34.領都の外へ
空は雲一つない青空で、地には何処までも草原が広がっていた。
均一に伸びた草が緑の絨毯のように見え、穏やかな風が吹くたびに揃って波を立てる。
「気持ちがいいな」
幌馬車の荷台に乗る俺は、後部から顔を出して辺りの風景を眺めていた。
「我が君よ。何処に人の目があるか分からぬ。そろそろ顔をひっ込めた方が良いぞ」
「そうだな」
俺とチェームシェイスは数多の荷物に紛れて馬車に揺られていた。
御者はエルテが務めており、のんびりと馬を進めている。
「初めてオルステンから出たが、久しく見ていない景色に感動したよ」
「この辺りはのんびりしてるし気持ちがいいよね」
エルテは後ろを振り返って俺の言葉に応えてくれた。
「済まんなエルテ。御者を変わってやれなくて」
俺はお尋ね者なので、表立った行動は出来ない。
……というか、それ以前に御者なんてやった事がないんだけどね……
「そんなの気にしなくていいよ。ボクは全然平気だから」
確かにな。前衛を務めるエルテの体力は無尽蔵だからな。
だがそれでも俺の可愛い娘だ。
大事にしたいもんね。
「それに師匠、チェームちゃんもいるから大丈夫だよ」
「うむ。疲れたらいつでも言うがよいぞ。我の手綱捌きを見せてやろう」
「ありがとう、チェームちゃん」
チェームシェイスはレンドン城で使用人として雇われる、と言う設定だがそれは表向きだ。
実はイングリッドに献上する品として急遽加えられた、という裏設定がある。
「どれくらいで目的地に着くんだ?」
「この速度だと四日か五日はかかるかな」
俺にして見ればけっこうな長旅だぞ。
行って帰ってくれば十日以上もセラーラたちと離れ離れなのか……
……辛すぎる……
「チェームちゃん。どうやってフレイちゃんを助けようか」
え? そこは考えていなかったの?
「そうよのう……先ずはフレイが何処にいるかを確認せねばならぬ。何事もなく見つけたなら、早々に保護して秘密裏に撤退する」
「もし何処にもいなかったら?」
「イングリッドに聞き出すより仕方あるまい。そこらへんは臨機応変に動こうぞ」
「了解だよ」
……まあ、そうするしかないよな……
「……」
それよりも、お尋ね者の俺はどうしよう……
とてもじゃないが、大手を振って城には入れないし……近くで様子を見るしかないよね……
「……」
あと相手の戦力も気になる……
「レンドン城の守りはどうなってんだ?」
「イングリッドには強力な護衛の騎士がいるって聞いたよ」
強力な護衛の騎士だと?
「漆黒騎士か?」
「違うよ。不死鳥騎士って言うんだって」
ナニソレ?
首を傾げる俺に、チェームシェイスが補足してくれた。
「我が君よ。不死鳥騎士は、イングリッドの実家が抱える不死鳥騎士団の団員だ」
また厄介そうなのが出てきたな……
「不死鳥騎士団は、漆黒騎士団と同じブリエンセニア五大騎士団の一つに数えられておる」
絶対強いよね!
「そこの騎士が、フェルゾメール家から四名ほど出向してイングリッドの護衛を務めているそうだ」
「フェルゾメール家?」
「師匠。フェルゾメール家はイングリッドの生家だよ」
初めて聞いたぞ。
「フェルゾメール家はブリエンセニアでも有力な貴族で三公貴族と呼ばれておる」
三公貴族……
名前からして大物っぽいんですけど!
