第1話:俺が兎になったワケ
どもどもべべでございます!
同日に2本投稿いたしました。こちらは2話目となっております。
プロローグ的な第0話は一つ前となりますので、そちらからお読みくださいませ~。
ではでは、お楽しみあれ~
ヴォルさんのイメージ補完は、こちらの素敵なイラストをどうぞ!
砂臥さん、ありがとうございます!
改めて名乗ろう。俺の名前はヴォルフガング。【グランアインの町】を拠点にしている、一介の冒険者だ。
なんのかんので、この家業やってて30とちょっとくらいは年が過ぎてる。今年で43の中年男性ってやつだな。
階級は金貨級。俺の数少ない、周りに自慢できる要素の1つだ。
周りからは、剛健のヴォルフガングなんぞと呼ばれちゃいるが……なんのことはない。ただしぶとく生きてきたから頑丈に見られてるだけって話でもある。
そんな二つ名よりも、影で俺の事をストレートにハゲだの自然発生型スキンヘッドだのと宣ってる奴らがいることの方が、由々しき事態と言えるだろう。
……業腹ではあるが、それは置いておこう。話の途中だったな。
時は、契約の日から2日程前に遡る。
その日の依頼は、【グランのダンジョン、12階層以降に出現するモンスターの調査】というものだった。金貨級の冒険者のみが受けられる、高難度の依頼である。
12階層は、銀貨級でも油断さえしなければ、充分ソロで通用する危険度ではある。
しかし、そういった単独行動をしている奴を狙って、襲撃をかけてくる厄介なモンスターが出現したという情報がギルドに舞い込んできた。
そのモンスターを詳しく調査して欲しいっつう、ギルドマスター直々の依頼を受けた訳だな。俺にも頼れる仲間はいるが、今回は報酬独り占めである。
つっても、銀貨殺しの新顔エネミーだろうと、金貨級の俺にかかりゃあ問題はなかったがな。既にモンスターの詳細は調査し終わり、今は地上に向けて帰っている所だ。
だが、帰還中こそ警戒は切らさない。
なんでかって? そりゃお前、相手がダンジョンだからだ。
ダンジョンでは、行きがけにクリアしていったトラップやモンスターが、帰りでも再配置される。しかも、種類はそれぞれ違うときた。
まぁ、ダンジョンも獲物を食おうと必死ってことだな。詳しくは今度話すとして、とりあえず帰りもクリアリングしながら進まないといけないってことだ。
「……ほう」
帰りがけ、地下10階層の時、珍しい罠を見つけた。
その名も【精神入替】。踏んだ相手とその周辺にいる存在の、中身を入れ替えてしまう困惑系の罠だ。
効果の時間は一時的なものだが、もしも戦闘中なんかに踏んでしまうと大変な事になる。慣れない体、慣れない技能で戦わざるをえなくなるからだ。
まぁ、今の俺には関係のない罠だがな。ソロで活動中だし、ダンジョン産のモンスターに対しては、ダンジョンの罠は効果を発動しない。
例え踏んでもなんの効果も発生せずに終わるだろう。近くにある落とし穴の罠の方がまだ脅威と言える。
幸い、どちらも解除の必要もなくスルーできるタイプだ。無視しておくことにしよう。
「……ほう? 今日は本当に珍しいもんを見る日だな」
「フシッ!?」
少し進んだ先に、モンスターが居たのだが……これがまた珍しい。
10階層に、【角兎】がいたのだ。
角兎。確かにこの魔物はグランのダンジョンでも確認されている。しかし、生息階層は1階層から3階層までの、いわば雑魚モンスターだ。
見た目はそのまま、角の生えた兎である。愛嬌のある姿とは裏腹に、悪食で生きる事に対して貪欲な種族だ。
ダンジョン以外の森にも多数生息しており、冒険者でもない狩人なんかにも肉として狩られる程度の強さしかない。そんな存在が、どうして10階層にいるのやら。
「フシャー!」
「……ははぁ、麻痺蜘蛛に攫われてきたな?」
麻痺蜘蛛は、この10階層付近で生息している蜘蛛のモンスターだ。時折浅い階層に来ては、弱い獲物を麻痺させて糸で巻き、持ち帰って保存食にしておくことがある。
おそらくこの角兎は、地上に近い階層で捕らえられたのだろう。
そして、麻痺毒が抜けたあたりで角を使い糸から脱出、現在に至る、といったところか。
「ははは、お前も大変だな。まぁこの世は弱肉強食、助けたりはせんが……健闘を祈らせてもらおう」
「フッ、フシッ! フーッ!」
俺が戦う意思が無いこと。そして、俺には絶対に勝てない事を察したのだろう。角兎は、慌てたように俺の脇を通り過ぎていく。
あれの肉は、その悪食からは想像できない程に美味いのだが……まぁここまで貪欲に生きてきたんだ。俺が終わらせちまうのも勿体ない。
せいぜい長生きしろよ……そう思っていた時だ。
「フシッ!?」
「……はぁ?」
角兎を中心に、魔法陣が展開されたではないか。
あれは……まさか、精神入替!?
