33.次なる一手
「なんだと? 【猛牛傭兵団】が行方不明?」
ドミナンテが優雅なティータイムを楽しんでいる最中、そんな報せが舞い込んできた。
「は、はい……詳細は分からないのですが、偵察兵の話だと、アルタ村の者は依然として健在。そして【猛牛傭兵団】は消息不明だそうです……」
思わしくない報告を聞いて、その眉間に深い皺が刻まれる。
「ヘルムーツェン……お前はどう見る?」
対面に座る水色の髪の青年は淡々と答えた。
「どう見るも何も、【猛牛傭兵団】は全滅だな」
「……何たる事だ……」
ドミナンテの手が怒りに震え、持っているカップから紅茶が零れ落ちる。
「だとしたら相手は誰だ……? 儂に逆らう輩は全て根絶やしにしてくれる……」
「そんな者は決まっているだろう。今、貴様に面と向かって歯向かっている奴は一人しかいまい」
「トモカズか……」
直ぐに下手人へと辿り着いたドミナンテに、ヘルムーツェンは苦言を呈した。
「これ以上、トモカズ一味を放置しておく訳にはいかなくなったぞ。貴様は遠回しに奴を陥れようとしていたが、向こうも手を打って来た。遊びはここまでにして、本気で奴らを始末しに掛かるんだ」
「……」
ドミナンテはしばし考え込む。
そして何かを思い出したのか、おもむろに口を開いた。
「……ノッドルフから何とも言えない話を聞いた……」
「なんだ?」
「嘘か誠か、トモカズの下僕である【撲殺聖女】がボンゴ村に滞在しているという話だ……」
「罠だな」
「何故そう断言できる?」
「トモカズの下僕は【撲殺聖女】と【聖銀の戦乙女】の二人。だが奴には他にも仲間がいる。俺様はその一人を凱旋の時に確認した。顔は建物の陰に隠れてよく見えなかったが、白髪の人物だった。おそらく女だ」
「……」
「奴に何人の仲間がいるか知らんが、今までの経緯からして必ずブレーンがいる。そいつが商人たちに噂を流し、ノッドルフに話を掴ませた可能性が高い。意図的に俺たちの耳に入るようにな」
ヘルムーツェンの推測に、ドミナンテは不気味な笑みを浮かべた。
「ククク、面白いではないか……いいだろう、その罠に乗ってやろうではないか。ヘルムーツェン、漆黒騎士を率いてボンゴ村に向かえ。罠ごと奴らの企みを粉砕してやるのだ」
その案にヘルムーツェンは意を唱える。
「それは駄目だ。俺様がいなくなった事で貴様の警護が薄くなる。暗殺されるやもしれんぞ」
「儂が負けるとでも言うのか? 有り得んな。それにキャロラインも付いておる。返り討ちにしてやるまでよ」
「……」
二人と同席しているゴスロリの美少女は、彼らの話に興味がないのか我知らずで茶を楽しんでいた。
「奢るなドミナンテ。今現段階で奴らの強さがはっきりと量れていない。死ぬぞ」
「……ふむ……お前がそこまで言うのなら止めておこう……」
ドミナンテはすんなりと警告を受け入れたが、直ぐさま別の案を提示する。
「……ならば、儂もお前と共にボンゴ村へ行くというのはどうだ?」
「今のタイミングで俺様と貴様がこのオルステンから離れれば、奴らに領都を占領される恐れがある。危険だ」
「むう……だったらどうすればよい……このままトモカズ一味のいい様にやられろとでもいうのか? それだけは許さんぞ」
領主としては、舐められたままでは周りの者に示しがつかない。
「ガインツ兄弟を向かわせる」
その名を聞いたドミナンテの手が自然と顎にいく。
「ふむ……確かにあ奴らならば妥当か……だがな、相手はライオネルを倒している。それだけでは儂の不安は拭えん」
「だから布石を打つ」
「布石……? ヘルムーツェン、何をする気だ?」
「まあ、見てろ。きっと貴様の満足がいく結果が出せるだろう」
よほど自信があるのかヘルムーツェンは、自分が講じた手立てを思い返して異様な笑みを浮かべるのであった。
二つのギルド会談から二週間。
その間、ユージスはイスタルカの財産をすべて奪い、さらにはドミナンテに取り入る事にも成功していた。
今では立派な店も構え、商人ギルド委員の一人に収まっている。
これであいつは晴れて返り咲くことが出来たわけだが、一つの懸念があった。
それは俺とユージスの繋がりが、ドミナンテに露見する事だ。
そうなった場合、ユージスは確実に処刑される。
なので俺は、パーシヴァリーのスキルを使って保険を掛ける事にした。
しかしながら、そのスキルは互いが必要以上に距離を取ると解除されてしまうので、二人はオルステンから動けない。
それでもユージスの身の安全を図れるのだから、まったくもって問題ないんだけどね。
「主様。報告があります」
俺が例のごとくリビングのソファーでだらけていると、セラーラが話しかけてきた。
