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21.領主の帰還

 朝が来た。


 昨日は疲れた。

 引っ越しをしたり、アプリコットを助けたり、尋問をしたりと多忙な一日だった。


 おかげで寝過ごしてしまった俺は、一人寂しく朝食を取った。

 気を遣って起こしてくれなかったのは分かるけど、やっぱりご飯はみんなと食べたかったな。

  

 エルテとアプリコットは昨日のことがあったので、商人ギルドへと顔を出している。

 その後は生活に必要な家財道具を買って帰る予定なので、戻りは夕方になると言っていた。


 セラーラとパーシヴァリーとチェームシェイスは、引っ越してきたばかりの家の中を掃除している。

 随分と埃が溜まっていたので、ユージスも借り出しての大掃除だ。


 そしてピアには町の様子を見に行かせてある。昨日の騒ぎで市民の反応を確かめないと。


 朝食を済また俺は、リビングで寛ぎ始めた。

 家に来た時から置かれているソファーの上で、のんびりと寝転がっている。


 皆に倣って掃除をしようとしたら、乙女精霊たちが慌てて止めに入るもんだから、やる事がないんだよ。

 本当は俺も手伝いたいんだ。

 決して怠け者じゃないよ。


 そこでふと、ジークベルトの事が気になった。


「セラーラ、奴はどうしてる?」


 モップ掛けをしていたセラーラは手を止めて畏まる。


「今朝、食事を運んで行ったら抜け殻みたいになっていました」

「……まさか廃人になったんじゃなかろうな……」

「いえ、それはないと思います。与えられた食事を全部平らげていましたから」

「そうか、わかった」

 

 アプリコットの憂さを晴らすためにあいつを浚って来たんだが、この後の処分に迷うな…… 


 しかしエルテの奴。

 ジークベルトを拷問させろとか言ってくると思ったんだが、何も言わなかったぞ。

 昨日はあれほど怒り狂っていたのに、どうしたんだろうか……


 何も知らない俺は、エルテの態度に疑問を抱く。

 と、思案に耽っていたら、いつの間にかピアが傍に立っていた。


 うおっ! びっくりするじゃねえか!


「申し訳ございません、旦那様。何か考え事をしていらっしゃるようでしたので、お声を掛ける機会を窺っておりました」


 ピアは頭を下げる。

 

「……いや、大丈夫だ……それにしても、やけに戻りが早かったじゃないか。何かあったのか?」

「はい、旦那様。ドミナンテが帰ってきます」

「なに?」

「街中では出迎えるようにとお触れが出ております。如何いたしますか?」


 こちらが予想していた期日通りだな。


「よし」


 俺はスッとソファーから立ち上がる。


「セラーラ。チェームを呼んで来い」

「どうするおつもりで?」

「ドミナンテがどんな奴か見てくる」


 俺の言葉にセラーラは難色を示した。


「……主様がジークベルトを浚ったのは昨日です。外出するのは危険かと思いますが……」

「大丈夫だ。そのためにチェームシェイスを連れて行く。もちろんピアもだ」

「……そうですか、分かりました。直ぐにチェームを呼んでまいります」


 セラーラは理解したようだ。

 

