117.馬車での会話
俺はぺリア・ロ・サイモンの正面口から堂々と表に出た。
「大層なお出迎えだな」
多くの騎士や兵士が店を取り囲んでおり、俺を見るや否や得物を抜いてその切っ先をこちらに向けてくる。
「さっさとドミナンテの所に案内してくれ」
投げかけた言葉に反応し、兵士の人垣が左右に割れた。
するとその開けられた道から黒い鎧の一団が現れる。
「来たな、漆黒騎士」
威風を撒き散らしなが数人の漆黒騎士が近づいて来た。
そして奴らは俺から少し離れたところでザっと歩みを止める。
「お前がトモカズか。手配書は何度も見たが、こうして対面するのは初めてだな」
一団の中心から、赤黒の騎士外套を身に着けた漆黒騎士が悠然と前に出て来た。
「……」
……こいつ、見た事があるぞ……
「俺はマッテオ・ラ・ゲシュテハイム。漆黒騎士団の副団長だ」
「……」
……思い出した。以前、ゼクトを連行した奴だ。
「早速だが領城までご同行願おう。ドミナンテ様がお待ちだ」
マッテオが片手を上げる。
それを合図に兵士たちが再び道を開き、間から一台の箱型馬車が現れた。
「あれに乗れってのか?」
馬車は、ゆっくりと俺に近付いて来る。
周囲には、馬に乗った十名ほどの漆黒騎士が護衛を務めていた。
「そうだ」
「……」
「何をぼぅっとしている。さっさと行くぞ」
「……ああ……分かった……」
俺はマッテオと共に馬車へと乗り込むと、物々しい集団に囲まれながら領城に向かった。
箱型馬車は、見惚れるほどの精緻な意匠が施されていた。
外装は元より内装も丁寧な装飾品で彩られ、どう見てもやんごとなき人物のために作られた物だと一目で分かる。
しかしながら、馬車はこじんまりとしており、定員は二名ほどのようであった。
「どうした、落ち着かないのか?」
「……まあな、ここまで贅を尽くした馬車に乗ったのは始めてだからな」
丸机を挟んだ対面では、年若くも威厳に溢れた漆黒騎士が悠然と座っている。
「領城まではしばらく時間が掛かる。その間、これでも飲んで気を休めていろ」
マッテオは机の下に置かれた箱から、見事な装飾がなされた一本のボトルと、これまた高価そうなワイングラスを二つばかり取り出した。
奴はボトルの封を開け、無造作にグラスへとワインを注ぐ。
「まさか飲めないとか言うんじゃないだろうな」
そう言うと、マッテオは良からぬ物が入っていない事を証明するかのように、グイッとワインを飲み干した。
「旨い」
「……」
……なにこれ……友好を深めてるの……?
「……俺は叛逆者だぞ……えらい待遇が良くないか?」
その言葉にマッテオは口元を吊り上げる。
「丁重に出迎えろと言われている。俺はただ命令に従っているだけだ」
「……」
……丁重にねえ……
俺は訝しみながらもグラスを手に取り少しだけワインを口にした。
そしてマッテオを見据え、ゆっくりと口を開く。
「……命令って言っても、お前は副団長だろう……ある程度の事情は知っているはずだ……俺をここまで歓待する理由を言え」
俺は口調に凄みを加えたが、マッテオは動じることなく淡々と言葉を紡いだ。
「俺の仕事はお前に不快な思いをさせず、ドミナンテ様の前に連れて行く事、ただそれだけだ」
「……」
……不快な思いをさせない……?
……どういうことだ……?
暫しの間、俺は思考を巡らせる。
「……」
……おいおい、もしかして……
俺の微妙な表情の変化をマッテオは見逃さなかった。
「察したようだな」
「……」
……マジかよ……
「……俺を引き込もうって腹かよ……」
「そうだ、ドミナンテ様はお前を配下に加えたがっている」
「……」
……嘘だろ……
「詳しい話はドミナンテ様から直接聞け」
「……」
……もしその話が本当なら、ドミナンテと言う男はとんでもなく懐が深いという事になるぞ。
自分の息子を四人も倒した相手を抱き込もうってんだ。
並大抵の器じゃ、そうそう受け入れられない……
「どうしたトモカズ。ドミナンテ様の偉大さに驚いているのか?」
顔に出ていたのか、マッテオはにやにやと笑いながらこちらを見ていた。
「……ああ、驚いてるよ……」
「ククク、そうだろうな。驚くよな。俺も驚いた」
「……」
……信じられねえが、マッテオの様子からして、本当に俺を傘下に加えようとしているみたいだ……
「……」
でもな、俺が靡くなど絶対にない。
もしそんな事をすれば、乙女精霊たちに何を言われるか分かったもんじゃない。
それにゼクトや冒険者たちを見捨てる事になるし、避難所にいる村人たちも同様に見限らなきゃならない。
更にはティンクファーニたちの期待を裏切るし、グラハムたちを完全に敵に回しちまう。
「……」
……柵が多くなってきたね……
「……その話は後でドミナンテにじっくりと聞いてみるよ……」
「そうか。だがトモカズ、よくよく考えておけ。どの選択肢が自身にとって最良なのかをな」
「……」
……いや、もう結論は出たんですけど……
「……分かったよ……それはそうと、別の事を聞いてもいいか?」
「答えられる範疇ならな」
今のうちに聞ける事は聞いておこう。
「お前たち漆黒騎士は本当に強いのか?」
不躾なその言葉にマッテオの表情が険しくなった。
「……どういう意味だ……」
「いやね、漆黒騎士って、王国でも五大騎士団の一角に入ってるんだろう?」
「……だからどうした……」
今にも剣を抜きそうなほどにマッテオは苛つく。
しかし俺は、構うことなく言葉を続けた。
「俺は不死鳥騎士と遣り合った事があるんだが、あいつら結構な強さだったぞ。何せ不死身に加え、特殊能力を持っていたからな」
不死身だけでも凄いけどね。
「対してお前たちは身体強化の超闘気だけだろ? まあ、それも大した物なんだろうけど、漆黒騎士の真骨頂はダークネス何とか生命気じゃないのか?」
レーヴェが使っていた生命気、あれは手強かった。
何せ生命力が吸い取られるんだからな。
しかもあいつはその生命気を都市全体に広げやがった。
「……お前は知らんのだ……」
……うん……?
