125.元冒険者ギルドマスターの苦悩
ゼクトたち一行は、地下通路を引き返してオルステンに戻ってきた。
出た先は、裏町に佇む朽ちた教会である。
「ゼクト、これからどうするのだ?」
問い掛けるパーシヴァリーは、今もなお気絶しているキャロラインを担いでいた。
それでも彼女は全く疲れた様子を見せず平然としている。
「俺たちは直ぐに行動を起こさなければならない。シルベスターがいつ三幹部と接触するか分からないからな」
そう言うと、ゼクトは妖艶な美女に向かって口を開いた。
「イザイラ。残り二人の三幹部、先ずはこいつらの情報が欲しい」
「はい、ゼクト様」
イザイラは恙なく答える。
「一人目はブラッキーと言う男でして、スラム街を主な縄張りとしています。彼は小柄で貧相な容姿をしていますが、とても頭の回る男です。それに用心深く、一定の場所に居ることは殆どありません。常に居場所を変えているので、接触が困難な相手です」
「……」
ゼクトは難色を示す。
ブラッキーは、言わばシルベスターをおびき寄せるための餌だ。
ところがその餌の居場所が分からない。
これではシルベスターを倒す以前の問題だと彼は頭を悩ませた。
そんなゼクトの苦慮など関係無しに、イザイラは話を続ける。
「もう一人は巨漢の男で名をロドゲスと言います」
「なに? ロドゲスだと?」
その名を聞いたゼクトは目を見開かせる。
「確かそいつは多くの店を持つ大富豪だと小耳に挟んだ事がある……まさか【蝋燭会】の幹部だったとは……」
「はい。ロドゲスは繁華街を牛耳っています。彼は非常に洞察力の優れた男で、豪胆、且つ自信家でもあります。その性格を表すように、彼は繁華街の中心地にある豪勢な飲食店、そこに拠点を構えています」
「……そうか……」
ゼクトは眉間の傷に触れながら思案した。
「……よし、二手に分かれるぞ」
直ぐに考えを纏め、全員に向かって口を開く。
「ロドゲスの方は俺が行く。相手は特定の場所に居るから、周辺の住民に協力してもらい監視する」
「畏まりました。それで、誰を連れて行かれるのですか?」
ピアの質問にゼクトは詰まる事なく答えた。
「居場所が分かっていれば、そこまでの人数はいらない。だが、シルベスターを確実に仕留めるためにエルテを連れて行く。彼女が強い事はトモカズから聞いている。どうだエルテ、引き受けてくれるか?」
「任せてよゼクト君。シルベスターなんて瞬殺だよ」
エルテの気持ちよい返事にゼクトは口元を緩めた。
そしてパーシヴァリーに担がれたままのキャロラインを見やる。
「それからキャロラインを連れて行く。彼女は雷の精霊だ。移動速度は目を見張るものがある。俺たちがシルベスターを見つけたら、短い時間で報せる事が可能だ」
そう言うと、今度はマーゴットに目を向けて、彼女から視線を外す事なくイザイラに問いかけた。
「イザイラ。あんたが得ている情報はマーゴットも知っているよな?」
「はい。彼女は私の右腕です。ある程度の範囲なら答えられます」
「よし、最後はマーゴットで決まりだ。【蝋燭会】の構成員である彼女が居れば、ロドゲスの店まで迷うことなく行ける」
そしてゼクトは改めて人選を告げる。
「エルテにマーゴットにキャロライン、そして俺を含めたこの四名がロドゲスに当たる」
全員が頷き納得の意を示した。
それを確認したゼクトは次の指示を出す。
「ブラッキーの方は残りの全員だ。パーシヴァリーとピア、それからイザイラとその部下たちだ。頼めるか?」
このメンバーならば、ブラッキーの居場所を掴めるのではないかとゼクトは考えていた。
ピアは手練れの暗殺者であり、ズバ抜けた諜報能力を持っている。
彼女の主からそう聞いていたゼクトは、ブラッキー捜索の要としてピアを選んでいた。
