105.神官長の悪あがき
「主様、行ってまいります」
「旦那様、失礼いたします」
セラーラとピアは優雅に歩きながら精霊たちを追った。
「俺も神官長を捕まえに行くとするか……」
とその前に。
「キャロライン」
彼女は今もなお俺に縋りついていた。
「今から虹の花を十本くらい取って来てくれ」
キャロラインに頼む理由は、彼女をこの場に居させたくはないからだ。
精霊界に来る前、こいつは不本意とはいえパーシヴァリーたちに酷い目に合わされた。
ついさっきの出来事なのに、そう時間を置かずしてセラーラとピアの狂喜する姿を見たら、あの事を思い出してまた錯乱するかもしれない。
それに二人は覚醒状態を発動させている。
終了したら必ず休眠状態に入るから、直ぐに目覚めさせてやりたいってのもある。
「そんなに急いでないが、遅すぎるのも困るから、一時間くらいで取って来てくれ」
「……うん、分かった……」
こいつは雷属性の精霊だから、本気を出せばあっという間だろう。
でも早すぎたら阿鼻叫喚の世界を見せることになるので、覚醒状態が終わるタイミングで戻って来てもらおう。
「……行ってくる……」
彼女は即座に行動を起こそうとする。
「ちょっと待て、こいつを付ける。来い、〈クリンオーネ〉」
俺は馴染みのあるモブ精霊を召喚した。
「あの少女を護衛しろ」
俺の指示に従って、十数体のクリオネのような物体が、ふわふわとキャロラインの周りを漂い始める。
「……可愛い……」
〈クリンオーネ〉なら不測の事態が発生しても結界で守ってくれるし、手に負えない相手が来ても直ぐ俺に報せてくれる。
それに第三階位の風精霊だからそれなりに速い。
キャロラインの速さにも充分に付いていけるだろう。
「……」
……モブ精霊ってちゃんとした精霊だよね……
以前から気になってたんだが、この世界の精霊と乙女精霊は明らかに違う。
……まあ、セラーラたちが精霊界に入れたから、同じ類の精霊で間違いないんだろうけど、使う技はこちらがSPを消費して使用するスキルなのに対し、奴らは魔力か何かを消費して行使する術だ。
「……」
……スキルって何……?
いや、ゲーム内の技だとは分かってるんだけど、凄く曖昧なんだよな。
「……」
……うーん……これはごたごたが解決してから考えよう……
「……」
にしても、なんか考えることが山積みになってきたな。
この世界に来る原因となった【次元跳躍の宝玉】や、どうして俺が死んだ弟の身体になってんのとか等々……
俺が思考のるつぼに嵌りかけていると、キャロラインが覗き込んできた。
「……虹の花を取ってくる……」
そうだった。
今はそんなことを考えている場合ではなかった。
「ああ、頼んだぞ」
「……任せて……」
頷いたキャロラインは稲妻の如く移動する。
そして広間に残された者は、俺と死ぬに死ねない精霊たちだけとなった。
「……ごろじでぐだじゃい……」
「……イ゛だい゛……もう゛死に゛ダい……」
奴らはこちらに顔を向け、涙ながらに慈悲を乞うている。
「……」
居た堪れなくなった俺は、神官長を捕まえるため足早に神殿の奥へと歩を進めた。
大広間まで歩いて来た廊下と違い、神殿の奥は狭い通路が幾重にも張り巡らされていた。
しかしながら、ピアのスキルによって既に天井は無くなっており、壁の殆ども黒点に吸い込まれていたため、何処に何の部屋が有るか丸分かりである。
「あの辺りから気配がするぞ」
俺は数多くある部屋、その中の一室に注意が向き、迷うことなくそこへと向かった。
「何だ……この部屋は……?」
足を踏み入れたその場所は悪趣味な部屋であった。
床は宝石が散りばめられた派手な絨毯が敷かれてあり、とても高価に見える。
まだ黒点に吸い込まれていない壁にも、なんだかよく分からない抽象画や黄金で出来た調度品などが所狭しと並べられていた。
この分だと天井にも品の無いシャンデリアが飾られていた事は間違いない。
「……」
精霊って意外と俗なのか?
それとも神官長がただの成金なだけ?
……どちらにしても、こ部屋の趣味が悪いのは間違いない……
そんなことを考えながらも部屋の奥にある金ぴかの執務机に目を向けた。
「その下品な机の下にいるのは分かってるんだ。出て来いよ」
「……」
観念したのか神官長は、俺を睨みつけながら姿を現す。
「……貴様……こんな事をしてただで済むと思っているのか……」
やけに強気だな。
神官長の実力がどの程度かは知らないが、逃げ出したくらいだからそこまで強くはない筈だ。
俺の見立てでは、神官たちよりも少しばかり腕が立つ程度だろう。
「おい、おっさん。自分の立場が分かってんの?」
「……それは貴様だ……これだけの事を仕出かしたんだ……精霊王様の耳に入れば貴様は終わりだ……」
……精霊王……?
……今代の精霊王って事か?
