100.精霊界にやってきました
つい先ほどまで俺たちは、確かにバンジョーナ城塞の一室で乙女精霊たちに囲まれていた。
しかし瞬きをした瞬間、世界が一変していたから驚きだ。
「……ここが精霊界なのか……?」
「……うん……」
周りは一面の花畑で覆われており、宙にはふわふわとシャボン玉のような白い物体が幾つも漂っていた。
少し離れた場所では、人ほどもある大きなキノコやぐりゃりと曲がった木々が見え、メルヘンチックな世界観を作り出している。
「……凄いぞキャロライン……一瞬で着くとはな……」
「……そ、そう……? ……そうかな……えへへ……」
キャロラインは可愛らしくはにかんだ。
「……ここは私が生まれ育った場所、フェレーアンの庭……他にもいろんな庭がある……」
「精霊界と言っても広いんだな」
庭とは地区みたいなものか。
「それで、虹の花は何処にあるんだ?」
キャロラインはある方角を指さした。
そこはぐにゃりと曲がっている木々が、ところ狭しと密生した場所である。
「……あの森を抜けたところに虹の花のお花畑がある……」
……ほう……あそこを通るのか……面白そうだ。
「よし、先ずはセラーラとピアを目覚めさせるぞ。それから神官長に会って、さっさとバンジョーナ城塞に帰ろう」
いくら俺が細かく言い付けたと言っても、乙女精霊たちが暴走しないという保証は何処にもないからな。
「行くぞキャロライン」
「……うん……」
俺はセラーラとピアを担ぎなおすと、キャロラインを連れて不思議なメルヘンチックの世界へと足を踏み出した。
しばらく進むと複数の人影が見えてきた。
「ん? 人が居るぞ」
「……たぶん精霊……問題ない……」
キャロラインは眉一つ動かさずスタスタと歩き、俺もその後を追う。
そして近づくにつれ、人影は全員が少女だと確認できた。
彼女たちは、摘んだ花で首飾りや冠を作って遊んだり、空を飛んで鬼ごっこをしている。
「いかにも精霊って感じだな」
少女たちの身に着けている衣服は、裾に大きな四つの切れ込みが入っているワンピースで、それぞれが違った色彩をしていた。
「……あそこまで実体化しているから、恐らくは中位の精霊……」
みんな楽しそうだな。
「それにしても、全員がお前と同じピンク色の髪色をしているぞ」
「……精霊はみんな桃色の髪をしてる……」
「へえ、そうなんだ」
「……本気を出すと、それぞれの属性に合わせて髪の色が変化する……私は雷の精霊だから、金色に変わる……」
「なるほどね」
会話をしながら歩いていると、精霊もこちらに気付いたようであり、俺たちを見るや否やひそひそ話を始めた。
「……見てあれ……」
「……え……? ひょっとして……」
「……キャロライン……?」
「……ほんとだわ、ポンコツ精霊よ……」
何だ、あいつら。
失礼過ぎるぞ。
「キャロライン。あの精霊たちは、ちょっと礼儀がなってないんじゃないのか?」
「……事実だから、気にしないで……」
キャロラインは目を合わせないようにして、足早にその場を過ぎ去ろうとする。
「……ねえねえ……あの隣に居るのって、もしかして人間……?」
「……てことは、誓約者なの……?」
「……うそ、あのポンコツが誓約できたの……?」
あいつら中位の精霊なんだろ。
高位精霊のキャロラインに対してあの言い草はないだろ。
「ちょっと文句を言ってくる」
「……放っとけばいい……」
キャロラインは俺の服の裾を掴むと、先を急ぐよう促してくる。
「おいキャロライン。お前の方が位は高いんだろう。何で逃げようとするんだよ」
「……私は千年かけてギリギリで高位精霊になれた……実力は中位精霊に毛が生えた程度……一対一なら辛うじて勝てるけど、二人以上でこられたら確実に負ける……」
「……」
……掛ける言葉がねえ……
「……」
ていうか、こいつ一千歳だったのね……
「……早く行こう……」
「……仕方ない、分かったよ」
俺とキャロラインは精霊たちの中傷を無視して花畑を進んだ。
そして直ぐ、森の中まで通った一本の道に差し掛かる。
「……この森を抜けた先が、虹色の花のお花畑……」
「よし、気を取り直して行くぞ」
俺たちは意気揚々と、道なりに沿って森の中を突き進んだ。
この森は、中々にして不思議な感覚がした。
