29.第二ラウンド 前編
俺は再び馬車に揺られていた。
行先は間違いなくエルテの店ではない。
まだ俺に何かをさせようっていうのか……?
もう勘弁してくれよ。
商人たちとの遣り取りで、俺の神経は極限まで擦り減ってるって言うのに……
少しは休ませてくれ……
はぁ……拠点に帰りたい……そして惰眠を貪りたい……
「我が君よ。商人たちを傘下に加えた手腕、見事としか言いようがなかったぞ」
それは殆どお前たちが仕組んだ事だろうに……
俺がやったのは、グラハムの爺さんを口説いただけだ。
それも引き入れたんじゃなくて、中立に持って行ったという中途半端な結果に終わってるし。
まあ、自分の中では大金星だとは思うんだけどね……
「……我が君……」
さっきから気になっていたけど、体面に座るチェームシェイスの頬が紅潮してるよ……
瞳も潤んでいるし、うっとりとした表情でこちらを見詰めてる……
うん、可愛いなあ……こいつを見ていると俺の心が休まってくるよ……
「……二人っ切りになれたのは久方ぶりよのう……」
なぜか彼女は自分の衣服のボタンを外し始めた。
え? 何やってんの?
「ここいらで我と我が君が一つになっても良いと思うのだ……」
胸元をはだけさせたチェームシェイスが前屈みになって迫ってくる。
しかも肝心なところが見えそうで見えない微妙な位置で……
「……」
エロい。エロ過ぎる……
「……我が君よ……しかと我を隅々まで堪能してくれ……」
そう言うと、彼女は問答無用で俺の上に跨ってきた。
「なっ!? お前、ちょっと待てって!」
と、そこで馬車が止まり、馭者の声が聞こえてくる。
「お嬢様。目的地に到着いたしました」
「む!? そうか……なら致し方あるまい……」
残念な表情を浮かべたチェームシェイスは名残惜しそうに俺から離れていく。
つ、疲れるぞ……
でも、この後もっと疲れそうな予感がする……
「我が君よ。参ろうか」
チェームシェイスは俺の手を取り馬車から降りた。
「ここ何処?」
俺たちが下りた場所はどこかの通りであった。
左右には建物が立ち並んでおり、それなりに人の往来もある。
「ん? この道、記憶にあるぞ……」
「こちらだ、我が君よ」
俺は為されるがまま、チェームシェイスに路地裏へと連れ込まれた。
それからしばらく歩き、一つの建物の裏手へとやってくる。
この建物、見覚えがある……もしや……
「チェーム。ここは冒険者ギルドの裏口か?」
「当たり前ではないか、我が君よ。さあ、皆を待たせてある。急ごうぞ」
チェームシェイスは躊躇なく扉を開け、気が進まない俺を引っ張り中へと入った。
するとそこには白髪の美少女が姿勢正しく佇んでいる。
「ピア……? お前、ここで何してんの?」
俺の言葉が聞こえたのか聞こえていないのか、ピアは腰を折って慇懃に出迎えた。
「お待ちしておりました、旦那様」
おいおい、何が始まるんだよ……
「こちらでございます」
俺たちはピアに案内されて階段を登っていく。
そして三階まで登ると廊下を進み、ある部屋の前で立ち止まった。
「失礼します。旦那様をお連れいたしました」
ピアの声に反応して、部屋から言葉が返ってくる。
「中へ入ってください。皆さん首を長くして待っておられます」
セラーラの声だよ……扉の向こう側には絶対に面倒ごとが待っている……
……むちゃくちゃ帰りてえ……
「失礼いたします」
そんな思いなど通じるはずもなく、ピアは扉を開けると俺を部屋に招き入れた。
「ん? こいつらは……」
視界に入ったのは四人の男女であった。
一人は言わずもがな純白の祭服に身を包んだ金髪の美少女セラーラだ。
彼女は革張りのソファーに腰を掛けており、柔和な笑みを浮かべていた。
そして俺が問題視したのは彼女の向かいに座る一人の女性と、その背後にいる二人の男女。
座っている女は知っている。
冒険者ギルドのサブマスター、ルナリーだ。
後ろの二人も見覚えがある。
ゼクトと一緒に傭兵ギルドへ行った際に付いてきた二人。
確か男がフロスコで、女がミスティスとか呼ばれていた。
そう言えばこの二人、ゼクトが連れて行かれたとき居なかったぞ。
「主様、どうぞこちらへ座ってください」
セラーラは席を離れると、俺をルナリーの対面へと座らせた。
そして自分は俺の傍に立ち、背後ではピアとチェームシェイスが控えている。
なに……?
このフォーメーション……
……場の空気も張り詰めてるし……
……何が始まるの……?