「どうしたんだ?」
「アルタ村が傭兵団に襲われました」
「なんだって!?」
ドミナンテに制裁を加えられた村は三つある。
アルタ村にトーゲ村、そしてボンゴ村だ。
しかしこの三つの村には商人ギルドから秘密裏に物資が送られており、彼等を飢えさせる事はなかった。
だがやはりと言うべきか。
ドミナンテの野郎、傭兵ギルドを使って村を潰しに来やがった。
「それで村はどうなったんだ?」
「ご安心を。フロスコさん率いる冒険者たちが、傭兵団を壊滅に追い込みました」
「おお! やるじゃないか、フロスコ!」
あいつはゼクトと同じパーティーだと言っていたからな。
弱い訳ないよな。
「ですが次はガインツ三兄弟が出てくるかと思われます」
あのノッポとチビとデブか。
「彼らが出れば自分たちでは抑えられないとフロスコさんは言っていました」
「それはまずいな……」
今は二つの村を冒険者たちが守っている。
それぞれのリーダーは、アルタ村がフロスコ。トーゲ村はミスティスだ。
そしてボンゴ村は、人員が足りていないので誰も守りにはついていない。
だがこの村は、つい最近になって食料を奪われたので、当面の間は大丈夫だとの目算であった。
「主様。ご提案があります」
「なんだ?」
「この機にガインツ兄弟を排除したいと思います」
「なに? そんなことができるのか?」
「お任せください。今、姉妹たちと計画を練っているところです」
なんだ?
何考えてんだ?
「その計画を教えてくれ」
以前の事があるからね。
先に言ってもらわないと気が気でない。
「申し訳ありません。計画はまだ構想段階です。完成されてもいないのに、主様のお耳にいれるなど恐れ多いいです」
なにそれ!?
お前から振ったんだろ!?
だったら言えよ!
「主様。それよりも次の作戦に移るときです」
話を変えやがったよ……
さっきの計画とやらは気になるが、次の作戦というやつはもっと気になる……
「何をする作戦だ?」
「フレイさんを救出する作戦です」
そうきたか。
俺もフレイの事は考えていた。
ピアに情報を集めさせているが、何せフレイはオルステンより東へ行ったレンドン城にいる。
距離が離れているからか、どうにも明確な情報が掴みづらい。
「……」
……それにしても、どうしてイングリッドはレンドン城にいるんだ?
理由は以前にも聞いたが、それだけではちょっと納得がいかないぞ。
「前から疑問に思ってたんだが、イングリッドってドミナンテの妻だよな。何で別の城に住んでるんだ? 性癖の所為で隔離でもしてるのか?」
俺にはドミナンテが彼女を遠ざけているように見える。
「イングリッドの実家はこのブリエンセニア王国でも屈指の力を持った有力貴族です。主様もご存知の通り、彼女には異常なまでの性癖があります。そのお陰で貰い手が付きませんでした。しかしドミナンテはそれを承知でイングリッドを引き取ったのです。彼女の実家の援助と引き換えにです」
「なるほどな……」
表向きだけの政略結婚、てわけね。
「話を戻すが、先ほど言っていたフレイの救出作戦。これは彼女の安否が不明な今、実行するのは早計なんじゃないのか?」
ここ一週間ほどフレイの生死を調べていたが、未だ正確な情報は掴めていない。
やはり俺たちの誰かがレンドン城へ行って、直接調べた方が確実か……
「フレイさんは生きています」
「なに? それはどこからの情報だ?」
「ノッドルフを使って確認しました。間違いありません」
商人の情報網を使ったのか。
やっぱり俺の乙女精霊たちは優秀だね。
「ですが確認できているのは生きているという事だけです。どのような状態になっているのか見当もつきません」
これは早めに助け出した方が良さそうだな。
「セラーラ、救出作戦の概要は?」
「フレイさんがイングリッドに差し出された事例に倣い、同様の手口で刺客を送り込みます」
……まったく話が見えない……
「もっと砕いて説明してくれ」
「はい、主様。フレイさんは御機嫌取りに利用されました」
「なに?」
「イスタルカはフレイさんをイングリッドに差し出すことで、自分の株を上げたのです。それで彼女の実家と太いパイプを持つことに成功しました」
イスタルカ……とんでもない野郎だな……
だが、今のあいつは悲惨な末路を辿っているはずだ。
イスタルカがどうなったのか直接は聞いていないけど、ユージスと乙女精霊たちの玩具にされたのは間違いない。
「イスタルカがやった事を、今回はユージスさんで実行します。彼をドミナンテに取り入れさせたのはそのためです」
おお! この前言っていた『次の段階』ってやつか!
