28.商人ギルド委員会議4
グラハムが中立を決め込んだ。
この事により、ノッドルフとイスタルカの立場が微妙なものとなっていた。
「これは困りましたね」
口を開いたのは金髪碧眼の色男であったが、その言葉とは裏腹にイスタルカは堂々としており全く狼狽えていない。
「五人のギルド委員の内の三人がこうなっては仕方ありません。話だけでも聞いてあげましょう」
イスタルカ・ビスロ。
ユージスを陥れた張本人か……
「あなたは私に何を提示してくれるのですか? もっともそれ相応のものでなければ私の食指は動きませんがね」
なんで上から目線で喋ってんだ?
癪に障る奴だな。
「勘違いしているようだけど、俺はお前となんか交渉しないぞ」
「……なんですって……?」
男前の眉根が深く寄せられる。
「お前自身が取引材料なんだよ」
「……あなたが何を言っているのか私にはまったく理解できませんが……」
俺は訝しむイスタルカを無視してチェームシェイスに問いかけた。
「チェーム。無論、ここに連れてきてるんだろう?」
「当たり前よな我が君よ……ユージス、入って来るのだ」
「なに!!? ユージスだと!!?」
扉がゆっくりと開かれ凛々しい青年が姿を現す。
「……お久しぶりです、恩知らずのイスタルカさん……」
「ユージス!!! どうしてお前がここにいるんだ!!!」
イスタルカが驚いたのも一瞬で、直ぐに奴は何かに思い当たると射殺さんとばかりに俺を睨みつけた。
「まさかトモカズ!!! スラムからユージスを拾って仲間に引き入れたのか!!?」
「ご名答」
「くそっ!!! だから最近、ユージスの姿が確認できなかったのか!!!」
さっさとユージスを始末しておけばよいものを、落ちぶれた姿を見て楽しんでるからこんな事になるんだよ。
そこで外野のグラハムが楽しそうに言葉を投げた。
「なるほど。お前が小僧の情報源か」
「グラハム様。またあなたに会えるとは思いもよりませんでした。仰る通りです」
「イスタルカに騙されたときは人を見る目がない男と思っておったが、スラムでの生活で人選眼を磨いたか。小僧に取り入るとは中々やるではないか」
グラハムは事情を知っているようだ。
「さてと、イスタルカ。もう自分が置かれている立場が理解できたよな?」
窮地に立たされたイスタルカは、この状況をなんとか打破しようとする。
「……待ってくれ、トモカズ……」
「なんだ?」
「……私はあなたに取引を申し込む……」
「なに?」
透かさずユージスが異を唱えた。
「騙されてはなりません!!! この男はそうやって私を陥れたのです!!!」
「だ、そうだ」
イスタルカは蒼褪めながらも言葉を絞りだす。
「……決して騙すような真似はしない……」
「そうは言ってもなあ。お前には信用がない」
しかしイスタルカは諦めずに言葉を続けた。
「……ドミナンテに関する情報だ……」
「ん?」
「……ドミナンテの固有魔力を喋るから、私を見逃してくれ……」
固有魔力?
なにそれ?
聞き慣れない単語が出てきたぞ?
「チェーム。固有魔力ってなんだ?」
「うむ。固有魔力は個人特有の希少な魔力だ」
チェームシェイスは順を追って丁寧に説明する。
「通常の人間は火、水、風、土の性質魔力、光、闇の相対魔力、そして特殊魔力、このどれかの属性魔力を持っており、魔術はそれを使って発動させるのだ」
属性か……そこは乙女精霊サーガの魔法スキルと似ているな。
にしても、六つの属性ね。
確かジークベルトと戦った時、魔術師が火や水の魔術を使っていたな。
という事は、あいつらは火と水の属性を持っていたという訳か。
「だが稀に、それらに該当しない個人だけが持つ魔力が存在する。それこそが固有魔力。固有魔力はその者だけが持つ唯一無二の魔力であり、この魔力から発動される魔術は例外なく強力らしい」
唯一無二の魔力か……厄介そうだな……
「儂も聞いた事がある。なんでもドミナンテの固有魔力は相当強力らしい。このオルストリッチでは馴染みはないが、奴はその魔力のお陰で他領や国外では【絶対領主】と呼ばれておる」
なにそれ?
【絶対領主】?
いったいどんな固有魔力なんだ?