ぐりゃりと曲がった木々は隙間なく密生しているのに、何処からともなく光が差し込み森の中は意外と明るい。
「……」
精霊界って思った以上にメルヘンワールドだな。
時間があれば、もっといろいろと見て回りたいが、今回は諦めるか。
俺はきょろきょろと辺りを見回しながら、散歩気分で変わった景色を楽しんだ。
それから十分ほど経った頃。
前方から何やら気配を感じた。
「おい、向こうから誰か歩いて来るみたいだ」
「……うん……」
俺たちは歩きながら前方に注意を配る。
次第に近づく者との距離は縮まり、相手の姿が明らかになった。
それは三人の精霊であり、キャロラインと同じでゴスロリ風の服を身に纏っている。
「……」
その者たちを認識したキャロラインの表情が強張った。
対称的に、やって来る三人は薄ら笑いを浮かべているようだ。
そして精霊たちとの距離が会話を出来るところまで縮まったとき、三人は俺たちの進路を遮るようにして立ちはだかった。
「まさかとは思ったけど、あなたキャロラインじゃない」
お嬢様っぽい精霊が偉そうな態度で言葉を投げてくる。
「精霊選戦に参加したあんたが何でこんなところにいるんだ? おかしいよ……」
ボーイッシュな精霊が蔑んだ視線を俺たちに向けた。
「ホント、おかしいのです。ポンコツのキャロラインが誓約できる訳がないのです」
幼児の精霊は完全にキャロラインを見下している。
「……フランワージュ……マーシェリ……メニメニ……」
「……」
……お嬢様っぽい奴がフランワージュで、ボーイッシュな奴がマーシェリ、それから幼児がメニメニね……
「ここにいるって事は、まさか【無能の部屋】から抜け出したってことですの?」
「それはないのです。だってあの絶対隔離部屋の【無能の部屋】を、ポンコツ精霊ごときが抜け出せる訳がないのです」
「キャハハッ! そりゃそうだね!」
なんだこいつら、めちゃくちゃ感じ悪いぞ。
「……この人たちに関わってはダメ……」
眉根を寄せる俺にキャロラインが耳打ちをしてきた。
「……彼女たちは中位精霊……でも、実力は高位に匹敵してる……それに三人は昇格が確定しているから、高位精霊だけが着れる制服も許されている……私では三人のうちの誰にも勝てない……」
相当の実力者って訳か。
「……」
……にしても、ゴスロリの服って高位精霊の制服だったのね……
「分かったよキャロライン。相手にしないよ」
「……ありがとう……」
俺たちは三人を無視して先に進もうとした。
「なに勝手に行こうとしてるんだ。まだ話は終わってないよ」
マーシェリが行く手を阻む。
「……もしかしてだけど……あなた、キャロラインの誓約者?」
フランワージュは鋭い視線で俺を査定した。
「だとしたらどうなんだ」
三人の眉間に皺が寄る。
「……信じられないよ……あのポンコツが誓約を達成しただなんて……」
マーシェリが疑いの眼差しをキャロラインに向けた。
その視線から庇うように、俺は彼女の前へと移動する。
「お前たちには関係のない話だ。どうでもいいからそこをどけ」
「……何なのです……ポンコツ精霊の誓約者なのに、生意気なのです……」
俺の言葉が癪に障ったのか、メニメニが睨みつけてきた。
「……」
なんだよ、面倒な奴らだな。
さっさと行けよ。
そんな俺の心中とは裏腹に、マーシェリの関心がセラーラとピアに向く。
「……ずっと気になってたんだけどさ、その肩に背負っている二人は何なの? 精霊には見えないし、人間だよね……誰の誓約者……?」
「……」
チッ、本当にめんどくせーな。
強引に突破してもいいんだが、キャロラインが穏便に済ませてくれと目で訴えてるし……
「俺たちは忙しい、行かせてもらうぞ」
俺はキャロラインの手を取って、道の端から先に進もうとした。
「絶対に行かせてあげない」
それでもフランワージュは意地悪く進路を妨害する。
……マジでだりぃ……
「だったらどうすりゃ行かせてくれるんだよ」
「……そうね……」
フランワージュの視線がキャロラインへと移った。
「そのポンコツ精霊をちょっとだけ貸してくれないかしら」
「直ぐに終わるからさ」
「キャロラインを貸してくれたら行かせてあげるのです」
三人は笑みを浮かべていたが、それは悪意に満ちていた。
「……」
……なんだこいつら……何がしたいんだ……?
