109.支配地域が増えました
見事に荒廃したフェレーアンの庭。
そして丘の上では泣き叫ぶ精霊たち。
その有様に、俺は目の奥に熱湯をぶっかけられたような痛みを感じた。
「……セ、セラーラ……ピ、ピア……答えろ……」
俺は声を震わせながら二人に説明を求める。
「フェレーアンの庭を焦土に変えても良いと主様は仰られました。なのでお言葉通り、それを遂行させていただきました」
……ああ、言ったよ……覚えてるよ……
「……」
でもなあ!!!
それは時と場合によってだ!!!
精霊たちは完全に白旗を上げてるんだよ!!!
ここまでする必要はないだろうが!!!
俺の血圧が急激に上がり始めた。
とその時、ピアが訳の分からぬ事を口にする。
「流石は旦那様です。フェレーアンの庭の花が怪しいとお気づきになるとは……その慧眼、御見それいたしました……」
「……」
……え……?
「私たちは、主様に言われて初めて気が付いたのです……お恥ずかしい限りです……」
……なんのこと……?
「わたくしとセラーラさんは、目が覚めた時からこのフェレーアンの庭に違和感を感じておりました。それは精霊神殿に来るまで消えることはなかったのですが、旦那様にこの庭を焦土にしても良いと御言葉をいただいた際、違和感の正体を悟ったのです」
「……」
……どういうこと……?
「ここの花は、香りと共に怪し気な物質を放出しております。わたくしが見た限りでは、洗脳の類であることは間違いありません」
「……」
……そ、そうなの……?
「流石は主様です。それを誰よりも早く気づき、花の排除に乗り出す……ああ、何と素晴らしい御方なのでしょうか……」
セラーラは我慢できなくなったのか、俺をうっとりと見詰めながら一歩、また一歩と近づいてきた。
「……旦那様にはいつも感服させられます……わたくしでも確信が持てないことを、こうもあっさりと見通してしまう……旦那様が凄すぎて、わたくしはどうにかなりそうです……お願いです、このピアをお慰め下さいませ……」
負けじとピアも、情欲に満ちた瞳を俺に向けてじりじりと迫って来た。
「待ちなさい」
それに不満を抱いたのか、セラーラが牽制する。
「私の方が先です」
透かさずピアも言葉を返した。
「セラーラさん。申し訳ございませんが、わたくしの方から先に愛を囁かさせていただきます」
「何を言っているのですか。長女の私の方が先です」
「以前も申し上げましたが、愛に姉だの妹だのは関係ありません」
「いいえ、関係あります」
「何を仰いますか、関係ありません」
……なんか言い争いを始めたけど、こいつらサラっととんでもない事を言いやがった……
「おいジャスティリオス。ここの花はどうなってんだ? 何か特殊な事でもしているのか?」
未だ絶望に打ち拉がれているジャスティリオスは、ヘタレ込んで死にそうな顔をしていた。
それでも奴は、憔悴しながらも俺の問いに答えてくれる。
「……特殊な事ですか……そうですね……強いて言えば、精霊王の加護を受けております……」
「加護? なんだそれは?」
「……精霊が持つ属性、それを付与できる技能とでも言いましょうか……」
「精霊なら誰でも使用できるのか?」
「はい。ですが花畑すべてに加護を授けるなど、並の精霊では不可能です。これだけの広大な範囲に加護を行き渡らせる事が可能なのは精霊王だけでございます」
「……」
……加護か……
それを使って無意識下で精霊たちを洗脳し、支配しているのか……?