「おいおい、なんの冗だ……!?」
咄嗟に飛びのこうとするが、遅い。
俺の身体もまた、その魔法陣に入ってしまっていた。
魔力の本流に、頭がかき回されていく。
「う、が……!?」
「フゥ! フシッ、フ……」
そして、一瞬。ほんの一瞬だが…………俺の意識は、そこで途絶えた。
◆ ◆ ◆
一体全体どうしたこった?
俺はふらつく頭を振って考える。
なんでダンジョンのモンスター相手に罠が発動する?
わからん。わからんが……遠心力で布みたいなもんが、ペチペチ頭を叩いてくる感触に、嫌な予感を覚える。
「……フ……フシッ」
試しに声を上げてみるが、口からは高い鼻息みたいな鳴き声しか出なかった。
手を見てみるが、そこには小さい前足しかなかった。
体を眺めてみるが、そこにはフワッフワの薄茶な毛皮しかなかった。
「……フシャー!?」
俺は、角兎になっていた。
本当にどうしてこうなった!? なんでこんな……あ。
ま、まさか……この体の持ち主の角兎は……ダンジョン外から入り込んだモンスターなのか!?
どんな確率だよ! ダンジョンに迷い込んだあげく、麻痺蜘蛛に捕まるとかよ!
ていうか俺の身体! 体どこいった!?
「あうっ! あ、あうぁー!」
「っ!?」
声のした方を見る。
そこには、無様に転げまわる、俺がいた。
あきらかに、中身はこの角兎だろう。唯一の武器である角がなくなって混乱してるってか?
やめてくれ。オジサンの頭を触っても、毛は無いんだよ……じゃなくて、ちょっと待て。
「フシッ! フシッ!」
「っ!? が、あがががぁ!!」
落ち着けと声をかけるも、半狂乱のこいつは聞きゃしない。
待て、本当に待て。そっちには行くな。行っちゃダメなんだって。お前の為を思って言ってるんだって!!
「わぁぁああ!!」
角兎in俺の身体は、俺in角兎から逃げるように方向転換し、這いずって逃げだした。
その先には……そう、【落とし穴】。
やぁぁぁめぇぇぇてぇぇぇ!?
「あ?」
「フ……」
ボゴン、という、音が響いた。
俺の身体が、視界から消えた。
ぐちゃって、ぐちゃって音が、響いた。
「フシャァアア!?」
お、俺の身体ぁあ!?
慌てて、穴に向かって走る。
慣れない体を無理矢理に動かして、なんとか淵にたどり着いた。
見るのは怖いが、今は一刻の猶予もない。震え、総毛立つ毛並みを無視し、落とし穴を覗き込む。
そこには、首が変な方向に曲がった俺がいた。
「フシィ……!?」
もう絶望でどん底の気分だが、今は崩れ落ちてる場合じゃねぇ。
ダンジョンで死んだ生き物は、しばらくするとダンジョンに栄養として吸収されるのだ。そうなったら目も当てられない。
まだあの体は生きている。だから、吸収される前にダンジョンから出ねぇとならねぇ!
俺は、落とし穴の淵に尻を付けて、そのまま滑り落ちた。
滑落していく中で何度か転がったが、兎の体は見た目通り柔らかいらしく、痛みはない。
俺の体は、穴の底で静かに終わりを迎えようとしていた。
鼻と目から血を流し、痙攣が少しずつ小さくなっていく。だが、街に帰れりゃ肉体の蘇生は可能だ。
俺は体に近づき、荷物入れを弄った。こういう時を想定していたわけじゃねぇが、何があっても良いように中は整理整頓してあるし、事細かに場所も把握している。目当てのブツは、一発で見つかった。
それは、銀色に輝く羽根だった。【帰還の羽根】という魔法道具である。
読んで字のごとく、決まった場所に転移するための道具だ。とある魔物から剥ぎ取りした羽根を加工してできており、手に入れた際に特定の流れの【魔力】、あるいは【気】を覚えさせる事で、その持ち主のみが使用できるオーダーメイドの高級品である。
帰還の信号は魔力で覚えさせている。この羽根が使えれば、ギルドまで一瞬で帰れるはず。
問題は、この体に魔力が内包されているかだが……頼むぞ? 角兎ったって、魔物の一角なんだ。魔力の一つも眠っててくれ……!?
「っ、フ……フゥ……」
いつも自分で魔力を練る時の感覚で起動させてみる。
……よし、よし、よぉし……!
魔力の流れを感じる。いいぞ、角兎にも魔力はある!
こいつは僥倖だ。あとは、登録した流れを込めてやるだけでいい。
俺が魔力を流すと、羽根は銀から金へと姿を変える。帰還可能になった証拠だ。
登録してある場所は、グランアインの冒険者ギルド。俺がこのアイテムを使うとしたら余程の事だろうと、すぐに報告ができるよう職員のいる部屋に飛べるようにしておいた。
「フッ!」
今となってはその状況に感謝だな……そう思いつつ、俺は羽根を起動させた。
体が魔力に包まれ、俺が握っている死にかけボディも同様に転移の兆しを見せる。
あとはどう説明するかだな、と頭の痛い問題に悩みつつ、視界が真っ白に染まっていった。
大筋はさほど変えず、少々話数を削って序章を軽くしようと試みております。
アドバイスをくれた方に、多大な感謝を。本当にありがとうございます。