122.見えた好機
俺は動揺していた。
バンジョーナ城塞の状況が掴めない今、セラーラたちが心配で冷静な判断が出来そうになかった。
「……」
……こんな精神状態ではダメだ……
……こういう時こそ保護者である俺がしっかりしなければ……
俺は平常心を取り戻そうと大きく息を吸う。
「……」
……ふぅ……落ち着け俺……
……今までだって何とかなった……
……今回も大丈夫だ、大丈夫……
そう瞑想していると、徐々に気持ちが落ち着いていった。
「……」
……なんかこれも慣れて来たね……
「……おかしい……」
腕を組み考え込んでいたクラリーサが、訝しみながら疑問の声を上げる。
「何がだ?」
聞き返すゼクトに彼女は重々しく口を開いた。
「……今聞いた報告では、ヘルムーツェン率いる軍は数日前にバンジョーナ城塞へ向かったというではないか」
「それの何がおかしいんだ?」
クラリーサは詳しく説明する。
「兵を動かすという事は、多くの人材や大量の物資が動くという事だ。軍事行動というのは、それだけ大掛かりなものになる。だとしたら、オルステンで偵察を行っていたスクウェイアが気付かない訳がない」
「……」
言われてみればその通りだ。
オルステンはスクウェイアが目を光らせていたし、オルストリッチ領全体を見ても、イザイラの部下が警戒を払っていたんだ。
兵を動かせば、誰かが動きに気づくはず。
その疑問に答えたのはマーゴットであった。
「ドミナンテは他の領主に援軍を頼んだのです」
皆の視線が彼女に集まる。
「他領で軍を編成し、それをヘルム―ツェンが率いている形です。オルストリッチの兵は一切動かしていないから、今の今までその動向が掴めませんでした」
マジか!
やっぱ援軍を呼んでたのね!
「私たちに悟られることを危惧してこのような手段を取ったと思われます。この情報は、ナンシーちゃんがいたから何とか入手できました」
マーゴットの肩に座っているナンシーちゃんは親指を立てていた。
……スクウェイアの人形、すげえよ……
「……なるほど……」
クラリーサは渋面を浮かべながらも納得する。
「領外で行動されては動きなど掴みようがない……」
「……」
……確かに……それではどうしようもない……
「マーゴット、援軍はどこの者なのかしら?」
イザイラの問い掛けに、マーゴットは険しい顔で答える。
「二人の貴族の力を借りたようです」
……ああ、もう聞きたくねえ……絶対にとんでもない貴族だよ……
倦厭している俺に、マーゴットが構わず口を開いた。
「一人はスパリアロ・ラ・フェルゾメール・ド・ハインテル公爵です」
はい出ましたー。
イングリッドの実家ですねー。
「……」
最悪だよ!
「ナンシーちゃんの話だと、一個師団と不死鳥騎士が二名ほど出向いているらしいです」
「……」
……不死鳥騎士は不死身だからなぁ……相手にしたくねえなぁ……
俺が辟易していると、マーゴットは容赦なく次の貴族の名を上げた。
「あと一人は、デミトリクス・ラ・ジェイヒレーダー・ド・クーレンデール公爵です」
だれ?
「……トモカズ、そいつはとんでもない相手だぞ……」
察してくれたゼクトが神妙な顔付きで教えてくれる。
「デミトリクスは三公貴族の一人で、五大騎士団の一角、天狼騎士団を抱える大貴族だ……強敵だ……」
「……」
止めてあげて!
これ以上、俺を攻めないで!
「そこは安心してください」
再びマーゴットが口を開いた。
「今回、天狼騎士団は出てきていないそうです。ドミナンテは兵を借りただけみたいです」
しかしながら、彼女は直ぐに難しい顔を浮かべる。
「ですが、その兵というのが、ならず者などを集めたやっつけの兵なのです……」
「……」
……錬度が低い役立たずの兵を集めたって事か……?
……奴ら、何考えてんだよ……
「……それからあとは、魔術師が一人参加しています……」
「魔術師? それは誰なの?」
マーゴットは重々しく言葉を述べた。
「……【不在者】のアザナッハです……」
「なんですって!?」
その名を聞いたイザイラの顔が蒼くなる。
「お前がそんなに驚くなんて、相当やばい奴なのか?」
「……はいトモカズ様……魔術を齧った者なら誰でも知っている魔術師です……彼は賢師人の弟子で、あの四高弟の一人です……」
何かよく分からんが、凄いのだけは伝わってくる。
「イザイラ、もっと詳しく教えてくれ。先ずはその賢師人ってのは何だ?」
「これは失礼いたしました」
イザイラは一息ついて説明を始める。
「賢師人は、ブリエンセニア王国魔導省、そこのトップを務める魔導卿で、宮廷魔術師の長です」
……魔導省……呼称からして国の行政機関か。
となると、魔導卿ってのは役職名で、大臣のようなものだな。
「俺も賢師人は知っている」
ゼクトも知っているのか。
まあそうだよな。
何せ宮廷魔術師の長と言うほどだから、有名人なのは間違いない。
「そいつは三百年近く生きている魔術師で、ブリエンセニア王国を興した際の、立役者の一人だ」
……はい……?