それからイザイラも欠かせない。
彼女はここに居る者の中で最もブラッキーを知っている。
そんな人物を外すなど間違っても有りえない。
且つ、彼女の子飼いの部下たちも捜索に当たらせるため、その統括者であるイザイラは絶対に必要であった。
最後はパーシヴァリー。
戦闘になれば彼女の出番だ。
ゼクトは未だに信じ切れていないが、パーシヴァリーが一軍を蹴散らした話は嫌というほど耳にしている。
彼女ならば、ブラッキーの下へ姿を現したシルベスターを確実に仕留められるはずだと確信していた。
「安心するのだゼクト。大船に乗ったつもりでいるのだ」
「ゼクトさん、わたくしたちにお任せくださいませ」
「ゼクト様、必ずやブラッキーを探し出して見せます」
パーシヴァリー、ピア、イザイラは快く引き受ける。
「みんな、頼りにしている」
そう言ったゼクトは心中で、ホッと胸を撫で下ろしていた。
一癖も二癖もあるこの面子を自分が纏められるのかと不安であったが、皆が素直に従ってくれる様子に少しばかり気分が軽くなるのを感じていた。
とそこで、イザイラが質問を投げ掛ける。
「シルベスターを見つけたら、どうすればいいのですか?」
ゼクトは直ぐさま受け答えた。
「この教会に連絡役を置くんだ。イザイラ、部下の誰かに頼めるか?」
「お任せください。機転の利く物を連絡役に置きます」
イザイラの了承を得たゼクトは話を進める。
「さっきも言った通り、俺がキャロラインを連れて行くのは伝令役を務めてもらうためだ。俺たちの方にシルベスターが現れたら、キャロラインをこの教会へ戻らせる。そちらの方に現れた場合は、誰でもいいから知らせに来てくれ。場所は繁華街のロドゲスの店だから問題ないはずだ」
粗方の説明を終えたゼクトは真剣な表情を作って言葉を続けた。
「みんな、よく聞いてくれ。ぺリア・ロ・サイモンの件で街には衛兵が溢れ返っている。くれぐれも気を付けるんだ」
誰もが神妙な面もちで聞き入っている。
「トモカズは言っていた。自分の命を最優先にしろと。だから死ぬ事は絶対に許されない」
皆が深々と頷きその言葉の意味を噛み締めていた。
「これから行動を開始する。注意して事に当たってくれ」
上手く締め括ったとゼクトは満足する。
これなら緊迫感を持って任務を遂行してくれるだろうと、彼らの働きに期待した。
と、その矢先。
「待つのだゼクト」
パーシヴァリーの次の発言が、ゼクトの思惑を台無しにする。
「キャロラインが寝たままなのだ」
視線を向けて見れば、キャロラインは涎を垂らしながら幸せそうに眠っていた。
時おり彼女はむにゃむにゃと寝言を呟いている。
「……直ぐに起こしてやってくれ……」
どうにも締まらないと、ゼクトは苦い顔を浮かべるのであった。
それから数刻後。
場所は打って変わって繁華街。
「あれがロドゲスの店か」
ゼクトたちは、とある民家の二階の窓から、斜め前に聳える五階建ての派手な店を覗き見ていた。
彼らがここまで来られたのは、民衆たちが手を貸してくれたからに他ならない。
本来ならば、ピアの隠蔽スキルに頼りたいところだが、彼女はブラッキー捜索の要である。
ピアの支援が受けられないゼクトは民衆たちに協力を仰ぎ、衛兵たちがごった返す街の中を、彼らに匿われながら何とか目的地まで辿り着く事が出来た。
そしてゼクトたちが居る民家も、彼のファンと名乗る若い女性が提供してくれた家である。
加えて周囲の住民からも情報提供を受けており、ここまでの助けを借りられたのは、ゼクトの人徳のなせる業であった。
「たいそう立派な店だな」
「はい、あの店の最上階にロドゲスが居るはずです」
その店は飲食店の様であり、マーゴットは概要を説明する。