「……」
……なるほどね。虎の威を借りる狐って訳ね。
「いいぜ、その精霊王とやらに告げ口して来いよ。相手になってやるからよ」
「……なんだと……?」
「どうせなら、今から俺が精霊王に会いに行って、その首を取って来てもいいんだぜ」
「なっ!!?」
驚いてる驚いてる。ハッタリが効いてるね。
「精霊王の居場所を教えろよ。行って来てやるからよ」
「……き、き、貴様ぁあああ……」
顔がゆでだこの様に真っ赤になってるぞ。
血管も浮き出てるし、今にも切れそうだね。
「どうしたよ、早く教えろよ。まさかビビってんのか?」
「……言わせておけばぁああああ……」
まあ、絶対口にはしないだろうな。
こいつは神官長で、その上には精霊王がいる。
たぶんその間にもいくつかの役職があると俺は見た。
言わばこのおっさんは、フェレーアンの庭を任された中間管理職。
今の騒ぎを精霊王に知られれば、俺は討伐されるかもしれないけど、管理不十分として神官長も罰せられるはず。
それに俺は、直ぐにでも精霊界からおさらばする。
だから知ったこっちゃないんだよ。
「……精霊王様に報せるまでもない……」
それでも神官長が引き下がる様子はなく、目には怒りの炎を滾らせていた。
「……私が何の考えも無しに逃げたとでも思っているのか……」
負け惜しみだね。
「これを取りにこの部屋まで来ていたのだ!!!」
神官長は右手を高々と掲げる。
その手には稲妻の形のメダルが握られていた。
「解放!!!」
神官長の全身から強烈な光が放たれる。
次に禿げ上がった頭頂部に聳え立つ一本の髪の毛が、桃色から金色へと変色した。
「ここからが本番だ! 【雷鳴の記章】、私に力を与えよ!!!」
叫び声と同時に、メダルが雷光に変化して奴の全身を覆う。
――バリバリバリバリバリ――
瞬間、神官長自身も雷光となって雷の化身に変貌した。
そして奴の身体が徐々に大きくなっていき、一軒家ほどの大きさまで巨大化する。
その体からは無数もの紫電が放出されており、バチバチと音を立てては周りを迸しってその身へと戻って行った。
「……」
……いやね、殆どモンスターですよ……
……しかも全身が雷で構成されてるし……
……物理攻撃とか通じるの……?
……無敵じゃね……?
「フハハハハ!!! あのメダルは精霊に力を与える秘宝だ!!! これで私は精霊王様の側近に迫るほどの力を手に入れた!!! お前はもう虫けらも同然だ!!!」
……戦いたくねえ……
「……」
……もう目的は達成したんだし……ここに居る理由はないよね……?
逃げっよか。
「先ずは貴様だ!!! その後はあの少女たちだ!!! あの者たちが何者なのか、拷問して吐かせてやる!!!」
「……なに……?」
……俺の乙女精霊を拷問だと……?
「それを突き留めたら、辱めた上に殺してやる!!!」
「……」
……おいおいおい。このおっさん、言っちゃあならない言葉を言いやがったよ。
「来い、〈大釜の料理人〉」
俺は蟀谷に青筋を立てながらモブ精霊を呼び出した。
目の前に現れたのは、俺の伸長の二倍もある白い影で、その腕は異常に長く地面に届きそうなほどだ。
「なんだそのひょろっちいのは!!! それで私を倒せるなど片腹痛いわ!!!」
神官長が一本の巨大な雷の柱にその姿を変えた。
そして空へと迸っていき、ある程度の所で滞空する。
「今から放たれる一撃は、貴様を瞬時に蒸発させることが可能だ!!! 今までの行為を悔やみ恐怖して死ね!!!」
「……」
……言ってろ……
「〈大釜の料理人〉、【疑似太陽釜】の使用を許可する……あいつをぶち込んでやれ」
俺の命令を受けた〈大釜の料理人〉は、その長い両腕を高々と掲げ、手のひらを上に向ける。
するとそこに、童話の魔女が使っているような大釜が出現した。
表面は、太陽が持つコロナのようなものが渦を巻いている。
「フハハハハッ!!! 何をするつもりか分からんが、そんな物など私の前では一瞬で灰燼と化す!!!」
高笑いをする神官長は俺に狙いを定めた。
「死ね!!!」
――ズガガガァアアアアアアン――
それは正にカミナリであり、瞬く間に俺や〈大釜の料理人〉、そして大釜に落雷する。
ところがその直後、神官長の叫び声が釜の中から聞こえてきた。
「あぢいいいいいぃいいいいい゛いィいいいいい゛!!?」
〈大釜の料理人〉が神官長の落下地点に大釜を移動させ、奴をそこへと飛び込ませたのだ。
当然、蓋はされており、完全に閉じ込めている。
「どうなってんだぁああああああああああアぁああぁあああああ!!?」
あの【疑似太陽釜】は、乙女精霊サーガでの職業の一つ、調理師の専用アイテムだ。
大釜の料理人〉は全ての釜アイテムを使えるモブ精霊なので、問題なく【疑似太陽釜】を使用できる。
「何でこの釜を破壊できないぃいいいいいいいいイい゛イ゛!!? あぢぢぢぢぢぢぢぢぢぢぢぢぢぢっ!!!」」
そりゃそうだ、中は別空間だからな。
釜の本体には影響はないんだよ。
「しかもこの私に熱さを感じさせているぅうううう゛うううウ゛!!? 私は雷だぞぉおおおおおおおおおおオオオオオオオ゛オ゛オ゛!!!」
確か奴は、俺を蒸発させると言っていたから、頑張ってもその熱量は数万度ほどと見た。
だが【疑似太陽釜】はその比ではない。
内部では超高圧状態によって生じた高熱で核融合を起こし、数億度と言うとんでもない熱量を叩きだしている。
この【疑似太陽釜】は雷だろうが何だろうが燃やし尽くす釜だ。
セラーラの〈死召断絶〉が無ければお前なんて一瞬で気化してるよ。
「ギャアァああァアあアアアあああああアああああああああああああああああアア!!!」
神官長は暫くの間、断末魔を上げ続けた。