……三百年近く……?
……それって人間なの……?
「賢師人という呼び名もただの渾名だ。奴の本当の名は誰も知らない」
「……」
なにその怪しさ満載な奴!
絶対に関わりたくないんですけど!
「私も賢師人の名は聞いたことがある」
クラリーサも?
「……」
……まあ、それだけ長らく生きている奴だ……
……エルフのクラリーサが知っていたとしても、何ら不思議ではない……
「彼は三賢者の一人で、開発した魔術は星の数にも上ると聞いた」
「……」
おい!
今さらっととんでもない事を言わなかったか!?
賢者!?
何それ!?
「……」
……まあ、そいつの事は置いておこう……今は関係ないからね……
「……それでイザイラ。そんな凄い奴の弟子、確かアザナッハだっけ? どれほどの実力者なんだ?」
「はい。アザナッハはジェイヒレーダー公爵のお抱え魔術師で、戦略級魔術の使い手です」
「戦略級魔術?」
「そうです。彼は軍団ほどの大規模な人数の気配を消し去る魔術、《不在裁可》を行使できるのです。そこから付いたあだ名が【不在者】」
「……」
ピアの隠蔽スキルを軍隊に施すようなものなのか?
「……」
何だよそれ!
反則じゃねえか!
「……」
……だが、これですべてが分かった……
その《不在裁可》って魔術を使えば、誰にも気づかれることなく進軍ができ、ギリギリまでバンジョーナ城塞に接近できる。
俺がまだ城塞に居た際、既に奴らは近くまで来ていたんだ。
そして俺たちがぺリア・ロ・サイモンへ行った直後、奴らは動いた。
……タイミングが悪すぎる……
「……もう遅いかもしれないが、セラーラたちを助けに行くぞ……」
俺は力無く言葉を発した。
「マスター、その必要はない」
「そうだよ師匠。セラーラちゃんたちなら大丈夫だよ」
……パーシヴァリーにエルテよ……その自信は何処から湧いてくるんだ……
「それよりも旦那様、今が好機です」
……なに言ってんだよピア……お前の姉妹たちに危険が迫ってんだぞ……
……それに何が好機なんだよ……ピンチじゃねえか……
俺がそう思っていると、ピアは意外な事を口にした。
「シルベスターを倒す機会は今しかありません」
え? シルベスター?
「イザイラさんが旦那様の配下だと知られた今、領主側は間違いなく残る三幹部を疑うはずです。彼らが裏切っているかを見定めるため、繋ぎ役のシルベスターが領城から出てきます。そこを叩けば城の魔力場が元通りになります」
……おお……流石はピアだ……目の付け所が違う……
「……」
だがな、ピアよ。その案には穴がある。
「良い考えと言いたいところだが、必ずしもシルベスターが出てくるとは限らない。奴の配下が出向く可能性もある」
「トモカズ様、それは無いかと思われます」
イザイラが口を挟んだ。
「【蝋燭会】の頭領がドミナンテだという事実は、私を除いて残り二人の三幹部は知りません。あの者たちは狡猾で悪知恵も働きます。もし公人のドミナンテが頭領だと知ったら、働く対価を自分たちの有利な条件に変えようとするでしょう」
……三幹部は頭領が誰だか分からなかったから素直に働いていた……
……しかし正体が分かってしまえば恐怖心は消える……
領主側からしてみれば、正体がバレてしまうと扱いづらくなるって訳か。
「【蝋燭会】の頭領が自分だとドミナンテは知られたくないはず。だとしたら、下手を打たないためにも繋ぎ役のシルベスターが出てくることは間違いありません」
……ピンチからチャンスが生まれたよ……
「……」
どうしよっか。
「……」
……セラーラたちは俄然気になる……
……かと言って、シルベスターを倒すチャンスを見す見す逃す手はない……
「……」
俺は逡巡するが、直ぐに決断を下した。
「俺が一人でバンジョーナ城塞に出向く。お前らはオルステンに残ってシルベスターを倒してくれ」
「旦那様、一人はいけません。どうかお考え直しくださいませ」
透かさずピアが異議を唱える。
「師匠。一人だなんて、ボクが許さないよ」
エルテも俺を止めた。
「マスター、一人で行くのは得策ではない」
パーシヴァリーは険しい表情で俺を諫める。
「……」
……まあ、お前たちなら絶対に反対すると思っていたよ……




