104.畏れる精霊たち
精霊どもが、ジリジリと俺たちとの距離を詰めてきた。
中には空中を飛び回っている者もおり、奴らは一様にして虎視眈々と攻撃の機会を窺っている。
「……あんなに数がいる……」
キャロラインは不安げな表情で精霊たちを見ていた。
そんな彼女の頭の上に、俺はポンと軽く手を置く。
「大丈夫だ。これから始まるのは俺たちによる一方的な蹂躙だ。だから何の心配もいらない」
「……」
それでもキャロラインは数の多さに脅え、俺に縋りついて来た。
「……」
……キャロラインが怖がっているから、そろそろ始めましょうかね。
「セラーラ、ピア。俺たちの恐ろしさを骨の髄まで叩き込んでやれ。そしてその俺と誓約を果たしたキャロラインがポンコツではないことを証明するんだ」
「はい、主様」
「畏まりました、旦那様」
二人は悍ましく嗤っているが、その美貌が損なわれること決してない。
「だが殺すなよ。殺しては意味がない」
「分かりました主様。でしたらこれは如何でしょう」
セラーラは口元を緩め、愉しそうにスキルを発動させた。
「永遠精霊スキル、〈死召断絶〉」
彼女を中心として空間の歪みが発生する。
それは放射状に広がって、大広間全体を通り抜けていった。
「なるほど、良い考えだ。流石はセラーラ」
「お褒めの言葉、ありがとうございます。効果範囲は〈∞時間空間帯〉と同様に丘全体です」
この〈死召断絶〉は死を許さないスキルだ。
効果範囲内にいる敵は幾らダメージを受けようが生きながらえ、絶対に死ぬことはない。
しかしながら、死亡条件を満たすダメージを負った者は、スキルを解除した途端に死が訪れる。
乙女精霊サーガの時は、このスキルを使って対戦プレイヤーを強制送還させないようにしていた。
プレイヤーが死んだ場合、必ず本拠地へと送り返される。
そうなれば、プレイヤーは再び前線へと復帰する。
それを防ぐために〈死召断絶〉を使用して、生かさず殺さずの状態を作り出すという訳だ。
言わばこのスキルは死に戻りを阻止するスキルであり、チーム戦では多大な効果を発揮した。
「……」
この世界で〈死召断絶〉を使えばさらに凶悪さが増すぞ。
「また怪しげな術を!!!」
「さっきと一緒で単なるこけおどした!!!」
「もう躊躇する必要はない!!!」
精霊たちが動く。
「死ね!!!」
「痛みに泣きさけべ!!!」
様々な術がこちらに向かって一斉に発射された。
「……あなたたちには学習能力がないのですか……永遠精霊スキル、〈時間停止〉」
セラーラがやれやれと言った口調でスキルを発動させる。
直後、俺たちに接近した術が完全停止した。
「これは!!?」
「どうなっているの!!?」
「神官様が受けた意味不明な術だ!」
「気を付けて! 私たちに逆戻りして来るわよ!!!」
精霊たちは停止している術に注意を払う。
「……」
巻き戻すスキル、〈時間遡行〉を警戒しているな。
でもな、たぶんそれは使わないと思うぞ。
「さあピア。これで遠慮はいりません。好きなだけあの者たちに激痛を与えてください。彼らが死ぬことはありませんから」
セラーラの言葉にピアは陶然とする。
「有難うございますセラーラさん。これで委細構わず〈捩じれ〉を続けられます」
ピアの瞳が妖しく光った。
すると、彼女のスキルを途中まで受けていた精霊たちの身体が、一斉に捩じれを再開させる。
「えっ!!? えっ!!? えっ!!? えっ!!? えっ!!?」
「ちょっと待ってっ! 待ってってっ!!!」
「止めてっ!!! お願いっ!!!」
十数人の懇願の声に、ピアはますます興奮を覚えた。
「……美しい……もっとその美声をわたくしに聞かせてくださいませ……」
ピアは頬を紅潮させ、うっとりと精霊たちを眺めている。
「ぎゃあああああ゛ああぁああァああああァ゛ああアあ゛あああああ゛!!!」
「体が切れるぅうううううウ゛ううう゛うううう゛うう!!」
「ごめんなさいっ!!!ごめんなさいっ!!!ごめんなさいっ!!! ごめんなさいっ!!! だから止めでぇえええエえええエエ゛ええええ゛え゛」
「嫌だぁあああアあああああああああ゛ああああ!!!」
――ブヂュ――
次の瞬間、数十人の身体が真っ二つに捩じ切れた。
「ぶぇへ!!!」
「じぇっ!!?」
「びょや゛っ!」
精霊たちの五体が床へとバラ撒かれる。
しかしながら、〈死召断絶〉の効果で奴らが絶命することはなかった。
「……痛ぁあ゛あい゛……」
「……なんでぇ……わ゛だじぃ……生きでるのぉおおお゛……」
「……ぐ、ぐるじい゛……殺じて……」
うめき声を洩らす精霊たちに、ピアは瞳を輝かせてだらしなく口元を緩める。
「……」
セラーラの〈∞時間空間帯〉に〈死召断絶〉、それに加えてピアの異常な狂気……
……恐ろしい組み合わせだ……
「……」
それにしてもピア、お前は自分の趣味でやってんじゃねえのか?
