32.傭兵VS冒険者
木漏れ日が差し込む穏やかな森の中に、一本の街道が通っていた。
そこには縦列になって進む二両の幌馬車が見える。
荷台には乗る者たちは、森の雰囲気とは全くかけ離れた物々しい集団であった。
彼らは皮鎧に身を包んだ歴戦を感じさせる男たちで、思い思いの得物を携えている。
「団長。村人相手にここまで武装する必要があるのかよ?」
「アルタ村には何かある。用心に越した事はない」
粗野な風貌の男に言葉を返したのは、傭兵ギルドに所属する【猛牛傭兵団】の団長、バイロンだった。
「今回の仕事は略奪だろう? だったらここまで気合を入れる必要はないんじゃねえのか?」
そう。彼ら【猛牛傭兵団】は、アルタ村に略奪を行う目的で彼の村へと向かっていたのだ。
「領主様は家探しまでして村の全ての資産を没収した。それが二週間前だ。普通に考えたら飢えて死んじまってもおかしくはない。しかし密偵の話だと、村人全員が肉付きが良くて元気に過ごしているらしい。これは絶対に何かある」
バイロンは疑問を抱く。
一方の団員たちはと言うと、バイロンの心中などこ吹く風で、各自が欲求を口にした。
「団長。そんなの決まってるじゃねえか。何処かに食料や金を隠してるだんだよ」
「ホント、そうですよ」
「俺が一番に隠し金を見つけてやるぜ」
「なんだと? 俺の方が先に見つけてやるからな」
今回の案件は、傭兵ギルドを通して領主から秘密裏に依頼があった裏仕事だ。
内容はアルタ村の村人たち全員の殺害である。
全ての財貨を取り上げたのにも関わらず、一向に滅ぶ気配がないアルタ村にドミナンテは業を煮やし、ついには実力行使に踏み切ったのだ。
そしてその実行役として選ばれたのが【猛牛傭兵団】であり、略奪や村の若い女性を好きにできるとあってか彼らの士気は非常に高かった。
「金を奪うなり女を襲うなり隙にしろ。だがいいか。誰一人として生かしてはならん。そこまでの悪行が漏れたら流石にまずいからな」
「分かってますって、団長」
「せいぜい楽しませてもらいますよ」
これからの出来事に、傭兵たちは興奮を抑えきれないでいた。
「バイロンさん! 村が見えてきましたぜ!」
一人の傭兵が嬉々として叫ぶ。
その言葉で団員たちの顔が欲望に染まった。
二台の馬車が村へと入る。
それと同時に外で作業をしていた村人たちが、慌てて家屋に逃げ込んでいった。
「あらら。あちらさん、完全に警戒してますぜ」
傭兵たちは馬車から降りると下卑た顔を浮かべながら周囲を見渡す。
「どいつもこいつも血色が良かった」
バイロンだけは目ざとく村人の状態を見抜いていた。
しかし団員たちは然して気にしてはいない。
「団長。さっさと始めましょうぜ」
「待て。そう焦るな」
バイロンは逸る団員たちを制すると、村の隅々まで聞こえるよう声を張り上げる。
「村長はいるか!!!」
小さな村なので声は確実に行き届いたはず。
しかし村内は静まり返っており、何の反応もなかった。
「出てこなければ皆殺しにするぞ!!!」
先ほどよりも、より一層と大きな声で恫喝する。
すると一つの家屋から、中年の男性がビク付きながら姿を現した。
彼は震えたまま歩き出すが、恐れているのか近くまでは寄らず、少し離れた場所で足を止める。
「……わ、私がこのアルタ村の長でございます……見たところ、何処かの傭兵団の方々とお見受けしますが、こんな何にもない村に如何様な御用でしょうか……」
警戒しているのか村長は、今すぐにも逃げ出させる体勢を取っていた。
「惚けるな。俺たちがどこの誰で、何をしに来たか分かってるんだろう」
「……」
「言い返せないという事は図星か。だったら隠している食料や財を出せ。素直に従えば見逃してやる」
嘘だけどな、とバイロンは胸中で嘯く。