「どうだ、トモカズ。知りたいだろう? 私をグラハム様と同じ中立の立場に据えるのなら教えてやってもいいが?」
俺が興味を示したところを見て、イスタルカが尊大な態度を取り始めた。
こいつ、本当に分かってないな。
しかも条件がずうずうしい……
「あのなあ。さっきも言ったけど、俺は取引しねえよ」
「へ?」
イスタルカの口から間の抜けた声が漏れる。
「お前はユージスの仇敵だ。そしてあいつは俺の大事な配下。その配下のユージスと俺は約束したんだよ。お前を引き渡すってな」
「……ト、トモカズ様……」
ユージスのやつ涙ぐみやがって。
そんなに感動するんじゃねえよ。
「き、貴様!!! ドミナンテの固有魔力を知りたくないのか!!?」
「知りたいも何も、お前から強制的に聞き出せばいい事だろう。幸いうちにはその手のスペシャリストがいる。吐かせるなんて分けないぜ」
「……そ、そんな……」
イスタルカの表情が絶望の色に染まる。
「さあユージス。こいつをどうする?」
「決まっています……すべてを奪ってやります……」
どうするんだろう……でもユージスの事だ。
いろいろと手はあるんだろうな。
「まあ、後はお前に任せたよ」
俺の言葉を聞いたエルテが次の行動に移る。
「師匠もああ言ってる事だし、この件は終わりだね。さてと、イスタルカ君。そろそろ行こうか」
「……い、行くってどこへだ……」
不安で堪らないイスタルカは恐々としながらも言葉を返した。
しかしそれが気に入らなかったのか、エルテの機嫌が悪くなり殺気がにじみ出てくる。
「……君、立場を弁えてよ……つべこべ言わずにボクの言う通りにすればいいんだよ……」
「!!! ……は、はい……」
生物に備わった本能なのか、強者の弁に弱者のイスタルカは身を震わせ従順になった。
「ユージス君も来て。もうここには用がないからね」
「ハイ、エルテさん!」
ユージスも背筋を伸ばしてエルテに従う。
「じゃあ師匠、またあとでね」
そう言うと、エルテはイスタルカとユージスを連れて部屋から退出していった。
もうイスタルカには不幸な未来しか待っていないな。
……因果応報とはこの事を言うのか……
「トモカズ様!!!」
成り行きを見ていたノッドルフが、慌てて俺の前まで駆け寄ってくる。
と思ったら、直ぐに跪いて懇願してきた。
「わ、わ、私もトモカズ様の傘下に入りたく存じます!!! ですから命だけは!!!」
今までの動静を目の当たりにしたらそんな行動を取るわな。
「ノッドルフとやらよ、それは許されぬことだぞ」
チェームシェイスの言葉にノッドルフは青褪める。
「な、なんで!!? どうしてですか!!?」
アプリコットが申し訳なさそうな顔で理由を述べた。
「ごめんなさい、ノッドルフさん。私たちの敵は領主です。だから、既に与しているノッドルフさんは私たちの敵なのです」
「そ、それはあんまりだ!!! 私はイスタルカと違ってそこまで非道な行いは致しておりません!!!」
いや、してるな。
領主とグルだという時点で絶対に後ろめたい事をしている。
今この場で明かされていないから、何とか窮地を凌ぐために態の良い言葉を並べているだけだ。
ノッドルフ、ちょっと調べれば分かる事だぞ。
「それにアプリコットさん!!! あなたたち姉妹をギルドに入れたのはこの私だ!!! 少しでも情けをかけてはくれないのですか!!?」
生死の瀬戸際だから必死だな。
「話は最後まで聞いてください」
再びアプリコットが言葉を紡ぐ。
「それに関しては、私たちも感謝しています。なので、ある条件を飲むのならあなたを排除せず、私たちの傘下に入ることを許してあげます」
「ほ、本当ですか!!? 何でもします!!! アプリコット様!!!」
ノッドルフはこれ以上ない満面な笑顔で礼を述べた。
「そうですか、何でもしますか。では私の出す条件も簡単にクリアできますね」
そう言ったアプリコットは腰に付けてあるポーチから一つの瓶を取り出した。
「私たちはあなたを信用していません。ですから先ずは、これであなたを試します」
良く見えるように掲げられた瓶の中では、ミミズを大きくしたような生物がグロテスクに蠢いている。
その胴回りは指ほどの太さもあり、長さも二、三メートくらいはあった。
先端部分には目も鼻もない代わりに円形の口らしき器官が備わっており、ギザギザとした三角歯が何層にも渡って所狭しと並んでいる。
……なにあれ……すごく気持ち悪いんですけど……
「ケ、ケプテルヌス!!!」
「……小娘。可愛い顔に似合わずとんでもない物を出しよる……」
ノッドルフやグラハムは、この不気味な生物を知っているのか顔を引き攣らせていた。
「アプリコット……それはなに……?」
「はい! これは生物の体内に侵入して栄養を搾取する寄生生物です! 大きくなったら宿主を内部から喰い殺すことでも有名です!」
「……」
この世界にはそんなのがいるのね……怖えよ!