「キャロラインをどうするつもりだ」
「以前みたいに私たちの練習台になって欲しいのよ」
「……練習台……?」
「そうよ。彼女に私たちの術を受けてもらうの」
俺はキャロラインを見た。
すると彼女は顔を下に向けて小刻みに震えている。
「……」
……そうかよ……そう言う事かよ……
「キャロラインは渡せない。他の事にしてくれ」
俺の返答にマーシェリとメニメニの表情が険しくなった。
「……こいつムカつく……キャロラインの誓約者のくせして……どっちが上か教えてやろうか……」
「……憎たらしいのです……私たちを舐めてるのです……折檻する必要があるのです……」
「……」
……なに言ってやがる……
……俺はけっこう頭に来てるんだ……
……今はキャロラインの気持ちを汲んで抑えているだけだ……
「待ちなさい。マーシェリ、メニメニ」
そこでフランワージュが二人を制した。
「何で止めるんだよ」
「そうなのです。この誓約者、許せないのです」
憤る彼女たちを、フランワージュが穏やかに諭す。
「私に任せてください。面白い物を見せてあげますから」
「……へえ……何か思いついたようだね……」
「分かったのです。フランワージュの言う通りにするのです」
「ありがとう。マーシェリ、メニメニ」
二人を宥めたフランワージュは邪悪な笑みを俺に向けた。
「ポンコツ精霊の誓約者さん。私たちに生意気な口を聞いた事、謝ってくれたら許してあげますわ。その誠意が私たちに伝われば、ここも通してあげますわよ」
「……」
……こいつら……
「……」
……まあいい……キャロラインも穏便に済ませたいみたいだし、ここは謝っておくか…
「……申し訳ありませんでした……」
俺は頭を下げて素直に謝った。
「あらあら、その程度ではダメですわね。ちゃんと頭を地面に付けて必死に謝らないと」
「なるほどね、そう言う事なんだ!」
「それは面白いのです! 見ものなのです!」
……俺を玩具に遊んでるな……
「……トモカズ……」
キャロラインが心配そうに見つめてくる。
「大丈夫だ。お前は何もしなくていい」
俺は両肩に担ぐセラーラとピアを降ろした。
そして両膝を付き、思いっきり額を地面に擦り付ける。
「フランワージュ様! マーシェリ様! メニメニ様! 貴方様方に対する数々の御無礼、本当に申し訳ございませんでした! わたくし如き人間が生意気な口を利いた事、万死に値すると重々に承知しております! そんなわたくしめに寛大な心を持って許していただく貴方様方の御心、とても身に染みる思いでした!」
どうだ、見事な土下座だろう。
これだけすれば、奴らも満足するはずだ。
「あら、やっと自分の立場が分かったみたいね」
「そうやって最初からへりくだってればいいんだよ」
「無様なのです! 笑いが出るのです!」
社畜リーマンを舐めるなよ。
土下座をして万事解決ならいくらでもやってやる。
「本当に済みませんでした! ここは見過ごして頂けないでしょうか!?」
俺の土下座に彼女たちの自尊心が満たされていく。
「分かったわ。そこまでやったのだから、通っていいわよ」
「本当に面白い物が見れたね! その二人の女が気になるところだけど、あんたの無様っぷりに免じて見逃してやるよ!」
「キャハハッ! やっぱポンコツの誓約者なのです!」
許可が出たので俺は直ぐさま起き上がると、セラーラとピアを担ぎあげた。
「……キャロライン、行くぞ……」
「……う、うん……」
俺は彼女の手を取ると早足に歩き出す。
「ここで失礼いたします!」
三人は満足そうにこちらを見ていた。
「ウフフ、このあと神官長様に会いに行くんでしょ。折角だから、みんなに宣伝しといて上げる。キャロラインの誓約者は、彼女と同じポンコツでしたってね」
「良い考えだねフランワージュ! お披露目の時にみんなで揶揄おうよ!」
「今から楽しみなのです!」
俺とキャロラインは馬鹿にされながも早々にその場を立ち去った。
「ふう、なんとか切り抜けたぞ」
彼女たちが見えなくなったところで、俺は一息つく。
「……ごめんなさい……私の所為で……」
キャロラインが目に涙を溜めながら謝ってきた。
「気にするな。お前が悪い訳じゃないんだからな」
……しかしあの精霊ども、性根が腐ってるな……機会があれば根性を叩き直してやる……