……激昂するかと思っていたが、マッテオの奴、意外と冷静だぞ……
「何が知らないんだ?」
奴は再びワインを飲み干すと、悠長に口を開いた。
「確かに漆黒超闘気を発動できるのは団長とレーヴェだけだ。しかし俺を含めた他の漆黒騎士たちは、十二分にその素質を持っている。それだけで充分なのだ」
いやいやいや。
全くもって充分じゃないでしょうよ。
「それだと自分たちが役立たずだと明言しているようなものじゃないか」
そんな俺の言葉にも、マッテオは一切動じなかった。
「お前がどう解釈しようが勝手だ。だがこれだけは言っておく。へエルムーツェン団長の下に集う漆黒騎士団は最強だ」
「……」
……何だよ、この自信は……
「これ以上は俺の口からは言えん。後でヘルム―ツェン団長に怒られるからな」
「……」
……絶対なんかあるよ……
「この話はここまでだ。今度は俺が質問をしてもいいか?」
「……お前と一緒で答えられる範囲ならね……」
「ならば聞こう。お前は何者なんだ? 何処から来た? 本当にドミナンテ様に勝てるとでも思っているのか?」
意外と当たり前な質問が来たぞ。
「……そうだな……」
それから暫くの間、俺とマッテオは互いの核心を伏せながら対話を交わすのであった。
そうこうしていると、荘厳な城門が見えてきた。
「着いたな」
マッテオは会話を中断させ城門に視線を移す。
それが合図とばかりに門が自動的に開かれた。
「……おい、このまま領城に入って大丈夫なのか……?」
俺の問い掛けに、マッテオは不敵な笑みを浮かべる。
「何だ? 今になって怖気づいたか?」
「……」
……いやいや違うって……シルベスターの魔力場だよ……
……俺の許可が下りてんのか気になるんだよ……
しかしながら、その心配は直ぐさま杞憂に終わる。
馬車は止まる事なく城門を通過して城の敷地内に入ったが、俺にダメージが入る事はなかった。
「……」
……良かった……もうすでに許可が下りているみたいだ……
俺は周囲を見渡してシルベスターを探す。
「……」
……何処にもいないぞ……
「……」
……だとしたら、どうやって俺の許可を出したんだ?
キョロキョロとしている俺の姿にマッテオは口元を緩めた。
「なぜ許可が下りていたのか気になるみたいだな」
「なっ?」
こいつ、どうして分かったんだ?
「それくらいなら教えてやってもいい」
俺の考えを見透かしたマッテオは説明を始める。
「シルベスターは、お前の髪の毛から生命力のパターンを読み取った」
「……」
……ああ、そう言う事か……
たぶん中央広場で戦った時だな。
後から俺の痕跡を回収したって訳かよ。
「……」
ていうか、マッテオのさっきの言葉、俺が魔力場の事を知っているような口ぶりだった……
「……」
……これは確実に勘付いているぞ……
……シルベスターと領城の魔力場との関連性、その実態に俺たちが気づいている事を…………
「……」
……どうする?
ここでマッテオを振り切ってシルベスターを探すか?
「……」
……いや、それは甘い考えだ……
……俺たちが魔力場の原因を知っていると見抜かれた今、シルベスターは俺が探し出せない場所に居る可能性が高い……
「着いたぞ」
俺が思案していると、馬車は領城に続く豪著な階段前で停止した。
「……」
……こうなったら、直接ドミナンテに会って奴を倒すしかねえ……
「何をしている、早く降りろ」
「……分かってるよ……」
方針をドミナンテ暗殺に切り替えた俺は、覚悟を決めながら馬車を降りるのであった。




