98.強引な誓約
キャロラインにとって、乙女精霊たちの言葉は死刑宣告と同義であった。
「もう誓約しなくてもいいでしゅ!!! 私は諦めましゅた!!!」
……よっぽど嫌なんだろうね……
……恐怖で噛みまくってるよ……
「お願いしましゅ!!! 何でもしましゅ!!! だから許してくだしゃい!!!!」
……キャロライン……必死だな……
「……何を言っているのだ……妄言を吐くのは大概にするのだ……」
「……おぬしは既に、我らの末席に連なる姉妹……投げる事など許されぬ……」
パーシヴァリーにチェームシェイスよ、怖すぎるぞ!
「……お姉ちゃんたちの言った通りです……キャロラインちゃんは私たちの姉妹になったんですよ……止めるだなんて、そんな甘っちょろい考えは捨ててください……」
うぉい!
あの可愛らしいアプリコットでさえもおっかないんですけど!
「……キャロちゃん……」
エルテの美しくも整った顔が、キャロラインの鼻先にくっつきそうなほど接近した。
「……やれるよね……?」
……エルテ……
普段が朗らかなだけに、そのギャップがより一層と恐怖を引き立てているよ……
「……ふゃへ……」
キャロラインは肯定とも否定とも分からない気の抜けた返事をした。
「よし、やる気の様だ。流石はキャロライン」
……そうなの……?
……あれって肯定の返事なの……?
……絶対に違うと思うんですけど……
「では始めるぞ」
チェームシェイスがキャロラインに触れようとする。
「ひぃっ!」
当の本人はガタガタと震え、身を縮こませた。
「……」
もう、いいんじゃね?
このまま続けても無駄だと思うが…
……それに半年くらいで誓約は完了できるって言ってるんだから、無理にいま誓約する必要はないと思うけど……
「……」
そうだよな。半年たってからセラーラとピアを目覚めさせればいいんだよ。
……七百年待つよりかは遥かにマシだからね……
「お前たち、ちょっと待て」
全員が俺に注目する。
「ここら辺で終わりにしないか? 半年たてば誓約は完了するんだ。焦る必要はないだろう」
その言葉にキャロラインは希望を見出し、救世主でも見るような眼差しを俺に向けてきた。
「駄目だよ師匠」
しかしエルテが異を唱える。
「何でだ?」
「近いうちにドミナンテが絶対に仕掛けてくるよ。それなのにセラーラちゃんとピアちゃんが居ないんだよ。これは大きな戦力ダウンだよ」
「……」
……確かに……あいつらが居ると居ないでは大違いだ……
「それだけじゃないよ……」
まだ何かあるのか?
「ボクたちはセラーラちゃんとピアちゃんの元気な姿が一刻も早く見たいんだ……半年とか待ってられないよ……」
エルテは瞳を潤ませていた。
彼女だけでなく、他の乙女精霊たちも同様に涙ぐんでいる。
「……」
……お前たち……
……俺まで目頭が熱くなってくるじゃねえか……
「……その姉妹愛、俺は嬉しいぞ……よーし。ここは一つ、キャロラインに頑張ってもらおうか」
「えっ!」
俺の心変わりにキャロラインの顔から血の気が引いていった。
「私を見捨てないで!!!」
最後の砦を崩されまいと、彼女は死に物狂いで泣きついてくる。
「見捨てるわけではない。これはお前の為でもあるんだ」
済まん。
背に腹は代えられん。
「……そんな……」
キャロラインは絶望の淵に立たされた。
そんな彼女に不気味な影が忍び寄る。
「さあ始めようか」
「え」
振り向くと、そこには不敵に笑うツインテールの美少女の姿があった。
「……」
「……」
二人の視線が互いに交差する。
「いゃあああああああああああああああああああ!!!」
キャロラインは悲鳴を上げて逃げ出そうとした。
しかしそれは叶わぬ夢であり、腕を鷲掴みにされた彼女は、先ほどよりも強力な電撃を流され誓約を強いられるのであった。
それから小一時間ほどが経過した。
「弱ったな……」
やはりキャロラインは誓約を完了まで持っていけなかった。
「これだけやってもダメとは……」
「もうこの方法は無理だね……」
「別の手を考えねばならぬか……」
俺と乙女精霊たちはキャロラインに視線を向ける。
彼女は度重なる電撃を受け憔悴しきっており、屍のような状態で床に寝転がっていた。
……キャロライン……お前はよく頑張ったよ……徒労に終わったけどね……
「……」
まあ、ここが限界だな。
パーシヴァリーたちも考えあぐねているし、これ以上は無意味だ。
セラーラとピアの復活は、半年たつまで我慢するか……
そう思っていた矢先、アプリコットが妙案を口にする。
「ご主人様! ドーピング精霊ならどうでしょうか!?」
なに!?
「いいね!!!」
「素晴らしい考えなのだ!!!」
……確かに……それは有効かもしれん……
……ドーピング精霊でキャロラインの実力を底上げしてやれば、ひょっとして……
「そうだな、それで行くか」
俺もアプリコットの意見に賛同し、ドーピング精霊を召喚しようした。
「我が君よ」
チェームシェイスが待ったをかける。
「どうしたチェーム」
そう聞き返した直後、彼女の口から恐ろしい言葉が飛び出てきた。
「一本では心許ない。どうせなら三本くらい打とうではないか」
え!? 三本だって!!?
「それなら誓約できそうだね!!!」
「希望が見えてきたのだ!!!」
いやいやいや、ちょっと待て!!!
一本でも効果覿面なのに、三本も打ったらキャロラインが再起不能になっちまう!!!
