35.愛ゆえの戦い
テントの入り口で仁王立ちをするチェームシェイスは、エルテの蛮行に不快感を示していた。
「我の目を誤魔化そうとしてもそうはいかんぞ」
チェームぅううううう!!!
よくぞ来てくれた!!!
この状況を何とかしてくれ!!!
チェームシェイスの元気な姿にエルテは眉を顰める。
「……チェームちゃんもシチューを食べたよね……なんで動けるの……?」
そうか!
この痺れの原因はエルテだったのか!
あいつはシチューに何かを盛ったんだ!
しかし疑念が残る。
麻痺耐性が最高値の俺をどうやって麻痺にさせたんだ?
「おぬしがパラライズ・ポーションと一緒に無効化秘薬をシチューに入れた事はとうにバレておるわ」
そう言う事か。
エルテは麻痺効果のあるパラライズ・ポーションをシチューに盛って、さらには麻痺耐性を無効化する無効化秘薬も一緒に入れたのか。
だから俺の麻痺耐性が効かなかったんだな。
って、無効化秘薬は凄くレアなんだぞ!
この世界で手に入るかどうかも分からない耐性無効化アイテムだぞ!
そんな貴重な物をこんなところで使うなよ!
「チェームちゃんもシチューを食べたよね……ボクはちゃんと確認したよ……どうして動けるのかな……?」
エルテはより一層と不審な目でチェームシェイスを見る。
「我は既にスキルを発動させておったのだ。時間指定スキルと浄化スキルをな」
「……」
おお、なるほど。
時間指定スキルは特定の時間にスキルを発動させるスキルだ。
言わばタイマーの様なもの。
あらかじめ時間指定スキルで浄化スキルをセットしておいて、麻痺の効果が表れる頃に浄化スキルを発動させて痺れを治したという訳か。
見事だチェーム、よくやった!
「……流石はチェームちゃん……で、どうするの? 邪魔をするなら君を排除するまでだよ……」
すべてが露見しても、エルテの顔には諦めの色が見えなかった。
「聞くまでもなかろう……我が君の貞操を守るに決まっておるわ」
対するチェームシェイスも引く様子はない。
「……ボクに勝てるとでも思ってるの……?」
不穏な空気がエルテから齎される。
「確かにおぬしは央世界で行われた大会、精霊オープンに勝ち残り、【十二の乙女精霊】に選ばれた最強の乙女精霊よな」
「よく分かってるね。だったら素直に引いてくれないかな?」
自分の強さを熟知しているエルテは不遜の態度を取っていた。
それでもチェームシェイスは気圧されることなく言葉を返す。
「だからどうしたというのだ?……それはおぬしの土俵の上での話。我の主要職業を忘れたのか?」
エルテの表情が険しくなった。
「……賢者……」
「ならば気づいておるのだろう? 遠距離で仕留めれば造作もないことよな」
「……面白いね……だったら試してみる!!?」
言葉を終えると同時にエルテが襲い掛かった。
彼女の手には、いつの間にか物々しい大剣が握られている。
あいつ、斬世大剣を出しやがった!
マジでチェームを仕留める気だ!
「むっ!?」
光の速さとは正にこの事で、チェームシェイスの前には既にエルテが立ちはだかっており、大剣を高々と翳していた。
「終わりだよ」
――ウ゛ォン――
光速で振り下ろされた剣身から轟音と暴風が発生する。
テントが吹き飛び空間が真っ二つに割れ、チェームシェイスも頭から二つに分かたれた。
その状況を見れば、誰しもチェームシェイスが倒されたと思だろう
しかしエルテの口から紡がれた文言は、彼女を称える言葉であった。
「……凄いね、チェームちゃんは……」
エルテの視線が遥か上空に向けられる。
そこにはふわふわと宙に浮かぶチェームシェイスの姿があり、彼女は眼下のエルテを見下ろしていた。
「危ないではないか」
「幻像を使っでボクの攻撃から逃げたね。やるじゃない」
エルテが斬ったチェームシェイスらしき物体は、ノイズと共に消滅していく。
「おぬしこそあの速さ。びっくりしたではないか」
二人は互いに頬を緩ませ少しの間、視線を交わした。
「……」
「……」
黙すること寸刻。先に動くはエルテ。
「行くよ、チェームちゃん!!!」
彼女は両膝を曲げると思いっきり地を踏みしめる。
そして次の瞬間、両足を伸ばしたと同時に弾丸の如く飛び立った。
エルテが踏み込んだ地面は陥没し、小さなクレーターを作り出している。
