123.言い争い
俺は三人の説得に乗り出した。
「パーシヴァリー、ピア、エルテ。お前たちの言いたい事はお見通しだ。一人で行くのは危険だって言いたいんだろう? だがな、オルステンにはドミナンテとぺリアムドが居るんだ。はっきり言って、お前たちの方が危険な任務だ。だからこそ少しでもそちらに人を残しておきたいんだ」
どうだ、これでは言い返せまい。
「分かっております旦那様」
……あら……?
……ピアのこの反応……ちょっと俺が思ってたのと違った……?
「旦那様はバンジョーナ城塞までの道のりが分かっておいででしょうか?」
「……」
……おう……痛いところを突かれたよ……
……認めたくはないが、俺には方向音痴の気らいがあるからな……
「案内役としてこのわたくしを連れて行ってくださいませ」
そう言うピアの瞳は色欲に塗れていた。
「それはダメだよピアちゃん」
即座にエルテが抗議する。
「ピアちゃんのその目……道中で師匠に迫る気だね……」
図星だったのか、ピアの美しい眉が少しだけ動いた。
しかし彼女は直ぐに平然とした表情を作り、淡々と言葉を紡ぐ。
「そのようなことはございません。わたくしが責任をもって旦那様をバンジョーナ城塞へとお連れ致します」
「嘘はいけないよピアちゃん。セラーラちゃんから聞いてるんだからね」
「……何をですか……?」
「この前わざと地獄に落ちて、師匠と二人っきりになったところを襲ったんでしょ? しかも覚醒状態まで使って……」
「……そうでしたか……? 身に覚えがございません……」
素知らぬ顔で答えるピアだが、それ以上、反論する事はなかった。
「ピアちゃんはダメだから、ボクが師匠の案内役を務めるね」
「何を言っているのだエルテ。其方が一番危険なのだ」
今度はパーシヴァリーが物言いをつける。
「どうして? ボクなら適任だと思うよ。みんなの中で一番強いし」
「エルテ。其方にも前科があるのだ」
「何のことかな?」
しらばっくれるエルテだが、パーシヴァリーは問い詰めた。
「其方は以前、マスターにパラライズ・ポーションと無効化秘薬を盛り、動けなくなったマスターの操を奪おうとしたではないか。チェームからすべて知らされている」
「……」
エルテは明後日の方角に目を泳がせる。
「という訳で、私がマスターの案内役を務めよう」
「絶対になりません」
「絶対にダメだよ」
「なぜなのだ? 私は其方らの様に己の欲望には負けないのだ。ただ粛々と任務を遂行するのみ。私以外に適任者はいない」
確かにパーシヴァリーは俺に対して何にもしていない。
ていうか、ピアとエルテ。よくよく思い返せば碌な事してねえな……
「案内役は、マスターの、お、お、女である私に決まりなのだ!」
「……ぐ……」
エルテは言い返す言葉が見つからず、死ぬほど悔しがっていた。
「……」
ピアの方は黙ってパーシヴァリーを見ている。
と思いきや、活路を見出したのか迷いなく言葉を発した。
「パーシーさんはオルステンに残らなければなりません」
「ピア、見苦しいのだ。諦めて私とマスターを二人っきりにさせるのだ」
勝ち誇るパーシヴァリーだが、ピアは彼女の野望を阻止すべく攻めに転じる。
「よく聞いてください。パーシーさんはここにいる姉妹の中で一番の年長者。そして副リーダーでもあります。オルステンに残って皆様方をまとめなければなりません」
「なっ!?」
まさかの言い分にパーシヴァリーは面食らった。
「……ピア……そうまでして私の邪魔をするか……」
「邪魔ではありません。理屈を述べたまでです」
二人の間で激しく火花が散る。
「頑張れピアちゃん、負けないで!」
「……」
……なんだよ、こいつら……
そこでクラリーサがやれやれといった様子で口を開いた。
「仕方ない。ここは私が一肌脱ごう。案内役は私が引き受けようではないか」
三人の視線が彼女に集まる。
「エルフの私なら森伝いの移動も可能だ。迷う事など決してない」
確かにそうだ。
以前もクラリーサたちにオルステンまで連れてきてもらった。
森の中を移動すれば、敵に見つかる確率も減る。
「クラリーサ、頼めるか?」
俺の言葉にパーシヴァリーたちが取り乱した。
「待つのだマスター!」
「旦那様、御考え直し下さいませ!」
「師匠、それはないよ!」
……仕方ないだろ……クラリーサが一番の適任者なんだから……
「お前たち、俺の決定が不服か?」
そう言われた三人は、しどろもどろに狼狽える。
「……そう言う訳ではないのだ……」
「……旦那様のお言葉に間違いはございません……」
「……師匠がそう言うのなら……」
乙女精霊たちは渋々引き下がった。