「一階から三階までが肉料理を専門として扱う高級レストランです。その上が事務所で、最上階がロドゲスの本拠地です」
「……なるほど……」
一思案するゼクトは、周辺住民の情報を思い出していた。
「……今日はロドゲスの姿は見ていないと言っていたな……」
「ロドゲスは豪放な人間です。出掛けるにしてもこそこそしたりはしないので、住民たちが見かけていないのであれば、きっと店に居るはずです」
ここまでは順調だとゼクトは考える。
しかしながら、この先が難関だと彼は頭を悩ませた。
「問題はシルベスターだ」
「はい。彼の者は変装の達人です。どのような姿で接触してくるのか想像もつきません……」
店には不特定多数の人間が出入りしている。
このような状況下の中で、変装を施したシルベスターを見つけ出すのは至難の業であった。
最悪、もう既にシルべスターはロドゲスと接触を果たしたかもしれない。
「……ゼクト様……時間が経てばたつほど機会を失います……」
「……分かっている……」
ゼクトは焦り始めた。
とそこで、エルテがあっけらかんとした調子で口を開く。
「ここで考えても仕方ないよ」
「……」
「……」
打開策が思いつかない今、ゼクトとマーゴットは返答する気にはならなかった。
しかしながら、エルテの次の言葉が二人の興味を強く引く。
「面倒だから、ロドゲスに会いに行こうよ」
「え?」
「え?」
ゼクトとマーゴットは素っ頓狂な声を上げた。
ただ一人、現状を把握していないキャロラインはきょとんとしている。
「ロドゲスに訳を話せばいいんだよ。それから一緒に居てもらったら問題ないよね。どう? 簡単でしょ?」
その提案をゼクトが許すはずもなかった。
「駄目だ。危険すぎる」
「なんで?」
「ロドゲスが協力しない可能性がある。最悪、俺たちを敵と見做すかもしれない。そうなれば騒ぎになり、衛兵たちも駆け付けて、たちまち窮地に陥ってしまう」
「エルテ様、ロドゲスに会うには前日から約束を取り付けなければなりません。いきなり行っては門前払いにされるだけです」
二人は強くエルテを諫めた。
「でも、このままだとシルベスターを取り逃しちゃうよ」
しかし彼女は一向に引き下がろうとはしない。
「ボクたちの任務はシルベスターを倒すことだよね」
反論するエルテにゼクトは穏やかな口調で諭した。
「トモカズは命を最優先にしろと言った。今のエルテのやろうとしている事は、あいつの意志に反する自殺行為だ」
エルテの最も尊敬する者の名を出した。
これで彼女は大人しく従うだろうとゼクトは思う。
が、そうは問屋が卸さなかった。
「ゼクト君。今この現状で、最も大事なことを言うよ」
エルテは神妙な顔で言葉を続ける。
「もしここでシルベスターを取り逃がしたら、君は責任を取れるの?」
「なに?」
思わぬ反撃にゼクトは意表を突かれた。
「師匠は君を高く評価してるんだよ。それなのに、命の危険が迫らない内からそんな弱腰の考えでいいの?」
「……ぐ……」
「師匠だったら絶対にロドゲスに会うよ。ゼクト君は師匠の代わりだよね。だったらこのまま手を拱いて見ているはずがないよね」
「……」
ゼクトは奥歯を噛み締め懸命に考える。
「……いや、でもな……」
彼は苦虫を潰したような顔で、ちらりとマーゴットを見た。
「……あんたはどう考えてんだ……?」
「……私に聞かれましても……」
先ほどまでゼクト寄りのマーゴットであったが、今では視線を外して当惑の色を見せている。
キャロラインはというと、目を点にさせ何の事やら理解していなかった。
「……」
ゼクトは苦渋の決断を下す。
「……分かった……不本意だが、ロドゲスに会いに行く……」
「流石はゼクト君! そうこなくっちゃ!」
喜ぶエルテとは対照的に、ゼクトは苦い顔を浮かべるのであった。