「……」
……精霊王……胡散臭いぞ……
「……セラーラ、ピア。お前たちは大丈夫だと思うが、洗脳とかされてないよな?」
言い争いをしていた二人は直ぐに俺の方へと向き直った。
「あの程度、主様に寄せる私の想いに比べれば、無に等しい限りです」
「わたくしが抱く旦那様への愛に敵うものなど、この世のどこにも存在いたしません」
「……」
……うん……こいつらの俺に対する愛情は、狂気そのものだもんな……
「……」
……まあ、大体の事情は分かった。
洗脳されるのであれば、花畑を壊滅させても仕方がない。
「……」
……だがもう一つ、腑に落ちない点があるぞ。
「セラーラ、ピア。どうして覚醒状態を発動させたんだ?」
こいつらなら覚醒状態無しでも簡単に花を処理できたはず。
「すみません、主様……姉妹たちの顔が一刻も早く見たかったのです……」
「時間短縮のため覚醒状態を使わせていただきました……申し訳ございません、旦那様……」
「……」
……そうか……そうだったのか……
……こいつらも早くパーシヴァリーたちに会いたかったんだな……
「……分かったよ……今回はお前たちの姉妹愛に免じて不問にするよ……」
これでは怒るに怒れない。
「……主様……」
「……旦那様……」
彼女たちはうっとりした顔を俺に向ける。
「……」
……俺も甘いな……
「……」
だが、のちのちを考ると、これだけは言っておかないとな。
「今後、俺の許可無しでは覚醒状態を使用するな。本当に身の危険が及ん時にだけ発動させる事を許す。分かったな、二人とも」
「はい、主様」
「畏まりました、旦那様」
セラーラとピアは穢れの無い無垢な瞳で俺を見詰め、可愛らしく首を縦に振った。
……素直で愛い奴らだ……
「……」
俺も相好を崩すと温かい眼差しを二人に送る。
「……」
「……」
俺とセラーラとピアの間で幸せの空気が流れた。
と思いきや、雰囲気をぶち壊すかのように精霊たちの悲鳴が聞こえてくる。
「……お花畑がぁああああ……」
「……二度とあの美しい景色は見られないの……?」
「……もう生きていけないわ……」
それがセラーラとピアの癪に障った。
「騒がしいです」
「少し静かにしてくださいませ」
一瞬で場が静まり返る。
「……」
「……」
「……」
……やべえ……あいつら怒ったんじゃねえの?
「セラーラ、ピア、穏便に済ませろ」
「大丈夫です主様。この者たちによく言って聞かせます」
「わたくしたちにお任せくださいませ」
二人は精霊たちに向き直った。
そしてセラーラが居丈高と言葉を発する。
「よく聞きなさい。私たちが花畑を処分したのは良からぬ物質が出ていたからです」
奴らは脅えながらも驚き目を丸くした。
「……良からぬ物質、ですか……?」
ジャスティリオスが精霊たちを代表して聞き返す。
「そうです。それがあなたたちの心身を蝕んでいました。例えるなら、憎悪増幅の効果と洗脳の効果があるとでも言っておきましょうか」
その話にジャスティリオスは首を傾げた。
「……それは本当でございますか……?」
「わたくしの言葉が信じられないとでも?」
「いえ! 滅相もございません!!!」
ジャスティリオスは這い蹲って平服し、他の者たちも奴に倣って地にへばりつく。
うん、完全に躾けられてます。
「あなたたちは、主様の意向で正常な判断ができるようになりました。それでどうしますか?」
唐突な質問に、ジャスティリオスは冷や汗を流して困惑した。
「……も、申し訳ありません……どうするとは何をでございましょうか……?」
「服従の証として、主様との契約をするのかしないのかを聞いているのです」
ジャスティリオスが怖じ怖じと俺に顔を向けてくる。
「……トモカズ様が私との契約を求めるのであれば、従わさせていただきます……」
「主様。ああ言っていますが、どうなされますか?」
「……」
……確かにこいつを抑えておけば、フェレーアンの庭は俺の支配下に入る……
「……」
ジャスティリオスの禿げた頭頂では、ピンク色の毛が一本だけ靡いていた。
「……いや、止めとくよ……」
こんな変なおっさんと契約なんて交わしたくねえ。
「主様はあなたとの契約は望んでいません」
その言葉にジャスティリオスは暗い影を落とす。
いやいやいや、残念そうにするんじゃねえよ!
