99.三つの言い付け
キャロラインが廃人になった。
彼女の正気を取り戻すため、俺は様々な手を使って覚醒を試みた。
治療効果のあるモブ精霊や、チェームシェイスの治癒スキル、パーシヴァリーの聖騎士スキル等々。
それでもキャロラインは抜け殻のままだったので、最終的に秘蔵の回復アイテムの使用を余儀なくされた。
その回復アイテムは【万能の霊薬】と言い、ありとあらゆる状態異常を無効化させて、どんな致命傷でも一瞬で治してしまう、乙女精霊サーガの舞台である央世界の中でも最上級の薬だ。
もちろん手に入れるのは困難であり、希少価値はめちゃくちゃ高い。
当然、セラーラとピアにも【万能の霊薬】を試してみたが、結果は言うまでもないだろう。
そりゃそうだ。
あいつらは病気や怪我じゃないからな。
ましてや状態異常でもない。
効く訳ないわな……
「……」
……しかしだな……また【万能の霊薬】を使うとは……
……本音を言うと使いたくねえ……
……だってそんなに持ってないし、超レアアイテムなんだぜ……
そうは思うものの、使わない訳にはいかない。
俺はしぶしぶ在庫目録から豪華な小瓶を取り出した。
それを半開きになったキャロラインの口に当てて、中の液体を流し込む。
すると彼女は直ぐさま意識を取り戻した。
「……う……うぅ……」
……さすがは【万能の霊薬】……一発で正気にさせやがった……
「……こ、ここは……?」
キャロラインの視界にパーシヴァリー、エルテ、チェームシェイス、アプリコットの姿が飛び込んでくる。
「……ぃゃ……いやぁああああアァあああ嗚呼ァアあア!!!」
「……」
……完全にトラウマになってます……
「針が!!! 三本の針が迫ってくるぅうウうゥ゛ううううう゛ウうう゛う゛!!!」
キャロラインは頭を振り回して絶叫した。
「……」
……こりゃいかん……錯乱してるよ……
「こっちを見るんだキャロライン」
俺は彼女の両肩を掴み、強引にこちらへと向かせる。
「お前は誓約を完了させたんだ」
「……え?」
キャロラインの動きがピタリと止まった。
「そうだキャロライン。お前はやり遂げたんだよ、誓約を」
「……」
彼女は涙目でじっと俺の顔を見詰めている。
「しかも一分だ。あのべリアムドよりも早く誓約を完了させたんだ。野望が小さいこの俺とな……」
「……ほ、本当……?」
「ああ、本当だとも。もうお前はポンコツじゃない。自信を持て」
俺の言葉にキャロラインは、泣きそうになりながらも笑顔になった。
「素晴らしかったのだ。私は感動した」
「自分の限界をあっさりと超えるなんて、さすがはボクたちの妹だよ」
「誇るが良いぞキャロライン。見事なり」
「凄すぎて興奮しちゃいました!」
乙女精霊たちが口々に彼女を讃える。
「……あ、ありがとうございます……」
「……」
……さっきは四人を見て発狂したが、今は大丈夫みたいだぞ……
……どうやら記憶が曖昧なようだ……
「……」
……これは僥倖だ……
あの事には触れないでおこう……また錯乱されても困るからな……
「……」
だが、本能に刷り込まれているな。
敬語になったところから見ても、乙女精霊たちに恐怖心を抱いているのは間違いない。
「これからは私たちのことを姉と呼ぶがいい」
「……は、はい……パ、パーシヴァリー姉さま……」
「良くできた、キャロライン」
パーシヴァリーは満足そうに頷く。
それを羨ましく見ていたアプリコットが自分も、と彼女に催促をした。
「キャロラインちゃん、私も呼んでください!」
「……はい……アプリコット姉さま……」
アプリコットの頬がだらしなく緩む。
「凄く良いです! キャロラインちゃんは最高です!」
アプリコットはキャロラインを抱き締め愛おしく頭を撫でた。
「これからは困った事があったら何でも言ってください! 私たちは姉妹です! 遠慮はいりません!」
「……は、はい……」
キャロラインも満更ではなく、恥ずかしいのか頬を赤らめている。
その様子を他の乙女精霊は温かい目で見守っていた。
「……」
まあ、あいつらは優しいからな。
この先も上手くやって行けるだろう。
「……」
……て言うか、なんでキャロラインが七人目の姉妹になってるんだ?
一つも俺にお伺いがないんですけど……
そこのところについて言及しようとしたそのとき、エルテが笑顔で口を開いた。
「これで精霊界に行けるね。早くセラーラちゃんとピアちゃんを目覚めさせようよ」
おっと、そうだった。
先ずは二人の復活が最優先だ。
「キャロちゃん。早速みんなで精霊界に乗り込むよ」
その言葉にキャロラインの表情が険しくなる。
「……私の力では、誓約者を入れたら三人しか連れていけない……」
「そうなのか?」
「……うん……ごめんなさい……」
「……」
……という事は、精霊界に行けるのは全部で四人か……
俺とキャロラインは当然として、虹の花は精霊界から持ち出せないから、あとはセラーラとピアで確定だな。
そう考えていると、エルテが無慈悲な言葉を言い放った。
「キャロちゃんなら大丈夫だよ。さっきみたいに限界を超えて、みんなで一緒に精霊界に行こうよ」
「え?」
キャロラインの表情が一気に蒼褪め、ぶるぶると小刻みに震えだす。
「うむ、おぬしならやれる!」
「頼んだのだキャロライン!」
「お願いします! キャロラインちゃん!」
「……」
いや待てよ!!!