「……ご存知かと思いますが、私たちの村は領主様にすべての物を取り上げられてしまいました……種籾までもです……もうこの村には何もないのです……」
必死で言い繕う村長だが、バイロンは毛先ほども信じていない。
「なら何でそんなに元気なんだ? お前らの顔色を見れば、食料を隠しているのは一目瞭然。死にたいのか?」
「……山菜やキノコを採ったり狩りなどをして飢えをしのいでおります……たまたま食料が手に入っているだけなのです……今は良いのですが、この冬を越せるかどうか……」
「……」
バイロンは思案する。
村長の言葉が嘘か誠か判断するすべがなかったからだ。
しかしながら、彼は村民を拷問にでもかけて吐かせればいいと結論付け、当初の目的を実行に移す。
「まあいい。お前らを始末する」
「えっ! 始末ですって!!?」
当然の如く村長は驚愕した。
「アルタ村の人間が生きている時点で駄目なんだよ」
「それはどういう意味ですか!!?」
「お前らが生きてたら、ほかの村の見せしめにならねえじゃねえか」
「なっ!!? ひ、酷すぎる!!!」
「酷いも何も、お前らが大人しく死んでくれないからこっちも困ってんだよ」
「そ、そんな……あんまりだ……」
衝撃を受けた村長は後退りをし、踵を返して一目散に遁走した。
「逃げても無駄だぜ!」
「ひゃっほう! 略奪の始まりだあ!!!」
「女は俺のもんだからな!」
「馬鹿か! 早い者勝ちだぜ!」
傭兵たちは己の欲望を開放させ、民家に向かって走り出す。
「やっぱりそう来るんですね!」
彼等の行為に村長は、全力で走りながらも力の限り叫んだ。
「皆さん!!! 助けてください!!!」
その雄たけびに、バイロンは眉を顰める。
「皆さん……?」
とそこで、一人の人物がゆっくりと民家から出てきた。
「て、てめえは!!?」
「何でここに!!?」
村民しかいないと思っていた傭兵たちは、蹈鞴を踏んで立ち止まってしまう。
「やっぱり傭兵ギルドが出張って来やがったか」
そう言ながら民家から出てきた人物は、皮鎧に身を包み、二本の剣を腰に差す若き冒険者であった。
「フ、フロスコ……だと……?」
「どうしたバイロン。その間の抜けたツラはよ」
不敵に笑うフロスコに、バイロンは顔を真っ赤にさせて言葉を投げる。
「な、な、なんでてめえがいんだよ!!!」
「あ? んなこたあ、おめえらに関係ねえだろ」
「てめえ……」
バイロンは苛立ちを覚えるが、それと同時に思いついた。
この機会に宿敵である冒険者パーティー、【白鷹】のメンバーのフロスコを始末しようと。
「……フン、まあいい。村人もろとも処分してやる……」
強気のバイロンだが、フロスコは余裕の態度を崩さない。
「めでたい野郎だ。俺一人だけと思っているのか?」
「何だと……?」
バイロンが不審に思ったところでフロスコが声を上げた。
「みんな! 出てきていいぜ!!!」
その言葉に反応して、各民家から冒険者たちが待っていましたとばかりに次々と飛び出してくる。
傭兵たちの背後の森からも、多数の冒険者が姿を見せた。
「……【栄光の剣】、【一閃花】、【風吹く正義】、……」
彼らは手練れの冒険者パーティーであり、その実力を知っているバイロンたちは自分たちの置かれた状況に恐々とする。
「……フロスコ……待ち伏せしてやがったな……」
「何の事だか知らねえよ」
スッとボケるフロスコに、冒険者の一人が言葉を掛けた。
「フロスコ。こいつら皆殺しにしてもいいんだよな?」
「もちろんだ。確かお前んとこのパーティーメンバー、【猛牛傭兵団】に殺されたんだよな……思う存分恨みを晴らせ」
「ありがたい……やっとグスタフの仇が討てるぜ……」
冒険者は復讐を果たせるとあってか闘志を滾らせる。