「では最後に言っておきます。私たちが精霊界から去った後、今回の経緯を精霊王に報告しても構いません。ですが、キャロラインが次代の精霊王になったとき、このフェレーアンの庭とあなた方は本当の意味で滅亡することになるでしょう」
「……そ、そんな……」
ジャスティリオスの顔から血の気が失せていく。
そして精霊たちも、皆が恐怖で震えあがった。
「そこまで恐れないでくださいませ。先ほどセラーラさんが言った御言葉は、旦那様に対して翻意を見せたときだけです」
「……で、では?」
ピアは微笑み優しい口調で話を続けた。
「旦那様に忠誠を貫き、わたくしたちに認められる行いをしたのであれば、それなりの恩恵を与えることを御約束いたしましょう」
「……」
ジャスティリオスの目の奥に欲望の火種が燻り始める。
「……お、恩恵とはどのような物でございましょうか……?」
何となくだけど、あいつは業突く張りの野心家だと思っていたよ。
だって部屋が金ぴかだしね……
「あなたは今後も神官長の地位に甘んじていられますか? 」
「……そ、それはどういう意味で……?」
ジャスティリオスはセラーラの意図を掴みきれないでいる。
「あなただけではありません。ここにいる全ての者たち、あなた方は一介の精霊で終わってもよろしいのですか?」
精霊たちも理解が追い付かず、誰もが頭の中で疑問符を浮かべた。
そんな彼らにピアが細かく説明をする。
「あなた様方が、生涯に渡って旦那様に忠誠を誓う。それが出来るのであれば、キャロラインさんが精霊王になった暁には高い地位と力を差し上げてもよろしい、そうセラーラさんは仰っているのです」
「なっ!!?」
精霊たちの間で衝撃が走った。
「……わ、私たちは今以上の精霊になれるのですか……?」
ジャスティリオスは信じられないと言った様子でセラーラを見ている。
その眼差しを受けた彼女は清楚な微笑みを零した。
そしてある方へと視線を移す。
「キャロラインがそれを証明しています」
「……」
誰もが彼女を見て深く納得した。
誓約など出来ないと思っていたポンコツ精霊のキャロラインが誓約者を連れてきたのだ。
しかもその者は、異常な強さと抜群の美貌を兼ね備えた従者を従えている。
そこから見て精霊たちは、俺がキャロラインを強くしたと思い込んでいった。
「主様に付き従えば、精霊としての格も上がり、フェレーアンの庭を精霊界随一の庭にすることも可能です」
「あなた様方が今後の精霊界を動かすのです」
精霊たちは固唾を飲んで二人の話にのめり込んでいく。
「さあ、主様に忠誠を誓いなさい。そしてあなたたちがこの精霊界に新たな風を吹き込むのです」
「旦那様の下で更なる高みを目指し、全てを支配下に収めてくださいませ」
その甘い誘惑に、一人の精霊が惑わされた。
「……わ、私を! どうかこの私をしもべにしてください!!!」
それが付け火役となり、精霊たちは挙って忠誠を誓い始める。
「私も一生ついていきます!!!」
「何処までも服従を誓います!!! 」
「俺もあなた様たちに従います!!! 」
「こら貴様ら!!! 私を差し置いて抜け駆けをするな!!!」
……なんなのこいつら……誓約者よりも野望があるんじゃねえのかよ……
「分かりました。ではキャロラインが精霊王になるまでに、フェレーアンの庭を健全な花で埋め尽くすのです」
セラーラの言葉で精霊たちのテンションが鰻登りに上がっていく。
「お任せください!!! 素晴らしい花畑を作り上げて見せます!!!」
「了解しました!!! 命懸けで取り掛かります!!!」
「以前とは比べ物にならないくらいの花畑にしてみせます!!!」
高揚した彼らの様子にセラーラとピアは頬を緩めた。
「これなら一先ずは安心でしょう」
「フフフ、元気がよろしいことで……」
結果として、俺たちはフェレーアンの庭を完全に掌握した。
「……」
……なにこれ……よく分からない内にフェレーアンの庭が傘下に入ったよ……
「……」
……なんだろうか……どっと疲れが出た……
……さっさと帰ろう……