こんな先まで読んで手を打ってたのかよ!
凄いとしか言いようがないぞ!
「どんな流れで進めるんだ?」
「エルテを送り込むのです」
「なに? エルテをだと?」
「はい。粗方の筋書きはこうです。エルテはノッドルフの派閥に属しています。なので、ユージスさんがノッドルフに呼びかけて協力を仰ぎます。そしてエルテを騙すような形でレンドン城に向かわせるのです。理由は商品の納品です。そしてそのままエルテをイングリッドに献上します」
……おいおい、大丈夫なのか……?
「……一つ聞きたい。エルテを一人で送るのか?」
「はい。実力から見て問題ないかと思います」
「……」
……うーん……いくら強いとはいえ、俺の大事な乙女精霊だ……
はっきり言って反対だぞ……
「既にエルテの姿絵をイングリッドに送っています。予想通り、彼女は食いついて直ぐにエルテを送って来いと催促してきました」
なに!?
もうそこまで計画が進んでいるのかよ!
いつもながら報告が遅いよ!
しかしその段階まで事が運んでいるのなら、今さら中止なんて無理だよな……
「よし。俺も行く」
「えっ!?」
セラーラが目を丸くして驚きの声を上げた。
「なんだ? ダメなのか?」
「当たり前です! 危険すぎます!!!」
いやいや、エルテを一人で行かせる方が色んな意味でよっぽど危険だよ。
「大丈夫だ。単独ではお前たちの中で最強のエルテとこの俺だぞ。如何に遅れを取ろうとも、決して不測の事態にはならない」
「……ですが主様……」
「セラーラ。俺の考えを聞け」
「……考え、ですか……?」
「そうだ」
俺は子供に言い聞かせるようにセラーラを諭した。
「今回はフレイ救出が最優先だ。よって繊細さが必要とされる。だが、その任についているのは直情的な面があるエルテだ。あいつ一人に任せておくと、どこで琴線に触れて暴れ出すか分かったもんじゃない。誰かが手綱を握る必要があるんだよ」
今でさえドミナンテの事で一杯なんだ。
ひょんな事からイングリッドに手を掛けて、その実家を敵に回したら堪ったもんじゃない。
「俺が一緒に行けば、あいつは素直に言う事を聞いてくれる。そう考えれば俺意外に適任者はいないと思う」
「……」
俺の言葉にセラーラは逡巡するが、直ぐに答えを出した。
「……確かに主様の仰る通りです……分かりました……」
よし、納得してくれた。
「ですがもう一人、誰かを連れて行ってください」
と思ったら、やっぱり打診してきた。
「……エルテと二人っきりだと主様が襲われます……」
「ん? 何か言ったか?」
「いいえ! 何でもありません!」
おかしな奴だ。
にしても、ここら辺が折り合いを付けるところか。
「分かった。だが誰を連れて行こうか……」
セラーラはここで陣頭指揮を執って欲しいし、パーシヴァリーはスキルの関係上、オルステンからは動かせない。
ピアは情報収集を続けるとして、アプリコットは言わずもがなだ。
となると、残るは……
「チェームシェイスに決まりだ」
「分かりました、主様」
「それでいつ出発なんだ?」
「はい。明日の朝一番でレンドン城に向かいます」
なに? えらい急だな。
だが早くフレイを助けてやらないといけないから、まごまごしてられないな。
「そうか。ではそのように手配してくれ。頼んだぞ」
「了解しました……くれぐれもお気を付けください……」
斯くして俺は、フレイを救うためレンドン城に赴く事となった。