「予想以上の速さよな……ならば!!!」
見る間に迫ってくるエルテに対し、チェームシェイスは両の掌を翳した。
「魔法スキル、〈炎柱旋風〉」
言葉と共に、彼女の手から発生した何本もの火柱が、螺旋を描きながらエルテに襲い掛かる。
「甘いよ! 大剣スキル、斬世大剣効果、〈断層空越〉!!!」
エルテは大剣を袈裟懸けに振るい、空間を斬って火柱の軌道をずらした。
「それだけでは我の魔法スキルを防ぐことは叶わんぞ」
チェームシェイスが両腕を各々の方向に動かす。
すると数多の火柱が捻じれて軌道を修正させ、エルテに殺到した。
「くっ!!!」
四方から飛来した火柱がエルテに直撃する。
刹那、轟音を伴い大爆発が発生した。
大気が震え、爆風が吹き荒み、残骸の火球が周囲に降り注ぐ。
「どうだ、エルテよ」
「ちっ!!!」
爆発によって生じた黒煙の中からエルテが飛び出してきた。
「凄いね、チェームちゃんは。そう簡単には近づけさせてくれないね」
地に降り立ったエルテの体は煤で汚れ切っている。
しかし少しの傷さえも負っておらず、元気そのものであった。
「やはりあれしきの魔法スキルでは然したる負傷も与えられぬか……それならこれはどうか!?」
チェームシェイスが次のスキルを発動させる。
「魔法スキル、〈光子崩壊余波〉」
極大かつ高熱量の光線がエルテに放たれた。
「負けないよ! 大剣スキル、斬世大剣効果、〈超弾道霹凱〉!!!」
負けじとエルテもありったけの力を込めて大剣を振るう。
すると剣身から衝撃波が発生して、空間を切り裂きながらチェームシェイスに向かっていった。
「勝負だ! エルテよ!!!」
「望むところだよ! チェームちゃん!!!」
光線と衝撃波が今まさに真正面からかち合おうとした……とそのとき。
二つの無情なる暴力の間に異形の物体が出現する。
それは黒い渦を巻いた台風の様なものであり、中心には幾何学模様が浮き出た瞳が爛々と輝いていた。
「あれは我が君のモブ精霊、〈無節制の渦〉!!!」
「なんでこんなところにいるの!!?」
二人が驚く最中、光線と衝撃波はその異様な瞳の中へと吸い込まれていく。
それはさながらブラックホールが光を取り込むかのようであった。
「お前らいい加減にしろ!!!」
「にゃ!?」
「ひゃっ!」
不意に怒声が飛んだ事で、二人は体をビク付かせる。
「……えっ? 師匠!? なんで動けるの!?」
「我が君よ! まさか自力で麻痺を解いたのか!?」
俺が踏ん反り返って立っている事に、エルテとチェームシェイスは驚き目を丸くした。
「俺を舐めるな。少し時間があれば、あの程度の麻痺など解除できる」
まあ、ネタはあるんだけどね。
これは緊急時の方法だから、あまり使いたくはないんだよな。
と、今はこいつらだ。
「そんな事はどうでもいい! 周りを見ろ! 無茶苦茶じゃないか!」
二人は周囲を見渡した。
地は抉れ、木々は薙ぎ倒されている。
彼女たちの戦闘によって、あの長閑な自然は見るも無残に破壊されていた。
「あっ」
「なんと……」
変わり果てた景色を目の当たりにした二人は、俺に謝罪の言葉を述べる。
「……ごめんなさい、師匠……」
「済まぬ、我が君よ……」
夢中になり過ぎだ。
少しは周りを見てくれ。
「無益な争いはするな。どうしてもと言うのなら話し合え。お前たちは姉妹だ。分かり合えないはずはない」
「……うん……」
「……肝に銘じておく……我が君よ……」
はぁ……疲れる……
「それとエルテ。この件はセラーラに言っておくからな」
乙女精霊たちのリーダー役でもあるセラーラは、クラス委員長みたいな存在だ。
しっかり説教してもらおう。
「え!? そ、そんなあ……」
「そんなあ、じゃない。もう二度と暴走するな。分かったな」
「……はい……」
シュンとなったエルテを見て、俺は少し可哀想に思えて来た。
「チェーム。エルテに浄化スキルを掛けてやれ。汚れたままでは可哀想だ」
「うむ、分かったぞ」
加えて俺は、優しい声音でエルテに言葉を掛けた。
「それにエルテ、早く服を着ろ。俺の可愛い娘が風邪でも引いたら大変だからな」
「……師匠……」
彼女は涙ぐんで俺を見詰め、チェームシェイスもその遣り取りに笑顔を浮かべていた。
やっぱり俺は、自分の育てた乙女精霊がいくら粗相をしようとも可愛いんだよね。