「この子は私のペットなので、私たちを襲うようなことはありません!」
「なに……? もしかしてアプリコット、お前その化け物ミミズをテイムしたのか?」
「はい、ご主人様!」
乙女精霊たちには職業が設定されてある。
チェームシェイスが賢者であれば、エルテが剣士であるように、アプリコットもまた弓使いの職業についていた。
だがこれらは全て主要職業だ。
乙女精霊は一人に付き全部で三つの職業を習得する事が可能であり、残り二つは副職業と呼ばれていた。
アプリコットの主要職業は弓使いで、副職業は斥候と馴らし手だ。
そして俺が気になったのは、アプリコットが習得している副職業の馴らし手だった。
この職業の能力は、乙女精霊サーガのモンスターを手懐けるして自分の配下に収め自由に操る事ができる。
ただしテイムできるモンスターの強さと数は、職業レベルによって左右される。
そこに俺は疑問を感じた。
彼女は一番最後に獲得した乙女精霊なので、六人の中では最もレベルが低い。
だから俺は主要職業の弓使いを重点的に育てており、密偵もそこそこでしかレベルを上げていなかった。
なので馴らし手の職業はまったく育っておらず、アプリコットは何もテイムできないはずだ。
しかし彼女はあの化け物ミミズをテイムしたと言った。
これはこの世界で職業レベルが上がったという証左であり、俺たちがまだまだ成長できる可能性を示している。
この事は何れは検証しなければと思っていたが、領主側との攻防に手を取られて後回しにしていた。
ところが今回の件で思わぬ成果が舞い込んできた事に、俺の口角が自然と吊り上がる。
「さあノッドルフさん。これを飲んでください」
「はい?」
俺が思案に耽っていると、アプリコットが化け物ミミズを瓶から取り出してノッドルフに迫っていた。
「さっきは何でもするって言ってたじゃありませんか。大丈夫ですよ。この子は私の命令がない限り襲い掛かりませんから」
「ちょっと待って! そういう問題じゃないでしょ!!!」
ノッドルフは後ずさった。
「つべこべ言わずにさっさと飲まぬか」
チェームシェイスが奴を逃さまいと襟首を掴み強引に押さえ込む。
「いやだぁああああああああああああああああああああああああ!!!」
力の限り暴れて抵抗を見せるノッドルフだが、どういう訳か、自分よりも体が小さいツインテールの美少女の膂力が凄まじく、身動き一つとれなかった。
「なんだ!!! この力は!!?」
そこでアプリコットが奴の頬を鷲掴みにし、無理やり口をこじ開ける。
「往生際が悪いです」
そしてそのまま化け物ミミズをノッドルフの目前までもってきた。
「やめて!!! やめてくれぇぇえええええええええええええええええええええ!!!」
必死に抗うノッドルフだが、例の生物は口の中へするりと入っていく。
そして細長い体を気持ち悪くうねらせながら、奴の体内へと侵入していった。
「ぐう゛ぉっ!!! おう゛ぇえ゛ええっ!!!」
ノッドルフは盛大に嘔吐く。
「貴様ら可愛い顔して血も涙もない事をしよるのう」
グラハム爺さん。
そう言うあんたは随分と楽しそうだね……
「ぐヴェ、げぼっ! わァ゛、わ゛だじはどうびゃるのじぇすがっ!!?」
「なに言ってるのか分からないけど、もしノッドルフさんが裏切って今回のことを喋ろうものなら、あの子があなたの心臓を食い尽くします」
「っ!!?」
「あなたが問い詰められる事態になっても心臓を食べます。だからしっかりと立ち回って疑われないように頑張ってください」
「……そ゛、ぞん゛な゛……」
ノッドルフの顔が涙やら鼻水やら涎やらでくちゃくちゃの顔になり、奴は絶望と共に膝から崩れ落ちた。
「我が君よ、これで商人ギルドは我らの手の内ぞ」
「……」
今の言葉でわかったよ……
……商人ギルドを掌握するために委員会議を開いたのか……
「いやはや面白い物を見せてもらった。小僧、これからの貴様の行動、じっくりと拝見させてもらおうか」
……このジジイ……自分が蚊帳の外だからって悠長に構えてるよ……
だが、これですべて終わった……
おうちに帰ってゆっくりしよう……
「ではアプリコットよ。我が君と我は次に行くので後のことは頼んだぞ」
「分かりました! ご主人様にチェームお姉ちゃん! 行ってらっしゃい!」
……次に行く……?
……行ってらっしゃい……?
もう帰るんじゃないの?
「さて、時間も押しておる。参ろうか、我が君よ」
……参るって……どこに……?




