112.大商人との会談
城塞の賓客室。
その部屋でグラハムは待たされていた。
ここは城塞だってのに、豪華な部屋が沢山あるのね……
「グラハムさん、お待たせしました」
アプリコットが扉を開けて、俺と共に入室する。
「待たせたな」
中に入るとソファーに座って旨そうに茶を啜る爺さんが居た。
「久しぶりだな小僧」
そう挨拶を交わす奴の傍には一人の少女が佇んでいる。
彼女は床に届くほどの長いクリーム色の髪を持つ、大層可憐な美少女であった。
その腰には、髪と同じように長い大太刀が差してある。
「……」
……グラハムの護衛か……?
「何時までそこに立っておる。さっさと座らんか」
……なんか俺がお客さんみたいになってるんですけど……
「……分かったよ」
俺は頬を引き攣らせながらも、奴の対面に置かれているソファーに座った。
アプリコットも俺の後ろに行儀よく控える。
「なんだ、その顔は? こうして儂が出向いてやったのだ。もっと喜ばんか」
「……喜ぶも何も、あんたは中立の立場を取っている。ここに居る事をドミナンテが知ったら、確実に爺さんの首が飛ぶぞ」
その言葉にグラハムは少しも動じなかった。
それどころか薄ら笑いさえ浮かべている。
「甘いな小僧。情勢は刻一刻と変わっておる。昔の取り決めに縋りついていては生き残れん」
……なんだ?
……こいつの意図が読めねえ……
……まさかとは思うが、グラハムは既にドミナンテと手を組んでいて、俺に探りを入れてきた……?
だがこれほどの大商人が、そう簡単に約束を違えるとは思えない……
「……」
……悩んでも分からん……
「単刀直入に聞く。何しに来たんだよ」
俺の問いかけに、グラハムはニヤリと口元を緩めた。
そしてまったく関係のない話を始める。
「小僧、随分とやらかしているではないか。あの軍事の天才と言われたマッキシムを倒し、難攻不落のバンジョーナ城塞を手中に収め、さらには地獄の扉を使うデウストまでもあっさりと葬った。大したものだ」
「……」
……なんだよ、褒め殺しに来たのか……?
……いや、俺を煽てて何らかの情報を引き出そうとしているのか……?
「見事としか言いようがない。着々とドミナンテから戦力を削っておる」
そこでグラハムは笑顔を一変させて、興味深そうに尋ねてきた。
「だが、儂にはどうしても気になる事があるのだ。小僧に会いに来た理由は、それを聞かせて貰うためだ」
「……」
……気になる事? 俺も気になる……
「何だよそれは。言ってみろ」
「デウストを倒した後、なぜ領城に攻め入らなかった?」
なんだ、そんな事か。
「レーヴェと取引したんだよ。あいつはあの時、凶悪な生命気でオルステン全体を包んだ。それを引っ込めさせるために俺たちは撤退したんだ」
と言っても約束はそのとき限り。
退散した後でも領城に攻め込まないとは一言も言っていない。
だがその後から城に攻めようものなら、ゼクトが約束を破る事になるとか言って反対するのは目に見えている。
あいつの考えを押し切ってまで領城の制圧に乗り出したら、俺に対する信頼が崩れるかもしれない。
民衆に絶大な人気を誇るゼクトにそっぽを向かれたら、オルステンを治めるときに苦労するからな。
だから俺は、ドミナンテが帰って来るまで手を出さなかった。
でも結局のところ、領城には変な結界が張ってあったから、攻めるに攻められなかったんだけどね……
「……」
……本音を言うと、当時はセラーラとピアを目覚めさせる事で手いっぱいだったから領城をスルーしてた……
「正解だったな」
え? なにが?
「領城に攻め込むなど死にに行くようなものだ」
「なんで?」
「あそこにはシルベスターという執事が居る。奴は魔力場操作の使い手だ」
はい、新単語ですね。
「何だよそのマギカ何とかってのはよ」
「魔力場を操作する能力だ」
……魔力場……聞き覚えがあるぞ。
以前、ティンクファーニがイングリッドに捕まっていた際、魔力場を利用した首輪を嵌められていたっけ……
魔力場は地中に流れる魔脈という物から発生した力で、地域によって異なる魔力場が存在するとか言っていたな……
「……」
でも操作ってなんだ?
「爺さん、一つ教えてくれないか。魔力場は分かる。だがそれを操作するってどういう意味だ?」
「そのままの意味だよ。魔力場操作の能力を持つ者は、魔力場を強化させることが出来るんだよ」
俺の疑問に答えたのは、グラハムの背後に佇む美少女であった。
「爺さん、その娘は誰だ?」
グラハムは目を細めて口を開く。
「紹介するのを忘れておったわ。こやつは【泥狩り】のリーダーで、名をサナレと言う。儂が信頼する友だ」
「……」
……こいつがあの高名な【泥狩り】か……
五人しかいない小さな傭兵団と聞いていたから、ゴツイ奴ばかりだと思ってたけど意外だな。
しかもリーダーはとんでもなく美少女だ。
まあ、俺の乙女精霊たちには敵わないけどね。
「……」
……にしても、グラハムに友とまで言わせるとは……かなり信用されているみたいだな。
「初めましてだね、私はサナレ。トモカズさんの名を聞かない日はないよ。いい意味でね」
「そりゃどうも……」
俺はサナレをじっと見据えた。
「……」
その視線を受けた彼女は笑顔を作り、話を再開させる。
「オルステンは強力な魔力場が発生している地なんだ。中でも領城付近は強力でね。シルベスターはそれを利用して、魔力場操作で領城一帯の魔力場を凶悪な空間領域に変えてるんだよ」
「凶悪とはどんな風に?」
サナレは目線を上に向けて、少しばかり考えてから口を開いた。
「シルベスターの手が加えられた魔力場は、全ての力を感知できる特性を持ってる。それは生命気、魔力、神聖力、暗黒力、神秘力、エーテル……」
ちょっと待てい!