もう無理だろ!!!
それにさっきの事を思い出しちまうじゃねえか!
「いい加減にしてやれ。精霊界に行く者は俺とキャロライン、そしてセラーラとピアだ。これは決定事項だ」
キャロラインよ、今度はしっかり守ってやるからな。
「……分かったのだ。マスターがそこまで言うのなら、私たちはその意に従うのみ」
「師匠の言う事は絶対だもんね」
「我が君の考えは我らの考えだからな」
「ご主人様はいつも正しいことしか言わないです!」
強く言ったお陰か、彼女たちは素直に引き下がってくれた。
「……」
……それは嬉しいんだが、お前らちょっと盲目過ぎやしない……?
「……助かった……」
一方で、キャロラインはホッと胸を撫で下ろしていた。
「……」
……これはこれで良いんだが……別の問題が発生するんだよな……
それはパーシヴァリーたちを置いて行く事だ。
今までの経験からして、乙女精霊たちを放置するのは非常にまずい。
絶対、暴走するに決まってる。
「……」
あいつらの身勝手な行動を防ぐには、約束事を決める必要がある。
「お前たち。俺はキャロラインと共に、セラーラとピアを連れて精霊界へ向かう。その際、俺が居ない間の注意事項を言うからしっかりと肝に銘じておけ」
俺が真面目に話し出した事で、四人は直ぐさま真剣な表情を作り、背筋を伸ばして耳を傾けた。
「先ず一つ目。単独行動は取るな。何らかの用事で活動するときは、常に誰かを連れて行くんだ」
アプリコットの件があったからな。
ゼクトが処刑されそうになったとき、あいつは一人で助けに行った。
いま考えれば危険極まりない行為だ。
パーシヴァリーも一人でレンドン城に攻め入った。
まあ、強かったから事なきを得たが、一軍を相手に一人で立ち向かうなんて非常識すぎる。
「……」
……だが今回は違う。
人材が増えた。それに手練れも多いい。
カセットラフを含めたエルフたちに、不死鳥騎士のアクセル。
他にもゼクトを筆頭とした冒険者たちもいる。
以前とは陣容が変わっているから、少しは安心できるぞ。
「二つ目。領主側には手を出すな。奴らの行動を監視するだけに留めておくんだ」
乙女精霊たちの事だ。
釘を刺しておかないと絶対に暴走する。
ここまで明確に指示しておけば大丈夫だろう。
「三つ目、これが最後だ。覚醒状態は絶対に発動させるな。発動させる場合は、自分の命が本当に危険だと感じた時だけだ。これは厳命だ」
精霊界から戻ってきたら、別の者が覚醒状態を使って眠りにつきました、では洒落にならない。
「……」
……でも、やっぱり不安は拭えない……
「承知した、マスター!」
「了解だよ、師匠!」
「その言葉、しかと胸に刻み込んだぞ、我が君よ!」
「分かりました、ご主人様!」
四人の乙女精霊は元気よく返事をした。
「……」
……こいつらを信じるか……
「……では、今からカセットラフに説明をしに行く。それが終わってから精霊界に出発するぞ」
いきなり俺が居なくなったらカセットラフたちが驚くからね。
「それは我らの方で伝えておく。我が君は直ぐにでも精霊界へ行って、セラーラとピアを目覚めさせて欲しい」
「後の事はボクたちに任せて」
「そうなのだ、安心して行ってくるのだ」
「お姉ちゃんたちの元気な姿が早く見たいです!」
「……」
……俺の娘たちよ……なんて優しいんだ……その姉妹愛、とても誇らしく思うぞ……
「……分かったよ……そこまで言うなら今すぐ精霊界に行ってくる」
四人の乙女精霊たちは一斉に首肯する。
それを確認した俺も頷き返し、ベッドに寝かされているセラーラとピアを担いだ。
「それでキャロライン。精霊界の場所と、移動までの掛かる時間を言ってくれ。旅支度をしないといけない」
「……大丈夫……直ぐに着くから、そのまま立ってて……」
キャロラインが俺に抱き着いてくる。
「……今から精霊界に跳ぶ……」
その言葉と共に、俺とキャロライン、そして担いでいるセラーラとピアの身体が透け始めた。
「おお……透明になるのか……?」
「……違う……精霊界に移動しているだけ……」
なんだかよく分からんが、そんなに時間を食う訳でもなさそうだな。
それに直ぐにでも帰って来れそうだ。
何せセラーラとピアに花を嗅がせて神官長に会うだけだし。
「お前たち。やることは単純だから、一日二日ほど留守をする。その間の事は任せた」
消えゆく俺に、少女たちが別れの言葉を告げてきた。
「マスター、気を付けて行ってくるのだ」
「師匠、頑張ってね!」
「我が君よ、二人を頼んだぞ」
「ご主人様、よろしくお願いします!」
こうして俺は、四人の乙女精霊たちに見送られて、精霊界へと赴くのであった。