「と言う訳でクラリーサ。バンジョーナ城塞まで一緒に来てくれ」
「ああ、私に任せろ。最短距離で向かってみせる」
「頼もしいぞ、クラリーサ」
「大船にでも乗ったつもりで着いてきてくれ」
笑顔で答えた彼女に、乙女精霊たちの怨嗟の視線が突き刺さった。
「……」
「……」
「……」
「……な、なんなんだ? 私が何か悪いことでも言ったか……?」
クラリーサの顔が引き攣る。
「……いえ……なんでもありません……」
「……師匠を頼んだよ……」
「……任せたのだ……」
心なしか、三人は不貞腐れているようだった。
「……」
……まあいいや……これで方針が決まった。
俺は全員に向き直って、端的に指示を出す。
「聞いていた通り、俺とクラリーサがバンジョーナ城塞へ向かう。後の者は、オルステンに戻ってシルベスターを倒してくれ」
「分かった。何とかやって見せる」
ゼクトが代表して口を開いた。
「今のオルステンは衛兵が溢れ返っているから、民衆に協力を仰ごう。彼らの力を借りて、シルベスターに近づいて見せる」
頼もしいぞゼクト。
今回は危険だから、ゼクトの様に用心深くなければいけない。
よし、ここは全員にしっかりと注意喚起をしておこう。
「今回の任務は非常に危険だ。オルステンにはドミナンテとぺリアムドが居る。こいつらは強い。危うくなったら躊躇なく逃げろ。自分の命を最優先にするんだ」
皆が真剣な顔つきで俺の言葉に頷いていた。
「それからパーシヴァリー、ピア、エルテ」
三人は美しい顔を引き締めて、マジマジと俺を見詰める。
「お前たちはゼクトに従い行動しろ。あいつの言葉は俺の言葉だと思え」
「了解した、マスター」
「畏まりました、旦那様」
「分かったよ、師匠」
これでいい。
俺が居なかったら乙女精霊たちが何を仕出かすか分かったもんじゃない。
こいつらの暴走を止めるには司令塔が必要だ。
ゼクトなら安心して乙女精霊たちを任せられる。
「おいおいトモカズ、俺には無理だ。あんたの娘たちは強いし賢い。俺みたいな奴がコントロールできる訳がねえ」
しかし当の本人は乗り気ではなかった。
「頼むゼクト。お前だからこそ、あいつらの事を頼めるんだ」
ゼクトはギルドマスターをしていた男だ。人の上に立つ能力は証明済み。
さらには強くて器もデカいし、何より性格も良い。
はっきり言って、出来る男だ。
「それにさっきも聞いた通り、三人は既に了承済みだ」
乙女精霊たちが口々にゼクトへの忠義を述べる。
「そうなのだゼクト。其方の命令はマスターの命令なのだ」
「ゼクトさん、何なりと仰ってくださいませ」
「ゼクト君の指示通りに動くから任せてよ」
当事者のゼクトは困り顔を見せていた。
「俺はお前を信用しているし、買ってもいる。他の奴にはこんな事など絶対に頼まない」
ゼクト意外の適任者なんて想像が付かない。
「……分かった。あんたほどの男にそこまで言われちゃあ、断れないな」
「ありがとう。引き受けてくれて感謝する」
よし、これで乙女精霊たちの暴走を防げるはずだ。
「それからシルベスターを倒しても、早まった真似はしないでくれ」
その言葉にゼクトは力強く頷いた。
「了解だ。俺たちの目的はあくまでも奴を倒して領城の魔力場を元に戻す事。そう言いたいんだな?」
流石だな。理解が早くて助かる。
「そうだ。それでシルベスターを倒したら、一旦身を隠すんだ。間違っても領城に攻めようなんて考えは起こさないでくれよ」
ドミナンテとぺリアムドの能力が強力過ぎるからな。
下手に突っ込むと、あっという間にお陀仏だ。
「必ず俺が援軍を連れてくるから、それまで何処かに身を隠していてくれ」
「任せておけ。何とかしてシルベスターを倒し、俺たち全員が無事でいて見せる」
ゼクトの心強い言葉に自然と笑みが零れた。
「無茶はするなよ。さっきも言ったが命が大事だ」
俺は右手を差し出す。
「分かっている。そっちも気を付けてくれ」
ゼクトはその手を握り、俺たちは厚い握手を交わした。
「トモカズ様、これをお持ちください」
イザイラが、小屋の隅に置かれた木箱から何かを取り出す。
「お役に立つと思います」
それは背嚢であり、中には保存食や旅に必要な物がぎっしりと詰まっていた。
「助かるよ、イザイラ」
「もったいなきお言葉」
イザイラは深々と頭を下げる。
……こいつ、本当に気が利くよ……良い配下を持ったとしみじみ思うよ。
そんな感想を抱いた俺は、皆に視線を流した。
「後は頼んだぞ」
全員が神妙な顔で首肯する。
「行くぞクラリーサ」
「了解だ。今回は急ぐから、しっかりと着いてきてくれ」
俺とクラリーサは皆に見送られながら、共に小屋から出立するのであった。