「主様がいらしたので、改めてご紹介させていただきます」
セラーラが場を取り仕切る。
「この御方こそが私たちの主人であらせられるトモカズ様です。そして後ろに控えているのがチェームシェイスとピアです」
ルナリーも雰囲気に飲まれまいと懸命に口を開いた。
「わ、私はこの冒険者ギルドのサブマスターを務めているルナリーです。う、後ろにいるのは【白鷹】のメンバー、フロスコさんとミスティスさんです」
【白鷹】のメンバーという事は、ゼクトと同じパーティーか。
「ルナリー、相手に合わせる必要はねえ」
フロスコが剣呑とした雰囲気を漂わせる。
彼は椅子に手を掛け崩した態勢で、強く俺を睨みつけていた。
「で、ですがフロスコさん。ここは穏便に話し合いを……」
「甘いんだよ、ルナリー。こいつらが何の話を持ってきたか知らねえが、慣れあうつもりはねえ……気に食わねえんだよ……」
なんかめちゃくちゃ怒ってます……
ていうか、話を持ち掛けたのは俺たちの方なのね……
「……」
こらああああああああああああああああああああああああああ!!!
セラーラ!!! パーシヴァリー!!! ピア!!! チェームシェイス!!! エルテ!!! アプリコット!!!
一日に二回も重大な会合を設けてんじゃねえ!!!
しかもあいつら!!!
先ほどの委員会議もそうだったが、俺が完全に把握してると思ってるよな!!?
分かるわけねえだろ!!!
やるならやるって言えよ!!!
いきなりこんな場所へ放り出される俺の身にもなってくれ!!!
「トモカズ。てめえの所為でゼクトが連れて行かれた……どう落とし前を付けてくれるんだ……?」
くっそ……俺が対応しないとダメなのかよ……
乙女精霊たちの暴走で、今まさに神経が擦り減ってなくなったわ!
「事と次第によっちゃあ、てめえらをここでひっ捕まえてドミナンテに突き出してやる……」
フロスコから殺気が齎された。
「……面白いことを言うのですね。私たちを捕えると?」
「不用意な発言は命を失うことになります。言葉は選んでくださいませ」
「愚かな男よ。絶対強者の我が君が、おぬしらに合わせて話をしておるのが分からぬか?」
殺気に触れた乙女精霊たちの目が据わり始める。
「み、みなさん! お、落ち着いてください!」
慌てたルナリーがフロスコと乙女精霊たちを嗜めた。
しかし彼らは敵意を収めようとはしない。
「ダメよぅ、フロスコぉ。トモカズには手を出すなってぇ、ゼクトに強く言われてるわよねぇ……」
間延びした声が場の空気を和らげる。
「ミスティス、止めるんじゃねえ! そのゼクトが連れていかれたんだ! 黙ってられるかよ!」
「ゼクトとの約束を破るっていうのぉ?」
「! ……い、いや……そういうんじゃあ、ねえんだが……」
「ふふふ、あなたはちょっと黙っててぇ」
「……」
このミスティスとかいう女。
黒いローブに黒い大きな三角帽子を身に着けているところから見て魔術師か。
それにうちの乙女精霊には及ばないまでも相当な美人だ。
胸もピアやエルテに匹敵するほどでかい。
だが顔は童顔で何とも言えない妖艶さが出ている。
……色んな意味で要注意人物だな……
「ごめんねぇ。ちょっとうちのフロスコぉ、頭に血が上りやすい性格なのぉ」
「俺の娘たちも大人げなかった。こちらから話を持ってきた手前、申し訳ない」
「ふふふ。あなたは落ち着いているのねぇ……それに礼儀も正しくて男前ぇ……紳士な男性って、わたし大好きよぉ」
ミスティスは何とも言えない蠱惑な瞳で俺を見詰めてきた。
その瞬間、乙女精霊たちが殺気立つ。
はぁ……疲れる。
「お前たち、少しは冷静になれ」
鶴の一声で、三人の美少女は居住まいを正した。
「申し訳ございません、主様」
「失礼いたしました、旦那様」
「済まぬ、我が君よ」
頼むから大人しくしといてくれ……話が進まないじゃないか。
「待たせたな」
「ふふふ、大変ねぇ……それでぇ、何の用なのかしらぁ?」
「……」
……なんの用って……俺が知りたいよ……
「……セ、セラーラ。話してやれ」
「はい、主様」
セラーラはミスティスに向き直ると流暢に言葉を紡いだ。
「冒険者ギルドに警告します。私たちに服従「ちょっと待てえええええええええええええええ!!!」
言葉の途中だが、セラーラの趣旨は理解した!
恐らくこいつらの思惑は冒険者ギルドと手を組む事だ!
だが今の言い草はなんだ!?
下手したら敵になるじゃねえかよ!
「むっ!?」
そこで俺は気が付いた。
三人の乙女精霊の視線がミスティスに強く注がれている事に。
こいつらミスティスに対抗意識を持ってるぞ!
放っておいたら何を言いだすか分かったもんじゃない!
「ここからは俺が話す。お前たちは黙って見ていろ」
「はい、主様」
セラーラは俺の意に従って素直に口を噤む。
……マジかよ……
……俺一人で掛け合わないといけないのかよ……
……頼むから勘弁してくれ……