 ピアの隠蔽ハインディングスキルやチェームシェイスの〈遭遇希薄エンカウント・ディリュート〉があれば何の心配もいらない。


「主様、チェームを連れてきました」 


 セラーラは直ぐに戻って来た。

 チェームシェイスを伴って。


「ピア。チェームシェイス」


 俺は二人の名を呼ぶ。


「何でしょう、旦那様」

「我が君よ、なに用か」


 彼女たちは、姿勢を正して次の言葉を待っていた。


「お前たち二人は今から俺と共にドミナンテの顔を確認する。付いて来い」

「畏まりました、旦那様」

「そう言うことか、我が君よ。心得た」


 俺はソファーから立ち上がり、二人を連れて部屋を出る。


「お気を付けて、主様」


 セラーラに見送られながら、俺たち三人はドミナンテの顔を拝むために街へと繰り出した。






 中央通りは多くの民衆でごった返しており、彼らはドミナンテが通り掛かるのを望ましくない表情で待っていた。


「凄い群衆だが、みんな浮かない顔だな」


 少し離れた建物と建物の隙間から、俺とピアは遠目で人の川を眺めている。

 俺たちにはチェームシェイスの〈遭遇希薄エンカウント・ディリュート〉が施されてあるので、誰一人としてこちらを気にした様子はない。

 そのスキルを掛けてくれたチェームシェイスは、少し離れた場所で待機していた。


「ほとんどの者が無理やり駆り出されております。逆らえば思い厳罰を科せられます」


 恐怖政治かよ……


「……にしても、予想はしていたが、やはりと言うべきか。異常なほどの兵の数だな……」


 昨日の事もあるから護衛を強化しているのは当然っちゃあ当然か。


「旦那様。屋根の上や建物の窓からも騎士や兵士の姿が見えます」


 完全防衛態勢だな……


「ドミナンテ様が通られるぞ! 皆の者、跪いてお出迎えをしろ!」


 騎士の言葉で人々が地に両膝を着けると、重々しく首を垂れた。


「来たぞ」


 赤いマントと青いマントを羽織った二名の騎馬が、オルストリッチ辺境伯の旗を掲げて先頭を進む。

 直ぐ後ろには、四頭立ての重厚な儀装馬車。

 それを漆黒の鎧を身に纏う騎士たちが護衛していた。 

 続いて通常の騎士や兵士が規則正しく列をなして追随している。


 そんな仰々しい集団に囲まれた馬車には三名の人物が搭乗していた。

 一人は金色の髪を後ろに撫で付けた壮年の男。

 そいつは立派なカイゼル髭に厳つい顔をしており、威厳の塊のようであった。


「あいつがドミナンテか。何ともおっかない顔をしているじゃないか……みんなぶるっちまってるよ……」


 重苦しい重圧が民衆の背に圧し掛かっていた。

 俯いている彼らは早く通り過ぎてくれと願っているに違いない。


 そう言う俺も、ちょっぴりだけどビクついていた。

 本当にちょっぴりだよ。


「で、あいつは誰だ?」


 俺が気になったのは、ゴスロリ風のワンピースに身を包む桃色の髪の美少女であった。

 大人しく座る彼女の姿はまるで物言わぬ人形のようだ。


「あの者は護衛の魔術師で、名をキャロラインと言います」


 あんな可愛い娘が護衛ねえ……


「となると、二人の対面に座るのが漆黒騎士団団長のヘルムーツェンだな。意外と若いぞ……」


 そして最後の人物。

 そいつは黒い鎧を身に着けた三十前後の男であった。

 奴は透き通るような水色の髪に整った顔立ちをしており、眉目秀麗と言う言葉がよく似合う美男子だ。

 しかしその眼光は鋭く、一点しか見つめていないのに周囲全体を把握しているように見えた。


「旦那様。あの者とキャロラインは、領主と同じ馬車に搭乗しております。信頼が厚い証拠です」


 確かにな。

 いかにも俺はやり手です、っていうような顔をしているよ。まあ、実際には本当にやり手なのだろう。


 そう思っていたら、周囲に嫌な空気が流れ始める。


 なんだ……?


 俺が訝しんでいると、急にヘルムーツェンがこちらを向いた。


「なに!?」


 奴の冷めた瞳が俺の瞳を覗き込み、俺たちに掛けれられていたスキルが消滅していく。

 

 マジか! 〈遭遇希薄エンカウント・ディリュート〉を見破りやがった!