「今までよくも調子に乗ってくれたな……ここがお前らの墓場だ!!!」
その言葉を皮切りに、冒険者たちがバイロンたちへと襲い掛かった。
「いいか、一人も逃がすなよ! じゃないと【撲殺聖女】のモーニングスターで折檻されちまうからな!」
「なに!? 【撲殺聖女】だと!? てめえらトモカズと繋がってんのか!!?」
「そんなの知る必要はねえ!!! お前らは今ここで死ぬんだからな!!!」
バイロンに肉薄したフロスコは、剣を抜き放つと同時に相手の胴を薙ぎ払う。
「クソがっ!!!」
愚痴を垂れながらもバイロンは、咄嗟に剣を抜いて何とかそれを受け止めた。
「よく防いだな、だがこれはどうだ!」
再びフロスコが剣を振るい、二人は交戦状態に入る。
一方で、【猛牛傭兵団】の団員には冒険者たちが殺到していた。
「つ、強い!」
「やっと夢が叶ったぜ! お前らを倒すという夢がな!」
冒険者は誰もが選ばれた実力者であり、完全に傭兵たちを圧倒している。
「バ、バイロン!」
堪らず傭兵の一人が助けを求めた。
しかしバイロンは自分が手一杯なため、他の者に気を遣う余裕はない。
「自分たちで何とかしろ! こっちはあの【白鷹】の一人、【双刃剣】のフロスコを相手にしてんだ!」
「よく分かってんじゃねえか!」
フロスコが二本目の剣を抜き放った。
「くそっ!」
バイロンの顔に焦りの色が見える。
それもそのはずフロスコは二刀流の達人であったからだ。
「てめえにこれが捌けるか!!?」
二つの刃がそれぞれの軌道を描いて縦横無尽に襲い掛かる。
「負けてられるかよお!!!」
それでもバイロンは自分を鼓舞して何とか刃の嵐を防いだ。
が、バイロンは次第に気付き始める。
剣戟を重ねれば重ねるほど、フロスコの刃が重くなっている事実に。
「な、なんだ! この打ち込みは!!!」
よく見れば、フロスコの剣身から仄かに赤い光が放たれていた。
「まさか! 魔術を付与してんのか!!?」
「当たりだ。そして死ね」
バイロンの左肩に致命的な一撃が入る。
「ぐっ!!!」
それを契機にフロスコの連撃が、バイロンの体中に打ち込まれた。
「ぎゃあああああ嗚呼ああああああああああああああああア!!!」
しばしの間、その攻撃は続く。
そして終わった頃には血塗れの人間が出来上がっていた。
「……がっ……はっ」
バイロンは前のめりになって地面へと倒れ込む。
「……フロス、コ……ガインツさんたちが……てめえらを……必ず……皆殺しに、する……ぞ……」
末期の言葉を吐きながら、バイロンは血だまりを作ってその人生を終了させた。
「フロスコ、そっちも終わったか」
冒険者たちがフロスコに声を掛ける。
「お前たちも片付いたようだな」
彼らの背後には多数の傭兵の亡骸が転がっていた。
「ああ、スッキリしたぜ。今まで散々いい様にされてきたからな。ざまあねえ」
フロスコは頬を緩める。
「セラーラの読み通り、今回はガインツ兄弟が出てこなかったな」
「そうですね、フロスコ。あの兄弟がいたら、私たちだけでは勝てないです」
今回の件でガインツ兄弟が参加していないことに、フロスコと冒険者たちは安堵していた。
「でもようフロスコ。セラーラはこうも言ってたぞ。村の掃討に失敗した領主は、次には必ずガインツ兄弟を送りこむって……どうすんだ……?」
不安を見せる冒険者に、フロスコは自信をもって答えた。
「心配ない。あいつらは次の手があると言っていた。セラーラの指示を仰ぐぞ」
フロスコを含めた冒険者たちは、トモカズを信頼し始めている。
「しかしこうも見事に事が運ぶとはな。トモカズ……あいつは大口を叩くだけの男ではないようだ」
こうしてアルタ村は、冒険者たちの手によって守られたのであった。




