103.堪忍袋の緒が切れたようです
柔らかい光を纏う二人の美少女は、遠慮なく殺気を振りまいていた。
「……」
ねえ何で!!?
何で覚醒状態を発動しちゃうわけっ!!?
「神官長様! この者たちは危険です!!!」
「同感です! 我々が排除いたします! どうか許可を!!!」
祭服を着た五人の精霊が臨戦態勢を取る。
ほら見ろ! 相手を刺激しちまったじゃねえか!!!
「分かった。だがキャロラインは死にかけでも構わんから生かしておくんだ」
「了解しました神官長様!」
「我々にお任せてください!」
はあ? あいつらなに言ってんだ?
セラーラやピアは兎も角として、俺やキャロラインまで標的にする気か!?
「という訳だ愚か者どもよ! 私たちの本当の姿を見るがいい!!!」
五人の精霊は真の力を解き放つ。
「解放!!!」
奴らの全身が強く輝き、髪の色が桃色から多種多様の色へと変化した。
「これでお前たちの死は確定だ!」
「生意気な態度を取った事、死ぬほど後悔しなさい!」
「キャロラインだけは死なない程度に生かしておいてあげます!」
「そのあと【無能の部屋】に送り込んでやる!」
「殺処分されるので、直ぐに彼らと会えますよ!」
精霊たちは両の掌をこちらに向けて、各々の持つ属性の力を集中させる。
「放てぇええええええ!!!」
号令と共に術が発射された。
轟々と渦巻く巨大な火球。
青白く野太い電撃。
うねる数十本のイバラ。
禍々しい色の毒液。
超圧縮された水流。
それらは俺とキャロラインとセラーラとピア、四人に容赦なく襲い掛かる。
「……浅はかな……」
セラーラが呟いた。
「永遠精霊スキル、〈時間停止〉」
その言葉の直後、五つの脅威は俺たちに届く寸前で完全停止する。
「なにっ!!?」
「どうなっているのっ!!?」
驚く精霊たちを尻目にセラーラが次のスキルを発動させた。
「永遠精霊スキル、〈時間遡行〉」
五つの脅威は時間が巻き戻るかのように、各自が発生した場所へと戻って行く。
「うそっ!!?」
「そんな馬鹿な!!!」
瞬間、五人は直撃を受けた。
一人はその身を業火に焼かれる。
一人は電撃によって黒焦げとなる。
一人はイバラに縛られその棘で穴だらけとなる。
一人は猛毒によって全身がただれる。
一人は超圧縮の水圧で体中の骨や内臓を潰される。
「……体が熱くて死にそうだ……」
「……早く治癒を……」
「……この棘をなんとかして……」
「……ぐ、ぐるじい……解毒じで……」
「……体中が痛いぃ……誰か助けてぇ……」
それでも精霊たちは自分の属性攻撃だった為か、辛うじて生きていた。
「……そ、そんな……神官様が一瞬でやられるだなんて……」
「……何なのよ今の術……見たこともないわ……」
精霊たちはセラーラの強さに恐怖を感じる。
「狼狽えるな!!!」
神官長の怒声が大広間に響き渡った。
「全員で掛かれば何ら問題はない!!!」
その言葉通り、ここには奴らの仲間が多くいる。
数の優位性に気づいた精霊たちは、再び悪意を向けてきた。
「……そうよ……数はこっちの方が遥かに上!!!」
「……やってやる、あの二人もキャロラインも、その誓約者もやっつけてやる!!!」
「よし、皆であいつらを倒すぞ!!!」
「分かったわ!!!」
数十人の精霊が力を解放させる。
「解放!!!」
強烈な光が広間を覆い、精霊たちの髪の色が桃色からそれぞれが持つ属性の色へと変化していった。
そして奴らは俺たちに向かって一斉に襲い掛かってくる。
「……本当に救いようのない方々です……」
ピアから美しくも凍り付くような声が紡がれた。
「渾沌精霊スキル、〈捩じれ〉」
迫り来る精霊たちが停止する。
「なんなのっ!? 急に体が動かなくなったわっ!!?」
「どうなってんだっ!!?」
突如として体の自由が奪われた奴らは慌てふためいた。
と思ったのも束の間で、その身が雑巾を絞るかのように捩じれ始る。
「ギャァぁアあああアああああああああああああああああぁァああアア!!!」
「千切れるっ!!! 千切れるぅうううううううううううううううううう!!!」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛ぁああああああああああああい!!!」
「止めてぇえええええええええ!!! お願ぁあああああああぁああああい!!!」
数十人の悲鳴が神殿の外まで轟いた。
「待つんだピア! 殺すな!!!」
俺の言葉で彼女はスキルを一旦停止させる。
「……間に合ったか……」
間一髪、精霊たちは捩じれたままの状態で止まっていた。
しかし苦痛は当然襲っているようであり、奴らはやかましく呻き声を上げている。
「……イダァイィいい゛い……」
「だ、誰かぁ! 助けてぇ!!!」
「……ぐるじぃぃいいいい……」
それ以外の精霊たちは、突然の事態に驚愕していた。
「なんだあの術は!!?」
「分からない! だが数はまだこちらの方が断然多いい! 負けるはずがない!!!」
「そうだ! みんなで掛かれば勝てる!!!」
奴らは数の力で戦意を上げ、次々と真の力を解放していく。
「……」
……どうすんだよこれ……もう収拾がつかねえぞ……
それにどいつもこいつも本気を出し始めたじゃねえか……
ほら、今もまたそこで解放、て言ってるし……
「……」
……ぐ、胃が痛くなってきた……落ち着け、俺……
「……」
……何でいつもこうなっちまうんだ……?