 存在を希薄にしたり隠したりするスキル系統のほとんどは、他者に認識されると強制的に解除されてしまう。

 〈遭遇希薄エンカウント・ディリュート〉もその例に漏れないため、スキルが消滅したという事実はヘルムーツェンが〈遭遇希薄エンカウント・ディリュート〉を看破した事を意味していた。


 驚く俺から視線を外したヘルムーツェンは、付き従う数名の漆黒騎士に目配せをする。

 すると奴らは団長の意を汲み静かに列から外れていった。

 何をするのかと注視していたら、路上を見張る一般騎士と兵士に指示を出しているようだ。


「……ピア……俺たちの存在がばれた。直ちに撤退だ……」

「畏まりました」


 俺とピアは、直ぐさま路地裏へと移動してチェームシェイスと合流する。 

 そしてあの嫌な雰囲気が漂う場所から距離を取り、ピアの隠蔽(ハインディング)スキルでその身を隠した。

 

 これで俺たちの存在は完全に消し去ったが油断は禁物だ。

  

 未だ危機感を覚える俺は、二人を連れて早々に隠れ家へと戻るのであった。






「俺様の認識領域レコグナイズ・フィールドから離脱したか」


  水色の髪を持つ青年が、眉一つ動かさずに淡々と言葉を紡いだ。


「どうだ、ヘルムーツェン。トモカズ一味か?」 


 オルステンで起きた出来事は、事細かく早馬で彼らに伝わっている。


「断定はできないが、その可能性は高い」

「根拠は?」

「奴らは俺様でも知らない何か怪しげな術で他人からの認識を逸らしていた。そんな芸当ができる者などこのオルステンにはいない」

「そうか、ククク」


 ドミナンテの口から小さな笑い声が漏れた。


「また貴様の悪い癖が出たな」

「ヘルムーツェン、これが笑わずにいられるか。面と向かって儂に逆らおうという輩がいるのだからな……クク……」

「今回は悠長に事を構えていい相手ではない。ライオネルがやられたのだ。それも報告によればあっけなくだ」


 ヘルムーツェンは危機感を覚える。


「確かにそれを聞いたときは儂も驚いたわ。だがライオネルは漆黒騎士団に入って間もなく、他の団員の足元にも及ばないではないか」

「それでも、だ。ライオネルは腐っても漆黒騎士。あいつを倒すともなれば、冒険者ギルドのゼクトか傭兵ギルドのガインツ兄弟以上の力を持っているという事になる。あまり舐めて掛かると足元を掬われる」

「つまらん事を言うな。久方振りの獲物だぞ」


 反乱分子の制圧などドミナンテにとっては暇つぶしの一環であった。


「……まったく……貴様には危機感というものがないのか」

「生憎と儂は負けを知らんのでな。それにいずれはこの国を支配するというのに、こんな事で力を入れていてはやってられんわ」

「……困った奴だ……」


 やれやれといった態で肩を窄めたヘルム―ツェンは、次の話題を口にする。

 

「それでレーヴェはどうする? 俺様としては、奴を処刑するのは勘弁して欲しいところだ。戦力が大幅に下がる」

「レーヴェをジークベルトに付けろと言い出したのは儂だ。馬鹿息子の考えもない行動に歯止めをかけてくれると思ったが、裏目に出た。降格だけでよい」

「それは有り難い。あいつは今後も役に立つ。処刑などもったいない」


 安堵したへルムーツェンは、もう一つだけ気になる事を問う。


「それにしてもドミナンテ。アンドレイが殺されてジークベルトも行方不明だというのに、一つも悲しんでいないな」

「フンっ。儂がどれだけあ奴らの尻拭いをしたか知っておろうに。しかもあの無能振り。前々から思っていたが、どう考えても儂の子ではなかろうが」

「確かにな。二人が貴様の子供だと言われれば俺様も首をかしげる。それに前の奥方は男遊びも酷かったらしいな」


 その言葉通り、アンドレイとジークベルトは父であるドミナンテにあまりにも似ていなかった。

 そして父親でもあるドミナンテもまた、ヘルムーツェンと同様に前妻が浮気した子ではないかと当たりを付けていた。


「どうやって処分しようかと頭を悩ませておったが、反乱分子が二人を始末してくれて大助かりよ」

「貴様らしい考えだ」

「しかし体面は大事だ。曲がりなりにもアンドレイとジークベルトは儂の息子。トモカズとやらにはけじめをつけてもらわないとな……ククク……楽しみだ……」


 久々に現れた造反者にドミナンテは心躍るのであった。






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