「この国の建国から続く強大な貴族だ。イングリッドはその三公貴族の一角、スパリアロ・ラ・フェルゾメール・ド・ハインテル公爵の次女だそうだ」
イングリッドの実家は超大物でした。
「スパリアロはイングリッドを溺愛しており、今でも彼女のために色々と取り計らっているらしい」
これは絶対にイングリッドを敵に回しては駄目だ。
今でさえ一杯一杯なのに、さらに強敵を増やしたらやってらんねえ。
「……くれぐれも細心の注意を払ってくれよ……」
「大丈夫だよ。ボクとチェームちゃんと師匠がいれば、上手いこと立ち回れるよ」
気弱な俺とは違い、エルテは物怖じしていなかった。
「うむ、エルテの言う通りだぞ。我が君よ、気楽に行こうではないか」
そうだよな、こいつらとなら問題ないはずだ。
……たぶんね……
そして馬車は進み、日も落ちかけた頃。
俺たちは適当な場所を見つけ、そこで野営をする。
道中にはいくつか村はあるが、残念ながらそこまで辿り着けなかった。
まあ、明日には屋根があるところで寝られるだろう。
「お前たちは本当に料理が上手だなあ」
俺はエルテとチェームシェイスが作ったシチューに舌鼓を打つ。
「美味しいでしょ」
「我が君の好みで少し濃い味付けにしておる」
乙女精霊の誰かがいれば、どんなところでも旨い飯が食えるから最高だ。
「不寝番はどうするの?」
「うむ、我が魔法スキルで結界を張ろうぞ」
「いや、俺に任せてくれないか」
その言葉に二人は目を丸くした。
「俺がモブ精霊を召喚するから、そいつらに見張りをさせる。お前たちは安心して寝てくれ」
チェームシェイスはエルテと交代で御者をしていたから、それなりに働いている。
対して俺は、馬車の荷台に乗っていただけだ。
不寝番くらいはしないとな。
「だめだよ。師匠にそんなことさせられないよ」
「そうだぞ、我が君よ。我に任せてはくれぬか」
案の定、二人は俺の行動に待ったをかけた。
「いや。今日は何もしなかったから、これくらいはさせてくれ。それに〈クリンオーネ〉が不寝番をするから俺も寝させてもらう。これならいいだろう?」
「……それだったらお願いしようかな」
「我が君がそう言うのであれば、我も反対はせぬ」
二人とも納得してくれたようだ。
「お前たちはゆっくりと寝て、明日に備えてくれ。さあ、シチューが冷めないうちに食べてしまおう」
「そうだね、温かいうちに食べようか」
「うむ、明日も早いからな。さっさと食べて、早く寝ようぞ」
俺の言葉に二人は頷き食事を再開させた。
そして夕食後。
後片付けも済ませ、俺は〈クリンオーネ〉を召喚すると風の結界を張った。
これで何かが迫ってもすぐに察知できる。
本当に〈クリンオーネ〉は使い勝手がいいよな。
さあてと、寝るかね。
俺は簡易的なテントで、エルテとチェームシェイスは幌馬車の荷台で眠る事となった。
そして深夜、それは起こった。
ぐっすり寝ていた俺は、違和感を感じて目を覚ます。
「……ぐ……な、んだ? 体が、動かん……」
何故だか分からないが、金縛りにでもあったかのように体の自由が効かなかった。
起き上がろうとしても、痺れてまったく動けない。
これは何だ!!!
麻痺の攻撃でも受けたのか!!?
しかしながら、〈クリンオーネ〉の探知に引っ掛かった物体はいない。
しかも俺の麻痺耐性は最高値のはずなのに、どうして痺れているのか原因すら分からない。
「……師匠……」
テントの入り口からエルテが顔を覗かせた。
「……エ、エルテか……」
助かった!
エルテは動けるようだ!
あいつが無事なら現状に対応できる!
「……何者かの攻撃を……受けている……気を、付けろ……」
俺は絞るように言葉を発した。
「……」
ところがエルテは黙ったままで、ジッと俺の顔を見ている。
その瞳は何故か潤んでおり、頬も紅潮していた。
「……エ、ルテ……?」
俺は彼女の様子に訝しむが、今はそんな事を考えている暇はない。
直ぐに思考を切り替えて、再び言葉を絞り出した。
「……か、体が痺れて、動かないんだ……デトックス・ポーションを、くれ……」
デトックス・ポーションは、乙女精霊サーガでのアイテムで、簡単に言うと解毒薬だ。
これは麻痺や毒、混乱にも効果を発揮するので乙女精霊たち全員に持たせていた。
「……それはボクとの逢瀬が終わってからだよ……」
エルテがテントの中に入って来る。
「……なっ……に……?」
その姿に驚いた。
なぜなら彼女は一枚も服を着ていなかったからだ。
「エ、エルテ……? お前、何て格好、してるんだ……?」
その一糸乱れぬ姿に俺は視線が外せなかった。
豊満な張りの良い胸が俺を誘惑してくる。
括れた腰は俺を虜にし、腕を回して抱きしめたくなる。
臀部は艶めかしく丸みを帯び、俺の性的な欲求を掻き立てる。
太ももは筋肉と脂肪がほど良いバランスでついており、無性にしゃぶり付きたくなる。
彼女はまるで、美と性の化身を体現しており、その艶美な裸体は俺の理性を完全に破壊していった。
て、いかん!!!
惑わされるな!!!
こいつは俺の娘だ!!!
必死に理性を保とうと、心の中で念仏を唱えたり、テレビで見た大相撲を思い出す。
しかしそのどれもがエルテの美貌の前では無意味であり、俺は彼女の魅了に惹きこまれた。
くっ!!!
このままではやばい!!!
「……師匠……ついにボクたち結ばれるんだね……」
エルテは情欲の匂いを振りまきながらゆっくりと近づいてくる。
そして俺の上にかぶさると、火照った体を擦りつけてきた。
犯されるぅうううううううううううううううう!!!
ノォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!
「そこまでだ」
諦めかけたその時、鈴の様な愛らしい声が聞こえてくる。
「……どうして立っていられるの……?」
眉間に皺を寄せたエルテが声の主を睨みつけた。
その者は、小悪魔的な美しさを持つツインテールの美少女であった。