……セラーラとピアが姿を現さずに神殿を出ていれば、事なきを得たんだ……
……しかも何で覚醒状態を発動させるわけ……?
……そこまでしなくても奴らを倒せるだろうが……
「……」
……いてて、胃が軋む……深呼吸して心を落ち着けるんだ……
「……ふぅ……」
……少しだけど痛みが和らいだ……
「……」
……やってしまった事は仕方がない……
既に覚醒状態は発動しているし、今ここで説教をするつもりはない。
だが、言うべきことは言っておかないと。
「……セラーラ、ピア、ちょっとこっちに来い」
二人は頭を垂れてしずしずと俺の前まで歩いてきた。
「俺の言いたい事が分かるよな?」
「……はい……同じ過ちを繰り返してしまいました……申し訳ございません……」
「……旦那様の御言い付けを守ることが出来ず、期待を裏切ってしまいました……お叱りはいくらでも受けます……」
「……」
反省はしているようだな……
「……ですが、私たちは後悔などしておりません……」
……ん……?
……怒られる覚悟で覚醒状態を発動させたってこと……?
「……あの者たちは、愛する主様を散々罵倒したのです……挙句の果てに、妹のキャロラインを処分するだなどと戯けたことを抜かしました……それらは万死に値する罪です……」
「……旦那様はわたくしたちの全てです……キャロラインは愛する妹です……それを貶す輩をどうして許せましょうか……」
「……」
……そうか……覚醒状態を使ったのも、それだけ腹に据えかねての事だったって訳か……
「……」
……今の状況を招いた原因は、二人の気持ちを本気で考えなかった俺にあったんだな……
「……済まなかった……俺自身が率先して奴らに天誅を下すべきだった……」
俺が頭を下げたことで、二人は慌てふためいた。
「主様!? そのようなことは決してありません! 主様は何時いかなる時も最良の選択を選んでいます!」
「旦那様の完璧な行動を、わたくしたちの浅はかな行動が全て台無しにしたのです! 旦那様には一つも非はございません! どうかお顔をお上げくださいませ!」
「……」
……俺の根っこはサラリーマンだ……
……会社の利益のためならいくらでも我慢できる……言ってみれば社畜だ……
……だがな、それは俺自身の利益にも繋がるから、会社の激務や取引先の罵声にも耐えられたんだ……
「……」
……方やここの精霊たちはどうだ……
何の益も感じられない。いや、益どころか害しかない。
……キャロラインを馬鹿にして愉しみ、果ては処分と言い出す始末……害悪そのものだ……
「……」
どうやら俺は、キャロラインの意向に沿い過ぎたようだ。
彼女は波風立てずに場を収めたかったみたいだが、今のあいつの保護者は俺だ。
……俺のやりたいようにやるべきだった……
「セラーラ、ピア、ありがとう。お陰で目が覚めたよ」
「何を仰るのですか主様! 私たちは何もしていません!」
「そうです! 全てはわたくしたちに責があるのです!」
……お前たち……
「そんなことはない。二人は気づかせてくれた。流石は俺の愛する娘たちだ」
「主様……」
「旦那様……」
彼女たちは恍惚とした表情で、俺の顔を穴が開くほど見詰めてきた。
「……」
……ここからは遠慮なしで行かせてもらうぞ。
「俺もお前たちと同じ気持ちだ。ならばやるべきことはただ一つ」
「それでは……」
「ああ、全員に地獄を見せてやる。必要ならこのフェレーアンの庭を焦土に変えてもいい」
俺の言葉でセラーラとピアはその麗しい口元を三日月状に吊り上げた。
一方で、精霊たちも全ての者が真の力を解放したようであり、攻撃の機を見計らっている。
「セラーラ、先ずは逃げ場を奪え。ここにいる者は一人も逃すな」
「分かりました、主様」
セラーラは美しくも狂気に満ちた笑顔を浮かべ、一つのスキルを発動せた。
「永遠精霊スキル、〈∞時間空間帯〉」
彼女を中心にドーム状の波動が広がり大広間全体を覆いつくす。
その事によって精霊たちが過剰な反応を見せ、より一層と警戒心を強めた。
「何かしたぞ!!!」
「みんな、気を付けて!!!」
そんなに慌てなさんな。
あの波動はお前らには何の害もないよ。
但し、だ。大広間からは絶対に出られない。
何せ〈∞時間空間帯〉は空間を繋げるスキル。
逃げようと扉を潜れば、部屋の反対側に出てしまう。
そこに壁があろうが窓があろうが関係ない。
乙女精霊サーガでも、対戦相手や直ぐに逃走するレアモンスターを逃がさないために〈∞時間空間帯〉を使用していた。
今回の獲物はお前らだ。
「主様。丘全体を〈∞時間空間帯〉で覆いました」
「え? そうなの?」
「はい。この丘にいる精霊は、主様とキャロラインを馬鹿にするために集まって来た愚か者たちです。逃がす訳にはまいりません」
「……」
……いや、そう言う事じゃなくてだね、〈∞時間空間帯〉の有効範囲だよ……
……確か大広間くらいだったはずなんですけど……
「……」
……まあいいか……今は深く考えるのはよそう。
これから始まる蹂躙で忙しくなるからな。