続々と新単語が出てきたぞ!
いっぺんに言われると訳が分かんなくなるじゃねえか!
「分かった! 要するに、どんな奴でも領城に入れば気付かれるって事なんだよな!」
「その通りだよ」
「……」
こりゃあ、とんでもねえぞ。
「でも面倒なのは、それじゃないんだ。シルベスターは、元々ある魔力場の特性を倍増させてるんだよ」
「……元々ある特性って何なんだ……?」
「変圧だね」
「なにそれ」
「変圧は魔力の中でも特殊属性に入るんだ。特徴は、様々な力を制御不能にすることだよ」
「という事は、侵入した者の持つ力を暴走させるとかか?」
「ご名答」
「……」
……ベティちゃんがやられた絡繰りが分かってきたぞ……
「仮にだよ。侵入した者が火属性の魔力を持っていたら、魔力が暴発して全身を焼き尽くすんだ。生命気だったら際限なく膨らんで生命力を奪うだろうね」
「……」
ベティちゃんは風属性の魔力を持ってたんだろうな。
それが暴発して彼女自身を傷つけた……
「付け加えると、シルベスターは人が持つ力を魔力場に覚えさせることが出来るんだ。だから記録されていない力を持つ者が領城に侵入すると、自動的に力が暴発するっていう仕組みだよ」
「……」
……これは厄介極まりねえぞ……
自分自身の力が暴走したら、止める手立てがねえ……
「……」
……ていうか、なんで今さらその事実を俺に話した……?
これは凄く貴重な情報だぞ……
「……爺さん……あんた何考えてんだ? どう考えても中立の立場を超えて俺寄りの行動を取っているんだが……」
その言葉にグラハムの表情が引き締まった。
「……小僧、問題を出そう……ドミナンテが貴様を始末した後、次に排除するのは誰だか分るか?」
「……」
領主側に不満を持つ者を粛清するだろうな……
更には俺との戦いで疲弊したオルストリッチを立て直すため、資金を確保しなくちゃならない。
「……」
グラハムからフィンゴール商会を奪えば手っ取り早い……
「爺さん、あんただ」
「そうだ」
グラハムは即答する。
「今のところ、ドミナンテが儂に手を出す気配はない。こちらには【泥狩り】が付いておるし、今は小僧に掛かりっきりだからな。だが貴様の次は、必ず儂を潰すだろう」
「……」
……ああ、そう言う事か……
爺さんがここに来た本当の理由は、俺と手を組みたいからか。
さっきの情報は手土産って訳ね。
「どうだ小僧。儂の真意が分かったか?」
「ああ。爺さんが良ければ俺は喜んで迎え入れるよ」
俺の言葉にグラハムは相好を崩した。
「有り難い」
爺さんには【泥狩り】がいるからな。
彼らが俺たちに加われば、戦力は数倍にも跳ね上がる。
しかもフィンゴール商会が後ろ盾に付く。
これからは金の心配も不要だ。
「……」
笑いが止まんねえ!
そう喜ぶ俺とは対照的に、グラハムの表情が険しくなった。
「そこで少し相談がある」
ん?
「いいぜ、遠慮なく言ってくれ。俺たちは仲間になったんだからな」
「そう言ってもらえると助かる」
再びグラハムの表情が和らいでいく。
「実のところ、儂らは表立っての協力が出来んのだ」
え? どういうこと?
「儂はオルステンに多数の店を構えておる。無論、重要な店には用心棒を雇っているが、ドミナンテが本気で兵を送り込んで来たらお手上げだ」
「【泥狩り】がいるだろう」
グラハムは後ろに控えるサナレに視線を流した。
「こ奴らの人数は五人。それだけではすべての店は守り切れん」
「……確かに……」
「それに【泥狩り】は儂と孫娘の護衛で余裕がない。ここで儂が反旗を翻すと、たちどころに全ての店が潰され資産が没収されてしまう」
「……」
……という事は、【泥狩り】は戦力としては期待できない……
……それはきついな……
「だから儂は、情報面と資金面で貴様を支える事にした。どうだ。この条件で儂を迎え入れてはくれんだろうか?」
「……」
……まあいっか……
情報も金もくれるんだから良しとしとこう。
「了解だ。よろしく頼む」
「流石は儂が見込んだ男。話が分かる」
こうして俺とグラハムは、商人ギルド委員会議の時と同じように、厚い握手を交わすのであった。




