いい。エルフの少女を見なかったか?」

「……少女……? いいえ、誰とも擦れ違ってはいませんが……」


 どうやらエルテたちを迎えに来た訳ではなさそうだ。


 にしても、エルフの少女?

 騎士どもはそのエルフを探していたのか?

 確かこのオルストリッチは人間至上主義のはず…… 


「……そうか……しかし貴様、絵姿で見たが、とんでもない美人だな」


 不死鳥騎士はエルテの美貌に感心する。


「確かチェームと言う女もいるはずだ。確認したい」


 その言葉にチェームシェイスが幌馬車の荷台から顔を覗かせた。


「……お呼びになられたでしょうか? 私がチェームですが……」


 彼女はおしとやかな態を装い、しおらしくしている。


 なんか全然キャラが違うんですけど!

 あの尊大なチェームシェイスは何処へ行ったの!?


「二人ともすげえ美人だぜ……お嬢にはもったいねえよ。俺に一人分けてくれねえかなあ……」


 もう一人の不死鳥騎士が、舐めるような視線でエルテとチェームシェイスを値踏みした。

 その騎士は、鎧と同じ燃えるような赤い髪を持つ美男子で、何処かチャラつく雰囲気を感じさせる。


「アクセル、口を慎め」

「硬いこと言うなよテオドニス。こんな美人、あんただって見た事ないだろう?」


 テオドニスと呼ばれた不死鳥騎士の方がどう見ても年上ではあるが、若いアクセルはどうしてか彼と対等に言葉を交わしていた。


「……冗談はそこまでにしろ。そんな事よりあのエルフを探さなければならない」

「だがよ、テオドニス。ここでエルテたちと出会ったからには、城まで案内しないといけないぜ?」

「……そうだな……姫が首を長くして待っているからな……」


 そこでアクセルは、自分に取って都合の良い案を提示する。


「よし! 俺がこの二人を送り届けよう! お前はエルフの捜索だ!」

「アクセル……俺に丸投げする気か?」


 テオドニスは不満な視線を向けた。


「いいじゃねえか。エルフくらいお前ひとりでも捕まえられるだろう? 手柄はくれてやるんだ。感謝してもいいくらいだぜ」


 恩着せがましいアクセルに、テオドニスは肩を窄める。


「……まあいい……姫はこの者たちを待ち望んでいたからな……貴様の言う通りにしよう……」

「さすがはテオドニス。話が分かる」


 同僚の許可を得たアクセルは、喜び勇んでエルテに馬を寄せた。


「エルテだっけ? ここから先は俺が案内するから付いてきてくれ」

「……はい、わかりました……」


 エルテは素直に従い、アクセルの先導のもと数名の騎士と共にレンドン城へと馬車を進めた。


「ねえねえ、エルテは何処の生まれなの? 俺はさあ……」


 さっそくエルテを口説き始めたアクセルに、テオドニスはため息をつく。


「はぁ……仕方のない奴だ……」


 残ったのはテオドニスと二名の騎士、そして黒いローブを羽織る魔術師であった。


「では俺たちも行くぞ」

「はい!」


 テオドニスを含めた四人は、俺たちがやって来た方角へと馬を走らせる。


 そしてあとに残ったのは、木の陰で身を潜める俺だけとなった。


「……」


 ……なんか急に寂しくなったぞ……

 取り敢えず城の方へ向かおうか……


 俺はトボトボと森の中を歩き始めるのであった。






 二、三時間くらい歩いただろうか。

 たぶん今は昼過ぎだ。

 なんたって俺の腹が盛大に鳴っているからな……


「……」


 ……頑張って人里まで歩こうか……


 それからさらに一時間が経過した。

 そこで俺は、重大な問題に直面する。


 もしかしなくても、もしかして……道に迷ってない?

 

 周囲の木々はどれも同じに見え、同様の場所をぐるぐる回っているように感じた。


「……」

 

 どう考えても遭難してるよね!

 こんな事なら街道を歩けばよかったよ!

 俺はお尋ね者だから、人に出くわさないよう森を歩いたのが失敗だった!


 自分の行動に後悔しながらも、当てもなく歩き始める。

 

 しかしいくら経っても森から出られる気配はなかった。


 これは本当にまずいぞ!

 レンドン城に行くどころか、ここから無事に生還できるかも怪しくなってきた!


 俺が絶望に打ち拉がれて数分。


 ふと視線を感じる。

 それは弱々しい視線で最初は気のせいかと思っていたが、一向に気配は消えなかった。


「……」


 間違いない。

 誰かに見られている。


「……」


 これぞ僥倖!

 敵でも味方でも、そいつをひっ捕まえて人里まで案内させてやる!


 俺は全神経を集中させて、視線の出処を探った。


「……」


 見つけたぞ。

 左斜め後ろの木の上だな……


 標的の位置を掴み取るや否や、俺は力強く地を蹴り全速力でその木の裏手へと回り込む。

 

 どうだ!

 あの速さを目で追う事は出来まい!


 そして素早く木によじ登ると、俺を監視している者の背後に忍び寄った。

 生い茂る葉の陰でどんな奴かはハッキリと分からない。

 

「えっ……? 何処へ行ったの……?」


 俺を見失って慌てているようだ。


 残念ながら後ろにいるんだよね。

 ちょっと驚かせてやるか。


「ここだよ」

「えっ!!?」


 そいつは背後を取られた事に驚愕し、躊躇なく木から飛び降りると一目散に遁走した。


 絶対に逃がさん!

 迷子になった俺を救うのはお前しかいないんだ! 


 俺も木から飛び降りて全力で追う。

 そしていとも容易く追いつくと、飛び掛かると同時に押し倒して組み伏せた。


 さあ、捕まえたぞ。


「くっ、放せ! 人間め!」


 その者は、尖った耳を持つ眉目秀麗な娘であった。






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