「ピア、まだ元気な獲物がたくさんいます。次に参りましょう」
「……そうですか、残念です……」
彼女は名残り惜しそうに死にかけの精霊たちを見た。
「では皆様方、また後で今よりももっと激しい苦痛を与えて差し上げます。楽しみに待っていてくださいませ」
「……も、もう゛許じでくだじゃい……」
「……お願いじまじゅ……わだじを殺じで……」
奴らは涙を流して懸命に慈悲を乞う。
しかしピアは静かに視線を外すと、未だ健在な者たちに狂気の眼差しを送った。
それを受けた精霊たちは弱腰になる。
「……お、おい……お前、行けよ……」
「……嫌よ……一瞬で十数人があのざまよ……」
「……よくよく考えてみれば、神官様も瞬殺だったね……」
「……それにこの数を見てもまったく怯んでないよ……」
その様子にピアは柔らかな微笑みを浮かべる。
「ではセラーラさん、始めましょう」
「ええ。ですが私はピアみたいに苦痛を与える技術がありません。ですのでこれで殴りつけます」
セラーラは祭服の下からモーニングスターを取り出した。
「良案です。自身の体が潰れる姿を見て頂き、精神にストレスを与える。なんとも素晴らしいお考えです」
「ピアにお墨付きをもらいました。これなら安心して撲殺できます」
「セラーラさん、今この場では撲殺という言葉は不適切です。殺さないのですから、ここは拷問と言いましょう」
「そうでした。これは失言でしたね」
「セラーラさんは時々うっかりすることがあります」
「ごめんなさい。では、撲殺ではなく拷問を始めましょう」
二人の狂気に精霊たちは後ずさる。
「……あの目、狂ってる……」
「……そうだわ……正気の沙汰ではないわ……」
「……あいつらおかしいよ……」
そこで一人の精霊がある事に気づいた。
「……みんな、あれを見て……」
奴らの視線が一つの場所へと向けられる。
そこではバラバラにされた同胞たちが、呻き声を上げ苦しんでいた。
「……あんなにされて、何でまだ生きてるの……?」
「……わ、分からないよ……」
死ぬに死ねず、もがき苦しむ仲間を見て、精霊たちの間で恐怖が広がり始める。
「……私はあんな風になるのはイヤ……」
「……俺だって嫌だよ……」
「……私は抜けたわ」
「なに言ってんの!? それはないわよ!」
「だったらあんたは戦えるって言うの!?」
「えっ! そ、それはちょっと……」
「ほら見なさい! あいつらは強すぎるわ! それに仲間はあんなになっても、まだ生きてるのよ! 異常だと思わないの!!?」
奴らは次々と戦意を喪失していき、遂には内輪揉めを始める。
その様子に痺れを切らしたセラーラが言葉を投げ掛けた。
「何をしているのですか。早く掛かってきなさい」
「セラーラさん。皆さまは恥ずかしがっておいでです。ここはわたくしたちから行かせて頂きましょう」
「……そうですね。早くこのモーニングスターを頭蓋に撃ち込みたいですからね」
その言葉で精霊たちの顔から見る見る血の気が失せていく。
「俺は嫌だ! お前たちだけでやってろ!!!」
一人の精霊が逃げ出した。
「冗談じゃないわ! あんなの相手に出来ない!!!」
別の精霊も逃走に転じる。
「私も嫌よ!!!」
「俺だって御免だ!!!」
「待って! 私が先に逃げるのよ!!!」
あっという間に恐怖が伝搬した。
奴らは自分の身可愛さに、他の者を押しのけ出口へと殺到する。
「……何とも醜い……この神殿が建つ丘からは逃れられないというのに……」
「セラーラさん、あの姿も一つの美です。それに逃げることが叶わないと知ったときの、あの方たちの顔を想像してみてください……」
ピアの顔がだらしなく緩んだ。
「仕方ありません。ピアがそう言うのであれば、少しだけ鬼ごっこを楽しみましょう」
セラーラは周りをぐるりと見回す。
「しかしこの神殿は邪魔ですね。障害物があり過ぎて隠れられたら面倒です」
「それならわたくしが神殿を排除いたします」
ピアがスキルを発動させた。
「渾沌精霊スキル、〈得異核〉」
彼女の頭上にこぶし大ほどの黒点が現れる。
それは渦を巻いており、広間内の柱や天井を、ガムが伸びたかのように吸い込み始めた。
「対象は神殿です。大きいので少し時間が掛かります」
あの黒点は、ありとあらゆる物質を吸い込む小型ブラックホールだ。
但し飲み込める物体は一つだけ。
乙女精霊サーガでは、対戦相手の乙女精霊やモブ精霊、強力な武器、アイテムのどれか一つを吸収し、敵の戦力を低下させていた。
しかし〈得異核〉には時間制限が設けられており、それを超えたら黒点は取りこんだ物質を吐き出し消滅する。
「……」
……この世界では神殿のような建築物でも吸い込めるのね……
「流石はピアです。これでゴミどもの駆除が捗ります」
準備は整ったな。
「俺は神官長を捕まえてくる」
その神官長はというと、大広間の何処にも居なかった。
奴はピアが〈捩じれ〉で精霊どもを捩じり切った際、俺たちには勝てないと悟ってか、神殿の奥にこっそりと逃げ出していたのだ。
無論、俺が見逃すはずもなく、セラーラとピアも当然のように気付いていた。
「さあてと、狩りの時間の始まりだ」