「三本は無理だ! お前たち考え直せ!!!」
俺は彼女たちの暴挙を止めるべく説得に乗り出した。
しかし乙女精霊たちは一切聞く耳を持たない。
「キャロちゃんは強い子だよ! きっと何とかなるよ!」
「そうですご主人様! それに私たちにはチェームお姉ちゃんがいます!」
「うむ! 我がしっかりと治癒するから何ら問題はない!」
そこでパーシヴァリーが、神妙な面もちで口を開いた。
「……今ここでキャロラインに頑張ってもらわねば、セラーラとピアが目を覚ますのは半年後という事になるのだ……それではあまりにも二人が不憫だ……」
「……」
……それを言われちゃあ、やるしかねえ……
「三本だな」
俺は指を三つ立てて、直ぐさまモブ精霊を召喚する。
「来い、〈細胞興奮の御手〉、〈神経興奮の御手〉、〈精神興奮の御手〉」
言い終えた瞬間、三人の美女が俺の頭上に現れた。
「やっぱ三体同時はきついな」
彼女たちは同じようなレオタードを着ており、抱えるほどの大きな注射器を持っていた。
その注射器とレオタードと彼女たちの髪は、それぞれがピンク、紫、灰色と、各自の持つカラーで統一されている。
「これなら大丈夫なのだ!」
「絶対に誓約完了するね!」
「間違いないな!」
「完璧ですね!」
四人は揃って期待の言葉を口にした。
その喧騒で、床に寝転がっていたキャロラインが我へと返る。
「……なに……? ……何の騒ぎ……?」
「キャロちゃん起きた? よし、始めよっか」
乙女精霊たちの狂気に満ちた目が彼女に迫った。
「……な、な、なに? 何なのっ!!?」
ただならぬ気配にキャロラインは危機感を感じる。
「大丈夫、そんなに恐れることはないのだ」
「そうですキャロラインちゃん。これから三本ばかりお注射をするだけです!」
「!!?」
キャロラインは気づいた。
先ほどまで居なかった三人の怪しげな美女の存在に。
しかも彼女たちはふわふわと宙に浮いており、各々が注射器を持ってゆっくりと自分に近寄って来るではないか。
「その人たちはなにっ!!?」
キャロラインは後ずさる。
「何処へ行くのだ?」
透かさずパーシヴァリーが背後に回り、彼女を羽交い絞めにした。
「怖いだろうが、恐れることはないのだ」
「そうだよ、ボクたちがついているからね」
「我がいる限り死ぬことはない。存分に力を発揮せよ」
「頑張って! きっと成功します!」
「!!!」
キャロラインは脅えた目で乙女精霊たちを見たのち、前方を直視する。
丁度そこで、三体のドーピング精霊たちが彼女を標的として注射器を振りかぶっている最中であった。
「……や、や、やめてえええええええええええええええええええええええ!!!」
――ブスッ、ブスッ、ブスッ――
泣き叫んだと同時に、三本の注射針が脳天へと突き立てられる。
「ぎゃぴぃッ!!?」
キャロラインから奇声が漏れた。
「……」
……本当にこれでいいんだろうか……もの凄く罪悪感を感じるよ……
「あもーれ、注入ー」
「あもーれ、注入ー」
「あもーれ、注入ー」
ドーピング精霊たちの甘ったるい声と共に、注射筒に入ったピンク、紫、灰色、それぞれの液体が注入される。
「あびゃびゃびゃびゃびゃびゃビゃびゃヴゃびゃびゃビャびゃビゃびゃヴャびゃビャヴャッ!!?」
キャロラインはおかしな薬をキメたかのように発狂した。
「……」
……見るに堪えん……
「さあキャロライン、マスターと誓約を交わすのだ!!!」
容赦ない乙女精霊たちは彼女の手を取ると、無理やり俺の手を握らせた。
すると、不思議な何かが流れ込んで来る。
「……」
……なんだよ、さっきと同じ……
「いや違う!!!」
俺は驚愕する。
流れ込む何かは先刻と同様で一緒のものだったが、その勢いが全く違っていたからだ。
例えるなら、先ほどはホースの残り水がちょろちょろと流れている感じであった。
しかし今は、大河が濁流となって怒涛の如く押し寄せるような感覚である。
「これは凄いぞ!!!」
次の瞬間、俺の体に異変が訪れた。
全身が強烈に輝きだして、光が部屋を支配する。
そして直ぐに、光は俺に集まるかのように収束していった。
「……師匠、これってもしかして……」
「……ああ、誓約が完了したっぽい……」
その言葉に乙女精霊たちの表情が和らいでいく。
「流石だキャロライン。それでこそ私たちの姉妹」
パーシヴァリーは満足そうに頷いていた。
「よく頑張ったね、キャロちゃん。あとでエルテお姉ちゃんがご褒美を上げるからね」
エルテは優し気な瞳でキャロラインを見ている。
「やれば出来るではないか。まったく、出し惜しみをしおってからに……」
チェームシェイスは天使のような微笑みを浮かべていた。
「凄いですキャロラインちゃん! これからも一緒に頑張りましょう!」
アプリコットはキャロラインの偉業を自分のことのように喜んでいる。
「……」
……お前ら……今のあいつを見てみろよ……
……もっと別の言葉を掛けるべきだろうが……
当のキャロラインはと言うと、アヒル座りをして床に水たまりを作っていた。
さらには目から生気が失われており焦点が定まっていない。
しかも口を開けて涎を垂れ流し、心ここに有らずの状態であった。
「……」
……俺が言うのもなんだけど、酷すぎる……




